「除く」とあったら除いてよい?




トップ
テミス

安衛法に限らず法令には、日常の感覚とは異なる言葉遣いがされていることがあります。そのひとつに「除く」という言葉があります。

法条文に慣れていると、通常の文章とは異なる意味だということさえ忘れてしまうほど、よく使われています。そして、論理的には間違っていないので、さらにややこしいことになります。

法条文に「除く」とあったら除いていいのでしょうか? いや、それは少しお待ちください。




1 はじめに

執筆日時:

ある教育機関の管理者の方から、次のようなご質問を受けた。

【某教育機関の管理者からの質問】

  • ある受講生から「制限荷重が1トン以上の揚貨装置の玉掛けの業務には、技能講習の資格がなくてもできるとクレーン則に書いてあるが、間違いではないだろうか」と質問を受けた。
  • クレーン則を見ると、確かにそう書いてある。しかし、制限荷重1トン以上の揚貨装置の玉掛けには技能講習修了などの資格が必要なはずである。これはどういうことだろうか。

これは、法律にある程度詳しい方でも、法律系の仕事をしていないと、ときどき誤解することがある「除く」という用語の問題なのである。


2 クレーン則にある「除く」という表現

(1)クレーン則によれば揚貨装置の玉掛けに資格は不要?

説明に入る前に、まず問題となっている条文を見て頂こう。クレーン則第221条は次のようになっている。

【クレーン等安全規則】

(就業制限)

第221条 事業者は、令第二十条第十六号に掲げる業務(制限荷重が一トン以上の揚貨装置の玉掛けの業務を除く。)については、次の各号のいずれかに該当する者でなければ、当該業務に就かせてはならない。

 玉掛け技能講習を修了した者

 職業能力開発促進法(昭和四十四年法律第六十四号。以下「能開法」という。)第二十七条第一項の準則訓練である普通職業訓練のうち、職業能力開発促進法施行規則(昭和四十四年労働省令第二十四号。以下「能開法規則」という。)別表第四の訓練科の欄に掲げる玉掛け科の訓練(通信の方法によつて行うものを除く。)を修了した者

 その他厚生労働大臣が定める者

さて、これをご覧になってどのように思われるだろうか。「制限荷重が1トン以上の揚貨装置の玉掛けの業務」には、技能講習の修了者等でなくても、実施して良いと思われるだろうか。


(2)安衛則は、揚貨装置の玉掛けに資格が必要だとしている

揚貨装置

※ イメージ図(©photoAC)

しかし、仮にそう思われたとしても、制限荷重が1トン以上の揚貨装置の玉掛けの業務を無資格者(技能講習の修了等をしていない者)に行わせるのは、少しお待ち頂いた方がよさそうだ。そんなことをすれば、監督官から是正勧告書を交付されることは間違いない。

まずは、その前に、安衛則第41条と安衛則別表第3をよく読んでみよう。こちらは、令第二十条第十六号の業務のすべてについて、玉掛け技能講習を修了した者等でなければ実施してはならないとされているのだ。どこにも「制限荷重が一トン以上の揚貨装置の玉掛けの業務を除く」などとは書かれていない。

【労働安全衛生規則】

(就業制限についての資格)

第41条 法第六十一条第一項に規定する業務につくことができる者は、別表第三の上欄に掲げる業務の区分に応じて、それぞれ、同表の下欄に掲げる者とする。

別表第三 (第四十一条関係)

業務の区分 業務につくことができる者
(略) (略)
令第二十条第十六号の業務

 玉掛け技能講習を修了した者

 職業能力開発促進法(昭和四十四年法律第六十四号。以下「能開法」という。)第二十七条第一項の準則訓練である普通職業訓練のうち、職業能力開発促進法施行規則(昭和四十四年労働省令第二十四号。以下「能開法規則」という。)別表第四の訓練科の欄に掲げる玉掛け科の訓練(通信の方法によつて行うものを除く。)を修了した者

 その他厚生労働大臣が定める者

しかも、安衛則別表第3の定めは、クレーン則第221条の各号の定めと、寸分違わずまったく同じなのだ。


(3)そもそもの安衛法の条文を読んでみよう

さて、ここでどちらが正しいのかということを問題にする前に、基本に立ち返って、まずは関係する条文をきちんと読むことから始めよう。ここで、問題になっている「令第二十条第十六号」とは何か、また技能講習を実施しなければならないというからには法律に根拠がなければならないが、その条文は何かである。

もちろん、「令」とは安衛令のことであり、就業制限業務の根拠条文は安衛法第61条である。これらの条文は、次のようになっている。

【労働安全衛生法】

(就業制限)

第61条 事業者は、クレーンの運転その他の業務で、政令で定めるものについては、都道府県労働局長の当該業務に係る免許を受けた者又は都道府県労働局長の登録を受けた者が行う当該業務に係る技能講習を修了した者その他厚生労働省令で定める資格を有する者でなければ、当該業務に就かせてはならない。

 前項の規定により当該業務につくことができる者以外の者は、当該業務を行なつてはならない。

3及び4 (略)

