※ イメージ図(©photoAC)
つり上げ荷重が5トン以上の大型の移動式クレーンの運転(道路の走行を除く)を行うには、移動式クレーン運転士免許を受ける必要があります(※)。
※ つり上げ荷重が1トン以上5トン未満の小型移動式クレーンの運転は、小型移動式クレーン運転技能講習を修了していれば行うことができる(クレーン則第68条但書き、安衛則別表3)。
小型移動式クレーンでは発生する可能性はほとんどないのですが、大型のクレーンでは発生し得るというタイプの事故があります。小型移動式クレーン運転技能講習(クレーン則第245条)で教えられることはほとんどなく、移動式クレーン運転実技教習(クレーン則第241条)でもあまり触れられないので、大型の移動式クレーン免許を受けた直後には十分留意する必要があります。
本稿では、そのような事故のうち、上部旋回体後方への転倒、ワイヤロープ重量によるフックの上昇、軟弱地盤による転倒の4種を解説します。
- 1 はじめに
- (1)移動式クレーンの運転の資格
- (2)大型の移動式クレーンを運転するときの問題
- 2 大型の移動式クレーン特有の事故
- (1)上部旋回体の後方への転倒
- (2)吊具の突然の上昇によるワイヤロープの損傷
- (3)軟弱地盤等による転倒
- (4)ラチス構造ジブの移動式クレーンの後ろ側への転倒
- (5)荷の振れを小さくするちょっとした工夫
- 3 大型の移動式クレーンの災害を防ぐために
1 はじめに
執筆日時:
最終改訂:
(1)移動式クレーンの運転の資格
※ イメージ図(©photoAC)
よく知られているように、つり上げ荷重が1トン以上の移動式クレーンの運転(道路上の走行を除く)には、つり上げ荷重に応じた資格(※)が必要である(安衛法第61条)。
※ つり上げ荷重が0.5トン以上1トン未満の移動式クレーンの運転(道路上の走行を除く)を労働者に行わせるときは、とくに資格は必要ではないが、事業者があらかじめその労働者に特別の教育(安衛法第59条第3項)を行わせる必要がある。
つり上げ荷重1トン以上5トン未満の小型移動式クレーンの場合は、小型移動式クレーン運転技能講習の修了又は移動式クレーン運転士免許の取得が必要であり、つり上げ荷重5トン以上の移動式クレーンの場合は移動式クレーン運転士免許の取得が必要である(クレーン則第245条)。移動式クレーン運転士免許の取得には、移動式クレーン運転実技教習(クレーン則第241条)を受ける必要がある。
業務の内容 | 必要な資格又は教育の受講 |
---|---|
つり上げ荷重0.5トン以上1トン未満の移動式クレーンの運転の業務 | 移動式クレーン運転にかかる特別教育の受講等 |
つり上げ荷重1トン以上5トン未満の小型移動式クレーンの運転の業務 |
1 移動式クレーン運転士免許を受けた者 2 小型移動式クレーン運転技能講習を修了した者 |
つり上げ荷重5トン以上の移動式クレーンの運転の業務 | 移動式クレーン運転士免許を受けた者 |
(2)大型の移動式クレーンを運転するときの問題
現実には、最初に小型移動式クレーン運転技能講習を修了して、小型移動式クレーンの運転業務に習熟してから、移動式クレーン運転士免許を受けてつり上げ荷重5トン以上の移動式クレーンの運転を行うケースが多い。
このため、大型の移動式クレーンを運転する場合、それまで小型移動式クレーンの運転に慣れているケースが多いのである。ところが、このことで逆に、小型移動式クレーンでは発生する可能性は低いが、大型の移動式クレーンに特有の事故について意識が低いというケースがみられるのである。
そこで、本稿では、大型の移動式クレーンに特有の事故を4種紹介する。
2 大型の移動式クレーン特有の事故
(1)上部旋回体の後方への転倒
水平で固い地盤の上に設置された小型移動式クレーンは、たとえアウトリガを出していない状態でも、荷をつっていなければ、ジブをどのように動かしても転倒することはまずない。
ところが、大型の移動式クレーンでは上部旋回体の旋回中心の後方の重量をできるだけ重くする必要がある。そのため、ジブを完全に縮めたままで最大に起こし、上部旋回体を横方向に回転させると、機体の重心が下部走行体を外れるように設計されているのである(※)。
※ 移動式クレーン構造規格第13条に、荷をつらない状態でアウトリガを使用せず、ジブの長さを最短、傾斜角を最大にした時、ジブ側の転倒支点に移動式クレーンの質量に重力加速度を乗じた値の15%以上が残っていなくてはならないと定められている。
