梨泰院の群衆災害と同種災害の類似性




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救急車の内部

※ イメージ図(©photoAC)

韓国の梨泰院で、2022年11月29日群衆事故が発生し156名の方が亡くなるという痛ましい事件が起きています。同種の災害は、日本を含む多くの国で発生しています。

過去の災害との類似性について解説し、同種災害を再び起こさないために何をすべきかを考えます。

なお、本稿は、梨泰院の事故に関して責任者を特定したり、個人を批判したりすることを目的とするものではありません。




1 梨泰院の群衆災害の概要

(1)現時点で判明していること

ア 梨泰院の群衆災害の発生

執筆日時:

喪章

※ ©photoAC

韓国の若者を描いたテレビドラマ「梨泰院イテウォンクラス」でわが国にも知られている梨泰院(이태원)で、2022年11月29日群衆事故が発生し156名の方が亡くなるという痛ましい事件が起きた。冒頭に、遺族の方に哀悼の意を表し亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、負傷された方の一刻も早い回復をお祈りする。

梨泰院の事故は、一言で言えば、狭い通路に両側から人が押し寄せ、群衆雪崩と呼ばれる現象を引き起こして、多数の人びとが圧死したというものである。


イ 梨泰院の事故は群衆雪崩である。

群衆雪崩とは、室崎(※)によれば「人と人とがぶつかり合って互いに支えあう状況、押し合う力によって不安定なバランスが維持されている状況が、発生要件で」、「前の人の転倒に後ろや左右の人が引き込まれる形で、前から後方に塊状に拡大していく」とされている。また、「人口密度10人/m2程度程度以上」で発生し、「ショックウエーブというべき人の波が何度か繰り返された」後で、発生する等の特徴があるとされる。

※ 室崎益輝「明石花火大会における群集雪崩」(2002予防時報208)

報道によれば、事故直前には「人がぎゅうぎゅう詰め」「酸欠で内臓押し上げられる感覚」という証言もあったとされ(※1)る。また、事故時には人びとが「畳10畳くらいの広さに、6~7重にも折り重なっていた」という(※2)。事故の後で被災した人が足全体にあざがあると、SNSに投稿したとの報道(※3)や、ショックウエーブのような波があったという動画もSNSにアップされている。

※1 読売新聞「「人がぎゅうぎゅう詰め」「酸欠で内臓押し上げられる感覚」…「誰かが転倒」人の波一気に崩れる」(2022年10月30日)他

※2 テレ朝news「「蘇生の可能性ないと知りながら…」救急医らが涙で語る“救助と絶望”梨泰院事故」(2022年11月02日)他

※3 中央日報「あざで覆われた「梨泰院惨事」生存者の足…「激しい圧迫による静脈機能不全」」(2022年11月01日)他

共同通信(※)が、10月31日時点で、今回の事故は群衆雪崩の可能性があると報じているが、これらのことから、今回の災害は群衆雪崩であると考えてよいと思う。

※ 共同通信「対策不備で群衆雪崩か、韓国事故 原因究明へ捜査本格化」(2022年10月31日)他


ウ 過去の同種災害との類似性

この事故について、現時点までに報道されている事実関係から判断する限り、以下のような要素が災害の大きな要因となっている。これらの多くは、これまでに発生した群衆雪崩事故と多くの共通点を有している(※)ことが分かる。

※ 群集災害の多くは傾斜地でなくとも発生している。しかし、現場が傾斜地であったことが、梨泰院の事故発生のリスクを高くした。

  • 事故現場は、細い通路でしかも中央付近が両端付近よりも狭くなっていた。
  • 細い通路に、両端から同時に多数の人が入り込もうとして、中央付近の人びとの行き場がなくなった。
  • 事故現場は、わずかな傾斜となっているが、普段であれば、気を付けようと意識をするほどではなかった。
  • 災害が発生するまで、警備に当たる担当者に状況が正確に伝わりにくく、事故への対応が遅れる傾向がある。また、警備担当者の数が少ないという指摘がある。
  • 災害の前、災害時、災害の後を通して、被災者が発生した地点から、わずかに離れた場所の群衆に、正確な状況が伝わらない。このため、災害防止や被災者の救護への協力が得られないばかりか、支障をきたした。
  • 集まった人々の中に、都会の住人で、通勤電車などで雑踏に慣れており、雑踏に対する恐怖感が薄い者がいたと思われる。

