
※ イメージ図(©photoAC)
心の健康問題によって休業している労働者が職場復帰を望む場合、職場復帰可能という主治医の診断書と、職場復帰はもう少し待つべきという産業医の判断が異なることがあります。
これについて、「産業医と主治医の判断では、産業医の判断を優先して、最終的に事業者が決定すべき」などという主張を見かけることがあります。しかし、職場復帰の可否の判断は産業保健の立場からだけ行えばよいというものではありません。当然のことながら、法律的な問題や労務管理上の問題を考慮する必要があります。
主治医の判断と産業医の判断が異なる場合、どのような対応をするべきかについて解説します。
- 1 職場復帰に当たっての主治医の診断書
- (1)主治医の診断書について
- (2)主治医との連携を図ることの意義
- 2 法律的な考え方を検討する必要性
- (1)広い観点からの判断の必要性
- (2)主治医の診断書と異なる判断をする場合の留意事項
- 3 最後に
1 職場復帰に当たっての主治医の診断書
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(1)主治医の診断書について
ア 主治医の診断書が事業者として疑わしいと感じられる場合

※ イメージ図(©photoAC)
心の健康問題のみならず、健康上の理由で休業している労働者が職場復帰可能とする主治医の診断書を提出したとき、事業者の目から見て疑わしいというケースはままあるというのが現状である。
また、そのような場合は、産業医も復職は困難という判断をしていることが多いだろう。このような事業者の判断は、決して根拠のないものではない。
柏木が 2005 年に行った調査によると、主治医が患者(休業している労働者)の意向に沿った診断書を出すケースは多いとされている。
イ 主治医の診断書を否定することのリスク
しかしながら、主治医は日常から本人の治療に当たっている。すなわち、症状の判断については、明確な根拠がない限り、原則として主治医の尊重せざるを得ない。もちろん、前述したように、主治医は、職場復帰可否の判断をするに当たって、どうしても本人や家族の希望を考慮することになりがちであることは否定できない。
この点についてよく誤解されているが、厚生労働省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」は、主治医よりも産業医の判断を常に優先すべきとはしていない。
また、判例でも次のように述べるものがある。
会社は、従業員が復職の際に提出した専門医による診断書の内容を原則として十分に尊重すべき
※ 仙台地判昭和61年10月17日
診断書の結果が当該企業内における高度の労務に堪え得ることを証明するとき、または復職後に予定される具体的勤務内容がその診断の資料に供せられた上、当該業務に支障のないことが証明された場合には、協会(事業者:引用者注)は当然に即時復職を命ずる義務を負担し、復職拒否の余地なきものというべきも、診断の結果が『軽作業に支障なし』とか『平常作業に差し支えなし』とかいう程度の抽象的判断に止まる場合には、労働契約、就業規則、労働協約等に特別の定めのない限り、右診断の結果は絶対的な拘束力をもつものではなく、復職の許否を決する一資料なり得るに止まるものと解すべき
※ 東京地決昭和25年10月26日
従って、産業医が復職は困難と判断したとしても、復職可能という主治医の診断書を一方的に無視することは、一定のリスクを抱え込むことになる。これについては、明確にどうするべきという正解があるわけではない。悩ましいことではある。
【産業医と主治医の判断が異なるとき】
- 安西(※1)は先述した東京地決昭和25年10月26日を引いて、(医師の診断書に)「軽作業という条件が付せられている場合には、それに該当する職場とその職場への配属の余地がなければ復職を拒否しても正当な理由があることになる。そして、この判断は企業内の健康管理責任に関することであるから(中略)『健康管理に関すること』(安衛規則第一四条第一項:原注)として、産業医の判断が優先する」)とする。
- 五十嵐(※2)は「主治医と産業医・産業保健スタッフ・人事労務担当者とが情報を共有し的確な主治医の意見をくみ上げるシステムの整備が緊急の課題である」とする。
- 中窪(※3)は主治医と産業医の意見が異なったときは「サードオピニオン」の意見を求めるなどの手続き整備が必要だとする。
※1 安西愈「トップ・ミドルのための採用から退職までの法律知識(十二訂)」(中央経済社 2009年)
※2 五十嵐良雄「メンタルクリニックにおけるうつ病(榎本稔他編「外来精神医療の現状」所収)」(至文堂 2008年)
※3 中窪裕也他「労働判例この一年の争点」(労研520号 2003年)
ウ 会社指定の医師への受診の指示
場合によっては、職場復帰の可否判断などのために、企業が指定する医師への受診命令を行うことも考えられる(※)。しかし、心の健康問題について一度だけの検診で病状や予後予想が明確にできるのかという問題はあろう。
※ 法定外の健診を命じるには、合理的な理由が必要である。なお、できれば事前に就業規則等に定めておくことが望ましい。
