免許保有者への労働災害防止対策の必要性




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ショベルカー

※ イメージ図(©photoAC)

労働安全衛生法の免許の取得者や技能講習修了者は、事業者の立場からみると、その資格の対象業務について安全に遂行するための十分な知識と技能を有していると思えるかもしれません。

しかし、資格を取得しているということは、その作業を安全に遂行するためのすべての知識と技能を身に着けていることを意味しているわけではないのです。

同様な国家資格である道交法上の普通自動車免許の場合は、取得していれば一通りの運転の技術は身についています(※)。しかし、普通自動車免許と安衛法の資格では、どのようなレベルであれば資格を取得させるかについての考え方が異なっているのです。

安衛法の資格の場合、ひとつの資格で行える業務の範囲がかなり広いにもかかわらず、資格取得にかかる時間は短く、資格を持っていてもすべての業務が一通りできるようになるわけではないのです。

※ もちろん、自動車免許を取得したばかりの初心者が、安全に運転する完全な知識と技術を身に着けているわけではないことは分かると思います。

現実に、有資格者が被災者となった災害で、事業者の側に安全配慮義務違反等で損害賠償が認められるケースもあります。本稿では、その一例として、潜水業務についてほとんど経験のない有資格者を、事前に何ら指導することもなく1人で危険な潜水業務に従事させて、死亡災害となった例を取り上げます。この事故で、那覇地方裁判所は事業者に対して民事賠償責任を認めました。

この事例を題材として、安衛法の資格を有する労働者に対する安全配慮義務について解説します。



1 就業制限業務に関する有資格をどのように考えるか

執筆日時:


(1)安衛法の資格と安全配慮義務

ビル解体工事

※ イメージ図(©photoAC)

労働安全衛生法では第 61 条において、一定の危険有害な業務については、免許取得者、技能講習修了者などの有資格者でなければ行わせてはならないとされている。

免許や技能講習の修了は国家資格である。そのため、それらを取得している者については、その対象となる業務を安全に行う専門知識と能力を有していると考える事業者は多いだろう。

そればかりか、関連の業務を行わせるにあたっては、安全対策は本人に任せてよいと思っているのではないだろうか。

例えば、クレーン・デリック運転士免許を保有している者は、初心者であってもクレーン及びデリックの運転を安全に行うことができ、事業者がその安全対策について気にする必要はないと感じているかもしれない。


(2)安衛法の有資格者は仕事ができることを意味しない

ア 実技教習・技能講習で教育することは安全に関すること

しかし、そうではないのである。間違ってはならないことは、安衛法の就業制限業務を実施することができる資格(免許・技能講習修了等)を取得したことは、仕事を円滑かつ安全にできることを意味しないということである。それは、事故を起こさないための安全・衛生に関する最低限の知識・技能を有しているというにすぎないのだ。

技能講習について言えば、ほとんどの区分で数日程度で資格が取得できるのである。しかも実技講習は最大で10人を1単位として行われるため、実技講習で実際に実機の操作などを体験できる時間はかなり短いのが実態なのである。

さらに言えば、技能講習の受講に当たって、一定の資格があれば免除される科目も多く、それが実務を行う上で問題となることがあることも事実なのだ。


イ フォークリフト運転の技能講習

フォークリフト運転席

※ イメージ図(©photoAC)

フォークリフト運転の技能講習に関して言えば、「リーチフォークリフト固有の災害と注意事項」でも述べたが、例えば道交法上の大型特殊自動車免許の保有者は、技能講習の受講にあたって、フォークリフトの走行に関する科目は学科、実技ともに免除されるのである。しかし、大型特殊自動車免許取得者で、フォークリフトを運転した経験のある者は多くはない。

大型特殊自動車免許の所持者で、フォークリフトの技能講習を11時間コース(免除された課程)で受けた者の多くは、おそらくフォークリフトの走行に関する知識・技能は、無資格者と何ら変わることはないだろう。

