自殺者数の増減の背景にあるもの

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メンタルヘルス対策

自殺者数と離婚件数・失業率の相関を、男女別に調査したところ、男性の方が大きな相関があることが判明しました。

なぜ男性は女性よりも自殺者数の変動率が大きいのか、その背景事情を検討し、ひとつの仮説を立ててみました。

その仮説から、会社の外に人間関係を構築することの重要性を論じています。




1 離婚件数と自殺者数

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(1)自殺者数と様々な社会要因との相関についての研究

これまで、自殺に影響を与える要因(精神疾患のみならず、経済的要因、家庭要因など)を疫学的(統計的)に研究しようとする試みは様々に行われている。ただ、このような研究は一部の先駆的なものを除けば、ここ20年程度の間に行われたものが多く、それほど歴史のあるものではない。

また、例えば失業率が自殺に及ぼす影響を調べるにしても、失業者と有職者それぞれの自殺率の差異について研究するようなものは多いが、失業率と自殺件数全体の相関を調べようとするようなものは多くはなかった。

今では、自殺件数と失業率の間に高い相関があることはよく知られているが、このことを指摘したのは、高橋(※1)が最初だと思う。高橋の指摘までは、警察庁の資料(※2)などによって、失業者の自殺者数そのものはそれほど大きくないことは判っていたため、失業者の自殺者数が自殺者全体の数に大きく影響を与えるようなことはないので、失業率が自殺者数に影響を与えたりはしないと思われていたのではないかと思う。

※1 高橋祥友「自殺予防」(岩波新書2006年)

※2 警察庁「自殺の概要資料」(各年)

結果が出てから考えてみると、自殺者と失業率の間に強い相関があると指摘されれば、それはそうだろうなと思うが、結果が出るまでは、専門的な知識があればあるほど誰もそうは思わなかったのである。

(2)自殺者数と離婚件数の推移

ア 過去30年の期間

筆者も、旧労働省で旧メンタルヘルス指針の策定の作業を行っていたとき、倒産件数や負債総額などと自殺者数の間の相関を調べてみたことがある。もちろん、それぞれ相関は見られるのだが、失業率ほど高い相関はなかった。

そのときに、離婚率と自殺者数の間の相関関係を調べてみたところ、きわめて高い相関があって驚いたことを覚えている。次図はそのときの結果に、その後の数値を加えて補正したものである。なお、2020年の離婚件数は公表されていない。

自殺者数と離婚件数の推移

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これをみると、自殺件数と離婚件数の推移のグラフが、きわめて似通った形であることが分かる。

なお、2007年に年金制度が改正される前に、「2007年の制度改正まで離婚を我慢している女性が多く、制度改正後に離婚件数が一時的に増える」のではないかなどといわれたものだが、このグラフを見る限り、そのような影響はみられないようだ。

また、これについては異論があるかもしれないが、阪神淡路、東日本という2度の大きな震災による影響も、ほとんどみられない。なお、東日本大震災の直後に一時的に自殺者数が増えたため話題となったが、これはあるアイドルの自殺による群発自殺だったようだ。

イ 過去30年より以前の期間

ただし、図には示していないが、これ以前の時期には離婚件数と自殺者数の間に相関を見出すことはできない。これ以前の時期の離婚件数は、自殺件数の動きとは無関係に、年の経過とともにほぼ一貫して増加している。

これは、これ以前の時期では、かつての社会的な因習や女性の経済的な実力の不備のために離婚が難しかった時代から、そのような難しさが減少して、女性に離婚という選択肢が時系列的に増加していったためであろう。そして、それによる増加率が大きすぎて、他の要因との相関が分からないためであろうと思われる。

1992年にLester 他(※)が、アメリカとの比較で日本の離婚率と自殺率の相関を調べているが、日本では統計的に有意な結果が得られなかったとしている。これもおそらく、同じ原因であろう。なお、彼らは自殺未遂率と離婚率との関係では、日本では有意な負の相関関係があり、アメリカでは正の有意な相関があるとしている。

※ Lester.D.& Motohashi.Y.&Yang.D.. 「The impact of the economy on suicide and homicide rates in Japan and the United States.」(1992)

(3)自殺者数と離婚件数の相関

各年毎の離婚件数と自殺者数の間の相関をみたのが次図である。これを見ても、Rが0.709 となっており、強い相関がみられることがわかる(※)

※ なお、誤解を避けるために言っておくが、「失業率は社会的な問題だが、離婚は個人的な問題であり、自殺は個人的な要因によるところが大きい」などと主張しているわけではない。まして、「自殺を減らすためはかつての離婚がしにくかった時代に戻した方がよい」などと主張するつもりは全くない。そのような考え方はあまりにもばかげている。

