安衛法令における行政解釈の位置づけ




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分厚い書籍を読む男性

※ イメージ図(©photoAC)

文章というものは、よほど単純なものでない限り、誰が読んでも同じ意味に理解されるとは限りません。また、誰が読んでも必ず同じ意味に理解される文章を書くことはそう簡単ではありません。これは、法律の条文であっても同じです。

しかし法律の条文が、読む人によって異なる意味に理解されたり、どうとでも理解されたりしたままでは社会は混乱してしまいます。

そのため、法律の解釈で争いが起きたときには、中立公正な誰かが最終的な解釈をし、不満があっても当事者はそれに従うという仕組みが必要になります。その解釈をする者(機関)の役割は、民主主義国家においては裁判所が果たすのが原則です。

ところが、我が国の裁判所は、具体的な争いについて訴えられたときにのみ、必要最小限の判断を下すだけという制度になっています。そこで、裁判所が判断を下すまでは、法律を所管する行政機関がとりあえずの解釈を示すこととなります。これが行政解釈で、多くの場合は通達の形で示されます。しかし、これに拘束されるのは行政機関のみであって、理屈の上では、国民は行政解釈に拘束されることはありません(※)

※ 国民が、安衛法違反で起訴されるなど具体的な法律上の事件が起き、当事者がこの行政解釈がおかしいと思うのであれば、それを裁判所に対して主張することはできる。しかし、誰もがいつでも裁判所に判断を求めることは許されない。

しかし、安衛法の世界では、(その是非は別として、)行政解釈がおどろくほど強力な意味を持っています(※)。本稿では、安衛法令の世界での行政解釈が持つ効果及びそれを国民の側がコントロールする必要性について解説します。

※ それを良いことに、行政が、(ときどき)明らかに行き過ぎた解釈をすることもあるのが実態ではあるのだが。




1 安衛法の行政解釈が重要となる理由とは

(1)法令には解釈が不可欠

ア 条文だけでは法律の適用に疑義をきたす例

執筆日時:

文章というものは、よほど単純なものでない限り、誰が読んでも同じ意味に理解されるとは限らない。これが文学なら、それもひとつの味わいかもしれないが、ビジネス文書となるとそうはいかない。まして法律については、読む人によって異なる意味に理解されたり、どうとでも理解されたりするようでは社会は混乱してしまう。

しかし、現実には、誰が読んでも必ず同じ意味に理解される文章を書くのはそう簡単ではない。しかも、法令の条文は利害が絡むので、無理な解釈をしてでも、自分にとって有利な方向へもってゆきたいと考える者もいる。

そのため、どんな単純明快な条文であっても疑義が出て、国民の間で争いが起きることがある。例えば、刑法第 199 条には、人を殺した者は殺人罪として処断すると書かれている。そのことは単純で分かりやすいので、(法律家以外の一般の方には、)疑義が生じることなど考えられないと思うかもしれない。

しかし、単純明快な殺人罪でさえ疑義が生じるのである。殺人罪は、自分以外の「人」を殺す(※)行為を罰する罪である。仮に、犯人が、殺す意図で、死にかけている人物の心臓に刃物を突き立てたとしよう。被害者はそのまま放っておいても数秒後には死ぬ運命にあったとしても、その前に犯人の行為で死亡したのであれば殺人罪は成立する。

※ 「殺す」といい得るためには、加害者が殺す意図を持つか死んでもかまわないと思っていることを要する。なお、被害者の同意があれば、殺人罪ではなく同意殺人罪(刑法第 202 条)となる。

しかし、だれかを殺すつもりでその身体に刃物を突き刺しても、その時点で相手がすでに死亡していれば、殺人罪(刑法第 199 条)にはなり得ない(※)。犯人が刃物を突き立てた時点ですでに死亡していれば、死体損壊罪(刑法第190条)となるのみである。

※ 理論上は、殺人未遂罪が成立する余地があるが、ここでは話を単純化するためそのことについては論じない。なお、遺体を傷つけた場合は、傷害罪(刑法第 204 条)になることもない。

ところが、人の死とはいつの時点を指すのかについては、医学的な争いがある(※)のだ。このため、A説によればすでに死んでいるが、B説によればまだ生きているなどということがあり得る。犯人が刃物を突き刺したときが、そのようなタイミングだとどうなるだろうか。その場合は、B説によれば殺人罪になるが、A説によれば死体損壊罪にしかならないのである。

※ 一般には、人の死は3つの徴候(独立呼吸停止、心拍停止、瞳孔反応停止)を総合的に判定するとされている。しかし、臓器移植法の関係もあって脳死のときを人の死とする説も有力である。

すなわち、殺人罪のような単純な罪であっても、法律的な意味での疑義が生じる場合があるのである。このため、法的な安定性を担保しようと思えば、法律には「公的な解釈」が必要となるわけである。


イ 法律は一般の国民に分からない文章になる

悩む女性

※ イメージ図(©photoAC)

このように説明すると、殺人罪を規定する刑法第 199 条に「3つの徴候(独立呼吸停止、心拍停止及び瞳孔反応停止)のすべてが起きていない者は生きているとみなす」などと追記すれば、解釈の必要はなくなると思えるかもしれない。

しかしそれで、疑義が出なくなるというわけではない。独立呼吸停止、心拍停止、瞳孔反応停止とは、それぞれどの時点を指すのか、という新しい問題が出てくる(※)だけである。これではきりがないし、また正確さをあまりに追い求めると一般の人には理解できない文章になってしまうという別な問題も生じる。