また、普通自動車免許保有者は、走行に関する学科が免除される。また、フォークリフト運転の技能講習は、実技講習はカウンターバランスフォークリフトを用いて行うことが普通である。従って、リーチフォークリフトについては、学科講習は免除され、実技講習でも扱わないのである。これで、職場に戻って、リーチフォークリフトを用いた作業を行えと言われても、できるものではないだろう。

技能講習とは、そもそもそういう制度なのである。道交法上の普通自動車免許とは、めざすところのものが異なるのだ(※)。ここを間違えてはならない。

※ その普通自動車免許でさえ、初心者が適切な運転ができるとは限らないのである。


ウ クレーン・デリック運転士免許の実技教習

クレーン・デリック運転士免許(※)については、安衛法第 75 条第3項による実技教習は、実技教習規程により運転台式の天井クレーンによって、荷の動きが見える状況で行われる。

※ 旧クレーン運転士(限定なし)免許及び旧デリック運転士の統合免許。すべてのクレーン(移動式クレーンを除く。)及びデリックの操作の業務が可能になる。

しかし、クレーン運転の実務は、製造業ではむしろ床上で無線操作式の天井クレーン(※)を使用して行われることが普通であるし、建設業ではジブクレーンを使用することが多い。いずれの場合であっても荷が見えない状況で行われることもめずらしくはないのである。

※ 現在、無線操作式天井クレーン限定の免許を創設する動きがあるが、それが創設されてもクレーン・デリック運転士免許保有者が無線操作式天井クレーンの運転ができることに変わりはない。


エ ガス溶接

ガス溶接技能講習に至っては、実技講習でガス溶接の作業を体験させる必要はないのである。ガス溶接の技能講習の実技では、設備の取り扱いだけを講習する(※)ことになっているのである。

※ 技能講習規定では、実技講習でガス溶接や溶断を行わせることにはなっていない。

現実には、多くの登録教習機関では、ガス溶接は行わないまでも、溶断はさせることが普通である。実務においても、ガスは溶断を行うために使用されており、ガス溶接を行うことはまずないので、あまり問題とはなっていない。

しかし、実務において、ガウジングやスカーフィング(※)を行うことはままある。ガス溶接の技能講習を修了しているからといって、ガウジング等の作業を適切に行うことはまず不可能である。

※ ガウジングとは「溝堀」のことで「スカーフィング」とは「皮むき」のことだと思えばよい。


2 免許を保有する初心者が被災した事故と民事賠償責任

(1)事件の概要

ア 有資格者が被災した災害で民事賠償を認めた事例

スキューバダイビング

※ イメージ図(©photoAC)

ここでは、安衛法上の潜水士免許等の資格保有者が、潜水業務の中でも困難性の高いとされる業務を行っていて死亡した事件(那覇地裁判決(平成 19 年1月 24 日))を題材に、就業制限の資格保有者に対する安全配慮義務(※)について解説する。

※ 安全配慮義務は契約上の債務履行責任なので、なんらかの契約関係がないと成立しない。本事件そのものは、被災者と被告の間に雇用契約等がなかったためか、原告(被災者の遺族)は被告に対して不法故意責任を根拠に損害賠償請求を行っている。不法行為責任は契約の有無とは関係がないからである。しかし、本件の場合も、被災者と被告の間に契約関係がないわけではなく、安全配慮義務違反を追求することも可能な事案ではなかったかと思われる。

この事件では、被災者が一定の資格を有していたため、被告の側は安全については被災者の責任であるという観点からの主張を行った。しかし、裁判所は、事業者の責任者が被災者の安全について配慮するべきだったとして損害賠償責任を認めたものである。


