※ イメージ図(©photoAC)
海外には「安全電圧基準」という言葉があり、一応の安全な電圧としての目安になっています。例えば交流について、ドイツ、イギリス及びフランスは24V、ベルギーは35V、スイスは36V、オランダでは50Vなどとされています。なお、オーストリアなどでは、感電している時間によって異なる安全電圧が定められています。
日本には、このような基準は存在していません。似たような用語として、アーク溶接装置の電撃防止装置で「安全電圧」(※)ということばが用いられていますが、これは高出力時に比較すればより「安全」という意味であり、その電圧は絶対に安全だという意味ではありません。
※ JIS では 25V、安衛法令による構造規格では 30V と定められている。
また、安衛法が規制をかけていない 50V 以下の電圧を「安全電圧」呼ぶテキストがありますが、これも安全な電圧ではありません。
筆者は「安全電圧」が存在するという考えを広めるべきではないと考えています。その理由は2つあります。ひとつは、絶対的に安全といえる電圧はあまりにも低すぎて現実的ではないこと。もうひとつは、ある程度、高い電圧を安全電圧として定めると、それ以下の電圧なら全体に安全だという誤った認識を広めかねないことです。
本コンテンツでは、「安全電圧」という言葉を用いるべきではないことを、広範な観点から解説します。
- 1 安全電圧とは
- (1)感電による労働災害の発生状況
- (2)諸外国における安全電圧基準
- (3)日本では安全電圧基準は定められていない。
- (4)日本における安全電圧基準と誤解されやすい電圧基準
- 2 なぜ、安全電圧という用語を使うべきではないのか
- (1)安全な電圧という誤解を与えやすい
- (2)法規制がかかっていない電圧は安全だという誤解を与える
- 3 最後に
1 安全電圧とは
(1)感電による労働災害の発生状況
執筆日時:
近年、感電による休業4日以上の死傷労働災害発生件数は、長期的な減少傾向にあるものの、最近の 10 年程度は減少傾向がみられない。最近の 10 年間をとっても、毎年 100 件前後で推移している。
業種別にみると、建設業・製造業に集中して発生している。
これを起因物別にみると、電気設備(「送配電線」、「電力設備」及び「その他の電気設備」)で全体の6割以上を占めている。以下、動力機械、動力クレーン等、アーク溶接装置と続いている。アーク溶接装置による感電災害は、自動電撃防止装置の普及と共に、近年ではほとんど発生しなくなっている。
すなわち、ほとんどの場合 100V 以上の電圧で発生しており、現実には 200V 以上の災害がほとんどではないかと推測される(※)。このため、電気工事を行う技術者は、ややもすると 100V 程度以下の電気の扱いが「いい加減」になる傾向があることが否定できないのが実態である。
※ 感電災害のうち公衆災害(一般市民が感電で被災する災害)の発生件数は、日本のような商用電源が 100V の国では、フランスのような 200V の国に比して、きわめて少ないことが知られている。
(2)諸外国における安全電圧基準
日本を除く先進国の多くは「安全電圧基準」という規定がある。これは、一応の安全な電圧としての目安となっている。その値は国ごとに異なっており、次のように定められている。
安全電圧基準 | |
---|---|
ドイツ及びイギリス | 24V |
フランス | 24V(交流) 50V(直流) |
ベルギー | 35V |
スイス | 36V |
オランダ | 50V |
オーストラリア | 65V(0.5秒) 110~130V(0.2秒) |
もちろん、オランダ人は、ドイツ人やフランス人より電撃に2倍以上耐えられるなどということがわるわけはない。これは、どこまでのリスクを許容するかという、感電による死傷のリスクに対する考え方の違いによるものである。
(3)日本では安全電圧基準は定められていない。
ア 同じ電圧でも状況が違えば危険性は異なる。
※ イメージ図(©photoAC)