自殺者数と離婚件数の相関

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当然のことではあるが、このことから離婚と自殺の間に因果関係があるなどと、ただちに判断することはできない。

また、仮に離婚した者は他の者に比較して3倍の自殺の危険性があったとしても、離婚した者が全体の10%程度しかいなければ、そのことによる自殺者は全体の30%しか増加しない。

離婚件数は年間に数十万件程度であることから考えれば、自殺者数に占めるその年に離婚した者の割合がそれほど大きいとは思えない。すなわち、離婚した者が自殺するから図のような結果になるということではない。(他人の)離婚件数が増えると、離婚していない者の自殺者も増えているということなのである。

また、自殺者に占める離婚経験者の割合が高かったとしても、離婚から自殺までの期間が数年あれば、同じ年の離婚件数と自殺者数の間に相関がでることはない。

だとすれば、離婚件数を増加させるような、あるいは離婚件数と強い相関のある第3の因子があって、それが自殺者数に影響を与えていると考える方が自然だと思われる。では、その第3の因子がもしあるとすれば、それはいったいなんだろうか?

(4)1998年の自殺者数急増の原因とは

ここで、切り口を変えてみよう。最初に示した図をみると、1998年前後に自殺者数と離婚件数が、ほぼ同じ時期に大きく増加していることが分かるだろう。つまり、このことによって、自殺者数と離婚件数の間の相関関係(R)が大きくなっていることは容易に予想できるのである。

一方、自殺のリスク要因として、独身(独身の中では離別、死別、未婚の順)、高齢、男性という要素があるということは判っている。

そこで、1998年の自殺者急増の前後で、男女に分けて配偶者別の自殺率を比較してみよう。

配偶者別自殺者率の変化

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すると、1998年前後の自殺率急増の時期には、男性の離別者の自殺者の増加率が、他の群よりも明らかに大きくなっていることが分かるだろう。

すなわち、このときの自殺者数の急増の要因には、男性の離別者が大きく関与しているのである。

(5)男女による自殺者数の変化率の差

では、自殺者数に影響を与える第3の因子があると仮定して、それは、男女のそれぞれに対して、同じように影響するのだろうか?

男女の自殺者数の推移をみると、奇妙なことが分かる。次の参考図は、男性と女性の自殺者数の推移を重ね合わせてみたものである。男女で自殺者数が異なるので、女性の方を拡大してある。これをみると、男女の自殺者数の時系列的な変化は、同様な傾向はあるものの、明らかに女性の変化率の方が小さいのである。

男女別自殺率の推移(3)

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ただ、厳密に言えば、1998年の急激な変化が女性には(それほど)表れていないということであって、他の時期はかなり一致しているようにも見える。女性のスケール(目盛り)を調整すると、男女の推移は1998年以外の部分では比較的よく一致しているようにもみえるのである。

男女別自殺率の推移(1)

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男女別自殺率の推移(2)

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(6)何が自殺者数に影響を与えているのか

高橋は、「1998年の自殺者数の急増について検討した結果としては、経済的に追い詰められたり、職場環境の厳しさの中で死を選んだ人々が大きく増加していると考えられた」とごく常識的な結論を下している(※)

※ 高橋 祥友「自殺増加の社会的要因についての検討」

確かに、1998年は山一證券の破綻が顕在化するなど多くの企業の経営の破たんがみられた年ではあった。しかし、ではなぜ1998年の後は高止まりし、2008年のリーマンショックのときは急激な上昇はなく、その後は減少に転じたのかが分からないのである。

この点、桑原は日経ビジネスの記事「不況が自殺を増加させるのはなぜか」の中で「私は、自殺増に最も寄与した経済社会の変化は、雇用維持規範の喪失ではないかと考えています」と言っている。すなわち「1997年の通貨金融危機以降は、景気循環に応じてというものでなく、長期雇用を維持する考え方そのものが急速に失われ、非正規雇用が急増することとなりました。また、職員の再就職支援に関する規範も失われました。すなわち、単なる景気循環による失業の増加ではなく、雇用維持に関する規範意識の変化、一種の「レジーム・スイッチ」が発生したと考えられます」というのである。すなわち、自殺率高止まりの原因は、たんなる経済指標では説明できないというのだ。