イ 被災者の経歴と保有資格

(ア)被災者の経歴

被災者は、平成2年に高校を卒業後、季節工、ウェイター、タンカー船の船長、店頭精米販売の自営業等として働いていた。

しかし、ダイビング業界で稼働した経験はなく、頻繁にダイビングをしに行ったこともなかった。


(イ)被災者の保有資格

被災者は、昭和 63 年 12 月に1級小型船舶操縦士の免許を取得した。また。平成8年5月には安衛法の潜水士の免許を取得している

この他、ダイビングの指導団体である JCIA のインストラクタートレーナー、NAUI のインストラクター、ライフセイバー、BSAC のアドバンスドインストラクター、CMAS のモニターインストラクターの各認定を受けている。

さらに、平成 14 年 12 月1日には PADI のオープンウォーターとして認定され、認定証であるCカードの発行を受けている。そして、これが本件の民事訴訟で重要な意味を持つことになるのである。

那覇地裁判決は、次に示すようにかえってこれを被災者の潜水に関する知識の低さの証明であるとしたのである。

オープンウォーターのCカードは、これを取得してはじめて、インストラクターなしにダイビングをすることができるというにとどまるものと認められ、しかも、オープンウォーターの上に、様々な上級コースが用意されていることからすれば、オープンウォーターのCカードの取得は、ダイビングを行うための第一歩に過ぎず、これを取得しただけの者は、ダイビングの初心者の域を出ないものといわざるを得ない

※ 那覇地裁判決(平成 19 年1月 24 日)

要するに、逆から言えば、オープンウォーターのCカードを保有しているということは、被災者が素人同然だということを証明しているようなものだと判断されたのだ。

なお、被告及び裁判所は労働安全衛生法の潜水士免許については、何も述べていない。最低限の技能についての資格と考えたためにあえて言及する必要がないと考えていた可能性はある。


ウ 事故当日までの経緯

さて、災害は、被災者が被告の経営するダイビングショップでの採用面接を受けた直後で、正式な採用をしていない平成 15 年5月 15 日に発生した。

被告が求人情報誌に求人の広告を載せたところ、それを見た被災者が応募してきた。しかし、先述したように、被災者は、ダイビング業界に勤務した経験はなく、積極的にダイビングした経験もなかった。

被告は、被災者の年齢や家族構成なども総合的に検討して、採用は困難と判断し、採用はできないと被災者に告げた。ところが、被災者は、海が好きで、マリンレジャー関係の仕事に就きたいと熱心に採用を懇願したのである。

このため、被告としては、実際に仕事を体験させれば困難さが分かるだろうと考え、被災日の5月 15 日に、スキューバダイビングの講習の仕事を体験させることとした。


エ 事故の経緯

(ア)当日の事故発生までの経緯
潜水作業

※ イメージ図(©photoAC)

事故当日、被災者、被告、被告の従業員であるF及びIのほか、ダイビング講習生3名、体験ダイビングの客1名の合計8名で、被告が船舶を操船して被災現場へ向かった。

事故現場の水深はおおむね4メートルから 10 メートル程度で、潮の流れは穏やかで、海中の透明度も非常に高いポイントである。

同日 16 時の天気は曇り、風向は南から南西、風速は秒速5メートルから7メートル、波の高さは1メートル以下で、15 時から 17 時までの潮流は約 0.1 ノットと非常に穏やかな状況であった。

被告の指示で従業員が、船舶船首側のアンカーを、沖縄県ダイビング安全対策協議会が設置した黄色の浮きに掛けて、船首側を固定した。また、右船尾側のバックアンカーを、最終的に、岩礁の浅い場所に、岩礁のくぼみにアンカーの爪を掛けるだけの方法で掛けた。

被告他は、スキューバダイビングの講習を行い、Fは体験ダイビングの客と水面を泳ぎ、被災者は素潜りで体験ダイビングの客に手を振るなどしていた。


(イ)事故発生の経緯

スキューバダイビングの講習を終え、帰港の準備をしていた際、被災者は、素潜りの経験があるのでアンカー外しをしたいと被告に申し出たのである。

それに対して、被告は「大丈夫か、気をつけろよ」などと言って、アンカー外しをさせることを了解した。

そこで、被災者は、ウェットスーツを着て、腰にウエイトベルトを巻き、マスク、シュノーケル、フィンを装着し、水中に入って、バックアンカーを掛けてあった付近まで水面を移動した。