しかし、アウトリガの張出幅を自動的に検出し、ジブの傾斜角や旋回角度を制限して後方安定度を確保できる安全装置を備えている移動式クレーンについては、アウトリガを使用した状態で計算した値でよい。最近の大型のクレーンでは、アウトリガの位置を自動検出していないものはない。従って、重心が下部走行体を外れるようになっていても違法ではない。
このため、クレーンで作業する側とは反対側のアウトリガを養生不足のままで作業を行うと、場合によってはその方向へ機体が転倒することがあるのだ。
しかも、作業する側とは反対側のアウトリガを最大張り出ししないと、その分、アウトリガの位置が機体の重心に近くなるので、それだけ大きく重量がかかることになる。ところが、大型クレーンの操作に慣れていないと、作業する側の反対側のアウトリガはそれほど重要ではないと考えやすく、アウトリガの最大張り出しをせずに作業を行いたくなることがある(※)。もちろん、それだけでは最近のクレーンは転倒することはないが、つい反対側の養生をおろそかにしてしまうのである。
※ 作業をする側の反対側が道路だと、交通妨害をしないためにアウトリガの最大張り出しをできないことがある。ところが、舗装されているので、地盤養生が不十分でも大丈夫だと思いがちになるのである。
現実には、最近の大型のクレーンはコンピュータ制御によって、クレーンの側でアウトリガの位置を判断し、転倒するおそれのあるような操作はできないようになっている(※)。このため、アウトリガを最大張り出しにしなくても、養生さえ適切にしておけば、倒したくても倒れたりはしない。しかし、養生がいい加減だと、養生不足はクレーンの側では判別できないので、コンピュータ制御の安全装置では転倒を防ぐことはできないのである。
※ 一昔前のクレーンは、多少そのシステムを知っていると安全機構を作動しないようにできたが、最近のものは素人が安全機構を無効にすることはまずできないようになっている。
上部旋回体の後方に転倒しても、運転者が重大な負傷をしたり、玉掛け者が巻き込まれたりすることはまれだが、第三者が巻き込まれて大きな災害になることがある。また、大型のクレーンというものは、前方に転倒した場合はそれほど大きく破損しないので修理ができる場合があるが、後方に倒れると修理することはほぼ不可能な状態に破損することが多い。クレーンの全損になるので被害額が大きくなりやすいのだ。
大型クレーンを使用する場合は十分に注意し、作業する側とは反対側のアウトリガであっても、最大張り出しをせずに養生不足のまま作業を行うことは絶対に行ってはならない。
(2)吊具の突然の上昇によるワイヤロープの損傷
ア 事故の態様(現象)
これも小型移動式クレーンでは、まず発生することはないのだが、大型の移動式クレーンで、ジブの伸ばしを行っていると、突然、吊具が上昇を始めて(※)ジブの伸ばしを止めても吊具の上昇が止まらなくなることがある。
※ ジブの伸ばしを行えば、(吊具の位置が自動調整される機構のあるものを除き)通常の移動式クレーンでは吊具が上昇する。このため、ジブを伸ばすときは吊具の巻き下げを同時に行うのが普通である。この現象はそれとは異なり、ジブを一定の長さにすると、吊具が突然の上昇を始めて止まらなくなるのである。
こうなると、吊具の巻き下げ操作を行っても、上昇が止まることはないし、リミットスイッチで止まることもない。ジブ上端のシーブに吊具が激突するまで上昇を続けるのである。
このような現象が起きても、人身事故となるケースはまれだが、シーブが破損したり、慌てて巻き上げ操作をするとワイヤロープが乱巻きとなってしまう。こうなると、ワイヤロープを交換せざるを得なくなる。場合によっては数百万円の損失となることもある。
イ 事故の原因(発生する理由)
この現象の原因は、実は単純なことである。図に示したジブ先端のシーブに掛かっているワイヤロープの吊具側の張力は、重力加速度をとすると、
となる。ここにはワイヤロープの1m当たりの質量、は吊具の質量、はワイヤ掛け数である。そして、通常は、巻上げ装置側の張力はこれに一致して、巻き上げドラムから繰り出されるワイヤロープにも引っ張り力が加わっているのである。
ところが、ジブを不用意に伸ばし操作を行うと、ジブ内にあるワイヤロープの重量による張力が、を上回ってしまうことがあるのだ。ジブ内にあるワイヤロープの重量による張力は、
となる。が大きくなると、
となって、ジブ内のワイヤロープの重量でフックが引っ張られて上昇するのである。
