※ イメージ図(©photoAC)
労働安全衛生法の技能講習及び実技教習(免許の実技試験が免除となる教習)の修了者数及び登録教習機関数の推移をグラフにして示しています。
実技教習や技能講習は、登録教習機関でなければ実施できず、しかも法令によって受講が必要となるため、ブルーオーシャンの事業分野と思われています。
しかしながら、最近では新しい分野への進出を目指して新たに登録を受ける機関が増える一方で、少子化により修了者数は減少傾向にあります。
登録教習機関も、多角経営を図る他、IT技術の導入や講師の能力向上による差別化を図ることが求められます。
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1 はじめに
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※ イメージ図(©photoAC)
冒頭にも述べたように、実技教習や技能講習は、安衛法によって登録教習機関でなければ実施できず、しかも法令によって一定の場合には受講が義務付けられているものなので、確実な需要が見込めるブルーオーシャンの事業分野だと思われている面がある。
しかしながら、近年では安全衛生以外の教育分野の事業体が、安衛法の技能講習の分野に参入するケースが増加している。少子化は多くの教育の分野の事業体の経営を圧迫しており、これらの分野の教育機関が、教育のノウハウを活かして安全衛生の分野に参入しようとするのである。
これは、一般論としては、安全衛生の分野に良い影響を与えるものと思われる。しかしながら、過当な競争が生じることによって、安全のための教育水準の確保を無視して、価格のみで競争が生じるようなことがあれば、わが国の安全水準低下をもたらすことになりかねない。
本稿では、その前提となる、各種の技能講習と実技教習の修了者数と、登録教習機関数の推移を概説する。
2 修了者数と登録教習機関数の推移
(1)就業制限業務の技能講習
まず、労働安全衛生法(安衛法)第61条による就業制限業務のうち、技能講習についてみてみよう。修了者数は次図のように推移している。
これを見ると、増減を繰り返しているだけと思えるかもしれない。しかし、新型コロナ肺炎の影響を受けた2020年以降を除いても、ピーク時の 2008 年から 2019 年までの11年間で 10.5 %の減少をしているのである。
2008年から2019根年まで景気DIのトレンドは向上しているにもかかわらず、就業制限業務の技能講習修了者数は減少傾向にあるのである。なお、2020年はコロナ禍による落ち込みで2021年はその反動と思われる。
一方、登録教習機関数の推移は次のようになっている。
これを見れば分かるように、2020 年以降に大きく減少している。これは、新型コロナ肺炎による経済の低迷の直撃を受けた可能性もある。なお、ガス溶接は、長期的に減少傾向にあるが、これは公立の工業高校や職業訓練施設が、経費削減のためにガス溶接の登録を廃止するケースが増加していることによるものである。
しかしながら、登録教習機関数は、修了者数がピークとなった 2008 年から 2019 年の同じ 11 年間でみれば増加傾向にあり、11.0 %増加しているのである。なお、2020年はコロナ禍によると思われる減少がみられるが、2021年は再び増加に転じた。
この結果、登録教習機関1機関当たりの修了者数は、次図のように漸減傾向にある。
2008 年にピークを打ち、その後は回復していないことが分かるだろう。このうち主なものを 2008 年のピークのときと新型コロナ肺炎の影響が出る前の2019年で比較すると次のようになっている。
これをみると、修了者数の多い区分で、軒並み1登録教習機関当たりの修了者数の大幅な減少がみられることが分かる。もちろん、これは平均の値であり、大手の企業を中心に営業努力によって修了者数を減らしていない機関もあるだろうから、大きな打撃を受けている企業も多いだろう。
先に見た2020年以降の大幅な登録教習機関の減少は、修了者数(受講者数)の減少によって影響を受けていた登録教習機関が、新型コロナ肺炎による打撃によって最終的な撤退をしたという可能性があろう。
(2)作業主任者(安全関係)
次に、安衛法第41条による作業主任者関連のうち安全関係の技能講習の修了者の推移をみてみよう。こちらは種類が多いが、修了者数は就業制限業務よりも大きく下回っている。
2016年以降は急速に減少しており、2020年にコロナ禍によるさらに大きな落ち込みがあった。2021年はコロナ禍の反動でやや増加したものの、2019年の数値までは回復していない。
登録教習機関は、就業制限業務に比較すると3分の1程度で推移している。市場規模が小さいことから、新規に参入できる状況にはないということであろう。
