
安衛法は、策定時には分かりやすい法律だったのですが、改正を重ねるにつれて複雑になり、読みにくくなってきました。
本稿では、個別検定の対象を定める条文を例にとり、どのように読み込むかを説明しています。
条文の構造を、解読する手法を理解するのに参考となると思います。
- 1 はじめに
- 2 個別検定の対象となる機械等とは
- (1)個別検定の対象
- (2)安衛法第42条の機械等とは
- (3)次条第一項に規定する機械等とは
- (4)他の2つの要件(別表第3と政令で定めるもの)
- (5)個別検定の対象(安衛法第44条の分析)
- 3 最後に
1 はじめに
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個別検定という制度をご存じだろうか。労働安全衛生法(以下「安衛法」という。)の第44条第1項に規定されている。実施にこの条文を読まれたことはないかもしれないが、何が個別検定の対象となるのかについて、すさまじく分かりにくい記述がされているのだ。
そういうわけで、この条文は、事業場の安全衛生担当者が、安衛法の条文を読んでも内容は分からないと確信するに至る最も大きな理由のひとつだと言っていい。
ところが、困ったことに、個別検定は、企業内で安全衛生の業務を行っていると、ときとして必要となることがあるのだ。何かの機会に、何が個別検定の対象となるかについて、法的な根拠を調べなければならなくなったようなときには、確実に頭を悩まされることになるだろう。ところが、実を言えば、分かりにくそうなのはみかけだけで、単純な条文なのである。ぜひ複雑な条文を読むときの参考にして頂ければと思う。
なお、本稿は、労働安全衛生コンサルタント試験の受験支援のページで、安全コンサルタント試験の、ある問題の選択肢の解説を書いていて、ちょっとした余談としてまとめようと思ったのだが、あまりにも長くなったので、独立させたものである。
2 個別検定の対象となる機械等とは
(1)個別検定の対象
先ほども述べたように、安衛法第44条は、一定の機械等について、個別検定を受けなければならないと定めている。なお、条文の表題には「個別検定」とあるが、本文中には「個別検定」の文字はない。
条文中の「厚生労働大臣の登録を受けた者(以下「登録個別検定機関」という。)が個々に行う当該機械等についての検定」とされているものが個別検定のことである。
【労働安全衛生法】
(個別検定)
第44条 第42条の機械等(次条第一項に規定する機械等を除く。)のうち、別表第3に掲げる機械等で政令で定めるものを製造し、又は輸入した者は、厚生労働省令で定めるところにより、厚生労働大臣の登録を受けた者(以下「登録個別検定機関」という。)が個々に行う当該機械等についての検定を受けなければならない。
どうだろうか。ざっと読んでみて、うんざりしないだろうか。条文を見る限りでは、「第42条の機械等」、「次条第1項に規定する機械等」、「別表第3に掲げる機械等」及び「政令で定めるもの」と4つについて、他の条文を調べなければ個別検定の対象は判らないのである。しかも、その間の関係がすさまじくややこしいというか、あいまいな表現なのである。
せめて、多少なりとも分かりやすくするために、個別検定の対象とされているものを、条文のまま単純に図示してみよう。そうすると、第1図のようになるだろう。
なお、実を言えば、文中の「第42条の機械等」と「別表第3に掲げる機械等」と「政令で定めるもの」は、後で説明するように、包含関係があるのだ。しかし、条文を見ただけではそのことは明確には判らない。従って、条文を読んだ時点では、包含関係がないという前提で描かざるを得ない。
その上で、この図中の4つの楕円について、それが法令でどのようなものが定められるかを見てゆこう。
(2)安衛法第42条の機械等とは
まず、安衛法第42条の機械等については、別稿「安衛法第42条 譲渡等の制限等(判りにくい条文)」に譲る。結論を言えば"別表第二に掲げるもの(ただし安衛令第13条第4項、5項によって限定される)"と"安衛令第13条第3項で定めるもの"が安衛法第42条の機械等に当たるのである。
(3)次条第一項に規定する機械等とは
ア 安衛法第44条の2
では、最初の3ページの第1図まで話を戻そう。次は、2つ目の赤い楕円である「次条第一項に規定する機械等」とは何かを調べてみよう。
ここにいう次条とは、第44条の2である。この条文で規定する機械等とは「第42条の機械等のうち、別表第4に掲げる機械等で政令で定めるもの」とされている。
