※ イメージ図(©photoAC)
心の健康問題によって休業した労働者の職場復帰に当たり、元の職場へ戻すことが原則とされています。厚生労働省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」でも、職場復帰は原則として元の職場へ戻すこととなっています。
なぜ、元の職場へ戻すことが望ましいのでしょうか。また、原則には例外があるはずです。元の職場へ戻さなくてもよいケースや、むしろ元に戻さない方がよいケースというのはあるのでしょうか。
元職復帰の原則の理論と例外について、詳細に解説します。
- 1 元職復帰の原則とは
- (1)元職復帰の原則の理由と判断の困難性
- (2)元職復帰の原則の例外
- 2 具体的な場合について
- (1)異動等を誘因として発症した場合
- (2)いわゆる「新しいタイプのうつ病」の場合
- 3 最後に
1 元職復帰の原則とは
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(1)元職復帰の原則の理由と判断の困難性
ア 元職復帰の原則の理由
※ イメージ図(©photoAC)
心の健康問題によって休業した労働者の職場復帰については、元の職場へ戻すことが原則とされている。厚生労働省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」(職場復帰支援の手引き)でも、職場復帰は原則として元の職場へ戻すこととなっている。
手引きが原則として現職へ戻すとしているのは、職場を変えると新しい環境(人間関係にも仕事にも)に慣れるために大きな負担がかかるためである。ただ、これはあくまでも原則であって、元の職場へ戻さない方がよいケースも手引きに例示されている。その他にも、様々な事情から戻せない場合もあるだろう。
イ 元職復帰の判断の困難性
現実には、(とりわけ異動に処遇の変更が伴うような場合は)本人との間で意見が対立することもあり、契約的な問題もあって、実務上困難な判断となることもある。
判例で次のように述べるものがあることからも分かるように、心の健康問題を有する労働者について本人の同意の得られない配置転換を行う場合には慎重さが求められる。
健康管理区分がB1(B=職務の変更、勤務場所の変更、休暇等の方法により勤務を軽減し、かつ、深夜勤務、時間外勤務及び出張をさせない、1=医療機関のあっせん等により適正な治療を受けさせるようにする)である者の勤務の軽減をしなくてはならない場合、しかも、その疾病の内容がうつ状態である場合においては、本人の同意しない配転が、その病状をかえって悪化させる可能性を考える必要があり・・・
※ 鳥取地判平成16年3月30日
とりわけ、本人の意思に反して転居を伴うような配転をすることは避けるべきであろう(この趣旨の判例として旭川地決平成6・5・10がある。また、メニエール病についてだが、通勤時間が長くなることを理由に転勤命令を無効としたもの(京都地判平成12年4月18日)もある)。なお、配転権濫用の要件の判断基準として、最2小判昭和61年7月14日(東亜ペイント事件)がある。
(2)元職復帰の原則の例外
※ イメージ図(©photoAC)
日本経済新聞社が2008年に、職場復帰に関する学識者の鼎談を行っている。この中で、上島(国際医療大学)の「職場復帰に際しては元の職場に戻るというのがかつての原則でしたが、最近は必ずしもそれにこだわる必要はないといわれていますね」という質問に対して、尾崎(名古屋大学)が「復帰先を決めるときの重要なポイントは患者さんを支援する体制の有無です。元の職場は患者さんにとってある程度分かった環境だという利点がありますが、支援体制が整っていなければ異動を考えざるを得ません。ただ、これはギャンブルでもあると思います」と答えている。
※ 上島国利他「働く世代のうつ病治療-社会復帰の重要性と薬剤の果たす役割」(日本経済新聞社のWEBサイト「NIKKEI NET」から)
この時点で、すでに元職復帰はあくまでも原則にすぎないという考え方が有力になりつつあったのである。
ただ、できるだけ元の職場へ帰すべきとする考え方も有力である。職場を変えるべきではないとする例として、笠原は、軽症うつ病(※)の職場復帰に関して次のように述べる。
※ 笠原のいう軽症うつは、症状は軽くても長引きやすいものである。
- 最初から(休業直前の職場ではなく以前にいたことのある適応できていた)元の職場に退却する安全策を選ぶのは一般論としては消極的にすぎると思う。
