かえって危険な職場の「安全常識」




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〇を引いて×を出す女性

※ イメージ図(©photoAC)

日本の多くの職場(現場)で、先達から引き継がれている「安全慣行」があります。それらの多くは、もちろん実際に安全に寄与するものですが、時代の変化とともにすでに現代の職場には当てはまらないものもあるようです。

本稿では、少なくない職場で営々と引き継がれている職場の安全常識を取り上げます。これらは、もちろんかつては安全な作業のために必要だったものがあるにせよ、現在では否定されているものです。

本稿では、職場における「安全常識」が、本当に意味のあるものなのかどうかを取り上げます。




1 職場に伝わる安全常識

(1)職場の安全慣行

執筆日時:

打合せをする先輩と後輩

※ イメージ図(©photoAC)

若い職員が就職して現場へ配属されると、先輩や上司からその職場の様々な慣行について説明を受けることが普通である。その中には「労働災害を起こさないため、安全のためにするべきこと」が含まれている。

これが新卒の場合だと、働き始めたころの初々ういういしい頃の教育であるから、それがその後の職業生活において「絶対」になることも多い。

他の職場を知らないため、それが世の中で一般的に行われている「正しいやり方」だと思い込むのである(※)。しかし、現実には、それは一般的でもなければ正しいことでもなく、ましてそれ以外の方法が「非常識」などというものではないのだ。

※ ひとつの職場で勤め上げたまじめな勤め人が、定年かそれに近い年齢で、それまでよりやや小規模な会社に転職して、失敗する理由の一つがこれである。


(2)職場慣行は簡単には変わらない

そして、数年間の職業生活をひとつの職場で過ごしてから、それと矛盾することを聞かされると、頭から受け付けなくなってしまうことがある。もちろん、これが正しいことであれば大変に良いことである。これが最初から誤っていたり、その後の状況の変化で好ましいことではなくなったりしたときに、職場の労働災害リスクが減らない大きな原因になるのだ。

三つ子の魂百までという言葉があるが、その後、外部の教育機関や企業内のOff-JTによる安全衛生教育によって、ひとたび定着した慣行を変えさせようとしても、これが難しいのである。実技教育を行って、正しい方法を教えても、職場に戻ると元に戻ってしまうのである(※)

※ 2024 年にテールゲートリフターの操作業務が新たに特別教育の対象となった。全国で 30 万人とも 60 万人ともいわれた対象者に、ごく短期間で全国で集中して特別教育が行われたのである。

また、このときの特別教育で、それまでは違法と思われずに一般に行われていたテールゲートリフターによる人の昇降が、実は、法違反(安衛法第 151 条の 14)であるとの周知されたのである。

詳細は、次の note の記事を参照して頂きたいが、このときの教育の効果について、なんらかの調査が行われるべきと筆者は考えている。

筆者は、この特別教育の集中的な実施により、人のテールデートリフターによる昇降は、かなり減少したと考えている。しかし、少なくない中小規模の事業場では、まだ人の昇降が行われていることも事実である。


(3)「常識」が誤っていることは意外に多い

次の図は、筆者(柳川)が、ある教育の講師を要請する研修で使用したものである。受講者は民間企業の安全担当者が多かった。それで、ほとんどの受講生が正解すると思ったのだが、実際には全員が間違えたのである。

地ならしローラーの操作

図をクリックすると拡大します

もしかすると、学校の教師たちも誤って理解しているのかもしれない。整地ローラ(※)の正しい使い方は、押して整地するというものである。

※ 一部にはよく知られているが、整地ローラを「コンダラ」と呼ぶという都市伝説(?)がある。これは、1968 年から 1071 年にかけてテレビ放映されたアニメ「巨人の星」の影響である。

その主題歌の「思い込んだら試練の道を」という歌詞が流れるときの背景が、主人公の星飛雄馬が整地ローラーを引く場面だったのである(毎回ではなく、特定の時期の放映分だけだったらしい)。歌詞の「思い込んだら」が「重いコンダラ」と聴こえるので、星飛雄馬の牽く整地ローラが「コンダラ」のことだというジョークである。因みにテレビ画面には歌詞が映し出されていたのだが、ひらがなだったらしい。

それはともかく、斉藤信吾「ここがポイント!ISO45001 のコンサルティング」(安全衛生コンサルタント Vol.44 No.151 2024年)によると、このテレビアニメのせいで、整地ローラは引くものだという誤解が生まれたのだという。

整地ローラをコンダラと呼ぶだけなら、ただのジョークであるが、これを星飛雄馬と同じように牽いて整地をすると事故につながるのである。実は、テレビアニメが放映された時点で、すでに整地ローラを駆け足で牽いていたことによる死亡災害が起きていた(※)。斉藤氏の言われるように、このテレビアニメによってこのような誤解が生じたとすれば、テレビ局にも責任の一端はあるのではなかろうか。