日本の労働安全衛生法においては「安全電圧基準」は定められていない。これは、確実に安全な電圧を設定することが困難だったこと、「安全電圧基準」を定めてしまうと日本人の事業者はそれ以下の電圧なら何をしても安全だと誤解をする恐れがあったためにあえて定めなかったのである。
身体が著しく水や汗に濡れていれば、身体のどこに電流が流れるかによっては 25V でも危険である。また、水中であれば 2.5V でも危険とされる。安全な電圧は状況によって異なり、一律に定めることはできないのである。
イ 同じ電圧でもその影響には個人差がある
化学物質について許容濃度の定めがあると、多くの事業者は、同じ濃度であれば誰でも同じ健康影響があると誤解されることが多い。これは、しばしば問題を引き起こすのである。「俺は大丈夫だったからお前たちも大丈夫なはずだ」と考えて、他の労働者に無茶を強要する者が必ず現れるのである。
しかし、アルコールだって、1升の日本酒を飲んで平気なものもいれば、お猪口1杯で気分が悪くなる者もいることからも分かるように、決して同じばく露量なら誰でも同じ健康影響が出るわけではない。
これと同じで、電気だって人体への影響には個人差があるのだ。同じ条件の下で、身体の同じ部位を、同じ電流が流れれば、誰でも同じ影響があるとは限らないのである。
現に、電気技術者の中には、100V 程度の活線を平気で素手で扱う者がいるのが実態である。もちろん、電気技術者になったばかりの頃は適切に保護具を使用しているのだが、徐々に怖さに慣れてしまうのである。
このような状況下で「安全電圧」を定めてしまうと、誰でもそれ以下の電流なら安全だと考えて、他の労働者に保護具の着用をさせないケースが出て、事故が起きると考えられるのである。
(4)日本における安全電圧基準と誤解されやすい電圧基準
ア 安衛則の適用のない電圧
日本の安衛法(安衛則)では、「第二編 安全基準」の「第五章 電気による危険の防止」によって感電防止対策を規定しているが、同規則第354条に規定により、50V 以下の電圧には規制がかかっていないのである。
【労働安全衛生規則】
(適用除外)
第354条 この章の規定は、電気機械器具、配線又は移動電線で、対地電圧が五十ボルト以下であるものについては、適用しない。
そのため、これを「安全電圧」としている安全のテキストがあるが、これはあくまでも安衛則の適用の基準であって、安全な電圧についての定めなどではないことに留意しなければならない。
イ 自動電撃防止装置の安全電圧
また、自動電撃防止装置の「安全電圧」が、JIS C 9311:2011「交流アーク溶接電源用電撃防止装置」では 25V、構造規格では30Vと定められている(※)。このことから、これを安全電圧の基準と誤解されることがある。
※ 実際の装置では 20V 程度に設定されていることが多い。
【交流アーク溶接機用自動電撃防止装置構造規格】
(構造)
第5条 装置の構造は、次の各号に定めるところに適合するものでなければならない。
一 労働者が安全電圧(装置を作動させ、交流アーク溶接機のアークの発生を停止させ、装置の主接点が開路された場合における溶接棒と被溶接物との間の電圧をいう。以下同じ。)、遅動時間(装置を作動させ、交流アーク溶接機のアークの発生を停止させた時から主接点が開路される時までの時間をいう。以下同じ。)及び始動感度(交流アーク溶接機を始動させることができる装置の出力回路の抵抗の最大値をいう。以下同じ。)を容易に変更できないものであること。
二~四 (略)
(安全電圧)
第12条 装置の安全電圧は、三十ボルト以下でなければならない。
(表示)
第5条 装置の構造は、次の各号に定めるところに適合するものでなければならない。
一~六 (略)
七 安全電圧
八及び九 (略)
しかし、これはアーク溶接がどのような状況で使用されるかや、さらには作業効率をも考慮して定められた電圧である。安全電圧という名称は、アークが出ているときの電圧に比較すれば安全なので「安全電圧」と呼んでいるのである。どのような場合であってもこれ以下なら安全というようなものではないし、そもそも海外の安全電圧基準とは、定めるときの考え方が根本的に異なっているのである。
ウ (一社)日本電気協会の許容接触電圧