(2)事故が発生した通路の状況

事故の現場は、地下鉄駅のある道路と飲食店街を結ぶ長さ約40メートルの通路である。両側は建物に囲まれており、地下鉄側から飲食店街に向って緩い登り勾配となっている。

道幅は、韓国の法令では歩道は幅4メートルが必要とされるが、複数の報道(※)によると、違法建築によって道幅は3.2メートルまで狭まっていたという。事実、ニュース報道等を見ても、事故が起きたあたりは、道の両側から建物がせり出したような形になっている。

※ 中央日報記事「【韓国梨泰院圧死事故】ハミルトンホテルの違法建築が幅3.2mのボトルネックを生んだ」(2022年11月1日)他


(3)細い通路に、両端から同時に多数の人が進入した

細い通路に多くの人びとが入り込んでも、片側からの一方通行であれば、群衆雪崩は起きにくいとされている。

今回の事故では、両側から人びとが通路に入り込もうとしていた。報道(※)によると、一部の人びとが、わざと押したという証言もあるようだ。

※ FNNプライムオンライン「新証言「一部の人がわざと押した」 韓国「梨泰院」事故 死者155人に」(2022年11月1日)他

また、事故の発生前の午後18時頃に、警察には「人が上下から押し寄せて圧死しそうだ。人出を制御しないといけない」との通報があり、事故発生直前の22時11分には悲鳴と共に「圧死しそうだ」との通報があったとされる(※)

※ 日テレNEWS「梨泰院・転倒事故 事故4時間前には「人が上下から押し寄せて圧死しそうだ」と…韓国警察が発生直前までに寄せられた通報11件の詳細公開」(2022年11月1日)他

なお、通路に人びとが押し寄せた原因として、有名人を見ようとして人びとが集まったという報道が事故直後にあったが、名指しされた有名人がこれを否定している。

この事件は、何かがあって人びとが集まったというのではなく、通路の中央付近で圧死寸前の混雑の状況になっているということが、通路の両端の入り口付近では分からないので、人の流入が止まらないのが事故の本質である。特定の原因などなくても、人びとが集まる状況では発生する可能性があるのだ。

わざと押した数人の男性がいたという証言があるが、事実だとすれば、ハロウインの雰囲気で悪ふざけのような感覚だったのかもしれない。


(4)事故現場は、わずかな傾斜となっている

これは、過去の群集事故ではなかったことだが、現場が傾斜していたことも転倒災害の原因となったようだ。また、現場は傾斜度10度の坂道(※)とされる。これは、急傾斜というほどではなく、若い健康な人であれば、ほとんど傾斜地だと意識しない程度の坂である。

※ MBSニュース「「意識失い防御しないまま下敷きに…」専門家が指摘『高密度の怖さ』実験でわかる危険」(2022年10月31日)他

しかし、坂道だと意識されないような坂だということで、最悪の状況になった可能性もある。かえって急傾斜であれば、人びとは注意したであろうし、平たんな道であれば、事故発生のリスクは多少なりとも減少したであろう。

ただ、群集災害の多くは、傾斜地でなくとも発生しており、このことは決定的な要因ではない。


(5)正確な情報が被災場所の周囲の群衆や警備担当者に伝わらない

ア 警備担当者

先述したように、梨泰院の事故では、事故発生前に混雑の危険性について警備当局に通報があった(※1)。にもかかわらず、その対応が十分ではなかったとの批判がある(※2)。そればかりか、地元の警察が予想以上の人出で災害が発生するおそれがあると懸念を示していたにもかかわらず、対応されなかったとの報道(※3)もある。

※1 NHK国際ニュースナビ「ソウル事故 警察への通報全文 事故前に寄せられた切実な声」(2022年11月02日)他

※2 朝日新聞「梨泰院事故、警察署や消防など7カ所捜索 高まる批判受け韓国警察庁」(2022年10月31日)、朝日新聞「【韓国梨泰院圧死事故】警察、11回通報を受けても惨事防げなかった」(2022年11月02日)、他

