※ イメージ図(©photoAC)
心の健康問題に罹患した場合、専門の医療機関で治療を受けるときに、精神科、神経科、心療内科のいずれを受診するべきか迷うことがあります。
このことは、会社が、心の健康問題を有する労働者に、専門医への受診を勧める場合にも、同様な迷いが起きることがあります。
心の健康問題やそれを原因とする身体の異状がある場合、どの診療科を受診すべきかについて解説します。
- 1 精神科・神経科と心療内科の違い
- (1)精神科と心療内科の違い
- (2)心療内科とは
- (3)精神保健指定医とは
- (4)その他の診療科
- 2 心の健康問題で受療すべき診療科
- (1)「こころの耳」のQ&Aの記述
- (2)精神科と心療内科のどちらを受療すべきか
- (3)その他
1 心の健康問題と診療科
執筆日時:
(1)精神科・神経科と心療内科の違い
ア 精神科と神経科
※ イメージ図(©photoAC)
心の健康問題やそれを原因とする身体の異状が起きた場合、精神科、神経科、心療内科のいずれを受診するべきだろうか。
この点について、まず、精神科と神経科は同じものと考えてよい。かつての神経科は広い分野の疾患を扱っていたが、その後、脳神経外科と神経内科が独立した。そのため、その後の神経科は(精神科と同様に)精神疾患を扱う診療科となっている。
結果的に同じものとなってしまったため、神経科とは、精神科と標榜(表示)すると患者が来院しにくいと考える精神科の医療機関が表示するものという考え方もあったほどである(※)。そのようなこともあり、2008年(平成20年)4月以降は、新たに神経科を標榜することとはできなくなった。現在、神経科を標榜する医療機関は、歴史のある機関に限られている。
※ 西村健他「日本における精神科診療所の歴史(松下正明他編「精神医療の歴史」所収)」(中山書店 1999年)、岡田靖雄「日本精神科医療史」(医学書院 2002年)など
医療機関によっては、精神神経科、神経精神科などと表示したり、メンタルクリニックなどとしていることもあるが、これらの診療科も精神科と同じものと考えてよいだろう。
イ 精神科と心療内科
次に精神科と心療内科であるが、これについてのよくある誤解として、症状が重ければ精神科、軽ければ心療内科と、漠然と思っておられる方も多いようである。しかし、それは本来の意味からいえば間違いだ。
結論を先に言えば、心の健康問題の症状が「心」に強く現れていれば精神科・神経科を受診し、「身体」に強く(実際に)現れていれば心療内科を受診するのが、本来のあり方なのである。ただ、表示(標榜)されている診療科と、医師の専門が必ずしも一致しているとは限らないので注意が必要である。
(2)心療内科とは
※ イメージ図(©photoAC)
心療内科は、精神科の分野ではなく内科の一部門で、本来の専門は心身症の治療である。
九州大学心療内科のWEBサイトに端的に記載されているが、心身症とは、心の問題に関係する身体疾患のことである。その例としては、ストレスに起因する胃潰瘍・気管支喘息・蕁麻疹・過敏性腸炎などがある。なお、身体表現性障害(その中に心気障害(心気症)がある)と混同されることがあるが、別なものである。
心身症がどういう病気かは、“心身医学の新しい診療指針”(日本心身医学会教育研修委員会編、1991年)において決められています。それをわかりやすく言い換えると、「身体の病気の中で、発症やその後の経過に心理社会的な要因が密接に関係しているものを心身症といいます。ただし、神経症やうつ病などの病気は心身症とは呼びません」、となります。
「心理社会的な要因」というのは、例えば性格(神経質等)や行動パターン(いつも他者に合わせてしまう等)などの個人内の要因、あるいは社会的なストレス(配偶者の死、借金、仕事の忙しさ等)などのことです。
※ 九州大学心療内科のWEBサイト
つまり神経症(※)やうつ病などの精神疾患の治療は心療内科の分野ではないことになる。
※ 神経症とは、パニック障害、全般性不安障害、強迫性障害、気分変調症などである。なお、神経症(ドイツ語のノイローゼの直訳)という言葉からは神経の病気というイメージを受ける(命名当時はそう思われていた)がそうではない。最近では、国際診断基準や学術上では神経症という用語は用いられなくなっている。
ただ、関西医科大学の心療内科学講座のWEBサイトで、かつて次のように記されていたような現状はあるようだ。特に心療内科の医師が精神保健指定医(後述)であれば、精神科医療の知識がある医師と考えてよい。
全国のクリニックや病院に2000数百の心療内科が標榜されました。しかし、その多くは精神科の先生です
※ 関西医科大学の心療内科学講座のWEBサイト(現在は上記の記載は削除されている。)
また、本来の心療内科医も、心身症の治療だけに当たっていることはほとんどなく、精神科医療の経験や知識があることが多いようである。
例えば、中村他(※1)は「最近では心療内科の先生方が、心身症ばかりでなく神経症やうつ病の一部も治療するというように、次第に軽症のこころの障害に手を広げつつあるのが現状です
」とし、三木(※2)は「『軽症うつ』なら心療内科へ
」としている。
※1 中村敬他「気楽に行こう、精神科!」(マガジンハウス 2000年)