※ さらに言えば、生まれるときにも同様な問題がある。現行の刑法では、胎児を殺害しても堕胎罪にしかならない。ところが、どの時点で胎児は人になるのかという問題があるのだ。

なお、これについての詳細は刑法の専門書にゆずるが、判例もあり、一般に民事と刑事で異なる理解がされている。


ウ 厳密にしようとして、不都合が生じることも

一方、安衛法をはじめとする技術的な内容の特別法は、文章を厳密にすることを(かなりの程度まで)徹底している。ところが、その結果、逆に、肝心なものが条文の対象から外れてしまうことがあるのだ。最近の典型例としては、次のテールゲートリフターの定義が挙げられる。

【労働安全衛生規則】

(特別教育を必要とする業務)

第36条 法第59条第3項の厚生労働省令で定める危険又は有害な業務は、次のとおりとする。

一~五の三 (略)

五の四 テールゲートリフター(第151条の2第七号の貨物自動車の荷台の後部に設置された動力により駆動されるリフトをいう。以下同じ。)の操作の業務(当該貨物自動車に荷を積む作業又は当該貨物自動車から荷を卸す作業を伴うものに限る。)

六~四十一 (略)

テールゲートリフター(※)に規制をかけるに際し、条文上でその定義をするにあたって、誤解の余地(解釈が必要となる余地)がないようにするために、「貨物自動車の荷台の後部に設置された動力により駆動されるリフト」と定義したのである。

※ 実は、条文を策定した当時、テールゲートリフターという用語は一般的ではなかった。一般には「パワーゲート」と呼ばれていたのだが、これは商品名だったので法令用語としてはテールゲートリフターという一般名詞にしたのである。そしてテール(tail=尻尾)という名称から、「荷台の後部に設置された」と定義したのである。

この定義文は(専門家が読んだときに)誤解の起きないようにするための努力の結果である。この条文を読むだけで、消防車の後部のリフターや、福祉車両の車椅子をリフトする装置、アームロール車の荷台、ゴミ収集車の後部構造物などがテールゲートリフターに含まれないことは明確になる(※)

※ もちろん、それを読んだ一般の国民にとって、そのことが分かりやすく伝わるかどうかは別問題である。条文の起草者がこの努力を突き詰めると、一般の国民には何が言いたいのか理解しにくい文章になってしまうことは避けられない。

荷台の側面に設置されたテールゲートリフター

図をクリックすると拡大します。

※ 荷台の側面に設置されたリフター(©photoAC)

ところが、条文を起草した当時、担当者は知らなかったようだが、実は荷台の(後部ではなく)側面に設置されたリフトが存在していたのである(※)。そのため、規制をかける必要性は同じかむしろ高いにもかかわらず、このようなリフトが規制の対象から外れてしまったのだ。

※ トラックを道路に停めたとき、横側は他の車が通ることがあるので、本来、リフトは荷台後方に設置する方が安全である。しかし、ラインマーカー車(道路区画線(ライン)を描くためのトラック=図参照)の中には、ラインを描くための装置が荷台後方に設置されているのでリフトを荷台の横側に設置するしかないものがある。かなり、特殊なケースである。

公布された条文を見た関係者が、厚労省に問い合わせたところ、「法の適用はないが、危険性は法の対象となるものと同じなので、法令と同様な措置を取ってほしい」と答えたそうである。

ということは、意図して適用を除外したわけではなく、ミスだったということである。

なお、用途外使用の禁止(安衛則第 151 条の 14 )は貨物自動車の全体に適用されるので、リフトが荷台の横にあるリフトであっても人が昇降してはならない。


ウ 「漏れ」をなくそうとすると具体性のない文章になる

そこで、漏れがないような文章にしようとすると、今度は具体的なイメージのつかみにくい文章となり、意味が分からなくなる。例えば次のような例である。

【労働安全衛生法】

第31条の2 化学物質、化学物質を含有する製剤その他の物を製造し、又は取り扱う設備で政令で定めるものの改造その他の厚生労働省令で定める作業に係る仕事の注文者は、当該物について、当該仕事に係る請負人の労働者の労働災害を防止するため必要な措置を講じなければならない。

条文起草者の意図は理解できるが、「製剤その他の物」だの「必要な措置」だのと言われても、それが具体的に何を意味するのかは全く分からない(※)。安衛法の中には「製剤その他の物」について定義はなく、「必要な措置」についても何が必要なのかは記載がないのである。なお、このような「あいまい語」については後述する。

※ ちなみに、「製剤その他の物」という用語を使用している法令は、安衛法関係法令以外では、「人事院規則一〇―四(職員の保健及び安全保持)」のみである。

この「製剤」については「労働安全衛生法および同法施行令の施行について」(昭和47年9月18日基発第602号)に「本条の「製剤」とは、その物の有用性を利用できるように物理的に加工された物をいうのであり、利用ずみでその有用性を失つたものはこれに含まれないものであること」という解釈が示されている。

なお、この解釈は「本条の「製剤」とは」としており、厳密には安衛法第 55 条の「製剤」についての解釈であるが、他の条文についても同様と考えられている。また、「その他の物」についての解釈は示されていないが、一般には「その他の物」についても「利用ずみでその有用性を失つたものはこれに含まれない」と考えられている。


エ あえて一般的な言葉を用いない傾向

(ア)法律家は「俗語」や「カタカナ」は嫌い?