被災者は、その場所で頭から水中へ潜っていった。しかし、船上の作業者と被災者のタイミングが合わず、1回目にはバックアンカーを引き上げることができなかった。

さらに、2回目と3回目もアンカーを外すことができずに浮上した。3回目に浮上した際には、海面上でシュノーケルを口から外して、息苦しそうに荒い呼吸をしていた。

被災者の様子を見た被告は、「シュノーケルを口にくわえろ、呼吸を整えろ、横になれ」と指示した。被災者は、指示を受けて、シュノーケルを口にくわえ、横になった状態をとった。

被告は、被災者に「無理だったら戻ってこい」と声をかけ、Iに対して、被災者の代わりにアンカー外しに行く準備をするよう指示をした。ところが、被災者は、再び頭から潜って行ったのである。

ところが、被災者がなかなか浮上してこないため、水中をのぞいたところ被災者が海底へ沈んでいくところが見えたため、被告が水中を確認し、マスク、フィン、スキューバ器材等を装着して水中に潜り、被災者を救助して船に引き上げた。

その後、病院に搬送されて治療を受けたが、同月17日午後に溺水を原因とする脳虚血による脳機能障害により死亡した。


(2)刑事事件での有罪判決

裁判官

※ イメージ図(©photoAC)

被告は、本件事故に関して、平成 16 年4月 12 日、業務上過失致死罪により略式手続きで起訴され、同日に罰金 50 万円の略式命令を受けた(※)

※ 起訴された当日に略式命令を受けているので、在庁略式だった可能性がある。通常は、在庁略式は逮捕又は勾留されている場合の手続きであるが、事件の性格から逮捕又は勾留されていたとは考えにくいので、在宅のまま本人が希望したのであろう。早くケリをつけたかったのかもしれない。

すなわち、被告は刑事事件では争うことはなく、略式手続きに同意したのである。業務上過失致死で有罪になることは、やむを得ないと考えていたのだろう(※)

※ 在宅で略式起訴されて略式命令で有罪となっても、略式命令では罰金刑しか課せられないので、前科が付くことと罰金を取られるほかは、それほど大きなデメリットはない。しかし、無罪だとして争うと、逮捕・勾留されたり、捜査当局が実名で報道発表したりするおそれがあるので、場合によっては職を失うこともある。また、争うための弁護士費用なども大きな負担となる。

本件についての詳細は分からないので、一般論ではあるが、被疑者が無実(冤罪)であっても、罰金程度の罪であれば争わずに有罪となるケースは意外に多い。なお、常習犯の場合も、例えば何件かの窃盗の疑いで逮捕された場合、うち何件かが冤罪であったとしても、争うより認めて改悛の情を示した方が有利になることがあり、認めてしまうこともある。わが国の司法捜査制度の欠陥といえよう。

従って、略式命令で有罪判決を受けたとしても、常習犯でない場合は、その事件の元被告が、その犯罪を犯したと考えることはできないと思った方がよい。ただ、民事訴訟では、有罪判決を受けたことで裁判官の心証に悪い影響を与えることはあり得る。


(3)裁判所の事故に対する判断

ア 被告の過失の有無

(ア)予見可能性
① 被告の主張

一方、被告は、民事訴訟では多くの争点について争った。民事賠償請求は、被告の側に過失がなければ認められない。そして、過失が認められるためには、被告が結果(災害)の発生を予見できること(予見可能性)と結果を回避できること(結果回避可能性)の2点を、原告の側が証明できなければならない(※)

※ 本件では、原告が被告の不法行為責任を追及したため、過失のあることについては原告が主張・立証しなければならない。なお、安全配慮義務違反を追及する場合は、安全配慮義務の内容を特定しその履行がなされなかったことを原告が主張・立証する必要はあるが、過失がなかったことは被告が主張・立証しなければならない。

