※ イメージ図(©photoAC)
厚生労働省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」は、職場復帰する労働者に対してフレックスタイム制度の適用を行うことについて「ケースにより使い分ける
」とされています。
フレックスタイム制度は、心の健康問題で休業した労働者の職場復帰に当たって、業務上の配慮のひとつであると考えられていたこともありましたが、現在ではそれを適用することの問題も指摘されています。
心の健康問題で休業した労働者の職場復帰に当たって、フレックスタイムを適用することの適否について、どのように考えるべきかを解説します。
1 心の健康問題を有する労働者へのフレックスタイム制度の適用
執筆日時:
(1)フレックス制度適用の可否
※ イメージ図(©photoAC)
心の健康問題によって休業した労働者が職場復帰をする場合、職場復帰を受け入れる部署でフレックスタイム制度を導入していることがある。この場合、職場復帰をする労働者にフレックスタイム制度を適用するべきであろうか。
厚生労働省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」は、職場復帰する労働者に対してフレックスタイム制度の適用を行うことについて「フレックスタイム制度の制限又は適用(ケースにより使い分ける。原注、下線強調引用者)
」とされている。
6 その他職場復帰支援に関して検討・留意すべき事項
(1)~(3)(略)
(4)職場復帰後における就業上の配慮等
ア (略)
イ 職場復帰後における就業上の配慮
(略)
このように、就業上の配慮の個々のケースへの適用に当たっては、どのような順序でどの項目を適用するかについて、主治医に相談するなどにより、慎重に検討するようにすることが望ましい。具体的な就業上の配慮の例として以下のようなものが考えられる。
(略)
・ フレックスタイム制度の制限又は適用(ケースにより使い分ける。)
(略)
※ 厚生労働省「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」
(2)フレックス制度適用の問題点
実は、2009年(平成21年)の大幅改訂まで、職場復帰支援の手引きは、職場復帰後の業務上の配慮の一つとしてフレックスタイムを積極的に評価していたのである。
2009年の改訂で「可否を検討する」とされたのは、改訂のための委員会で委員から次のような意見が出されたことなどが理由である。なお、これらは、休業前にフレックスタイムを適用されていた労働者についても、原則として同様である。
【心の健康問題を有する労働者にフレックスタイムを適用する問題点】
- ① 生活リズムを整えるためにはフレックスタイムは望ましくないと考えられること
- ② メランコリー親和型のうつ病や不安障害などでは朝のうち調子が悪く夕方になって良くなること(日内変動)が多い(※)ため、フレックスタイム制度を適用すると、本来は正規の就業時間で働けるようになってから職場復帰をすることが望ましいにもかかわらず、早すぎる職場復帰を誘引するおそれがあると考えられること
- ③ 「遅刻」が増えても問題のある遅刻と認識されないため、労働者の体調が悪化しても、産業保健スタッフが把握しにくいこと
※ 貝谷によると、パニック障害の抑うつでは朝夕の調子が逆になることもあり(貝谷久宣「パニック性不安うつ病」(心身医学第44巻 第5号 2004年))、強迫性障害のうつ状態では日内変動はでないことが多く、非定型うつ病では夕方に調子が悪くなる例が多いとされている(貝谷久宣他「非定型うつのことがよく分かる本」(講談社 2008年))。
また、手引きには記されていないが、裁量労働制も同様な理由から慎重に行うべきである。これについて、鈴木(※)は、心の健康問題からの職場復帰時には裁量労働制は行うべきではないとしている。
※ 鈴木安名他「新訂 労災・通災・メンタルヘルスハンドブック」(経営書院 2005年)
(3)フレックス制度を適用するべき場合
なお、職場復帰支援の手引きはフレックスタイム制度が常によくないとしているわけではない。病気が長期化(遷延化)している場合などでは、疾患をかかえたまま働かざるを得ないこともあり、フレックスタイムによって救済されたと感じる労働者もいる。また、産業医の指導の下でフレックスタイムを導入してスムーズな職場復帰につなげている事例もある。
さらに、子育てや介護をせざるを得ない労働者の場合、フレックスタイムを適用せざるを得ない場合もあろう。
重要なことは、主治医とも連携を図りつつ、精神科産業医などの専門家の意見を聴くということである。
2 最後に(結論)
※ イメージ図(©photoAC)
心の健康問題は多様なものであり、フレックスタイム制度に限らず、機械的にその適用の是非について定められるようなものではない。
ある場合には有効な制度であったとしても、他の場合にはよくない結果をもたらすこともある。それらの制度を有効に行うためには、個別の対応を図るしかないのである。
フレックスタイム制度は、基本的に導入を避けるべきではあるが、専門家の意見を聴取して実施することにより効果的なものとなることがある。
繰り返しになるが、基本は、主治医とも連携を図りつつ、精神科産業医などの専門家の意見を聴いて行うことである。
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