その一方で、あえて一般人にはなじみのない言葉を使う例もある。例えば「電子情報」と言えば分かるものをあえて「電磁的記録」という言葉を用いたりする(※)。しかも、それに「電子的方式、磁気的方式その他の人の知覚によつては認識することができない方式で作られる記録であつて、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう」などと定義するものだから、ますます一般の人には意味が分からなくなるのである。

※ なお、この用語は安衛法令だけでなく、様々な法令で用いられている。この用語ができた当時は、磁気ディスクが全盛時代であり、「電子情報」としたのでは磁気的メディア上の記録が含まれなくなると思ったらしい。しかし、国民の多くはコンピュータのデータの一部が磁気で書かれていることなど知りもしない。それどころか、パソコンが電子計算機に含まれることさえ知りはしないのである。

また、一般的でないカタカナ用語は使いたくないという信念からか、「ストレスチェック」と書けばわかりそうなものを「心理的な負担の程度を把握するための検査」と書き、「リスクアセスメント」と書けばわかるものを「業務に起因する危険性又は有害性等を調査」というのである(※)

※ しかも自律的管理に関する大改正の際に、化学物質のリスクアセスメントについてのみ、「リスクアセスメント」という用語を使ったのである。このため、リスクアセスメントを表す用語が、リスクアセスメント対象物の場合とそれ以外の場合で、安衛則については別な用語が使用されることとなってしまった。

この結果、実際には、法律の専門家でさえ、一読しただけでは何が書いてあるのか分からないような条文も少なくない現状となってしまっている。

このため、公的で統一的な解釈が示されないと、国民は何をしてよいのかが、まったく分からないことになる。そこで、通達の形をとって行政解釈を示すことを、義務を課せられる事業者の側も求めざるを得ないのである。


(イ)以外に知られていない法令用語と一般用語の違い
迷う女性

※ イメージ図(©photoAC)

フォークリフトは最大荷重が1トン以上のものの運転には技能講習が必要であり(安衛令第 20 条第十一号及び安衛則第41条別表第3)、それ未満の場合は特別教育の受講が必要となる(安衛則第36条第五号)。

ところが、フォークリフトのカタログのどこを見ても最大荷重が記載されていない。カタログには定格荷重が記載されているだけなのである。

テキストによっては、最大荷重と定格荷重は同じものだと書かれているものもあり、事実そのように思っている安全担当者も多い。

しかし、実は、この2つは同じものではない。JIS D 6201:2017「自走式産業車両−用語」に、この2つの定義が記されている。

4 用語及び定義

b)フォークリフトトラックに関する用語

3)車両諸元及び状態

【最大荷重と定格荷重】
番号 用語 定義 対応英語(参考)
(略) (略) (略) (略)
14105 最大荷重 基準荷重中心に積載できる許容荷重。 permissible capacity at rated load center distance
14106 定格荷重 フォークリフトの荷役能力の比較の目的のために定義される質量。アタッチメントなどは付加せず、標準フォーク及び標準揚高のマストを装備したフォークリフトが、基準荷重中心に積載できる最大の質量。 rated capacity
(略) (略) (略) (略)
※ JIS D 6201:2017「自走式産業車両−用語」より引用

現に使用されている状態のフォークリフトに必要な資格を定める法令の基準と、販売される状態でのフォークリフトの性能を表すカタログという目的の違いから、それぞれ異なる用語が用いられているのである。それはやむを得ない面もある。しかし、それらの用語の違いが、ほとんど知られていないことはやはり問題であろう。

確かに、フォークリフトを標準のままで購入した状態では、最大荷重と定格荷重は同じと考えても構わない。しかし、フォークを小型のものに交換すれば、最大荷重が増加することもあり得るのである。

定格荷重が1トンよりわずかに少ないフォークリフトでは、フォークを交換すると、その運転に技能講習が必要となることもあり得よう。しかし、このような事情について書かれているテキストはほとんどないのが実態で、最大荷重と定格荷重の違いについては意外なほど知られていないのである。


オ 解釈が示されないと国民に理解できない法令になってしまった

長々と説明してきたが、こうして、安衛法を含む最近の技術的な特別法というものは、一般的な国民にとって(ときには専門家にとってさえ)極めて分かりにくいものとなっている。

行政から解釈が示されないと、具体的に何をすればよいのかがまったく分からないものになっているのである。最近のケースでは、熱中症対策のための安衛則改正で、第612条の2が追加されたときのことが挙げられる。

このとき、パブリックコメントへの回答において、「本改正により義務付けられる「報告体制の整備」、「実施手順の作成」、「関係労働者への周知」の具体的な内容は、追って通達等でお示しする予定です」としたのである。すなわち、法令による義務の内容を通達で示す(条文を読んだだけでは何をして良いか分からない)と行政が認めているのである(※)

※ すなわち、法による国民の義務の内容が、下級行政機関に対する指示文書である通達に書かれているわけで、罪刑法定主義に実質的に反しているのではないかとさえ思える。しかし、日本の事業者は、(安衛法に関しては、)誰もそのことを問題視しない。

現に、労働政策審議会(安全衛生分科会)第176回部会において、熱中症対策の議論が行われたときも、この通達の発出時期が遅れたことについて使用者側委員から苦言が呈されたが、義務の内容を通達で示すことについて疑問を表明した委員はいなかった。

