安衛法による保険者への健診情報の提供




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健康診断のイメージ

※ イメージ図(©photoAC)

保険者は、被保険者の生活習慣病の発症・重症化を予防する観点から、高確法第 20 条等に基づき特定健康診査及び特定保健指導を行っています。

一方、事業者は、健康保険料の一部を負担するとともに、安衛法第66条等に基づき健康診断を行っています。

そして、これらの健診の重複を避けるためには、定期健康診断等の結果を事業者から保険者に迅速かつ確実に情報提供する必要があります。このため、高確法では、保険者から健康診断に関する記録の写しの提供を求められた場合、事業者はその提供をしなければならないこととされています。

本稿では、この情報提供について、具体的な留意事項及び個人情報保護に必要な事項について解説しています。




1 高確法による事業者から保険者への情報提供の必要性

執筆日時:

問診の項目を尋ねる女性

※ イメージ図(©photoAC)

保険者は、生活習慣病の発症・重症化の予防等を目的として、高齢者の医療の確保に関する法律(高確法)第 20 条等に基づき、特定健康診査及び特定保健指導を行っている。

一方、事業者は、安衛法第66条等に基づき健康診断を行っている。そして、事業者は、健康保険料の一部を負担するとともに、保険者の運営に関わっている。

これらの制度間の健診の重複を避けるためには、定期健康診断等の結果を事業者から保険者に情報提供する必要がある。しかし、事業者には守秘義務(安衛法第 105 条参照)があるため、そのままでは情報提供ができない。

そこで、高確法第 27 条(※)において、保険者から健康診断に関する記録の写しの提供を求められた場合、事業者はその提供をしなければならないこととしている。

※ 健康保険法等の改正(令和4年1月1日施行の全世代対応型の社会保障制度を構築するための健康保険法等の一部を改正する法律)により、それまでの高確法に基づく特定健康診査の対象となっている 40 ~ 74 歳の労働者に加え、40 歳未満の労働者についても、保険者から求めがあった事業者は、当該健康診断の記録の写しを保険者に提供しなければならないこととなっている。

また、厚生労働省から、「定期健康診断等及び特定健康診査等の実施に関する協力依頼について」(令和2年 12 月 23 日基発 1223 第5号・保発 1223 第1号)により関係者への協力依頼が行われている。この依頼文は、健康保険法の改正を受けて、2023年に「「定期健康診断等及び特定健康診査等の実施に係る事業者と保険者の連携・協力事項について」の一部改正について」(令和5年3月 31 日基発 0331 第 10 号・保発 0331 第5号)(以下「改正通達」という。)(※)により一部改正された。

※ 改正通達について「改正後全文」及び「概要」を参照されたい。なお、本改正は、事業者と保険者とが連携して労働者・加入者の健康管理等の取組の推進を図ることを目的として、2022年度に開催された「40歳未満の事業主健診情報の活用促進に関する検討会」や「第4期特定健診・特定保健指導の見直しに関する検討会」における議論等を踏まえて行われたものである。

本稿の内容は、この改正通達の記述を反映している。

なお、2021年 10 月からは、オンライン資格確認等システム(※)を利用して、本人がマイナポータルを通じて自らの特定健康診査情報等を閲覧することができる仕組みが稼働している。事業者から保険者に提供される定期健康診断等の結果についても、保険者がオンライン資格確認等システムに格納することにより、特定健康診査情報として、マイナポータルを用いて本人が閲覧できるようになっている。

※ 社会保険診療報酬支払基金及び国民健康保険中央会の共同運営によるシステム


2 情報提供の方法と留意すべき事項

(1)定期健康診断等及び特定健康診査の一体的な実施

問診を行う医師

※ イメージ図(©photoAC)

特定健康診査では、既往歴の聴取において服薬(※)及び喫煙習慣を聴取することとされている。一方、安衛則に規定する定期健康診断等の項目には、既往歴の調査項目として服薬歴及び喫煙歴は明記されていない。

