メンタルヘルス対策の目的はなんでしょうか。その目的をどこに置くかによって実施すべき事項も異なりますし、当然、得られるものも異なります。
より高いパフォーマンスを得るために、その目的をどこに置くべきかについて解説します。
- 1 メンタルヘルス対策の目的は安全配慮義務なのか
- 2 メンタルヘルス指針発出当時のよくある誤解
- 3 その主目的を安全配慮義務とすることの間違い
- 4 企業のメンタルヘルス対策の主目的は何か
- 5 4つのケアを効果的に
1 メンタルヘルス対策の目的は安全配慮義務なのか
執筆日時:
最終改訂:
「企業のメンタルヘルス対策の目的は、安全配慮義務のためだ」
最近、ある安全衛生講演会で、こういう話を聞いて驚いた。平成12年に、私が主担当した最初のメンタルヘルス指針(局長通達)を、厚生労働省で公表したときはこういう考え方が一般的であった。しかし、今でもこのようなことを講演会で述べる識者がいるとは!
私は、メンタルヘルス指針を発出した当時、いろいろな場所でお話をする機会を与えて頂き、またいろいろな場所に文章を書かせて頂いた。そのようなとき、最初に強調したことが「企業のメンタルヘルス対策の目的は、安全配慮義務のためではない」ということである。
2 メンタルヘルス指針発出当時のよくある誤解
しかし、メンタルヘルスの主目的は安全配慮義務ではないという説明は労使双方からの強い批判を受けた。
労働側の一部からの批判は、
「現在の労働者の働く環境は劣悪であり、長時間労働や、上司による虐め、ストレスの多い感情労働の増加などがあり、労働者のメンタルヘルスは悪化している。メンタルヘルス対策は、このような状況においては経営者側の義務である」
というものである。
そして、労働者側は、メンタルヘルス対策は、三次予防にウエイトを置いて理解しておられるようであった。
一方、これは経営者側も、ほとんどはそうではなかったが、一部の経営者は同様な考え方をしていた。
「安全配慮義務は、企業の義務だから実施するのに吝かではない。しかし、労働者が個人の問題でメンタルが不調になることまで対応するいわれはない」
というわけである。
そして、やはり三次予防にウエイトを置いて理解しておられるのである。やや誤解を恐れずに言わせてもらえれば、彼らの考えるメンタルヘルス対策とは「危ない奴対策」だったのである。
3 その主目的を安全配慮義務とすることの間違いとは
そもそも、労働者の働く環境が“劣悪”でメンタルヘルスに悪影響を与えているというのなら、安全配慮義務の中心をなすことはその環境を改善すること、すなわち一次予防なのである。二次予防はともかく、三次予防が安全配慮義務の中心にならないことは当然である。また、その三次予防の内容も職場環境による再発の防止であって、治療ではない。そこを間違えてはいけない。
次図に、安全配慮義務と健康の保持増進の関係、それぞれに期待される一次予防、二次予防、三次予防の内容を図示している。
※ 柳川行雄「事業場における心の健康づくりのための事業場外資源の活用について」(産業精神保健2007年)
メンタルヘルス対策について、当時の誤解を解くために作製した図である。幸いにこの図は、多くの関係者から支持され、各種の研修会を通して拡がっていった。
4 企業のメンタルヘルス対策の主目的は何か
指針が公表された2012年当時、企業が考えるメンタルヘルス対策は治療支援や再発予防だったのである。メンタルヘルス指針の先進企業として、取り組みを発表して欲しいと企業に依頼すると、「メンタルヘルス対策を実施していることが分かると、企業内にメンタル不調者がいると思われるから」という理由で断られることがあったほどである。
だが、企業のメンタルヘルス対策は、何よりも一次予防が大切であり、それは生産性やモラールを向上させ、企業の利益につながるのである。今は、三次予防が中心なっているが、二次予防、一次予防へ、そして健康保護に広げていかなければならないと周知・啓発に努めてきた結果、今ではこの考え方は根付いてきた。
5 4つのケアを効果的に
また、セルフケアについて「労働者の自助」または「自己責任」と誤解され、これを先頭に持ってきたのはけしからんという批判も受けた。また、セルフケア、ラインによるケア、事業場内産業保健スタッフによるケア及び事業場外資源によるケアについて、病状が軽い内はセルフケアで対応し、病状が重くなるにしたがって他のケアに広げていくという誤解も生じていた。
確かに、言葉だけ聞いていると、このような誤解が生じることもあるかもしれないが、これもまた全くの誤りである。次図に示す通り、セルフケアは「自助」などではない。労働者がセルフケアを行ってストレスに対するコーピング(処理・対処)を行えるように、企業に対して支援を行うことを求めているのである。「自助」や「自己責任」など、指針を読まずに言葉のイメージから批判を行っているにすぎない。
※ 柳川行雄「事業場における心の健康づくりのための事業場外資源の活用について」(産業精神保健2007年)
繰り返すが、企業のメンタルヘルス対策の主目的は、一次予防である。労働者の精神的健康のレベルを上げて、それを労働者の生活の質の向上につなげるとともに、生産性の向上にもつなげようと支うのである。セルフケアを最初に挙げるのは当然のことであり、「劣悪な労働条件の中で自助を求める」というようなものではない。
ハイリスクアプローチとポピュレーションアプローチという言葉がある。ハイリスクグループアプローチとは、疾患になるリスクの高いグループに対して対策を行うというものであり、ポピュレーションアプローチとは、集団全体の健康レベルを引き上げようと言うものである。
企業がメンタルヘルス対策に取り掛かるときは、どうしてもハイリスクグループアプローチbに目がいきやすい。しかし、そこから脱してポピュレーションアプローチにいくひつようがある。それこそが、企業のメンタルヘルス対策の真骨頂なのである。