だが、そうだとすると、今度は2010年以降の自殺者の減少の原因が分からなくなる。この時期に長期雇用を維持しようという意識が回復してきたとは思えない。確かに1998年の急増以降は自殺件数が高止まりとなって、失業率では説明ができない状況になっていた。ところが、2010年以降になると、自殺率は失業率や離婚率との相関で説明ができるレベルに戻っているからである。

(7)男女ごとの自殺者数と離婚件数の相関

さて、男女の差異をさらに明確にするために、グラフの全期間の離婚件数と自殺者数の相関を男女別にみてみよう。その結果、以下に示すように、男性の自殺者数は離婚件数と強い相関があるが、女性は相関がほとんどみられないことが分かる。

離婚件数と自殺者数の相関(女性)

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離婚件数と自殺者数の相関(男性)

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これは、いったいどういうことなのだろうか? 第3の因子(あくまでもあるとしての話だが)も、男性の自殺件数には大きく影響するが、女性には影響しないということであろうか。それとも、1998年の急激な変化の(前後の)ときだけは、その因子は男性の自殺件数にのみ影響を与え、他の時期には男女双方に影響を与えたということだろうか。常識的にみて、そのようなことはいささか考えにくいが・・・。

(8)失業率と自殺者数

では、第三の因子としてなにが考えられるだろうか。佐藤(※)は、離婚に影響を与えるとされる要因をいくつか挙げている。それによると、「2年前の夫の失業経験」が要因として大きいが、その他には、「幼い子供の存在」、「貯蓄額」、「夫の所得」などが挙げられている。

※ 佐藤一磨「夫の失業が離婚に及ぼす影響」(内閣府経済社会総合研究所「経済分析」, 2014年)

これらは、「幼い子供の存在」を除くと、いずれも自殺に影響与える第3の因子にならないとは言いにくいが、やはりもっとも影響の大きそうなものは、失業率であろう。


2 失業率と離婚件数

そこで、以下に、「失業率と離婚件数の推移」及び「失業率と離婚件数の相関」をグラフ化してみた。

離婚件数と自殺者数の推移

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この相関係数R2は0.837とおどろくほど高い。なお、これは離婚した夫婦は、いずれか一方が90.5%の割合で失業しているという意味ではないし、夫が失業した夫婦のうち90.5%が離婚するという意味でもないのでご留意頂きたい。なお、この点について、村上(※)は、「t時点に夫が「失業」した家族のうち、5%がt+1年度に離婚している」としている。

※ 村上あかね「夫の「失業」にともなう家族生活の変化」(日本労働研究雑誌,2010年)

失業率と自殺件数の相関

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自殺件数と失業率の相関

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また、同様に自殺者と失業率の相関も、同様に高い。ちなみに、図は省略するが、男性に限るとR2は0.8783、女性に限ると0.5063となり、女性は失業率との相関もあまり高くはない。

このように考えると、失業率や離婚率に影響を与えるような、もしくはそれらと強い相関があるような因子が存在するとすれば、男性はそれによって自殺のリスクが高まるが、女性はそのような理由に対してはある程度の耐性があるということらしい。


3 最後に(ひとつの仮説)

ここから先は、たんなる仮説であって根拠はないが、自殺件数の変動には長期的な波と短期的な波があり、長期的な波には男性のみに顕著に現れ、短期的な波は男性、女性双方に同様に現れるようだ。そして、この長期的な変化に男性は耐えられなかったが、女性は耐えられたということではなかろうか。

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最近の大きな変化といえば、企業間の繋がりが希薄になり、会社と労働者の関係も希薄になりつつあるということが挙げられよう。かつての企業は関係企業との信頼関係を重視して継続的な取引を重視していたが、最近では短期的な利益を求めて入札制度を採るようになってきている。また、企業も労働者との関係も、年功序列から成績重視に代わるなど、それまでの人間関係重視型から近代的な契約型に変わりつつあるように思える。

そのような企業社会の人間関係が希薄化するという巨大な波に、男性はそれまで企業社会とは無関係な人間関係を築くことに失敗していたために耐えられなかったが、女性は成功していたために耐えられたということではなかろうか。男性は中途退職すると元の企業の人間との関係を断ってしまうケースが多いようだが、女性は会社を辞めてもあまり気にせずに元の会社の友人と付き合うようだ。これもまた、企業社会と無関係な人間関係だといえよう。また、地域での子供を通した付き合い(の一部)が、親密な友人関係に発展することもあるようだ。

そして、2009年以降の男性の自殺者数の減少は、ことによると若者を中心とした会社意識の希薄化・ドライ化が、結果的に、自殺件数の場合については良い方向へ出たということなのかもしれない。




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