※ 血圧を下げる薬、血糖を下げる薬又はインスリン注射、コレステロールや中性脂肪を下げる薬の使用の有無について聴取することとされている。

これについて、改正通達では、原則として、定期健康診断等と特定健康診査の検査項目を同時に実施するようにし、特定健康診査の必須項目である服薬歴及び喫煙歴を含む問診については「改正通達別添1:一般健康診断問診票」(2024年4月1日からは「改正通達別添1の2:一般健康診断問診票」)を用いて(※)行い、その結果を保険者に提供することとされている。

※ 定期健康診断等の「既往歴及び業務歴の調査」、「自覚症状の有無の検査」は改正通達別添1の問診票の項目に限るという趣旨ではない。その他の項目は医師の判断により、適宜、追加するべきである。

なお、定期健康診断等の実施時に服薬歴及び喫煙歴について聴取を行わないのであれば、保険者が労働者個人に対して直接に聴取を行う可能性がある旨を周知することとされている。

また、血中脂質検査の取扱いについては、「定期健康診断等における血中脂質検査の取扱いについて」(令和5年3月 31 日基発 0331 第 12 号)により、2024年4月1日からは、トリグリセライド(中性脂肪)の量の検査は、やむを得ず空腹時以外に採血を行った場合は、食直後(食事開始から3.5 時間未満)を除き随時中性脂肪により検査を行うことができることとされている(※)

※ これにより、特定健康診査における取扱いとの整合性が測られている。

なお、血糖検査については、「定期健康診断等における血糖検査の取扱いについて」(令和2年 12 月 23 日基発 1223 第7号)により、定期健康診断等において、ヘモグロビンA1c 検査を血糖検査として認めるとともに、随時血糖による血糖検査を行う場合は食直後(食事開始時から3.5 時間未満)を除いて実施することとされていることに留意されたい。


(2)定期健康診断等の結果の保険者への情報提供の方法等

データを入力する医療職

※ イメージ図(©photoAC)

事業者から保険者へ定期健康診断等の結果を情報提供するにあたっては、保険者と事業者又は健診実施機関等との契約等によって定めた方法及び様式で、保存している定期健康診断等の結果の写しを提出すればよい。

しかし、高確法及び関係法令では、保険者は、特定健康診査の結果を電磁的方法により保存しなければならないとされているので、電子的方法によって提出されるべきであろう(※)。これについて、厚生労働省の WEB サイトに電子的な標準記録様式(XML 形式)が示されている。

※ 電磁的方法による記録を作成、保存及び提出できる機関に委託できることとされている。また、健診実施機関間での健診結果データの標準化により、事業者が異なる健診実施機関の健診結果を同一フォーマットで把握することができる取組事例もある。

また、事業者が、自ら保険者への情報提供を行うことが困難であれば、健診実施機関(※)が保険者に定期健康診断等の結果を提供することを契約で取り決め、健診実施機関を通じて保険者へ定期健康診断等の結果を提供すればよい。

※ 上記の厚生労働省の WEB サイトに示された電子的な標準記録様式に対応している健診実施機関にこれを委託することが望ましい。

なお、事業者及び健診実施機関の間の契約に当たっては、「改正通達別添2:委託契約書」のひな形を参考にすることができる。

事業者と健診実施機関が保険者に定期健康診断等の結果を提供することについて予め契約で取り決めていない場合等には、保険者において以下により対応することが考えられる。

  • 事業者に対して高確法及び健保法等に基づく定期健康診断等の結果の提供を求める際に、「改正通達別添3:情報提供依頼書」を参考に健診実施機関に対する当該結果提供を依頼する書類を提示して事業者の同意を得た上で
  • その書類に基づいて、健診実施機関から加入者に係る当該結果の提供を受けること

事業者が、健診実施機関に対して、保険者に定期健康診断等の結果を提供することについて依頼していない場合は、この同意を行うようにするべきである。

また、事業者は、定期健康診断等の実施の委託契約を締結した健診実施機関に、受診者に係る被保険者等記号・番号等を事前に提供することが重要である(※)

※ 事業者が、利用目的の達成に必要な範囲内において、被保険者等記号・番号等を含む個人データの取扱いに関する業務の一部を健診実施機関に委託するのであれば、その健診実施機関はそもそも第三者に当たらない。従って、それらの個人データを提供することで、あらかじめの本人の同意を得る必要はない。ただし、個人情報保護法及び関係法令に基づいて適切に実施する必要がある。