一般社団法人日本電気協会が、「低圧電路地絡保護指針」の中で、許容接触電圧を定めている。これは、あくまでも(一社)日本電気協会の自主基準である。
接触状態 | 許容接触電圧 | |
---|---|---|
第1種 |
・ 人体の大部分が水中にある状態 |
2.5V 以下 |
第2種 |
・ 人体が著しく濡れている状態 ・ 金属製の電気装置や造営物に人体の一部が常時触れている状態 |
25V 以下 |
第3種 |
・ 第1種、第2種以外の場合で、通常の人体状態において接触電圧が加わると、危険性が高い状態 |
50V 以下 |
第4種 |
・ 第1種、第2種以外の場合で、通常の人体状態において接触電圧が加わっても危険性の低い状態 ・ 接触電圧が加わるおそれがない状態 |
制限なし |
※ 一般社団法人日本電気協会が、「低圧電路地絡保護指針」より
これは安全電圧の基準のような性格を有してはいるが、その名称が「許容接触電圧」とあることからも分かるように、安全電圧という考え方で設定されているものではない。
2 なぜ、安全電圧という用語を使うべきではないのか
(1)安全な電圧という誤解を与えやすい
ア 他の法令等の基準を安全な電圧とするのは誤りである
わが国では、自動電撃防止装置の JIS 規格の 25V や、安衛則の適用除外の 50V を、「安全電圧」であるとする論調が多くみられる。しかしながら、先述したように、これらは海外で定められているような「安全電圧基準」を設定しようとする目的で定められたものではない。
別な目的で定められたものを、安易に他の目的に流用するべきではないのである。
イ 電気と人体への影響
(ア)電流と人体への影響
次図は、IEC(International Electrotechnical Commission:国際電気標準会議)による 15~100 Hz の正弦波電流が左手─両足間に流れた場合の人体の反応を示したものである。
このグラフの AC-1 から AC-4 の意味は次のようなものである。
接触状態 | 許容接触電圧 |
---|---|
AC-1 |
・ 感知される可能性はある。通常は、被感電者が驚くほどの応答はない。 |
AC-2 |
・ 感知又は不随意の筋収縮の可能性がある。有害な生理学的影響はない。 |
AC-3 |
・ 強い不随意の筋収縮、回復可能な心機能の乱れ、身体の硬直の可能性がある。通常、組織には損傷は受けない |
AC-4 |
・ 心停止,呼吸停止または重度の火傷などの病理生理学上の危険な症状が引き起こされる可能性がある(AC-4-1:心室細動の確率は約5%まで,AC-4-2:約50%まで,AC-4-3:約50%超過) |
※ IEC/TS 60479-1「Effects of current on human beings and livestock - Part 1: General aspects」(2018年)
なお、どうやってこのようなグラフを得たのか疑問に思う方もいるかもしれない。これについて、IEC は公式には動物実験やボランティアによる実験に基づいて定めているとしているが、実際には第二次大戦中にナチが行った人体実験の結果を、(戦犯訴追をしないことと引き換えに)、連合国が取得したというのは公然の秘密といってよいであろう。
(イ)電流の大きさはどのように定まるか
通電電流は、感電による危険性を決定する最も重要な要素である。通電電流が大きいほど危険性は高いことは当然である。では、その通電電流はどのように定まるだろうか。
通電電流は、電圧と、電流が流れる経路の抵抗の合計によって、オームの法則で定まる。では、その抵抗はどのようになるだろうか。
【感電時の電流が流れる経路の抵抗】
- 感電時の電流が流れる経路の抵抗は、保護具等(絶縁手袋や安全靴)の抵抗、人体の内部抵抗、皮膚等の接触抵抗、床などの抵抗などの合計となる。
- 人体の内部抵抗は、個人差もあるが約500Ωで一定である。皮膚等の接触抵抗は電圧や乾燥状況によって変化する。
- 内部抵抗と皮膚等の接触抵抗を合わせた人体の抵抗は、皮膚が乾燥していれば、人体にかかる電圧が100Vのとき2kΩ程度、1,000Vで1kΩ程度である。