ここで、そのことについての是非は論じないが、そのような現状があるということは、労働安全衛生の実務に携わるのであれば、知っておく必要があるだろう。

なお、この通達とは、「労働安全衛生規則の一部を改正する省令の施行等について」(令和7年5月20日基発 0520 第6号)のことであるが、「「暑熱な場所において連続して行われる作業等熱中症を生ずるおそれのある作業」とは、上記の場所において、継続して1時間以上又は1日当たり4時間を超えて行われることが見込まれる作業をいうこと」と記してある。義務の対象についても、通達を読まなければ分からないのである。


(2)労働安全衛生法の理解には広範囲の知識と経験が不可欠

ガッツポーズの女性

※ イメージ図(©photoAC)

このコンテンツを読んでおられる方は、労働安全衛生法(安衛法)に労働安全衛生コンサルタントという資格が定められていることはご存じだろう。

実はこの資格は、「労働安全衛生コンサルタント」という名称の単独の資格ではなく、労働安全コンサルタント、労働衛生コンサルタントという2つの資格の総称であり、しかも労働安全コンサルタントが5区分、労働衛生コンサルタントが2区分に分かれているのである。

安全衛生の専門家には、(筆者を含めて)この両方の資格を有している人はおられる(※)。しかし、実は、片方だけの資格を有しておられる方のほうが数としては圧倒的に多いのである。もちろん、両方の資格を持っているかどうかと専門家としての資質の優劣とは関係がない。片方だけの資格できわめて、高度な知識・経験を有しておられる専門家も多い。

※ また、安全と衛生で複数の区分に合格しておられる方も多い。しかし、全区分に合格した方はおられない(と思う)。

このことは、労働安全衛生法令は、そのすべてに通暁することは不可能に近いということを示唆している。法律分野、工学分野、医学分野、行政の知識分野などについて、学問的な知識ばかりか実務に関する経験もなければ、その全体について深く理解することは不可能に近いというのが現実である(※)。これも、安衛法の大きな特徴だといってよい。

※ 化学分野の労働衛生の専門家はクレーンの荷重指示計のことについての知識はない。一方、クレーンの安全の専門家は、フォークリフトの最大荷重と定格荷重の違いが分からない。そして、フォークリフトについて理解している専門家は、経皮ばく露の防止に必要な保護具の詳細を知らないのである。

一人の専門家では、安衛法の全体について、その内容を深く知ることが困難になってしまったのである。このため、行政解釈が重要となるのである。


(3)意外にあいまいな部分の多い法令

さらに、安衛法令は刑事法であるにもかかわらず、いわゆる「あいまい語」が多用されている。

例えば安衛法に「必要な措置」という用語が 73 か所に出てくる。また「有効な保護具」、「有効な制動装置」、「有効な照明」、「有効な措置」などという用語も使われている。しかし、「有効な保護具」と「有効な制動装置」は(専門的な知識があれば)まだ分かるとしても、「有効な照明」や「有効な措置」となると具体性がなく何をしてよいか全く分からないというのが本当のところであろう(※)

※ 化粧品や調味料の「使用説明書」に書かれている「適量」や「お好みの量」と同じレベルである。「適量」だの「お好みの量」と言われて理解できるのは「使用説明書」を読む必要のないユーザだけなのだが、それを「使用説明書」に堂々と書く感性と似ているかもしれない。

さらに省令まで範囲を広げると、例えば、安衛則第24条の11第1項第四号に「業務に起因する危険性又は有害性等について変化が生じ」という表現がある。「危険性又は有害性等の調査等に関する指針」(平成18年3月10日基発第0310001号)によればこの「変化が生じ」には、「新たな安全衛生に係る知見の集積等があった場合」が含まれるとされている。

しかし、新たな知見の集積があったからといって、「業務に起因する危険性又は有害性等」すなわちリスクそのものに変化があるとは考えにくく、このようなことは、解釈を示されなければ分からないことである。

また、最近の熱中症に関する改正で追加された、安衛則第 612 条の2にある「当該作業に従事する者」という表現が「労働者」ではなく「者」となっているのは、一人親方等を含む趣旨だということは容易に分かる。しかし、令和7年5月20日基発 0520 第6号「労働安全衛生規則の一部を改正する省令の施行等について」によれば「労働者だけでなく、労働者と同一の場所において当該作業に従事する労働者以外の者を含むものであること」(※)とされている。

※ 筆者が東京労働局の健康課長に直接確認したところでは、労働者と同一の場所において「同時に」働く者のみだとのことであった。すなわち、一人親方のみが事業者と請負契約を結んで労働者と同じ場所で働く場合であっても、そこに同時に自社の労働者がいない限り適用はないということである。

すなわち、一人親方の保護を直接の目的とするための規定ではないのだ。しかし、このようなことは行政解釈を支援されない限り、分かるはずのないことである。


2 行政通達と安衛法

(1)行政解釈が強い意味を持つ法令

権威を振りかざす男性と従う女性

※ イメージ図(©photoAC)

安衛法令の大きな特徴として、実務において行政解釈がきわめて強い効力を持つということが挙げられる。

これが刑法や民放だと、多くの条文に関してどのように解釈するべきか、刑法学者がさかんに議論していて、“通説”、“多数説”、“有力説”、“少数説” などが百家争鳴の状態で、最高裁の判例が確定しても簡単には議論は収まらない。