個人情報保護法においては、事業者は個人情報取扱事業者として、個人情報を取り扱うに当たって、その利用目的をできる限り特定しなければならず(個人情報保護法第 17 条)、被保険者等記号・番号等の取扱いが当該利用目的の範囲内であることを明確にする必要がある。また、個人情報取扱事業者は、個人データの取扱いを委託する場合は、その取扱いを委託された個人データの安全管理が図られるよう、委託を受けた者に対する必要かつ適切な監督を行わなければならず(同法第 25 条)、同法第 23 条に基づき自らが講ずべき安全管理措置と同等の措置が講じられるよう監督を行うこと。詳しくは、「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」(平成 28 年 11 月(令和4年9月一部改正)個人情報保護委員会)等を参照いただきたい。

なお、高確法に基づき、事業者が保険者への提供のみを目的として定期健康診断等の結果のデータを作成又は送付する場合は、それに要した費用を保険者に請求してよいこととなっている。また、その事務を健診実施機関に委託した場合についても、委託された健診実施機関が当該費用を保険者に請求してよい。ただ、それ以外の場合における費用については、当事者間で協議して対応する必要がある。


(3)個人情報保護についての配慮

セキュリティ

※ イメージ図(©photoAC)

高確法の規定に基づき、事業者が保険者からの求めに応じて、同法及び関係法令に定める検査項目に対応する定期健康診断等の記録の写しを提供することは、個人情報保護法第 27 条第1項第1号の「法令に基づく場合」に該当するので、第三者提供に係る本人の同意は不要である。

また、健保法等の規定に基づき、事業者が保険者からの求めに応じて定期健康診断等に関する記録の写し(※)を提供する場合についても同様である。これは、事業者から高確法及び健保法等に基づく保険者への定期健康診断等の結果の提供を委託された健診実施機関についても同様である。

※ 特定健康診査及び特定保健指導の実施に関する基準(平成 19 年厚生労働省令第 157 号。以下「実施基準」という。)第2条に定める項目に含まれない項目を含む。)

ただし、事業者は個人情報取扱事業者として、安全管理措置(同法第 23 条)等を講じるほか、健診実施機関に対して保険者への定期健康診断等の結果の提供を委託した場合には、当該健診実施機関に対する監督(同法第 25 条)を行う必要がある。

なお、保険者が事業者から定期健康診断等の実施についての委託を受けている場合又は事業者と共同で定期健康診断等を実施している場合には、保険者が保健事業の実施に記録を利用することは、事業者から保険者への個人情報の第三者提供には該当しない。しかし、その場合も保険者は、個人情報保護法や個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス等を踏まえ、個人情報保護に十分に配慮して取り扱う必要がある

【健康保険組合等における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス】

事業者と保険者が共同で定期健康診断等や事後指導を実施する場合など、データの共同利用における個人情報の取扱いについては、「健康保険組合等における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」(平成29 年4月(令和4年3月一部改正))において、個人データの共同での利用における留意事項として、次のように整理されている。

健康保険組合と労働安全衛生法に規定する事業者が共同で健康診断を実施している場合又は共同で事業主健診や特定健康診査、特定保健指導等の情報を用いて保健事業を実施している場合など、あらかじめ個人データを特定の者との間で共同して利用することが予定されている場合、

  • (ア)共同して利用される個人データの項目
  • (イ)共同利用者の範囲(個別列挙されているか、本人から見てその範囲が明確となるように特定されている必要がある)
  • (ウ)利用する者の利用目的
  • (エ)当該個人データの管理について責任を有する者の氏名又は名称及び住所並びに法人にあっては、その代表者の氏名

をあらかじめ本人に通知し、又は本人が容易に知り得る状態においておくとともに、共同して利用することを明らかにしている場合には、当該共同利用者は第三者に該当しない。この場合、

  • (ア)、(イ)については変更することができず
  • (ウ)、(エ)については、本人が想定することが困難でない範囲内で変更することができ、変更前、本人に通知又は本人の容易に知り得る状態におかなければならない。