※2 三木治「『軽症うつ』を治す」(洋泉社 2004年)
(3)精神保健指定医とは
精神保健指定医とは、精神保健福祉法第18条に基づき厚生労働大臣が指定した医師である。指定を受けるためには次の要件が必要になる。なお、1988年の時点で5年以上精神科医であった医師は無条件で指定がとれた。
【精神保健指定医の要件】
- 5年以上診断または治療に従事した経験を有すること
- 3年以上精神障害の診断または治療に従事した経験を有すること
- 厚生労働大臣が定める精神障害につき厚生労働大臣が定める程度の診断または治療に従事した経験を有すること
- 厚生労働大臣の登録を受けた者が厚生労働省令で定めるところにより行う研修(申請前一年以内に行われたものに限る。)の課程を修了していること
※ 精神保健福祉法第18条
その職務は、任意入院の継続の必要性の判定、医療保護入院に当たって任意入院が行われる状況にないかどうかの判定、応急入院の必要性の判定などである
また、「精神科専門医制度」は、社団法人日本精神神経学会が制定・運営しているもので、「精神科医療に関する学識および経験を有する医師を精神科専門医(以下、専門医)として認定」(※)することを目的としている。
※ 社団法人日本精神神経学会「精神科専門医制度規則」
(4)その他の診療科
なお、表題には示していないが、「脳神経外科」は外科的な分野で、「神経内科」は神経系の問題によって起きる機能不全や障害の治療が対象である。いずれも、本来は心の健康問題を診るものではない。
ただ、一部に神経内科と表示する精神科医がいる一方で、神経科に本稿でいう神経内科を含めたり、神経科を神経内科そのものの意味で用いるケースも、かつてはあったようだ。
2 心の健康問題で受療すべき診療科
(1)「こころの耳」のQ&Aの記述
かつて、厚生労働省のWEBサイト「こころの耳」のQ&A(Q-M-27)(※)では、ごく簡単に「心の病を専門とする医師は、精神科医と心療内科医です。心の病を専門とする医療機関の正式な標榜科目名は、心療内科、神経科、精神科です
」と区別せずに説明していた。
※ 現在では、このQ&Aは削除されている。しかし、内容が不適切だからということではなく、サイトのリニューアルの際に、Q&Aの質問をより一般向けに変更したということのようだ。
一方、同じ厚生労働省の「こころもメンテしよう」では、心療内科について次のように記している。
「心療内科」は、ストレスなど心理的な要因で体に症状(胃潰瘍、気管支ぜんそくなど)が現れる「心身症」をおもな対象としています。しかし、「心療内科」とあっても、実際にはこころの病気を診ている医療機関もあります。ただし、軽いうつ病や神経症など一部のこころの病気しか診ないところもあります。
※ 厚生労働省「こころを専門に診る病院の種類は?」
厚生労働省の同じページに「科名や看板だけではわかりにくいときは、直接に電話してどんな病気を診てくれるのか、問い合わせるのもよいでしょう
」とされていることを合わせて紹介しておく。
(2)精神科と心療内科のどちらを受療すべきか
※ イメージ図(©photoAC)
医師はすべての診療科(麻酔科には特別な要件があるが)で診療することができる。内科医が内科の他に心療内科を標榜したり、(最近増えつつあるといわれるが)勤務医時代に内科や外科に勤めていた医師がメンタルクリニックや心療内科などの名称で診療所を開業して心の健康問題の診療に当たることも可能である(※)。
※ 本稿では「精神科医」を、卒後臨床研修を精神科で重点に受け(現行制度では少なくとも1カ月は精神科の研修を受けることになる)、その後勤務医・開業医として精神科での診療の経験を有するなど、精神科医としての専門的な知識を有する医師という意味で用いている。
とは言え、本来は、精神疾患であればその治療は精神科医で受療することが望ましいことはいうまでもない。一方、心の健康問題は身体にも現れることが多いが、心身症であればその治療は心療内科医の方が望ましい。
しかし、精神疾患であっても、症状があまり重くなく、精神科という言葉に強い抵抗があるようなら心療内科で受療することも考えられる。
ただし、自殺の恐れがあると考えられるような場合は、心療内科ではなく精神科医を受診するべきである(※)。
※ 厚生労働省の受託を受けて中災防が作成した「職場における自殺の予防と対応」においても、「精神科医を受診しよう
」とあり「心療内科医」には触れられていない。自殺のおそれがあるようなケースや、統合失調症などでは、精神科医を受診すべきである。
(3)その他
また、どの診療科で受療するかとともに、以下のことについても考慮した方がよい。
【医療機関を選ぶ際に考慮するべき事項】
- 精神科と心療内科のどちらを受療するか
- 大学病院や総合病院の精神科、入院施設のある単科の精神病院、外来のみの診療所のいずれを選ぶか
- 自宅との交通の便はどうか
- (状況によっては)医師が本人と同性か
なお、心の健康問題と見えたものが、実は身体疾患の症状だったということもあるので、それを確認する必要がある場合があることにも留意するべきである。
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