- 配置転換の直後におこったうつ病であっても、できるだけ(休業直前に勤務していた)新しい職場に復帰してそこでの適応力をためし、それで駄目なときはじめて楽なところへの配置転換をさせてもらうので決して遅くない。
- それに対し関係・迫害観念があって職場の人が多少とも妄想の対称になっている場合は、たとえ軽症でも、はじめから職場をかえるほうがよいと考え(る)。
※ 引用者において、一部を抽出し箇条書きとした。また、引用文中のカッコ書きは引用者である。
※ 笠原嘉「軽症うつ病」(講談社現代新書 1996年)
職場を変えるべきではない理由として、例えば林は次のように言う。
(メランコリー親和型の)うつ病の方の職場復帰の原則は、元の職場への復帰です。というのは、異動イコール能力を見限られた、とご本人は感じてしまうことが多いからです。ですから、よほど過重なストレスであったと考えられる場合以外は、元の職場に戻すのが原則です。
※ 引用文中のカッコ書きは引用者による。
※ 林公一「うつ病の相談室」保健同人社 2003年
逆にいえば、職場を変えるときは、本人に対して能力を見限ったのではないことを説明する必要があろう。その意味でも、復職後の配慮について職場復帰プランに各段階ごとに求められる水準を示しておくことが重要となる。
元の職場への復帰の原則から外れることについては、慎重に対応すべきであるが、ある程度は柔軟に考えることも必要だろう。具体的には、疾病によってもどのようにすべきかは異なる(※)ので、主治医と連携を図りつつ、元の職場の状況や現実的に異動できる職場の有無なども勘案し、産業医やできれば労働法の専門家等の意見を聴いて決めることが望ましいと思われる。
※ あくまでも一般論だが、例えばメランコリー親和型うつ病では原則として異動等は避けるべきだが、いわゆる「新しいタイプのうつ病」では異動も選択肢となるといわれる。
2 具体的な場合について
(1)元の職場への異動等を誘因として発症した場合
とくに休業の原因となった疾病が、元の職場への異動等を誘因として発症している場合については、専門家の間でも様々な考えがある(コラム参照)。この点について、手引きは職場を変えることを考慮する方が良い場合があるとだけ指摘している。
【コラム】元の職場が疾病発症の原因となっている場合の復帰をめぐる諸見解
- 元の職場(休職時の職場)への異動等が精神疾患を発症する誘因となったと考えられる場合に、復職を元の職場(現職)に戻すか適応できそうな他の職場に戻すかについては、識者の考え方が分かれる。
- 笠原(※1)、野村(※2)、林(※3)、鈴木(※4)は、原則として現職に戻すべきであるとし、その理由として他の職場で適応できるとは限らないことや本人が自信を喪失するおそれがあること等を指摘する。ただ、笠原は関係・迫害観念があって職場の人が多少とも妄想の対称になっている場合には職場を変えるべきだとする。なお、真野(※5)は、まれに病気を理由に職場を変わろうとする者がいることを指摘している。
- 一方、手引きは、現職への復帰の原則が強調されて理解されることがあるが、適応できていた他の職場などへの異動を積極的に考慮した方がよい場合があるとしており、同趣旨の見解をとる識者も多い。例えば冨高(※6)は異動した方が良い場合があるとし、亀田(※7)は職場のハラスメントが問題となっている場合には職場を変えるべきだという。また、2006年の産業ストレス研究誌の座談会(※8)の中で「適応障害的な事例」の職場復帰に関して、石川は「配置転換は大事なことだ」とし、夏目は「適性が合わないという理由がはっきりある場合に関しては、原則として1回だけは配置転換を認める」とし、永田も「人間関係の問題でどうしても修復不能な上下関係があった場合(中略)は、再発・増悪を防ぐには異動が最も望ましい」などとしている。
- なお、柏木(※9)の精神科医等への調査によると「『復職後の職場配置』に関して(中略)『業務負担軽減のために異動が原則』が『窓際人事』や『降格人事』と受け止められて勤労意欲の低下を招いた経験が41.1%みられている」とされ、一方、功刀(※10)は人事異動を誘因として発症したうつ病(男性:17事例)について調査し、適応できていた昔の職場へ本人の希望で異動した場合は完全寛解に至る例が多かったとする。
※1 笠原嘉「軽症うつ病」(講談社現代新書 1996年)
※2 野村総一郎「30代のうつとは何か?(NHK取材班「30代の“うつ”」所収)」(NHK出版 2007年)