なお、共同利用でない場合は、健康保険組合と労働安全衛生法に規定する事業者は、異なる主体となるため、健康保険組合が事業者に健診結果を提供するに当たっては、被保険者又は労働者の同意を要することとなる。(なお、健康保険法第150 条第2項に基づき、健康保険組合が事業者に対して健診結果の提供を求め、事業者がこれに応じて健診結果を提供する場合は、被保険者又は労働者の同意は不要。)

※ 健康保険組合等における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」(平成29 年4月(令和4年3月一部改正))より。引用者において、文中の一部を枠に入れて箇条書きとした。

3 特定保健指導等の円滑な実施の確保

(1)就業時間中における特定保健指導等の実施等

特定保健指導及び特定保健指導の対象ではない者に対する保健指導は、保険者による保健事業として実施され、労働者個人の意思により利用されるものである。すなわち業務遂行との関連において行われるものではない。従って、法的には、その受診に要した時間の賃金を事業者が負担する義務を負うものではない(※)

※ 就業規則や個別の雇用契約で賃金を負担するとされていないことが前提である。また、職場慣行として時間内に実施することとされていれば、それが契約の内容となっていることもあり得る。

しかしながら、以下のことから賃金の支払われる就業時間中に行うことが望ましい。

  • 特定保健指導等の実施率が向上して労働者の健康の保持増進につながり、生産性の向上に寄与すること。
  • 医療費適正化等を通じて事業者の保険料負担にも関係すること。

なお、就業時間中における特定保健指導の実施の配慮は、保険者と事業者の連携の取組を後期高齢者支援金の加算・減算制度におけるインセンティブで評価する項目の一つに位置づけられている。


(2)事業者が実施する保健指導と併せて特定保健指導を実施する場合の費用負担

事業者が定期健康診断等の実施後の保健指導と併せて特定保健指導も行う場合、特定保健指導の費用として事業者が保険者に請求できる範囲は、その趣旨及び法定の実施内容に鑑み特定保健指導とみなすことができる部分に限られ、明確な区分けに基づく費用の算定が求められる。

このため、事業者と保険者との間で事前に十分な協議・調整を行って、円滑な実施を確保するようにしなければならない。その際、事業者が実施する保健指導と特定保健指導との整理や一体実施の方法等について、具体的に整理しておく必要がある。


4 被保険者及び被扶養者の住所情報の保険者への情報提供

被保険者及び被扶養者の住所情報は、保険者が円滑に特定健康診査をはじめとする保健事業を行う上で重要な情報であるほか、平成29 年11 月から本格運用が開始された個人番号を活用した情報連携事務においては、被保険者等が居住する市町村を特定した上で、該当の市町村に情報照会を行うなど、近年、保険者が被保険者等に係る住所情報を把握・管理することの重要性が高まっている。

この点、健康保険法施行規則においては、被保険者は、その住所を変更したときは、原則として、速やかに、変更後の住所を事業主に申し出なければならないこととされている。さらに、申出を受けた事業主は、遅滞なく住所変更の届書を厚生労働大臣又は健康保険組合に提出しなければならないこととされている。また、被扶養者についても、その住所に変更があった場合には、被保険者はその都度、事業主を経由して厚生労働大臣等に届け出なければならないこととされている。

労働者やその家族等の住所に変更があった場合には、保険者が被保険者等の住所を把握・管理できるよう、これらの規定に基づく届出を行う必要がある。


5 最後に

情報共有

※ イメージ図(©photoAC)

わが国は、今後、急速に少子高齢化が進むことが予想されている。これに対して、政府は有効な解決策をとることができていない。

このような中にあっては、働くことを希望する高齢者に活躍の場を与えると共に、国民全体の健康を保持・増進してゆくことが急務となっている。

健康の保持増進のためには、定期的な健康診断による異状の早期発見と早期の対処が求められることは言うまでもない。これをより高いコストベネフィットで実現するためには、個人情報保護に配慮した健康情報の共有が求められる。

健康情報の関係者による共有と活用は、そのための重要なツールとなろう。適切な健康情報の確保が望まれる。





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