被告は、以下の2点などを挙げて、被告には予見可能性はなかったと主張した。

    【被告の主張=予見可能性について】

  • 被災者は PADI オープンウォーターのCカードを取得すなど単なる初心者でない
  • 当日の海は極めて穏やかな状況であり、初心者でも十分にアンカーを外す作業を行うことが可能な海況であった

② 裁判所の判断

これに対し、裁判所は、まず、アンカー外し作業の危険性と被災者の能力について以下のように判断した。

    【裁判所の判断=予見可能性について】

  • アンカー外し作業の危険性
  • アンカーを外す際には、水中に潜って、岩礁に掛けられているアンカーを外すという作業が必要である。このとき、アンカーロープが張っている状態では岩礁にアンカーの先が掛かっているので外すことが困難で、その状態でアンカーを外すとアンカー部分が船の方向に引っ張られる可能性があり、ロープにからまれたり、外れたアンカーが手足や体の一部に当たったりして危険であり、船上の者と連携をして、まずビットに結ばれているアンカーロープを緩めてからアンカーを外すという作業が必要であるとされる。
  • そのため、被告以外のダイビングショップの経営者は、アンカーを外す作業には、経験を積んだ者を従事させている
  • 被災者の潜水技術の能力
  • 被災者の潜水能力は高くはなかった。
  • 被告は潜水作業の専門家であり、被災者の能力が高くないことを理解できたはずだ。

裁判所は、上記のように、本件アンカーを外す業務の困難性と、被災者の潜水能力がその業務に従事しえるほど高くはなかったことから、下記のように判断した。

(被告は)スキューバダイビングのインストラクターとして十分な経験を有しているのであるから、その経験に照らして、ダイビング業界で稼働したことがなく、アンカーを外す作業に関して十分な経験のない者にその作業をさせれば、アンカーを外す作業の際に無理な潜水や潜水回数を重ねることにより、作業員の生命や身体に重大な危険を及ぼすおそれのあることは十分予見可能であったと認められる

※ 那覇地裁判決(平成 19 年1月 24 日)

(イ)結果回避可能性について
① 被告の主張

被告は、災害を防止できたかという点についても、以下のように主張して争った。

    【被告の主張=結果回避可能性について】

  • 被災者はダイビングの技術について素人同然というわけではなく、また、6年間の小型船舶操縦士としての経験及び船長として稼働していた経験もあったのであるから、本件で被告に要求される回避行為は、一般の素人に対する回避行為と同レベルのものが要求されるわけではない。
  • 被告において、作業の中止をAに命じていたのであるから、被災者がその指示を無視することは、そもそも予見できないこともさることながら、被告の回避行為をないがしろにするものであって、その回避可能性を否定するものである。

すなわち、被告は、素人ではない被災者に対して作業の中止を命じたにもかかわらず、あえて被災者がそれを無視したのであるから、結果の発生をそれ以上防止するための措置をとることはできなかったと主張したのである。


② 裁判所の判断

結果回避可能性については、裁判所はあっさりと認めた。要するに、被告には結果を予見できたのであるから、被災者にアンカー外しの作業を行わせなければ結果回避はできたということである。

被災者がアンカーを外す作業に従事したいと申し出たことを了承しているのであるから、被告が、そもそも被災者にアンカーを外す作業をさせないか、インストラクターとしての経験が豊富な被告あるいはアンカー外しの経験が十分にあるFを被災者と一緒に潜らせることにより,本件事故を回避することは十分可能であったと認められる。

※ 那覇地裁判決(平成 19 年1月 24 日)

要は、交通労働災害を除けば、労働災害の多くは結果予見可能性があれば、結果回避可能性はほぼ確実に認められることになるということである。「結果が予見できたのなら、そのようなことはさせなければよいではないか」というわけだ。