これもコンピュータ側では、フックの掛け数やジブ先端から吊具までの長さまでは検知できないので、コンピュータによる安全装置では防止することが困難なのである。
ウ 事故の対策
クレーのマニュアルにはジブの長さに応じたフックの掛け数が定められているので、ジブを伸ばすときは必ず掛け数を適切なものとしてから行う必要がある(※)。
※ 掛け数を減らすと巻き上げる力は減少するが、機体の強度や安定度、吊具の質量が変わるわけではないので、定格荷重が減少するわけではないことは当然である。
(3)軟弱地盤等による転倒
ア 事故の態様(現象)と原因
そして、これは大型の移動式クレーンに必ずしも限らないが、これもコンピュータによる安全装置では防げないタイプの事故である。地盤養生をしたにもかかわらず、機体の重さで機体が転倒する事故が実に多いのである。
先述したように、最近の大型の移動式クレーンは、コンピュータによる安全装置が設置されており、操作者が危険な操作をしてもクレーンの側で作動を停止してしまう。このため、養生さえ適切であれば、転倒させようとしても転倒するようなものではないのである。
ところが、さしものコンピュータにも地盤の強度までは分からない。このため、軟弱地盤による転倒事故はコンピュータを用いた安全装置では防ぐことができない。最近の大型の移動式クレーンの転倒事故のほとんどが軟弱地盤によるものと言っても過言ではないほどである。
作業者は、十分な養生をしたつもりで、アウトリガの下にある程度の大きさの鉄板を敷くのである。ところが、大型クレーンの重量が大きいため、その鉄板ごと沈んだり、鉄板が歪んでアウトリガが滑り落ちたり、崖などで地盤そのものが崩壊したりしてクレーンが転倒するのである。
イ 具体的な事故事例
(ア)事故のニュースから
この動画は東海テレビの公式チャンネルのYouTube動画を埋め込んだものである。ニュースでは鉄板がアウトリガから外れたために沈んだとされているが、鉄板が何もないのに外れるわけがなく、鉄板ごと地盤に沈んだためにアウトリガから外れたと考える方が自然であろう。
またこちらの動画はNBS長野放送ニュースの公式チャンネルのYouTube動画を埋め込んだものである。コンクリートの下に空洞があったとされているが、どうみても、本来、空洞があってしかるべき場所にしか見えない。明らかに養生不足というべきだろう。
(イ)ある遊園地での事故事例
地盤の強度についての思い込みが事故の原因という見方もできよう。必ずしも作業者の責任とばかりは言えない面もある。ある遊園地の大型の遊戯施設を撤去する作業で、思い込みが原因となってクレーンの転倒事故が発生した。この事故では、事前に地中に矢板を埋める工事をしていた。そのとき、遊園地内にそれほど重量のある車両は入らないだろうということで、十分な転圧をしないまま舗装をしてしまったのである。
ところが、その撤去する施設は、大型の移動式クレーンでつるして撤去することになっていた。クレーンの操作者は、舗装の下は十分な耐圧があると思い込んで、各アウトリガの下に一辺が約2メートルの鉄板を敷いて作業を始めた。耐圧が十分にあれば、特に問題のない作業だっただろう。
しかし、撤去するべき施設をつり上げた瞬間に、鉄板もろともアウトリガが沈み込んで、撤去するべき施設と共に転倒したのである。幸い、遊園地は施設の撤去作業のために休園していたこともあり、人身災害にはならなかった。しかし、クレーンの倒れた先に建物があり、遊園地の施設だったために膨大な損害が生じたのである。
(4)ラチス構造ジブの移動式クレーンの後ろ側への転倒
ア 事故の態様(現象)と原因
移動式クレーンのジブは、箱型構造とラチス構造の2種類があるが、5トン未満の小型移動式クレーンではラチス構造のものは最近ではほとんどなくなっている。
このため、移動式クレーン免許を取得して、ラチス構造ジブの移動式クレーンを扱う場合は、初めての経験であることが多い。
5トン未満の小型移動式クレーンでは、箱型ジブのほとんどは起こし(上げ)・倒し(下げ)の操作は起伏シリンダで行っている。従って、ジブの起こし操作を続けても、シリンダの限界以上にジブを起こすことは物理的に不可能である。
ところが、ラチス構造ジブは起伏用ワイヤロープで、起こし・倒しの作業(起伏作業)を行う。このため、ジブ過巻防止装置が付いていなければ(※)、起こし操作を続けることでジブを垂直に立てることも可能である。