1登録教習機関当たりの受講者数も100人を超えるものは、次に示すように足場の組立て作業主任者と木材加工用機械作業主任者程度である。しかも、コロナ禍の影響があるにしても、2020年に大きく落ち込み2021年も完全には回復していない。新規参入のコストを考えると、今後も新規参入の可能性は低いだろう。
(3)実技教習
※ イメージ図(©photoAC)
安衛法の免許は、同法第72条第1項により免許試験に合格した者等に都道府県労働局長が免許証を交付することによって行うこととされている。
安衛法第75条第1項は、免許試験の実施者は都道府県労働局長としているが、実際は同法第75条の2により指定試験機関(公益財団法人 安全衛生技術試験協会)に代行させている。
そして、登録教習機関が行う実技教習を修了すれば、その後1年以内であれば、免許試験のうち実技試験が免除される(第75条第3項)のである。
なお、実技教習の登録教習機関になるためには、申請前の6月間に行った「教習に相当するもの(※)」を修了し、かつその教習に係る免許試験の実技試験を受けた者の合格者が 95 %以上であることを要する。
※ 「教習に相当するもの」とは、揚貨装置運転実技教習、クレーン運転実技教習及び移動式クレーン運転実技教習規程に従って行うものをいう。なお、「実技試験を受けた者」が20人以上いなければならない。
この実技教習の修了者数は、次のようになっている。
これをみれば、明らかなように、ほとんどがクレーンと移動式クレーンに限られている。なお、デリック運転は2006年に廃止されているが、2004年及び2005年の実績はゼロである。
登録教習機関の推移は次のようになっている。
実技教習の登録教習機関になるための要件は、技能講習に比して厳しいため、その数は限定されている。なお、1機関当たりの修了者数は次のようになっている。
クレーン運転については1機関当たり 300 人程度であり、市場としては技能講習に比較すれば大きいが、登録教習機関数は30件程度でほとんど変化はなく、新規参入する企業は多くはない。
(4)作業主任者(衛生関係)
最後に、作業主任者のうち衛生関係についてみてみよう。
全体で15万人程度の修了者があり、酸素欠乏・硫化水素危険、有機溶剤、特定化学物質及び四アルキル鉛等の3区分で大部分を占めている。
2021年に特定化学物質及び四アルキル鉛等の受講者が急増している(※)が、これは特化則の改正によりアーク溶接(溶接ヒュームを製造し又は取扱う作業)に作業主任者の選任が義務付けられたことによる。詳細は、「溶接ヒューム関連、安衛法令改正」を参照されたい。
※ 2005年には特定化学物質等が急増している。これは、2006年に作業主任者の区分が変更され、特定化学物質等が四アルキル鉛と統合されたため、これを嫌った駆け込み重要によるものである。
しかし、衛生関係の作業主任者の登録教習機関数になるためには、講師として医師、歯科医師又は薬剤師を確保しなければならず、これまで参入障壁は高かった。登録教習機関数の推移は次のようになっている。
ここ数年間は、登録教習機関数は400機関程度で微増している程度である。特定化学物質及び四アルキル鉛等が2021年に増加しているのは、先述したアーク溶接関連の受講者数の増加に期待したものであろう。1機関当たりの修了者数も、特定化学物質及び四アルキル鉛等を別にすれば、次図に示すように安定している。
今後、化学物質管理の法制度が「自律的な管理」への転換することにより、5年後に有機溶剤、特定化学物質及び四アルキル鉛等、鉛の3区分の作業主任者の技能講習が廃止される可能性がある。このため、今後、これらの区分に新たに登録教習機関が参入してくる可能性は低いだろう。
ただ、アーク溶接等の作業に、特定化学物質及び四アルキル鉛等作業主任者技能講習を受講した者から作業主任者を選任する必要があるため、この区分に関しては今後どのように変化するかはなんともいえない面がある。
3 最後に
安全系の技能講習を実施するには、実技講習のための設備があることが前提である。作業主任者の場合、実技講習のため専用で使用するケースはほとんどなく、他の用途で使用する設備などが使用できる場合などに限られる。
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しかし、自動車学校は大型特殊自動車の免許のためフォークリフトを所有しているケースは多く、物流業界でもフォークリフトは必ず所有している。また、ガス溶接はそれほど高価な設備を要するわけではない。しかも、フォークリフトとガス溶接は修了者数の多い区分である。
このため、フォークリフト運転やガス溶接などを中心に、就業制限業務などに新規参入が増加する可能性はあろう。現に、フォークリフト運転の技能講習に、自動車学校や物流業界が多角経営を目指して参入するケースは、現在も多いのである。
今後、技能講習が過当な競争状態になることも考えられる。登録教習を経営の重要な部分としている企業においては、その経営の強化のための手立てが望まれる。