※3 読売新聞「韓国の地元警察、数日前に「予想以上の人で事故発生の懸念」と内部報告…当日は専従要員おらず」(2022年11月01日)他

当日、11回の通報があった(※)が、警察当局は、そのすべてについて対応をしなかったわけではない。18時34分と20時09分の通報に対しては出動しているが、18時34分の通報で出動したときはすでに混乱が解消されており、20時09分の通報には混雑を整理して引き上げている。

※ 産経新聞「3時間40分前「圧死しそう」 警察通報生かせず」(2022年11月02日)他

その後、出動したりしなかったりしていたが、事故が発生する22時15分の直前の21時51分、22時、22時11分の3回の通報には出動していない。その日、18時34分から21時02分(21時07分の警察の対応は不明)まで数回の出動をして、それほどの危険を感じなかったために、出動しないことがあったのかもしれない。

しかし、花火大会やロックコンサートなどと異なり、ハロウィンのような特に目的のないイベントでは、混雑の程度は数分単位で変動する。通報から現場へ出動するまで数分のタイムラグがあり、緊急なリスクがあることを認識できなかった可能性はあろう。

事故発生までの出動時に、群衆雪崩や将棋倒しの発生を予見できなかったことが災害発生の要因となった可能性は否定できない。このとき、群集災害のメカニズムを現場の警官が認識できて、その後、通路の交通整理を続けていれば災害は防げたのではないだろうか。

その意味で、過去の群集災害のメカニズムを、どれだけ警察当局が研究し、現場の警官に周知していたのかが気になるところである。


イ 周囲の群衆

群衆災害が発生した場合、事故発生場所のごく周辺では、被災者に無関係な者でも人命救助に献身的な協力をするケースは多い。梨泰院の事故でも居合わせた医師や、周辺の店舗の従業員などが被災者の救護に協力している。

しかし、局所的に発生する重大な災害の場合、少し離れると緊迫した状況が伝わらず、群衆が被災者救助の支援をしないことはともかく、しばしば障害になることが知られている。日本での群衆事故の例として、1954年の皇居事件があるが、新井によると「1人の医師と、数名の米兵の献身的呼びかけにもかかわらず、死傷者搬出に協力する人は少なく、ほとんどは無関心に前を急ぐのみであった」という。

※ 新井邦夫他「群集の流動と事故」(総合都市研究第14号 1981)

梨泰院の事故でも、最初の救急車が負傷者を医療機関に届けるまで1時間30分かかったという報道(※1)がある。救急隊が遅れたのには、様々な複合的な原因があるが、雑踏で救急車の動きが自由にならなかったのも一因である。

※ 朝鮮日報「梨泰院雑踏事故:1台目の救急車、負傷者の病院収容まで1時間半かかっていた」(2022年11月03日)他

また、被災者の友人の「誰も助けようとしなかった。私は自分の友人が息絶えようとしている間に人々が事故現場を撮影したり歌を歌って笑ったりしているのをずっと見ていた」という証言(※)もある。

※ 中央日報「【韓国梨泰院圧死事故】「友人が死んでいくのに人々は笑って歌って…」 豪犠牲者の友人が嗚咽」(2022年11月01日)他

一方、周囲で動画を撮影していた人の中には、事故に気付いてなかったという証言もある。近くに居合わせた者が、事故に気付いていれば、手分けして近くの施設から AED を借り出すこともできたのではないだろうか。SNSやニュースの映像を見る限りでは、事故発生後に AED が使用されていないように見えるのである。近くにはホテルや大型商店もあるので、AEDを備えている所も多いだろうに。

また、梨泰院の事故発生の直後に、1人の警官が必死に群衆を事故現場へ行かないように誘導している動画がSNSにアップされている。事態を理解しない群衆を救命業務の障害にならないようにすることも、群衆災害の大きな課題なのである。


(6)密集することに恐怖を感じない危険

群衆災害は、わが国でも毎年のように発生しており、次項で述べるが10人以上の犠牲者が出た事件も、少なくない。韓国においても1960年にソウル駅で列車に乗ろうとした群衆が将棋倒しとなって31人が死亡した例がある。