なお、この条文の但し書きにある「その型式について次項の検定が行われた機械等に該当するもの」は除かれないのか、という疑問があるかもしれない。しかし、この但し書きはあくまでも、型式検定という義務についての例外を定めているのであって、「機械等」から除いているわけではない。
【労働安全衛生法】
(型式検定)
第44条の2 第42条の機械等のうち、別表第4に掲げる機械等で政令で定めるものを製造し、又は輸入した者は、厚生労働省令で定めるところにより、厚生労働大臣の登録を受けた者(以下「登録型式検定機関」という。)が行う当該機械等の型式についての検定を受けなければならない。ただし、当該機械等のうち輸入された機械等で、その型式について次項の検定が行われた機械等に該当するものは、この限りでない。
本条は、前の2つの条文ほどややこしくはないが、やはり図示すると次のようになるであろう。しかし、この図の一番外側の「安衛法第42条の機械等」は第一図の青枠と同じなので、気にする必要はない。
では、再び、この図の2つの楕円の正体を調べることとしよう。これはさして難しくはない。
イ 安衛法別表第4の機械等とは
ここに別表第4の機械等とは、以下のものである。
【労働安全衛生法】
別表第4(第44条の2関係)
一 ゴム、ゴム化合物又は合成樹脂を練るロール機の急停止装置のうち電気的制動方式以外の制動方式のもの
二 プレス機械又はシャーの安全装置
三 防爆構造電気機械器具
四 クレーン又は移動式クレーンの過負荷防止装置
五 防じんマスク
六 防毒マスク
七 木材加工用丸のこ盤の歯の接触予防装置のうち可動式のもの
八 動力により駆動されるプレス機械のうちスライドによる危険を防止するための機構を有するもの
九 交流アーク溶接機用自動電撃防止装置
十 絶縁用保護具
十一 絶縁用防具
十二 保護帽
十三 電動ファン付き呼吸用保護具
ウ 政令で定めるものとは
また「政令で定めるもの」は安衛令第14条の2に定めてある。
【労働安全衛生法施行令】
(型式検定を受けるべき機械等)
第14条の2 法第44条の2第1項の政令で定める機械等は、次に掲げる機械等(本邦の地域内で使用されないことが明らかな場合を除く。)とする。
一 ゴム、ゴム化合物又は合成樹脂を練るロール機の急停止装置のうち電気的制動方式以外の制動方式のもの
二 プレス機械又はシャーの安全装置
三 防爆構造電気機械器具(船舶安全法の適用を受ける船舶に用いられるものを除く。)
四 クレーン又は移動式クレーンの過負荷防止装置
五 防じんマスク(ろ過材及び面体を有するものに限る。)
六 防毒マスク(ハロゲンガス用又は有機ガス用のものその他厚生労働省令で定めるものに限る。)
七 木材加工用丸のこ盤の歯の接触予防装置のうち可動式のもの
八 動力により駆動されるプレス機械のうちスライドによる危険を防止するための機構を有するもの
九 交流アーク溶接機用自動電撃防止装置
十 絶縁用保護具(その電圧が、直流にあっては750ボルトを、交流にあっては300ボルトを超える充電電路について用いられるものに限る。)
十一 絶縁用防具(その電圧が、直流にあっては七百五十ボルトを、交流にあっては三百ボルトを超える充電電路に用いられるものに限る。)
十二 保護帽(物体の飛来若しくは落下又は墜落による危険を防止するためのものに限る。)
十三 電動ファン付き呼吸用保護具
エ 安衛法第44条の2の機械等
そして、よくみると、別表第4に掲げる機械等と安衛令第14条の2の機械等(政令で定めるもの)には、包含関係があることが分かる。さきほどと同じことなので図示はしないが、安衛法第44条の2の機械等とは、安衛令第14条の2で定めているものだと分かるのである。
(4)他の2つの要件(別表第3と政令で定めるもの)
さて、3ページの第1図の残り2つの楕円について調べよう。「安衛法別表第3に掲げる機械等」と「政令で定めるもの」である。
ア 別表第3に掲げる機械等とは
安衛法別表第3に掲げる機械等とは、次のものである。
【労働安全衛生法】
別表第3(第44条関係)
一 ゴム、ゴム化合物又は合成樹脂を練るロール機の急停止装置のうち電気的制動方式のもの
二 第二種圧力容器
三 小型ボイラー
四 小型圧力容器
イ 安衛法第44条の「政令で定めるもの」とは
安衛法第44条の政令で定めるものは。安衛令第14条に定めてあり、次のようになっている。
【労働安全衛生法施行令】
(個別検定を受けるべき機械等)
第14条 法第44条第1項の政令で定める機械等は、次に掲げる機械等(本邦の地域内で使用されないことが明らかな場合を除く。)とする。
