※ イメージ図(©photoAC)
厚生労働省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」は、「職場復帰支援において取り扱う労働者の健康情報等の内容は必要最小限とし、職場復帰支援と事業者の安全配慮義務の履行を目的とした内容に限定すべきである
」としています。
また、個人情報保護法第17条及び第18条は、個人情報を取り扱う場合は目的を限定しなければならず、その目的を超えて取扱ってはならないと定めています。
しかし、現実には、「安全配慮義務の履行」と「事業遂行上の必要性」を厳密に区別しろといわれても難しい面があります。また、健康情報等を扱う職員が、同時に事業遂行にも責任がある場合もあるでしょう。その場合、立場を区別しろと言ってみても現実には困難です。
労働者の健康情報の取扱いについて、目的外利用を防止するための考え方を解説します。
1 健康情報の使用目的と目的外使用の禁止
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(1)目的外使用が許されない理由
※ イメージ図(©photoAC)
個人情報保護法第17条第1項は、個人情報取扱事業者(※1)は、「個人情報を取り扱うに当たっては、その利用の目的(以下「利用目的」という。)をできる限り特定しなければならない」(※2)としている。
※1 「個人情報取扱事業者」とは、個人情報データベース等を事業の用に供している者をいう。国、地方自治体、独法は除かれるが、民間機関であれば取り扱う個人情報の数によらない。
※2 内閣府「個人情報保護委員会webサイト自体に関する質問 Q2-1」の中で、「利用目的を『できる限り特定する』とは、個人情報取扱事業者が、個人情報をどのような目的で利用するかについて明確な認識をもつことができ、個人情報の本人にとっても、自己の個人情報がどのように取扱われるか予測することができる程度という趣旨です
」としている。なお、「労働者の健康情報の保護に関する検討会報告書」が同条の解釈として「その『できる限り特定』とは、抽象的、一般的な特定ではなく、具体的かつ個別的な特定である
」と述べていることにも留意すべきである。
従って、利用目的に「業務遂行上の都合」が含まれていないのであれば、本人の同意がない限りその目的では使えないことになる。
(2)目的外使用の例
例えば、一度休業していた労働者が再び休業するような場合、休業の最長保障期間に前の休業期間を算入するかどうかを、休業の原因となる疾患が前回の休業の疾患と同一かどうかで異なる扱いをすることがある。
このとき、利用目的を安全配慮義務や適切な職場復帰支援のために限っているのであれば、疾患名(※)や症状などの健康情報を用いて疾患が同一のものかどうかを判断することは、安全配慮義務や適切な職場復帰支援のためとはいいがたく、このような目的のためには使用できないとも考えられる。
※ 心の健康問題では同じ疾患に異なる診断名がつくことは多いのが実態ではあるが。
2 目的外使用を徹底することの困難性
しかし、そもそも多くの場合に、健康情報の利用の目的を明確に区別することはできないのではないかとの疑問がある。例えば責任の低いポストへの異動のために健康情報が用いられたとしても、責任の低いポストへの異動の直接の目的が「安全配慮義務の履行」のこともあり得るだろう。
このような場合、主目的が安全配慮義務の遂行であり、低いポストへの移動が安全配慮義務の履行に不可欠だということが証明できれば、目的の一部に「事業遂行上の都合」が含まれていたとしても問題はないと考え得る。もちろん、前者が後者の「隠れ蓑」であってはならないことはいうまでもない。
3 最後に(結論)
※ イメージ図(©photoAC)
しかしながら、個人情報がその目的があいまいなまま用いられると、職員が個人情報の提供に躊躇するようになり、職場復帰対策の目的が達成できなくなることも考えられる。もちろん、だからといってただ隠せばよいというものではない。法令に従った上で知らせるべき人には必要な情報をきちんと知らせ、その情報が有効に活用されるようにするべきである。
そのため、企業において健康情報を扱うためのルールを定め、労働者に周知しておくこと、また、手引きにある「健康情報等を取り扱う者に対して、その個人情報保護への責務を認識させ、具体的な健康情報等の保護措置に習熟させるため、必要な教育及び研修を行う」ことが重要になる。とりわけ職場の上司、同僚に個人情報を伝える場合には、何をどのように伝えるかについて十分な検討が必要である。
※ 厚生労働省の「職場におけるメンタルヘルス対策のあり方検討委員会報告書」は、「また、保健医療職が衛生管理者として選任されている場合や人事担当者が健康保険組合の職務を兼務している場合など、複数の立場を兼務している者がメンタルヘルス情報を取り扱う際は、いずれの立場で取り扱うのかを明確にしておくことが求められる
」としている。
しかし、真にプライバシーの保護を確立してトラブルを避けるためには、これだけでは足りない。職務上労働者の健康情報を知る立場にある職員や職場の上司や同僚に対して、人権意識を高めるとともに心の健康問題について誤解や偏見をなくすために必要な教育・啓発を行うことが重要となる。
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