しかし、梨泰院の事故は、ハロウインで発生しているため、参加した群衆は10代、20代の若者が多く、こういった事件・事故を知らない可能性が高い。人々は混雑した路地に笑いながら入っていったという証言(※)もある。

※ 中央日報「梨泰院事故最初の通報者「笑いながら路地に入って行った人たち…怖かった」」(2022年11月02日)他

密集する人びと

※ イメージ図(©photoAC)

むしろ、都市部では通勤電車などで、日常的に雑踏を経験しているので、群衆事故の怖さについて認識していないのではないだろうか。そのことも、狭い通路に多くの人々が集中した遠因となっている可能性もあろう。

先述したように、梨泰院の事故では、「押すな」という声が上がっていたにもかかわらず、数名の男性が「押せ」と言って押していたという証言がある。事実とすれば、これも群衆事故のリスクを知らないことと、ハロウインという雰囲気によって起きた可能性があろう。

群衆災害の防止には、群衆の怖さを人々に周知することも必要なのである。


2 過去の群衆雪崩の特徴

(1)これまでに発生した群衆雪崩

群衆雪崩、あるいは将棋倒しによる災害は、日本でも過去に毎年のように発生している。最近では、明石市民夏まつりの花火大会での朝霧歩道橋における群衆雪崩で、死者11名、負傷者247名の惨事がある。

次表は、20世紀に入ってからわが国で、群衆雪崩又は将棋倒しによって10人以上の死者が出た災害を、ピックアップしたものである。

表 群衆雪崩・将棋倒しの事例(死者10名以上)
発生日 イベント名・場所 種類 死傷者
2001年7月21日 第32回明石市民夏まつりの花火大会・朝霧歩道橋上 群衆雪崩 死者11、負傷者247
1961年1月1日 映画上映会・松尾鉱山小学校西昇降口付近 将棋倒し 死者10、負傷者13
1960年3月2日 ラジオ番組公開録音・横浜体育館北中央入口 将棋倒し 死者12、負傷者14
1956年1月1日 初詣(福餅き)・弥彦神社隋神門石段 群衆雪崩 死者124、負傷者177
1954年1月2日 宮中一般参賀・皇居二重橋の正門石橋中央 将棋倒し 死者16、負傷者65
1934年1月8日 呉海兵団入国者見送り・京都駅東跨線橋第3ホーム上方階段 群衆雪崩 死者76、重傷者48
1904年5月8日 九連城陥落祝賀提灯行列・宮城馬場先門及び桜田門入口 不明 死者20、重傷者13

わが国では、明石市の事故以降は、警察の群衆災害への意識が高まり、10人以上の死者が発生する群集災害は起きていない。しかし、海外では、明石市の事故以降にも重大な群衆災害が発生している。

2010年にドイツのデュイスブルクでラブ・パレードの群衆事故で21名死亡の災害、2014年に上海の新年カウントダウンの将棋倒しで36名が死亡、2021年にはアメリカのテキサス州でトラビス・スコットのライブで10人が死亡する群衆災害が発生している。

これらの災害の経験は、警察当局によって、研究し共有されていたのだろうか。


(2)過去の災害に学ぶ

ア 過去の災害に学ぶ必要性

群衆の警備を担当する専門家や現場の警察官・警備員は、このような災害のメカニズムを十分に知っている必要があるし、日本の警察官は群衆災害に関する知識を研修等で得ているだろう。

大きな災害を再び起こさないためには、実際に発生した災害について調査し、関係者に周知する必要がある。わが国の過去の群衆雪崩で、多くの研究が行われているのは、1956年の弥彦神社と2001年の明石市朝霧歩道橋の群衆雪崩であろう。この2つの事件は、公式な調査や、学術的な様々な研究が行われ、多くの報告書がWEBサイト上にも公開されている。