一 ゴム、ゴム化合物又は合成樹脂を練るロール機の急停止装置のうち電気的制動方式のもの
二 第二種圧力容器(船舶安全法の適用を受ける船舶に用いられるもの及び電気事業法、高圧ガス保安法又はガス事業法の適用を受けるものを除く。)
三 小型ボイラー(船舶安全法の適用を受ける船舶に用いられるもの及び電気事業法の適用を受けるものを除く。)
四 小型圧力容器(船舶安全法の適用を受ける船舶に用いられるもの及び電気事業法、高圧ガス保安法又はガス事業法の適用を受けるものを除く。)
(5)個別検定の対象(安衛法第44条の分析)
ア 安衛法44条の修正
さて、個別検定の対象を定める安衛法第44条を表した第1図をもう一度見てみよう。
これは、これまでに説明したように、次のように修正できる。
安衛法第42条の機械等 | ![]() |
安衛法別表第2に規定するもの(ただし安衛令第13条第4項、5項によって限定される) 及び 安衛令第13条第3項に規定するもの |
次条第一項に規定する機械等 | 安衛令第14条の3に規定するもの | |
別表第3に掲げる機械等 | (安衛法)別表第3に掲げる機械等 | |
政令で定めるもの | 安衛令第14条に規定するもの |
そして、「安衛令第14条の2に規定するもの」は、条文で「安衛法第42条の機械等」(=安衛令第13条第3項に規定するもの)に含まれていた。そこで、本図は次のように修正できる。
イ 安衛法44条の再修正
そして、それぞれの条文等の記述を詳細に比較すると、これらの包含関係は、結局、次ページの最終図のようになっているのである。
従って、結局のところ、個別検定の対象が何かを調べるためには、安衛令第14条さえ見ればよいということが分かるのである。
3 最後に
いかがだったろうか。個別検定の対象が何かを調べる必要が出て、安衛法を調べれば、誰でもまず第44条を見ることになる。そして、これを読めば、普通は、第42条を見なければ、その対象は判らないと思うだろう。
【労働安全衛生法】
(個別検定)
第44条 第42条の機械等(次条第一項に規定する機械等を除く。)のうち、別表第3に掲げる機械等で政令で定めるものを製造し、又は輸入した者は、厚生労働省令で定めるところにより、厚生労働大臣の登録を受けた者(以下「登録個別検定機関」という。)が個々に行う当該機械等についての検定を受けなければならない。
だが、実際には、この条文は、論理的には次のように書いても同じことなのである。
【労働安全衛生法(現行条文と同じ意味の条文)】
(個別検定)
第44条 政令で定める機械等を製造し、又は輸入した者は、厚生労働省令で定めるところにより、厚生労働大臣の登録を受けた者(以下「登録個別検定機関」という。)が個々に行う当該機械等についての検定を受けなければならない。
先ほども述べたが、実際にはこのような条文だと、政令は政府が国会の承認なしに定めることができるので、政府がなんでもできてしまうのである。そこで、①第42条の機械等の中から定めなければならないこと、②次条第1項に規定する機械等と重複してはならないこと、③別表第3の機械等の中から定めなければならないことという、3つの要件を政府に課しているのである。
これは、国民に対して、個別検定の対象が、別表第3や第42条の機械等以外について義務付けられることはないということや、次条第1項で規定する義務と同一機械について重複して義務を課せられることのないことを保障しているわけである。
従って、現行条文を、上記の修正された条文のようにするわけにはいかないのである。
だが、それならせめて次のようにしてくれれば分かりやすいと思うが、法令を策定するときは、正確な表現とするということは気にしても、一見して分かりやすくするということは気にしないものなのである。
【労働安全衛生法(現行条文と同じ意味の条文)】
(個別検定)
第44条 政令で定める機械等を製造し、又は輸入した者は、厚生労働省令で定めるところにより、厚生労働大臣の登録を受けた者(以下「登録個別検定機関」という。)が個々に行う当該機械等についての検定を受けなければならない。
2 前項の政令の定めは、以下によらなければならない。
一 第42条の機械等の中から定めなければならないこと
二 次条第1項に規定する機械等と重複してはならないこと
三 別表第3の機械等の中から定めなければならないこと
とりあえず、「〇〇(〇〇を除く。)のうち、〇〇で政令で定めるもの」などという条文を見たときは、とりあえず解説書かWEBで調べてみれば、その対象が「政令で定めるもの」だけを見てみればよいと分かるかもしれない。