- 皮膚が濡れていると、皮膚等の接触抵抗はほぼゼロになり、人体の抵抗は電圧によらず内部抵抗の500Ω程度のみとなる。
ウ 42V は死にボルト
感電対策に関して、「42V は死にボルト」という安全格言がある。この意味を考えてみよう。
床と靴が濡れている状態で、作業者が絶縁手袋を外して手が汗で濡れている場合を考えよう。このとき、作業者側の抵抗は、先述したように、人体の内部抵抗のほぼ 500Ω 程度のみとなる。この状態で、42V の充電体に触れると、オームの法則により 84mA 程度の電流が流れるおそれがある。
その状態のままで2秒程度が経過すると、先述した IEC の「人体反応と通電時間」によれば、けいれん性の筋収縮や呼吸困難の可能性があり、そのまま離脱できないでいると死に至るおそれがある。
「42V は死にボルト」とは、このようなことを言っているのである。安衛法令で規制のかかっていない 50V 以下は安全が保障されている電圧というわけではないのである。50V 以下の電圧だからといって、保護具を用いずに活線作業をするようなことは避けなければならない。
(2)法規制がかかっていない電圧は安全だという誤解を与える
※ イメージ図(©photoAC)
また、法規制の基準に過ぎない 50V や構造規格の基準に過ぎない 25V を安全な基準であると喧伝することはきわめて有害な効果をもたらす。
それは、“規制がかかっていない”イコール“安全” という誤解を。事業者や労働者に与えることになるということである。
残念なことではあるが、事業場の安全担当者で「法令で規制がかかっていないのなら安全だ」だの「法令で規制がかかっていないことを危険だということは矛盾である」などという主張を、堂々とする方がおられるのが現場の実態なのである。
もちろん、法令で規制がかかっていないということは安全であることを意味しないことは当然なのであるが、意外にこういう当たり前のことが安全の基本的なテキストに書かれていないのである(化学物質による有害性だけは例外だが)。
なぜ、書かれていないかといえば、あまりにも当たり前のことなので、そんなことは分かっているだろうと考えて執筆者が書かないだけなのだ。ところが、意外にこういう当たり前のことが、テキストに書かれていないために現場ではきちんと理解されていないのである(※)。
※ 筆者は、技能講習について、「技能講習は技能(巧く運転する能力)を教えるのであって、安全衛生について教えるものではない」とある人物に断言されて唖然としたことがある。しかし、現場とは、そういうものなのだ。
繰り返しになるが、安衛則で規制がかかっていない電圧(50V 以下)を安全電圧として取扱うことは、きわめて危険な意識=法律を守ってさえいれば安全なはずだ=を現場に植え付けることになるのである。
3 最後に
※ イメージ図(©photoAC)
本稿では「安全電圧」という概念を例にとって、「法に規制がないから安全」と理解することの危険性を理解して頂きたいと考えている。それは、極めて危険な考え方なのである。
感電は、一定の電圧以下なら安全といえるようなものではない。状況によっては 2.5V でも危険であるし、ある人にとってはまったく問題のない電圧でも他の人には極めて危険ということもあり得るのだ。
安全電圧などという「基準」を策定してそれを、絶対的なものとして定着させることは極めて危険なことなのである。25V が安全電圧だなどといえば、現場では「また何かきれいごとを決めている」と理解されて誰もが無視するようになる。一方、50V が安全電圧だなどと言えば 50V 以下では危険な状態で作業が行われて事故につながるだろう。
何が危険なのかは、状況に応じて判断しなければならないのである。
近年、リスクアセスメントの活用が叫ばれているが、これは「法律を守る安全管理」から、「自ら災害の発生を予見してそれを避ける安全管理」への移行を目指しているのである。
残念ながら、「お上が定めたリスクアセスメントの実施」を導入しようとして、形だけ取り入れて失敗する例が後を絶たないのであるが。
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