イ 過去の災害との共通点

筆者は明石市朝霧歩道橋事故の発生後に、その公式調査や関係判例、さらに弥彦神社の群衆雪崩の学術研究を読んでいるが、驚くほど、梨泰院の事故と共通点が多いのである。

大きな違いは、明石市と弥彦神社の場合は、イベントに主催者がいたが、梨泰院の事故では主催者がいなかったことであろうか。

共通点としては、冒頭の繰り返しではあるが、次のようなことになる。

表 過去の群衆雪崩と梨泰院の事故の共通点
梨泰院 明石市 弥彦神社
災害現場は細い通路であった。 長さ約40メートル、幅(中央部)3.2メートルの通路 長さ103.65メートル、幅6メートルの歩道橋 駅から神社までの表参道の長さは865メートルである。その途中にある事故のあった随神門前石段は、幅7.74メートル、高さ2.49メートル、踏石の奥行55センチ、蹴上りの高さ17センチ、15段、勾配約17度である。この石段から随神門まで2.28メートル、幅8.3メートルの踊り場(左右に空き地)がある。
群集の集中(通路両側からの同時進入) 一方通行にされていなかったため、駅からメイン通路に向かう群集と、メイン通路から駅に向かう群集が通路に集中した。 花火が終わったことで花火会場からJR駅へ向かう群集と、夜店がまだ開いていたためJR駅から花火会場へ向かう客が、歩道橋の両側から集中した。 餅撒きの終了によって神社から出る参拝客と、到着したバスや国鉄B線の延着した臨時列車から神社へ向かう参拝客が、通路の石段の上下から集中した。
イベントの参加人数の増加等 新型コロナによる規制が外れた初めてのハロウィンで参観者が増加していた。
当日の梨泰院地下鉄駅の乗降客は13万131人(韓国交通公社発表)で昨年の2倍以上。
花火大会の会場がこの年から変更となっており、事故が起きた歩道橋の完成後、同会場での10万人規模の参加者は初めての経験。 福餅撒きは初めての催しで、過去最大で約2万人だった参拝者が約3万人と大幅に増加。
警備に当たる人数の不足 警官がわずか137人しか配置されていなかった。
そのうち雑踏警備に回ったのは32人にすぎなかった。
花火会場全体では150人以上の警察官、130人以上の民間の警備員が配置されていた。
しかし、警備会社の不手際もあり、事故当時歩道橋付近の警官の出動の要請をせず、警備員の配置も不十分であった。
神社は境内の雑踏警備について警察に対して要請していない。
警察側は交通事故と暴行傷害等の取締を重点として予め策定した警備計画に従い、神社境外の警備に専念していた。

3 最後に

明石市の朝霧歩道橋での災害が発生したとき、過去の群衆災害の経験からこの災害を事前に予見して回避するべきであったとの論調が多かった。

梨泰院の災害についても、なぜ、事前に群衆災害の発生について検討しなかったのか、また、警察への通報があった時点で、災害の発生を予見できなかったのかが悔やまれる。

これは、筆者(柳川)の経験であるが、1000人規模の講演会の開催を、責任者として担当したことがある。当日、準備をしているとき、講演会場の広さに比してロビーが不釣り合いに狭いことが気になった。しかも登りエスカレータがロビーに直結しており、流入する人を止めることができないのである。

開場(受付開始)の前に、ロビーに人が密集したら危険ではないかと感じたのだ。会場側に、その懸念を伝えたところ、「これまで問題が起きたことはない」と一蹴された。

やむを得ず、受付の担当者には「開場前にロビーに人が集中するようなら開場時間を早めるように」と指示をした。受付時には筆者には他の場所での仕事があったからである。

また、会場を点検していて驚くべきことに気づいた。会場の入り口は、外部の光を入れないためだろうが、二重扉になっており、ロビー側の扉が内側にしか開かないようになっているのだ。

これでは、地震か火事などの災害が起きて、来客が入り口に殺到すると脱出が困難になる(※)。しかも、会場の両側の非常口は、デザイン性を考慮したのかどこが非常口なのか分かりにくい構造になっているのである。

※ 電車の車両と車両の間の扉は、必ず横開き戸となっているが、これは観音開きにすると、乗客が殺到したときに扉が開かなくなるからである。戦後の死者106名、重軽傷92名を出した桜木町の電車火災の経験を活かしたものである。なぜ、建築設計者にこのような話が伝わらないのだろうか。

群集災害の怖さを知らない者が設計したのであろう。

過去の災害に学ぶことは、大変ではあるが、警備の担当者や建築物の設計者は、災害を繰り返さないためにそれを学ぶ必要があろう。


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