【労働安全衛生法施行令】

(就業制限に係る業務)

第20条 法第六十一条第一項の政令で定める業務は、次のとおりとする。

一~十五 (略)

十六 制限荷重が一トン以上の揚貨装置又はつり上げ荷重が一トン以上のクレーン、移動式クレーン若しくはデリックの玉掛けの業務

この2つの条文を読めば明確であろう。安衛法第61条は、「政令で定めるものについて」一定の資格を有する者でなければ行ってはならないとしている。そして、その政令の定めは安衛令第20条であり、その第十六号は明確に「制限荷重が一トン以上の揚貨装置(中略)の玉掛けの業務」を含めているのである。

そもそも省令であるクレーン則が、就業制限業務の範囲を定めているわけがないのだ。クレーン則は安衛法第61条の「厚生労働省令で定める資格」を定めているに過ぎないのである。ではなぜ、「制限荷重が一トン以上の揚貨装置の玉掛けの業務を除く」などとしたのだろうか。


(4)やはり資格は必要である。でもなぜ?

種を明かせば、揚貨装置はクレーンではないから、クレーン則は揚貨装置を対象としていないのである。そのために、第221条は「制限荷重が一トン以上の揚貨装置の玉掛けの業務を除く」としているのだ。「揚貨装置なんて、私(クレーン則)の知ったことじゃないもんね。それについては私は何も言わないから、他の誰かに聞いてね」というわけだ。

同規則第221条は、あくまでも、令第二十条第十六号に掲げる業務のうち、クレーン則の対象となるもの(揚貨装置以外)について、玉掛けの業務については、玉掛け技能講習を修了した者等でなければ行ってはならないとしているだけである。揚貨装置の玉掛け業務は技能講習を修了した者等でなくとも実施しても良いなどとは、一言も書かれていないのである。

クレーン則の第221条を鬼の首でも取ったように監督官に示しても、監督官は相手にしてくれない。「制限荷重が一トン以上の揚貨装置の玉掛けの業務を無資格者にやらせて良いなんてどこにも書いてないでしょ」と言われて終わりである。


3 今度は特別教育についての疑問が

(1)つり上げ荷重0.5トン未満の移動式クレーンの運転と特別教育

移動式クレーン

さて、これで技能講習についての疑問は氷解したと思っていたら、次は移動式クレーンの特別教育についての疑問が浮かび上がってきた。

同じ教育機関の管理者の方からの質問で、つり上げ荷重が0.5トン未満の移動式クレーンの運転に特別教育の受講が必要ではないかというのである。

【某教育機関の管理者からの質問】

  • 特別教育の必要な業務は安衛則第36条に書かれている。同条の第十六号には、「つり上げ荷重が一トン未満の移動式クレーンの運転(道路上を走行させる運転を除く。)の業務」とあり、つり上げ荷重が0.5トン未満の移動式クレーンの運転が除かれていない。
  • しかし、どんな参考書を見ても「つり上げ荷重が0.5トン未満の移動式クレーンの運転」には特別教育は必要がないと書かれている。これはどういうわけだろうか。

では、次は最初から特別教育に関する安衛法の義務規定と、その範囲を定める安衛則第36条を見てみることにしよう。

【労働安全衛生法】

(安全衛生教育)

第59条 (第1項及び第2項 略)

 事業者は、危険又は有害な業務で、厚生労働省令で定めるものに労働者をつかせるときは、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務に関する安全又は衛生のための特別の教育を行なわなければならない。

【労働安全衛生規則】

(特別教育を必要とする業務)

第36条 法第五十九条第三項の厚生労働省令で定める危険又は有害な業務は、次のとおりとする。

一~十五 (略)

十六 つり上げ荷重が一トン未満の移動式クレーンの運転(道路上を走行させる運転を除く。)の業務

十七~四十一 (略)

これを読めば分かるように、安衛法第59条第3項は、「厚生労働省令で定めるもの」に労働者をつかせるときは特別教育を行わなければならないとし、安衛則第36条は、明確に「つり上げ荷重が一トン未満の移動式クレーンの運転(道路上を走行させる運転を除く。)の業務」について特別教育が必要だとしている(※)

※ なお、昭和48年3月19日基発第145号「労働安全衛生法関係の疑義解釈について」は「当該業務に関連し上級の資格(技能免許または技能講習修了)を有する者、他の事業場において当該業務に関しすでに特別の教育を受けた者、当該業務に関し職業訓練を受けた者等」は特別教育を省略できるとしている。(平成9年3月21日基発第180号「特別教育に係る科目の省略範囲の明確化について」参照)

どこにも「つり上げ荷重が0.5トン未満の移動式クレーンの運転」を除くなどとは書かれていないのである。(※)

※ 厚生労働省のサイトにある「就業制限と特別教育の一覧(概要)」でさえ、つり上げ荷重が0.5トン未満の移動式クレーンの運転を除くなどとは書かれていない。


(2)安衛則では必要だが、クレーン則では不要?

