厚生労働省から「情報通信機器を用いた産業医の職務の一部実施に関する留意事項等について」(令和3年3月31日基発0331第4号)が発出されています。
本稿では、その内容について紹介するとともに、留意事項を解説しています。
1 産業医の一部業務のリモート化
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厚生労働省から「情報通信機器を用いた産業医の職務の一部実施に関する留意事項等について」(令和3年3月31日基発0331第4号)が発出されている。
きっかけはコロナ禍ということもあったのだろうが、情報処理機器を用いた業務遂行に対する国内の事業者の意識が大きく変化したことにもよるだろう。
このことは産業医にとっても、事業場までの往復の時間が節約できることから大きな利益があり、また活動がしやすくなると言ってよい。また、事業場にとっても、委員会等への医師の出席を求めやすくなるなど、産業医の協力が得やすくなるだろう。医療業務全般について、一部リモート化は医師にも概ね好感を持たれているようだ(※)。
※ 医療全般にかかわるものではあるが、本通達が発出される以前に行われた文献調査として、神田橋宏治他「遠隔機器を用いた労働者の健康管理:産業保健領域における遠隔機器を用いた健康管理のシステマティックレビューと遠隔産業医面接に関する法制度の現状」がある。
とは言え、産業医の職務の特性から、すべてがリモートでの業務というわけにはいかない。個別の職務については、以下のように整理されている。
項目 | リモート 業務の可否 |
備考 |
---|---|---|
面接指導の実施 | 可能 | 面接指導を実施する医師が必要と認める場合には直接対面により実施する |
作業環境の維持管理及び作業の管理 | 場合による |
|
衛生教育 | 可能 | 「インターネット等を介したeラーニング等により行われる労働安全衛生法に基づく安全衛生教育等の実施について」(令和3年1月 25 日付け基安安発 0125 第2号、基安労発 0125 第1号、基安化発 0125 第1号) |
労働者の健康障害の原因の調査及び再発防止のための措置 | 原則不可 | 原則として、事業場において産業医が実地で作業環境等を確認すること。ただし、労働者の健康障害の原因の調査及び再発防止のための措置について取りまとめられた報告書等を確認する等により、事業場において産業医が実地での作業環境等の確認は不要であると判断した場合には、この限りではない。 |
産業医の定期巡視 | 不可 | |
安全衛生委員会等への出席 | 可能 | 「情報通信機器を用いた労働安全衛生法第 17 条、第 18 条及び第 19 条の規定に基づく安全委員会等の開催について」(令和2年8月 27 日付け基発 0827 第1号) |
※ 筆者において、通達の内容を表にまとめた。
2 留意事項
(1)一般的な事項
また、通達は、情報通信機器を用いて遠隔で産業医の職務を実施する場合の留意事項として以下の4点を挙げる。要は、遠隔で職務を行う場合であっても、職務のレベルを引き下げてはならないということである。
しかし、いずれも、特に難しいことではない。
- 情報通信機器を用いて遠隔で実施する職務の範囲や留意事項等について、衛生委員会等で調査審議を行った上で、労働者に周知すること。
- 産業医に必要な情報を提供する際に、遠隔で職務を行う産業医に、適時に、労働者の健康管理に必要な情報が円滑に提供される仕組みを構築すること。
- 遠隔で実施する職務についても、産業医が必要と認める場合には、産業医が実地で作業環境等を確認することができる仕組みを構築していること。
- 情報通信機器を用いて遠隔で職務を実施する場合においても、事業場の周辺の医療機関との連携を図る等の必要な体制を構築すること。
なお、面接指導については、関係通達(平成27年9月15日基発0915第5号)が改正され、情報通信機器を用いた面接指導の実施に係る留意事項が定められていることに留意されたい。
(2)情報通信機器及び通信回線
使用する情報通信機器は産業医や労働者が容易に利用できるものとする必要がある。現実には、一般に用いられている汎用システムを用いて、労働者に対する教育を行うべきであろう。
また、通信回線については、映像、音声等の送受信が常時安定している必要がある。とは言え、インターネットを用いる以上、時間帯によっては映像が停止することは避けられない。これは、十分な帯域のブロードバンド回線を使用することで問題はないだろう。
さらに、情報処理機器のセキュリティ対策を十分にとる必要があることは当然である。セキュリティソフトの導入はもちろん、OSその他のソフトはバージョンアップで最新の状態にしておく必要がある。また、個人データに対するアクセス制限なども必要になろう。
3 その他
今回の改正は、当然のことながら非専属産業医を選任する事業場を念頭においたものであろう。しかし、専属産業医が関連企業の非専属産業医を兼任する場合にも活用できるものと考えられる。実態として、専属産業医のレベルは、一般の非専属産業医に比してかなり高いので、専属産業医が兼任する(※)ことにより、より高度な産業医サービスを受けることが可能となろう。
※ ただし、平成9年3月31日基発214号(一部改正:令和3年3月31日基発0331第5号)「専属産業医が他の事業場の非専属の産業医を兼務することについて」により、専属産業医が非専属事業場の産業医を兼ねても差し支えない要件が定められていることに留意する必要がある。
コロナ感染拡大防止のためにリモートによる産業医業務の拡大が望まれる。そして、このことは、産業保健活動に熱心な医師が、業務量の関係から産業医契約を行うことが困難だった場合に、その障壁を低くする効果を持つものと思われる。大いに活用できる通達であろう。