※ 平成 8 年 2 月 1 日基発第47号(最終改訂平 30 年 2 月 26日基発 0226 第 1 号)「クレーン構造規格及び移動式クレーン構造規格の適用について」には、「起伏装置の巻過防止装置については、つり上げ装置の巻過防止装置が故障した場合等でつり上げ装置の巻過ぎによりジブを後方へ転倒させる事故を防止するため、一定のジブ角度に達した時につり上げ装置の動力を遮断し、作動を制動する機能を有することが望ましいこと
」とされており、必ずしも義務とはされていない。
むしろ主ジブを垂直に立てて、荷の場所の移動は補助ジブを操作して行うという、タワークレーンのような使い方をすることもある(※)。
※ 固定式のタワークレーンに対して、移動式ラッフィングタワークレーンと呼ばれる。詳細は後藤普司「建設現場における移動式ラッフィングタワークレーンの安全作業」(建設の施行企画 2005 年 No.04)を参考にして頂きたい。
ここで問題になるのが、主ジブを垂直に立てた状態で、補助ジブを垂直にまで起こすと、補助ジブが重力で反対側に倒れてしまうことがあるということだ。状況によっては、補助ジブが倒れた勢いで機体が転倒してしまうことさえある。いったん反対側へジブが倒れてしまうと、反対側はワイヤロープで吊しているわけではないので、そのまま補助ジブが主ジブに激突するまで倒れてしまう。
そして、そのまま本体が倒れてしまうことさえあるのだ。
イ 具体的な事故事例(事故のニュースから)
この動画は北海道放送の公式チャンネルのYouTube動画を埋め込んだものである。付近を走行していた車両のドライブレコーダの動画が紹介されている。ニュースでは「アームを伸ばしたまま道路から反対方向へ進んだところ道路側へ倒れた」されている。
ドライブレコーダーの記録は、倒れ始めた直後からのもので、肝心のその前の倒れるまでの動き部分がない。おそらくラチス構造の主ジブをほとんど垂直に立てた状態で、さらに補助ジブを垂直近くまで起こし、そのまま画面の左側へ移動したため、慣性で補助ジブが道路側へ倒れたものであろう。
詳細な事故調査報告書が公表されていないので明確なことは言えないが、補助ジブをある程度の角度まで倒しておけば起きなかった事故ではないかと思われる。
(5)荷の振れを小さくするちょっとした工夫
なお、大型(ばかりではないが)の移動式クレーンで、重量のある荷を地切りしたときに、荷がクレーン機体の反対側へ振れることはよくしられている。これが大型の移動式クレーンでは小型移動式クレーンよりも振れ幅が大きくなるのである。
これは、次のようなちょっとした工夫で振れ幅を小さくすることができる。
- アウトリガのジャッキを調整して水平をとるときに、ジャッキダウンの操作で行うのではなくジャッキアップの操作で行う。
- アウトリガの張り出しとジャッキアップは暖機運転の後ではなく、前に行う。
- ジブの起こし又は倒しでフックの位置を決めるときは、倒し操作ではなく、起こし操作で調整するようにする。
これらは、シリンダ内の圧力を上げておくための工夫である(※)。こうすることによって、クレーンを操作したときのいわゆるフワフワ感を低減させることができ、また地切り時の荷の振れ幅を小さくすることができる。
※ 油圧について理論的に考えれば、このような方法でシリンダ内の圧力が上がるとは思えないかもしれない。アウトリガについて言えば、ジャッキダウン操作とジャッキアップ操作でシリンダ内の圧力が変わるはずがないと思えるだろう。
正直に言えば、私も最初に元クレーンメーカの技術者からこの話を聞いたときには信じられず、「気のせい」だと思ったものである。しかし、実際にやってみるといわゆるフワフワ感が減少したという作業者が多いことも事実である。
なお、これは高所作業車などでも同じなので、ぜひ心がけて頂きたい。
3 大型の移動式クレーンの災害を防ぐために
※ イメージ図(©photoAC)
以上、大型の移動式クレーンに特有の災害で、コンピュータを用いた安全装置によっても防止できない4種の災害を紹介した。最後の災害は、小型移動式クレーンでも発生する可能性はあるが、養生したにもかかわらず地盤不良で機体が転倒する事故は、やはり大型の移動式クレーンの方がリスクは高い。
このうち3番目の災害は、技能講習や実技教習で徹底して教育されるが、その他の3種の事故は発生件数が多くないためか、意外に知られていないようである。
移動式クレーン運転士免許を取得された方や、建設業の安全担当者の方は、ぜひこのような災害についても適切な知識を身に付けて確実な防止を図って頂きたい。
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