(ウ)過失相殺
① 被告の主張

被告は、被災者にも過失があるのだから、仮に被災者に過失があるとしても、損害賠償額の決定にあたって過失相殺がされるべきであると主張した。

その理由を一言で言えば、「被災者には前術したように、被告の中止命令に反して潜水したのであるから、被災者において重大な過失がある」ということである。


② 裁判所の判断

裁判所は、被告の過失相殺に関する主張を完全に否定した。その理由は、被災者が被告の指示に従わなかったとまでは認めるに足りないというに尽きる。

すなわち、被告が被災者に対して、「無理だったら戻ってこい。」と述べたことまでは認めたものの、明確に作業の中止を命じる趣旨で「戻ってこい。」との指示をしたとまでは認められないとしたのである。

ここから、理解できることは、労働者が危険な作業を行おうとしたときには、抽象的な指示だけでは足りず、明確に「やめろ」と命じなければならないということである。

あいまいな指示は、指示として認められないということである。


イ 因果関係の断絶について

① 被告の主張

被告は、以下のように主張して、事故の発生は被災者自身の行為によるものであり、被告の行為とは因果関係がないと主張した。

    【被告の主張=因果関係の断絶について】

  • 被災者は、4級小型船舶操縦士の免許を取得し、かつ「船長」の経験があったのだから、船長が指示を出した場合、その重要性について十二分に理解が可能であった。しかも、PADI の指導を受け、技術も会得したとして認定を受けたダイバーであって、ハイパーベンチレーションという泳法の危険性についても十分に理解していた。
  • 被災者がこのような人物であったことからすれば、仮に、被告に何らかの過失があったとしても、被告の作業中止命令を無視しているのであるから、被災者自らの行動によって、本件事故との因果関係を断絶したものである。

② 裁判所の判断

裁判所は、本件災害は被災者自身の判断による行為によって引き起こされたものであるという被告の主張を認めなかった。その理由は、被災者はその行動を自由な意思によって決めたとは認められないというものである。

    【裁判所の判断=因果関係の断絶について】

  • 被災者は、3回失敗した後、シュノーケルを口から外して、息を荒げていたものであるところ、そのような状態は非常に危険であることが認められ、そのような状態からシュノーケルを口にくわえて横になった状態になったからといって,どれだけ被災者が落ち着いて被告の言うことを理解できていたのかどうかも疑問である。
  • そもそも被災者が上記のようにシュノーケルを口にくわえて横になった状態(すなわち海面でうつぶせになっている状態)において被告の言葉を聞き取れていたか自体明らかでない。

3 最後に

レッドカードを示す女性

※ イメージ図(©photoAC)

本件災害を引き起こした最大の理由は何だろうか?要は、アンカー外し作業という危険な業務を、本人が申し出たからといって潜水経験の不十分な被災者に任せたことである。

そして、3回、アンカー外し作業に失敗して水面で苦しそうにしていることを認識していながら、明確な中止命令を出さなかったことであろう(※)

※ ここで、明確に中止命令を出していれば、被告の過失は認められなかった可能性はあるし、過失相殺がなされた可能性もあろう。「無理だったら戻ってこい」というのは、戻るかどうかを被災者本人の意思に任せているのであり、本人の意思にかかわりなく「戻れ」という命令とは理解されないのである。

被告としては、アンカー外し作業をそれほど危険な業務だとは考えなかったのであろう(※)

※ 危険だと考えれば、被災者にやることを許可しなかったであろう。ことによると、慣れからくる「このくらいなら」という気の緩みがあったのかもしれない。

訴訟では、被告は、アンカー外しはそれほど危険な業務ではないこと及び被災者は一定の資格があったことの2点などを理由に争っている。

しかし、結果として災害が起きている以上、それが危険な業務ではないということを証明することには大きな困難が伴う。しかも、その作業自体が、安衛法の免許を要する業務なのである。

さらに、「資格があったから、その業務を安全に行えるはずだ」という論理は通らないということである。資格があることは、その業務を行わせるうえでの免罪符にはならないのである。

そのことを理解しておく必要があろう。


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