刑訴法や民訴法では、判例が確定するとこうした議論はあっさりと収まる傾向があるが、判例が確定するまでは、学者と実務家の間でさかんに議論が行われる。

ところが、安衛法関係法令の場合、そもそも(法律学者の間では)議論が起きにくい分野の法令ということもあるが、行政の解釈が通達等で示されると、実務家はおろか法律の専門家や裁判所までもがそれを尊重する傾向が強いのである。

そもそも、裁判官は、憲法と法律に拘束されるだけであって、良心にしたがって判断を行い(憲法第 76 条第3項)、法的にも行政解釈に拘束されることはないのだが、(行政訴訟を別とすれば)安衛法関係法令については行政の解釈を尊重する傾向が強い。

おそらく、技術的な要素が多く含まれる法令であり、法律家にも内容が分かりにくいのでこのような傾向となるのであろう。

【通達によって議論が収まった例】

1 安衛法の適用関係に疑義が生じた機械

つり上げアタッチメント付きフォークリフト

図をクリックすると拡大します

※ JIS D 6201:2017「自走式産業車両-用語」より抜粋

この図の機械は、安衛法令の移動式クレーンとフォークリフトのいずれに該当すると思われるだろうか? これはフォークリフトのフォークを取り外して荷をつるためのアタッチメントを取り付けたものである(※)

※ 厚労省は、安衛法違反には当たらないとする。フォークリフトのフォークを交換しているため、安衛則第 151 条の 15 の本文の用途外使用には該当するが、メーカーの純正品を用いていれば、同条但し書きによって法違反とはならないとする。

言葉通りに考えればフォークリフトとは、フォークが荷をリフトする機械であろう。そうなるとフォークリフトには該当しないようにも思える。フォークは取り外されて、どこにもフォークはついていないからだ。

一方、荷をつって移動するのであるから移動式クレーンに該当しそうである。しかし、元の本体はフォークリフトなのであるから、フォークリフトとしての規制がかからないと言い切ることにも不安を感じる。

というわけで、このようなアタッチメントが世に登場したとき、これが何かで議論が巻き起こったのである。だが、水掛け論でけりがつかず、このような機械の運転は、フォークリフトと小型移動式クレーンの2つの技能講習を修了した者が行っていた(※)

※ これでは二重規制となってしまう。好ましいことではない。

2 移動式クレーンの定義に該当

当時、これが移動式クレーンではないかと考えられたことには理由があった。移動式クレーンの定義は、安衛令第1条第八号に「原動機を内蔵し、かつ、不特定の場所に移動させることができるクレーンをいう」と定められている。

この機械は元はフォークリフトであるから、「原動機を内蔵し、かつ、不特定の場所に移動させることができる」ことは間違いない。なお、原動機とはエンジンとかモーターのことで、この機械はどちらかを内蔵している。

では、クレーンとはなんだろう。実はクレーンの定義は安衛法令中には定められていない。法令の起草者は、クレーンが何かについては、一般的な用例に委ねることとして法令中に定義を設けなかったのである。

もっとも、クレーンが何かについて、行政は、解釈例規(昭和47年9月18日基発第602号「労働安全衛生法および同法施行令の施行について」)によって、「荷を動力を用いてつり上げ、およびこれを水平に運搬することを目的とする機械装置をいう」としている(※)

※ これは当時の労働省(現厚生労働省)が勝手に決めたわけではない。JIS B 0146-1:2017「クレーン−用語−第1部:一般」に「クレーンとは、荷を動力を用いてつり上げ、及びこれを水平に運搬することを目的とする機械装置をいう」とされていることを踏まえたものである。

そうなると、この機械は、ピタリとクレーンの定義に当てはまるのである。

3 フォークリフトの定義にも該当

一方、フォークリフトに該当するかどうかはどうだろうか。実は、フォークリフトの定義も法令には定められていない。そればかりか解釈例規でもフォークリフトの定義は定められていないのである。

したがって、一般的な用例に従うこととなるが、JIS D 6201:2017「自走式産業車両-用語」の定義によれば、フォークリフトとは「フォークなどを上下させるマストを備えた自走式荷役運搬車両全般の呼称」とされている。

そうなると、この機械はピタリとフォークリフトの定義にも当てはまる。この機械の本体はフォークリフトであり、この定義によればフォークを備えていなくても、マストさえついていればフォークリフトに該当するからである。

4 結果的に二重規制となってしまった

しかし、移動式クレーンとフォークリフトの双方の規制を受けるというのでは二重規制となってしまう。そこで、行政としては、本機はフォークリフトとして扱えば、クレーンの規定を適用する必要はないと考えたのである。(※)

※ ただ、「特別法は一般法を破る」という法律上の原則からは、本機をクレーンと解釈することも可能であった。

「特別法は一般法を破る」とは、法律相互間の優劣を決めるための3原則のひとつである。これによれば、より限定的な範囲に適用される法令(特別法)は、広い範囲に適用される法令(一般法)よりも優先して適用される。

従って、特別法であるクレーン等安全規則の規定は、一般法である安全衛生規則よりも優先されると考える余地もあるのである。

そして解釈例規(昭和47年9月18日基発第602号「労働安全衛生法および同法施行令の施行について」)で「第八号の移動式クレーンには、フォークリフト、揚貨装置およびストラドルキャリヤーは含まれないこと」と示したのである(※)

※ 先述したように、この機械はフォークリフトに該当するのであるから、この解釈例規によって移動式クレーンには該当しないこととなる。

すると、この通達によって、この機械が何かという議論はあっさりと収束し、フォークリフトとして取り扱われるようになったのである。そして、この結論は広く知られるようになり、今では、この種の機械を扱っている安全担当者の間では誰でも知っているようになった(※)