※3 林公一「うつ病の相談室」(保健同人社 2003年)
※4 鈴木安名「製造現場のためのメンタルヘルス」(日本プラントメンテナンス協会 2003年)
※5 真野俊樹「人事・管理職のためのメンタルヘルスマネジメント入門」(ダイヤモンド社 2009年)
※6 冨高辰一郎「なぜうつ病の人が増えたのか」(幻冬舎ルネッサンス 2009年)
※7 亀田高志「人事担当者、管理職のためのメンタルヘルス入門」(東洋経済新報社 2009年)
※8 小杉正太郎他「座談会 勤労者の抑うつ状態に関する最近の特徴」(産業ストレス研究 第13巻 第3号 2006年)
※9 柏木雄二郎「メンタルヘルス不全者の職場復帰支援に関する調査研究(第1報)」(2005年)
※10 功刀浩「人事異動を誘引として発症したうつ病-臨床特性, 回復状況と治療について」(精神経誌95巻 1993年)
なお、異動等を誘因としているか否かの判断は簡単ではないとの指摘もある。本人と職場で考えが異なることもあるだろう。だからといって、医学的に正確な判断を求めることは、現実的ではない。
異動等を本人が負担に感じており、かつ異動等の後(※)で発症した場合と考えればよいのではないだろうか。なお、ここでは、異動等を誘因として発症したということを、業務に起因していることと狭く理解するべきではない。
※ どれくらいの期間かを示すことは簡単ではない。適応障害であれば、DSM-Ⅳを参考にすると3カ月以内といえるかもしれない。
(2)いわゆる「新しいタイプのうつ病」の場合
また、いわゆる「新しいタイプのうつ病」などで、労働者がわがままと思えるような異動を希望するケースがある。ただ、これをわがままとして放置することは得策ではない。残念ながら、企業としては、そのような労働者がいることを前提に本人と周囲のモチベーションを上げることを考えるべき時代となっているのかもしれない。
ここでは、次のような有識者の指摘があることを紹介しておく。
今までなら『わがまま』としか捉えられないような事例でも、配置転換によりその後問題なく就業している例もあり、特に希望職場が明確な場合にその傾向が強く、企業全体の利益を考えると、一考してみる余地は充分にあると思われる。
※ 鑓田圭一郎「復職判定をめぐって(島悟編「こころの病からの職場復帰,[現代のエスプリ]別冊」所収)」(2004年)
また、いわゆる「新しいタイプのうつ病」について、大前他が次のように述べている。
「メランコリー型に代る内因性うつ状態として、広瀬の『逃避型うつ病』、『不安発作-抑制型うつ病』や阿部の『未熟型うつ病』、松浪らの『現代型うつ病』などが提唱されてきた。(中略)気分障害者の躁的成分は、適応的な志向性をふさがれていくことで発症は若年化していき、また彼らの呈するうつ病像は不安、焦燥、依存、嗜癖、攻撃性、行動化などの躁的成分を交えたものが常態化しつつあると考えられる。(中略)治療について付言するなら、(中略)病者との対話から今後の生活の方向性を見いだすことも必要になるだろう。
※ 大前晋他「うつ状態にみられる躁的因子-内因性の再評価」(臨床精神医学34 (5) 2005年)
また、広汎性発達障害が背景にある事例や統合失調症の事例などで、職種を変えたり、仕事の指示の仕方を工夫したり、単純な仕事を与えることなどで職場適応がうまくいくケースも報告されている。
3 最後に
※ イメージ図(©photoAC)
最後になるが、病気だからと特別に優遇して本人が利益を得る(二次疾病利得)ようなことは、長期的にみれば本人にとっても企業にとっても好ましくないことは強調しておきたい。元の職場ではなく他の職場へ復帰させる場合であっても、あくまでも本人の職場適応のために必要であれば(企業のためにも)異動の検討も必要ではないかということである。特別な優遇措置をとることや、本人の要望に無条件に従うことを勧めているのではない。
企業の主目的は利潤の追求であって、労働者の治療ではない。しかし、その利潤の追求のために、メンタルヘルス対策は企業にとっても重要なものなのである。疾病に罹患した労働者をあっさりと見放すようでは、他の労働者のモラールも低下することとなり、長期的に見て企業にとっても労働者にとっても良いことにはならない。
しかし、職場とは、あくまでも働くことと引き換えに賃金を得る場所なのでる。メンタルヘルス対策に拘泥するあまり、本質を見失ってはならない。
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