ではなぜ、ほとんどの参考書で「つり上げ荷重が0.5トン未満の移動式クレーンの運転」には、特別教育の必要がないとされている(※)のであろうか。それは、クレーン則の適用除外の規定に根拠があるのである。

※ 例えば、平成25年3月25日基発0325第1号「陸上貨物運送事業における荷役作業の安全対策ガイドライン」(通達)の第2の3の「(2)労働安全衛生法に基づく資格等の取得」の「ウ クレーン等」の(オ)には、「つり上げ荷重 0.5 トン以上1トン未満の移動式クレーンの運転」に特別教育が必要だとされている。

また、厚生労働省「小型移動式クレーン運転技能講習補助テキスト」の日本語版の3ページの表1-1にも、特別教育が必要な移動式クレーンは吊り上げ荷重が「0.5トン以上1トン未満」のものだとされている。

【クレーン等安全規則】

(適用の除外)

第2条 この省令は、次の各号に掲げるクレーン、移動式クレーン、デリック、エレベーター、建設用リフト又は簡易リフトについては、適用しない。

 クレーン、移動式クレーン又はデリックで、つり上げ荷重が〇・五トン未満のもの

二~四 (略)

(特別の教育)

第67条 事業者は、つり上げ荷重が一トン未満の移動式クレーンの運転(道路交通法(昭和三十五年法律第百五号)第二条第一項第一号の道路上を走行させる運転を除く。)の業務に労働者を就かせるときは、当該労働者に対し、当該業務に関する安全のための特別の教育を行わなければならない。

一~六 (略)

 安衛則第三十七条及び第三十八条並びに前二項に定めるもののほか、第一項の特別の教育に関し必要な事項は、厚生労働大臣が定める。

確かに、クレーン則第67条第1項は、「つり上げ荷重が一トン未満の移動式クレーンの運転(中略)の業務に労働者を就かせるときは、当該労働者に対し、当該業務に関する安全のための特別の教育を行わなければならない」として、0.5トン未満の移動式クレーンを除いていないように読める。

しかし、同規則第2条(第一号)が、そもそもクレーン則は、つり上げ荷重が0.5トン未満の移動式クレーンには適用しないといっている。そのため、クレーン則第67条は、「つり上げ荷重が0.5トン未満の移動式クレーンの運転」には適用がないのである。


(3)では、どちらが正しいのか

揚貨装置の玉替けの技能講習の場合と同じだと考えると、「つり上げ荷重が0.5トン未満の移動式クレーンの運転の業務」にも特別教育は必要だと思われるかもしれない。

しかし、今度は揚貨装置の場合の安衛則第41条と別表第3に当たるものがどこにもないのである。

安衛法第59条第3項は「厚生労働省令で定めるところにより」特別教育を行えといっている。しかし、「つり上げ荷重が0.5トン未満の移動式クレーンの運転の業務」に「厚生労働省令で定めるところ」がないのである。これでは、特別教育を行うことはできない。

すなわち、答えを言えばこういうことなのである。安衛法第59条第3項は「厚生労働省令で定めるところにより」特別教育を行えといっている。そして、その「厚生労働省令(クレーン則第67条)の定めるところ」は、「つり上げ荷重が0.5トン未満の移動式クレーンの運転の業務」は除いて教育を行えといっているのである。

分かりやすく言えば、「対象として含まれるが、方法として除かれている」ということなのである。

【やや専門的な説明】

なお、やや専門的になるが、法律解釈の格言に「特別法は一般法を破る」という考え方がある。

狭い範囲に適用される法令(特別法)は、より広い範囲に適用される法令(一般法)より優先されるという解釈である。

この場合、クレーン則はクレーン関係にのみ適用があり、安衛則は労働安全衛生全般に適用があるので、クレーン則を特別法、安衛則を一般法と考えて、クレーン則の方が優先されるから、つり上げ荷重が0.5トン未満の移動式クレーンの運転の業務には特別教育を要しないと説明しているテキストを見たことがあるが、これは誤りである

特別法は一般法を破るというのは、2つの法令の間に矛盾がある場合の解決法であるが、この場合はクレーン則と安衛則の間に矛盾はない。クレーン則は、「つり上げ荷重が0.5トン未満の移動式クレーンの運転の業務」については、何も規定していないからである。


4 最後に

このような説明をすると、信じがたいと思われるかもしれないが、実を言えば法令には意外に「間違い」が多いのである。旧商法時代の会社関係の法令や手形小切手法には、けっこう間違いがあり、間違っているんだからしょうがないということでかなり無理な解釈をしたこともあったのである。

商法から会社法が分離されたときに、かなり整理されたが、法律解釈というものは、ときに合理的な結論を出すために、無理な説明をすることもあるのである。

閑話休題それはさておき、厚生労働省のサイトの「就業制限と特別教育の一覧(概要)」に、つり上げ荷重が0.5トン未満の移動式クレーンの運転を除くと書かれていないのは、安衛則第36条をそのまま書いたということなのであろう。しかし、もう少し、柔軟に表示できないものだろうか。これでは、読む側が誤解してしまうだろう。





プライバシーポリシー 利用規約