※ ただ、問題も生じている。というのは、この結論は知っていても、その根拠が何かということは忘れ去られているのである。そのため、問題が起きたときに当事者が困るようなことも出てきているのだ。

それでも、これは解釈が文書として残っているから、根拠を探すことは可能である。次項で示すように解釈の根拠が散逸又は紛失して結論だけが残っている例さえあるのだ。


(2)解釈は知られているが根拠は忘れ去られていることも

また、行政の解釈例規(通達で示される)は、必ずしもすべての通達がWEBサイトに公開されているとは限らない。また、公開されていても、一般の人には簡単には見つけられないこともある。

このため、(関係者は)誰でも知っているが、誰もその根拠を知らないなどということが起きるのである。労働安全衛生コンサルタントでも、クライアントに事業者の義務を説明したときに「その根拠を教えてください」と言われて、根拠が分からずに苦労することがある。

【意外に根拠が知られていない例】

1 レッカー車とアームロール車の操作に必要な資格

アームロール車

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※ アームロール車(©photoAC)

レッカー車

図をクリックすると拡大します

※ レッカー車(©photoAC)

図は、レッカー車とアームロール車である。レッカー車は、故障車などをフックなどで吊り上げて道路を走行し、アームロール車は荷台をやはりフックで吊り上げて車体に載せて走行する自動車である。

レッカー車は、故障車を半ば吊り上げた状態で道路を走行する。一方、アームロール車は荷台を半ば吊り上げて、そのまま車体に載せるまで前方に移動させるのである(※)

※ 吊り上げたままで走行するわけではない。

そうなると、レッカー車もアームロール車も移動式クレーンに該当しそうである。しかし、関係者ならだれでも知っていることだが、レッカー車は移動式クレーンに該当するので、故障車の吊り上げには移動式クレーンや玉掛の資格が必要となる。しかし、アームロール車は移動式クレーンには該当せず、資格は必要ないのである。しかし、なぜかと問われると、言葉に詰まるかもしれない。

その理由は、クレーンは、その定義にあるように「荷を動力を用いてつり上げ」るものなのである。レッカー車が吊り上げる故障車は荷といえるが、アームロール車が吊り上げるのは荷ではなく荷台だから定義に該当しないというのが、かつての行政の判断だったのである。

2 自動車工場の組み立てラインで車体を運ぶ装置はクレーンではないのか

自動車組立工場のリフトライン

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※ 自動車組立工場のリフトライン(※)

自動車工場の足回り部品の組付け作業では、自動車を吊り上げて製造ラインを移動させる設備が設けられていることがある。

自動車のボデイを吊り上げて天井にあるガイドレールに沿って前方に向かってゆっくりと動いてゆくようになっている。もちろん、起点では床にある製造途中の自動車を動力でつり上げ、終点では地上に降ろすのである。

労働者は、つり上げられて動いてゆく自動車のボデイに、様々な部品を取り付ける作業を行うのである。なお、この写真はニュース記事(※)からの引用である。この作業者は坐った状態で自動車の前方に何かの部品を取り付けているように見えるが、実際は作業者は立って作業をすることが多く、ボデイの高さは作業者が、ややかがんだ状態で作業をするような位置にあることが多い。

※ 写真は、朴尚洙「トヨタが新モデル移行時に設備コストを 40 %削減へ、2012 年度末までに」(MONOist 2012年04月25日)より引用

この設備は、どう考えても解釈例規のクレーンの定義に合致するだろう。定義のどこにも、定型的な動作しかしないものは除くなどとは書かれていないのである。しかし、誰もそれがクレーンだなどとは考えない。なぜかと問われても、行政官を含めて誰にも答えられないのではないだろうか。

私が労働省に入省した直後に先輩から聞いた話だと、実は、このような製造ラインができたとき、自動車メーカの側から当時の労働省に問い合わせがあったのである。(旧)労働省としては(正式な文書によらず)口頭で回答したのだが、この設備は自動車を組立のために水平に移動する装置であって、運搬を目的として水平に移動するものではないのでクレーンには該当しないというものであった(※)

※ 本音は、誰も実質的に「運転」しないし、玉掛もしないのでクレーンとして規制をかける必要はないということである。ただ、クレーンの定義に「運転」という要素は含まれていないのでこのように答えたらしい。なお、「可動範囲内において動作の順序等(動作の順序、位置又は速度)を設定したり変更したり」すれば、それが「運転」だと解釈する余地がないわけではない。

しかし、現在の厚生労働省でこの回答を覚えている者はいないだろう。おそらく自動車メーカにもいないのではないだろうか。当時の記録は文書で残すしかなく、コンピュータのデータと違って紙の文書は紛失しやすいのである。

まあ、ここに挙げた2つの例は、今更、誰も蒸し返そうはしないだろうし、誰も困ってはいないのだが


(3)裁判所が厚労省の通達を尊重した例

ネットには、安衛法例の解説を行っている公的又は民間のサイトは多い。行政の関連サイトは当然として、民間のサイトでも行政解釈は法令と同様な効力をもつものという前提で記されているものが多い。