復職判断に当たって会社指定医や産業医等による検診を命令することについて、職場復帰支援の手引きは、否定もしていないが奨励しているわけではない。なお、判例では合理的な理由があれば検診命令は有効とする(最1小判昭和61年3月13日)。しかし、主治医の判断と検診命令による診断結果の、どちらが合理的な内容なのかは別な問題であろう。
主治医は継続的に診察しているのだから、一度だけ診察した医師とどちらが正しい判断が下せるかということになる。なお、判例では主治医の診断結果ではなく企業(学校)指定の医師の診断を優先させた例もある(大阪地判平成17年4月18日)が、どこまで一般化できるかは問題である。
【判例は必ずしも産業医の判断を優先するとはしていない】
判例で、職場復帰について主治医と産業医の判断が異なった事例について、産業医が当該労働者の健康診断も担当していた等の事実からすると、(企業側が)産業医の診断を重視して復職を認めなかった判断は正当であるとしているものがある(大阪高判平成14年6月19日)。
この判例について、判例が主治医よりも産業医の判断を重視すべきとしている根拠とされることがあるが、この判例は産業医が「相当精密な検査を」しており「主治医の診断でも病状が好転していることを示すものはなかった」ケースについてのものであり、これについてもどこまで一般化できるかは問題であろう。
(2)主治医との連携を図ることの意義
そのため職場復帰支援の手引きは、本人の了解を得た上で、産業医を通して主治医の意見を聴取することが重要としている。
また、主治医の側も、事業場の職務の内容が分からないため、職場復帰の可否の判断に苦慮していることがある。主治医に対して、一方的に不信感を持つことは好ましいことではない。むしろ、職場で求められる仕事や可能な配慮の内容などについて主治医に情報提供を行うことにより(※)、主治医の判断をより適切なものとするという観点も必要だろう。
※ 労働者が主治医に対して、会社の業務内容や復職制度について正しい情報を伝えているとは限らない。もちろん、主治医への情報提供は、あくまでも主治医がそれを望むことが前提ではある。
なお、一般的な会社の制度についての情報提供であれば、本人の同意は不要である。しかし、トラブルを防ぐためには、本人が休業するときに、主治医との連絡を取ることがあると伝えておくことが望ましい。
なお、大野(※)は、主治医の立場から、仕事に復帰するタイミングについて「私は医師としてある程度のアドバイスはできるが、最終的な判断は患者さんと職場とで相談して決めて欲しいと答えるようにしている」という。これは「同じような精神状態でも職場の状況や仕事の内容、その人の気持ちでずいぶんと違ってくる」からだという。
※ 大野裕「『心の病』なんかない」(幻冬社 2006年)
2 法律的な考え方を検討する必要性
(1)広い観点からの判断の必要性
ただ、医学的な意見だけから職場復帰可否の判断ができるわけではない。最終的には、主治医の診断、本人や職場の様々な事情なども勘案し、産業医の意見を受けて、事業者として責任を持った判断をする必要がある。この際には、安全配慮義務の履行、民法その他の法律や各事業場の就業規則(契約関係)の規定等についての幅広い検討が必要となる。
(2)主治医の診断書と異なる判断をする場合の留意事項
なお、主治医の判断(≒本人の希望)と異なる決定をする場合は、十分な根拠がなければならないし、トラブルにならないよう、本人に十分な説明をすることも重要である。この立場をとる判例として、次のものがある。
適正な診断書が提出されたにも拘わらず被告において従業員の復職を拒否する場合には、提出された診断書の内容とは異なる判断に至った合理的理由を従業員に明示すべき義務があ(る)
※ 仙台地判昭和61年10月17日
さらに、あらかじめ企業としての判断の手続きを明確にし、主治医の意見等を参考にあくまでも事業者が判断するということを、就業規則等に定めて周知しておくことも有効だろう。
3 最後に

※ イメージ図(©photoAC)
最後になるが、事業者の決定はあくまでも雇用契約の一方当事者の判断にすぎないことは念頭におくべきである。労働条件は、事業者が一方的に決めるべきことではないのである。
また、判例も、復職可能時期の判断に当たって医学的な妥当性を重視するし、必ずしも産業医の所見ばかりが尊重されているわけではない。例えば、次のように述べている判例がある。
運行搭載課の職場事情のもとにおいて申請人(労働者:引用者注)を他の課員の協力を得て当初の間はドキュメンティストの業務のみを行わせながら徐々に通常勤務に服させていくことも充分に考慮すべきであり、後遺症の回復の見通しについての調査をすることなく、また、復職に当たって配転を全く考慮することなく、単に産業医の判断のみを尊重して復職不可能と判断した被申請人(会社:引用者注)の措置は決して妥当なものとは認められない
※ 東京地判昭和59・1・27
このことからもわかるように、産業医の判断に無条件に従えばよいというものではない。トラブルを避けるためにも、このことは留意する必要がある。
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