業務とは無関係な第三者による犯罪行為によって労働者が被災した場合、これは労働災害になるでしょうか。
わが国の治安も悪化することが予想される中で、このような事態も決して杞憂とは言えなくなっています。
無関係な第三者による犯罪の被害について、労働災害として補償されるのかについて分かりやすく解説しています。
1 はじめに
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最終改訂:
2019年7月18日に京都アニメーションの第1スタジオビルで重大な火災が発生(※)し、36名の方が犠牲となる事件が発生した。犠牲者の方がたのご冥福を心よりお祈りするとともに、負傷されて闘病中の方々が1日も早く回復されて欲しいと思う。
※ 刑事裁判が始まっているわけではないが、状況から判断すれば、京アニとは無関係な第三者による放火であると思われる。
災害発生の直後に、この事件による災害が労働災害となるのかというお尋ねを複数の方から頂いた。本稿を最初に執筆・公表したときは、明確なことが分かっておらず、本件が労働災害として補償されるかどうかについて、いくつかの仮定を交えて検討したものである。
よく知られているように、本件は労働災害として補償されている。そこで、元の原稿を大きく書き換えて、京アニ事件を例に挙げて、犯罪による災害の被害者が労働災害となるかについて解説することとしたい。
2 労働災害とはどのような災害か
一般論として、労働災害とは次の4つの条件を満たす「事件」であり、この4つが認められれば労働災害として認定され、国家による労災保険の補償の対象となる(※)。
※ 補償されるには「請求」という行為が必要である。なお、最初の3日間の休業補償は、労災保険の給付の対象とはならないので、事業者が行わなければならない。
- ① 負傷、疾病又は死亡という被害が発生していること。
- ② 被害者が労働者であること(労働者性)。
- ③ 災害の原因が業務であること(業務性)。
- ④ 業務と被害の間に因果関係があること(業務起因性)
なお、業務遂行性という用語があるが、これは業務起因性を判断するための前提条件であって、わが国の労災補償制度においては独立した条件とはされていない。
3 京アニの事件の労働災害該当性
以下、この4つの要件について、今回の京アニの事件を例に挙げながら、犯罪被害が労働災害となるかについて検討してみよう。
(1)被害の発生
これは、そもそも前提として被害が発生しているのであるから、認められることは当然であり問題とはならない。
(2)労働者性の有無
ア 具体的な判断基準
労働者性の有無は、一般の労働災害と犯罪による労働災害で異なるわけではないが、京アニ事件の当初、アニメ制作者の労働者性が認められるかについて、一部に疑問が出ていたので、これについても簡単に触れておこう。
労働者性の判断は、被災者の方と事業者の間の契約関係がどのようになっているかによる。これは、契約の形式的な名称(労働契約か委託契約か)ではなく、実態がどうだったかによって定まる。すなわち、労働者性は実質的に判断されるのである。
その具体的な判断基準は、実務上は1985年(昭和60年)の労基法研究会報告による労働者性の基準によることになる。
実際には取締役(民法上の委任契約)、社内で働く一人親方(民法上の請負契約)が、実質的に見て労基法上の労働者(労働契約)ではないかが争われることがあり、その区別は簡単ではない。
【労基法研究会による 労働者性を肯定する要素】
1 使用従属性
(1)仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由がない
(2)業務遂行上の指揮監督を受けている
(3)会社の指揮監督を受けている
(4)会社の指示で本来業務以外の業務に従事することがある
(5)拘束性の有無(勤務時間等が指定されている)
(6)代替性の有無(本人が、自己の業務を他の者に代替させることができない)
2 報酬の労務対象性
(1)報酬が時間給を基礎として計算されている
(2)欠勤した場合に応分の報酬が控除される
3 事業者性の有無
(1)機械、器具の負担関係(使用する機械、器具の所有者は事業者(会社)である)
(2)報酬の額(正規従業員に対して金額が著しく高価ではない)
(3)その他(売上が少ないこと等による損害に対する責任がない、独自の商号使用がないなど)
4 専属性の程度
(1)他社の勤務に従事することが禁止されている
(2)報酬に「生活保障的な要素」が強い
(3)その他(源泉徴収されている、労働保険の適用がある、服務規律の適用があるなど)
イ 一般のアニメ制作者の就労の実態
京アニのことではなく、一般的なアニメ制作者の方についていえば、労働者に該当するかどうかは、やや微妙な問題を含んでいるのが実情である。
2018年3月に厚生労働省が公表した「雇用類似の働き方に関する検討会報告書」においても、アニメ制作者について、その不透明な就労状況が指摘されている。