そして、この傾向は多くの判例においても同様な傾向がある。

例えば、令和4年11月7日長崎地方裁判所(平成28(ワ)89 )は、次のように述べる。

そして、証拠(証拠略)によれば、労働省は、昭和四五年七月一〇日付け基発第五〇三号をもって「重量物取扱い作業における腰痛の予防について」と題する通達を出し、これによれば、人力を用いて重量物を直接取り扱う作業における腰痛予防のため、使用者は、〔中略〕等、健康保持のための適切な措置を講じること、とされていることが認められるところ、右通達は、使用者の労働者に対する安全配慮義務の内容を定める基準になると解するのが相当である。〔中略〕

前記認定事実によれば、被告が前述した安全配慮義務を尽くしていれば、原告が腰痛を発症し、あるいはこれを増悪させ、その結果、長期間にわたって休業治療のやむなきに至ることはなかったこともまた明らかである。

したがって、被告は原告に対し、安全配慮義務違反に基づく責任を負う。〔中略〕

※ 令和4年11月7日長崎地方裁判所(平成28(ワ)89 )

ここに挙げられた通達「重量物取扱い作業における腰痛の予防について」(昭和45年7月10日付け基発第503号)は安衛法の解釈ではなく、いわゆる指導通達である。この通達は、安衛法の精神に基づいて事業者が実施(負担)するべき労働災害防止の手法について述べ、それの順守を求めているのである。

裁判所は、この通達を引用して、事業主はこれに従う私法上の債務(安全配慮義務)があるとしているのである。

総務省「行政手続法Q&A」のQ14には「行政指導を受けた者に、その行政指導に必ず従わなければならない義務が生じるものではありません」と明記されている。しかし、これをそのまま鵜吞みにすることはかなりリスクがあるということである。

また、じん肺管理区分決定の手続きに関する通達についても、行政の通達を尊重する判断が行われている。例えば、令和4年11月7日長崎地方裁判所(平成28(ワ)89 )は、次のように述べる。

じん肺法は、じん肺罹患の有無をX線画像により認定する旨規定しており、平成28年3月14日付け厚生労働省労働基準局長通達(基発0314第4号、甲111)においても、じん肺所見はX線写真により判断すべきものとされ、CT写真は参考として提出されるにとどまる。被告主張の最新の研究結果においても、検討課題の提示にとどまり、CTによる診断基準を提示するには至らず、CTの優位性が確認されたとはいえない。

※ 令和4年11月7日長崎地方裁判所(平成28(ワ)89 )

ここに引用された通達「「じん肺管理区分の決定等に関する事務取扱要領」の改正及び「審査請求に関する事務取扱要領」の制定について」は、安衛法ではなくじん肺法に関するもので、かつ解釈例規ではないがやはり行政解釈が尊重されているのである。


3 国民は行政解釈には拘束されないという意味

(1)行政解釈の法的な位置づけ

「行政から出される通達とは、行政の上級機関から下級機関に対して出される命令であり、国民(企業も国民が運営している)はこれを守る必要がない」ということは法的には正しいのである(※)

※ 本サイトの「行政通達と民事責任の関係」にも示したので詳述は避ける。

行政で働いていると、国民の方から「我々は行政解釈に従う必要はないんです、私はこう解釈しています、だからこうして下さい」と主張されることがある。

そのときは、行政解釈の通りにすることをご理解いただくように説得するしかない。ただ、本音は「そうなんですけど、私は行政解釈に拘束されるので、そうすることはできないんですよ」ということである。もちろん、口には出さないが・・・。

ただ、この本音は、「行政解釈に国民は拘束されない」ということの持つ意味の現実を如実に言い表しているのである。確かに国民は行政解釈に拘束されないのだが、法律の運用にあたるのは行政機関なのである。その行政機関は行政解釈には従わざるを得ないのである。行政の個々の職員が、仮に行政解釈が誤ってると考えたとしても=実際にはあまり考えないが=行政解釈の内容を国民に対して説明し、説得するしかない。

そうなると、結果として国民も行政解釈に従わされることになってしまうのである。


(2)行政解釈に従わないとどうなるか

行政解釈に脅威する女性

※ イメージ図(©photoACの図を一部修正)

それに従いたくないと思えば、どうすればよいだろうか。その答えは簡単である。自分の考え通りに行動すればよいのだ。

ただ、そうなれば行政から不利益な取り扱いを受けることになることもある。それが嫌なら行政訴訟をして裁判所で自説を主張するしかない。その結果、仮に裁判で勝てたとしても、勝訴のときまでは不利益を甘受するしかないし、勝訴できるとも限らないのである。

そればかりか、場合によっては刑事訴追されることもあり得る。すなわち、刑事法である安衛法例について、行政の示した行政解釈とは異なった解釈で対応した場合、行政解釈に照らせば違反ということがあり得る。

そうなれば、行政解釈に拘束される監督機関としては、是正させるしかない。しかし、その解釈はおかしいということで、繰り返しの是正勧告に従わなければ、送検されることもあり得るのである。

裁判所では、自らの解釈について主張することはできるが、裁判所が行政解釈と一国民の解釈のどちらを採用するかは、分からないとしか言いようがないのである(※)。すなわち、行政解釈に拘束されないからと言って、独自の解釈に従うことは、刑事罰を受ける覚悟が必要になるのである。

※ 現実には、本文にも述べたように行政の判断を尊重することが多いのが実態ではあるのだが。

もちろん、民事又は刑事事件で、裁判所が行政解釈とは異なる判断をすることもないわけではない。最近では、行政訴訟においてそのような例がある。最高裁が、建設アスベスト訴訟の判決において、安衛法第 57 条(表示)及び第 22 条(一般的な衛生措置)は労働者でない者も保護する趣旨であるとして、被告(国)敗訴の判決を出したのである。