また、日本動画協会の2019年の調査によると、契約形態は、フリーランスが約50%、役職員(役員、正社員、バイト・パート含む)が約23%、自営業が約19%とされている。形式的には役職員の23%から役員を除いたものが労働者ということになる。
しかし、形式的にはフリーランスや自営業であっても、その仕事の性格から考えれば、労働者と判断されるべき場合も多いのではないかと私個人は思っている。
ウ 京アニの場合
今回の京アニの場合は、労災補償をされており、労働者性は認められているのである。これは、同社によれば、アニメ制作者を正社員として採用しており、いくつかの報道によっても、被災者の方はすべて正社員であるということから、とくに問題とはならなかったものであろう。
しかし、このことは京アニ以外のアニメ制作者の労働者性が認められるということではない。アニメという文化を今後とも守ってゆくためには、アニメ制作者の身分の保証が望まれるところである。
(3)業務性の有無
業務性の有無についても、一般の労働災害と犯罪による労働災害で異なるところはない。なお、業務性は、被災時に被災者の方が何をしていたかによる。勤務時間中だったかどうかとは、直接の関係はない。勤務時間中であっても、労働と関係のないことをしていたのであれば、労働災害と認められないこともある。
しかし、京アニの事件の場合、災害発生の時間帯から考えて、特に問題なく認められたということだろうと思う。
(4)業務起因性の有無
ア 問題の所在
業務と被害の間に因果関係があるかどうかの判断であるが、犯罪の被害の場合、この業務起因性が最大の問題となる。
犯罪行為が会社の業務と関連がある場合、例えば、銀行強盗によって銀行職員が被災したような場合には、労働災害として認められることは当然である。問題は、無関係な第三者による“妄想”による犯罪被害、無関係な犯罪の“巻き添え”による被害がどうなるかである。
イ 基本的な考え方
労働災害の因果関係の判断は、条件説と相当因果関係説がある。実務では、相当因果関係説をとることが判例・通説となっている。言葉を変えると、業務起因性が認められるためには、「そのような仕事をしていればそのような災害に遭うことがあるだろう」と、法律的な価値判断において思えることが必要になるのである。
犯罪被害の場合でも、基本的な考え方は同じである。「そのような仕事をしていればそのような災害に遭うことがあるだろう」と認められれば、労働災害ということになる。ただ、アニメ制作の仕事をしていて、無関係な第三者による被害に遭うことなど現実にはありそうにない。
しかし、だからと言って、相当因果関係がないと即断することもできない。この判断は難しい面があるのである。現実には、ほとんど起こりそうにもないような災害でも労働災害として認められているケースもあるからである。
ウ 無関係な第三者による犯罪の前例
実は、無関係な加害者による犯罪の被害のケースについて過去にいくつか例があるのだ。
リーディングケースとなった事例として、新宿駅バス放火事件がある。この事件では、無関係な第三者によるバス放火の被害が、通勤災害として認められているのだ。
さらに、出張中に新幹線で暴漢に刺殺された事件では、新宿バス放火事件が前例として存在していたこともあり、労働災害として認められている。
すなわち、無関係な加害者による犯罪の被害でも業務起因性が認められることがあるということである。
エ 京アニの場合
京アニ事件のケースでは、犯人が京アニに対して怨嗟の念を有していたという報道もあり、現時点では微妙ではあるが必ずしも無関係な第三者とは言えないのかもしれない。
しかし、その怨嗟は京アニという会社の業務に関連しているので、業務起因性を肯定する側に働くだろう。
結果として、労働災害として認定されたわけだが、そのことが評価されたかどうかは公開されていない。
オ 個人的な恨みや私闘による被害等
なお、犯罪の被害であっても、個人的な恨みによる被害や、私闘による被害、事業者による保険金目当ての犯罪の被害などでは、業務起因性について判断するまでもなく、そもそも業務性が認められないだろう。
ただし、私闘ではあっても、業務上の指示に従うかどうかが原因となって私闘が起きたような場合は、労働災害として認められたケースもある。
4 結論
以上、説明してきたように、無関係な第三者による犯罪の被害の場合であっても、労働災害として補償される可能性はある。もっとも、すべての事例について補償されるというわけではない。
ごく特殊な状況の下では、労働災害として認められないこともあり得ることはお断りしておく。
なお、あってはならないことではあるが、京アニ以外のアニメ制作企業で同種の災害が発生すれば、労働者性が認められないとして労災補償されない可能性もあろう。雇用類似契約の就労者の災害時の保護について国民的な検討が必要になっているのではないかと思える。