これについての詳細は、当サイトの「一人親方等の保護に関する安衛法令改正」を参照していただきたいが、厚労省はこの判決を受けて、大規模な省令の改正を行っている。この判例は、ある意味で安衛法の基本的な解釈をドラスティックに変更するものであった。

もっとも、これは現実に石綿被害が発生したための行政(国)を被告とした訴訟であり、純粋な安衛法関連の刑事法の解釈についての争いで、国を敗訴させたケースは見当たらない。


4 最後に

(1)政省令による規定とその解釈の必要性

筆者が労働省に入省したとき、法改正にあたって先輩から教えられたことに驚いたことがある。

先輩はこういったのだ。「安衛法はその気になれば、省令でなんでも定めることができるようになっている」「法律には、基本的なことだけを定める。具体的なことは政省令に書くのだが、他省庁に関係することは政令に、労働省だけで定められることは省令に書く」「さらに具体的なことは通達に書き、細かな内容は解説書に書く(※)」「法律、政省令、通達、解説書のどこに書くべきかは、経験がものをいう」というのである。

※ 当時は、行政の担当者が民間の出版社から解説書を出すことが普通に行われていた。その後、行政官の復職禁止の運用が厳格となり、出版の許可がなかなか出なくなったので、最近では解説書が出されることはなくなっている。

この「安衛法はその気になれば、省令でなんでも定めることができる」というのは、安衛法の第 20 条から第 25 条の2に、事業者を義務主体とする包括的な義務規定がおかれ、同法の第 27 条に包括的な省令への委任規定があるからである。

※ この典型的な例が、2022 年に行われた「化学物質の自律的管理」である。化学物質管理者の選任や、監督署長による指示など、従来の安衛法の枠組みから考えても、法律に定められるべき内容が政省令レベルで定められているように思える。

確かに、安衛法のような技術的・専門的な広範な内容の法令について、義務の内容をすべてにわたって国会で定めることは現実的ではない(※)。従って、具体的な義務の内容を政省令に規定することは、国民にとっても利益になる(労働安全衛生対策について、必要な事項を迅速に法令に定めることができる)面があることも事実である。従って、具体的な義務の内容を政省令に定めることを完全に否定することはできない。

※ だからといって、法律による政省令への委任規定をあまりに広くとらえることは、国会単独立法主義の観点からは問題であり、国会の立法権の実質的な簒奪であろう。

そして、法令にはどうしても解釈の必要性があり、行政が公的な解釈を示さなければ、国民としても行動の規範が得られないこととなってしまう。また、その解釈が司法によって簡単に覆されてしまうようでは、国民活動に支障をきたすことも現実である。従って、行政解釈を、裁判所がある程度尊重することにも合理性がないわけではない(※)

※ もちろん、法律に定めるべきことを政省令に定めたり、省令に定めるべきことを通達に定めることも好ましいことではない。


(2)必要悪としての行政解釈

ここまでをまとめると、まず、安衛法とその関連政省令は、(他の法令と同様に)国民にとって、条文だけではその意味を確実に理解することは困難となっているということである。

これは、罪刑法定主義をはじめとする国民の権利の観点や、法的な安定性という観点からも、決して好ましいことではない。しかし、法の条文を完全なものにすることは困難であり、そのような現実があるということは(容認するべきではないが)認識せざるを得ない。

もちろん、本来は法令に定めるべきことを、行政が「解釈」の形で示すことは認められるべきことではないし、また、明らかに法令の条文の射程を外れるような解釈を示すことも許されない。ただ、安衛法に関する限り、そのようなことについても「必要悪」という面があることは、否定できない。

もっとも、行政の側も少しマヒしているのではないかと思えることもある(※)。もう少し、行政解釈の意味を認識しなおすべきであろう。行政解釈によって、国民の行動が可罰的になったりならなかったりするということの異常さを自覚するべきである。

※ その典型例が、パブリックコメントへの回答で「本改正により義務付けられる「報告体制の整備」、「実施手順の作成」、「関係労働者への周知」の具体的な内容は、追って通達等でお示しする予定です」と言ってのける感性である。もちろん、この内容は、組織内での正式な手続きを経て決定されているのである。

ただ、省令の改正は、技術的に難しいこともあり、通達の形をとってやや踏み込みすぎの解釈を示すということにも、合理性がないわけではないのである。行政がそのような解釈を示すことは、事業者にとっても何をすればよいかという行動規範が得られることとなり、有利となる面もあろう。


(3)国民の側が主体となる行政解釈の必要性

主体性を持つ女性と従う男性

※ イメージ図(©photoAC)

とは言え、行政の側があまりにも法律による委任の範囲を逸脱するような政省令を策定したり、さらには具体的な国民の義務を通達で自由に示すことは、民主主義国家としての本来の姿ではない。

法律の趣旨を逸脱するような政省令や、その行政の解釈については、あくまでも国民の側によるコントロールが可能なシステムとなっていなければならない。行政解釈に唯唯諾々として従うような現状に、国民の側が慣れてしまうことは危険であろう。

政省令の内容や、行政解釈の内容が労働者の健康と安全を確保し、さらにはその職場環境を快適なものとしてゆく上で、必要なものかどうかという監視が必要だという自覚を失ってはならないだろう。


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