※ 1981 年7月 14 日に三島市内の中学校の生徒が、部活中に整地用ローラを駆け足で引いており、転倒したときにローラの下敷きになったという死亡事故である。民事賠償請求訴訟で賠償額約 1030 万円が認められた(静岡地沼津支部判昭和62年10月28日)。

片岡理恵子「テニスにおける事故を防ぐ(判例から学ぶ)」によると、「公立中学校テニス部の1年生部員が、放課後の練習準備のため、他の部員2名とともに、重さ620㎏の手動式整地ローラーを駆け足で勢いをつけながら牽引してコート整備をしていた際、コートの一部にあった窪みに足をとられてうつぶせに転倒してしまったが、牽引していた整地ローラーは止まらずに、転倒した同部員を惰性で礫過し、同部員は頭蓋底骨折により死亡した事故。顧問教諭は整地ローラーの適切な使用方法をテニス部員全員に周知徹底させる注意義務を怠ったとして顧問教師の責任を認、駆け足した生徒に3割の過失相殺をした」とされる。

なお、この判決文では、顧問教諭には「使用方法を誤れば危険な用具であるローラーについて、引き手の外から適当な人数でゆっくり引くという適切な使用方法を生徒に周知徹底する義務を怠った過失がある」としており、必ずしも押して使用しなければならないとはされていなかったようである。

静岡新聞 1981年07月16日記事「安全管理と公社管理の徹底」によると、この事故を受けて三島市教育委員会は「コート整備用のローラーは常時固定して動かないようにし、生徒が使用する場合は必ず教師の指導のもとで使用させること」という通達を出している。

また、周南市の中学校で同種の事故が 2016 年にも発生している(※)。こちらは死亡災害とはならなかったものの、報道によると、1981 年の事故とほぼ同様なものだったようだ。残念なことに、1981 年の事故は教訓とされることはなかったのである。

※ 神戸新聞NEXT 2016年06月10日「中学生が整地用ローラーの下敷き 重傷、山口・周南」参照。


2 職場によくある安全に関する都市伝説(誤った知識)

(1)シャックルは完全に締めてから半回転戻す

ア シャックルとは

天井クレーン

※ イメージ図(©photoAC)

玉掛けに用いられるシャックルは、一般的な用具であり、ほとんどの工場で普通に使われている。ところが、この用具について、誤った使い方が広く広まっているのである。

シャックルの多くは、ボルトをねじで締めるようになっている。シャックルには、一部を除き、ボルトの巻き戻しを防止するための割ピンなどの仕組みは付いていない。そのため、玉掛けに用いる場合、ボルトの側に静索(※)がくるようにしなければならない。

※ 静索とは、動かない側のワイヤロープのこと。なお、両方が静索(静索 × 静索)のときは、ボルト側を下にする。

そのことは玉掛け者であれば、誰でも知っている。市販されている玉掛けのテキストには、必ず書かれていることである。もし、逆にしている職場があるようなら、それはたんなる間違いに過ぎない。


イ シャックルに関するよくある誤解

シャックル

図のクリックで拡大します

※ 厚生労働省「玉掛け技能講習=補助テキスト」(技能講習補助教材)の図を一部修正

問題は、玉掛け時にシャックルのボルトを締め切った後で、ボルトを反回転戻すようにしている職場が実に多いということである。

だが、これはシャックルの製造メーカが推奨していないやり方である。また、筆者の知る限りでは、技能講習のテキストにも、シャックルのボルトをは完全に締め切ったままにすると書かれており、反回転戻すなどとはされていない。

このような誤解は、玉掛け時には、ワイヤロープは多少なりとも動くので、それによってシャックルのボルトが強く締まることがあるからである。そうなると、簡単には緩めることができなくなるからというのである。

しかし、ボルトをきちんと締めておかないと、玉掛け作業時にボルトが緩んでワイヤロープが外れるおそれがある。実際に、ボルトを完全に締めきっていなかったための死亡労働災害も発生しているのだ(※)。ボルトを半回転戻して緩めるようなことはしてはならない。

※ 厚生労働省職場のあんぜんサイト労働災害事例「シャックルのボルトが外れ、仮置きしようとした杭が転倒


(2)リーチフォークリフトのブレーキにはデッドマンブレーキを用いる

ア リーチフォークリフトのブレーキ操作

リーチフォークリフト

※ リーチフォークリフト(©photoAC)

図のクリックで拡大します

これは、「リーチフォークリフトによる災害を防止するために」にも書いたので詳細は省略するが、リーチフォークリフトでブレーキをかけるときにスイッチバック(※)で行ってはならないとしている事業場が非常に多いのである。

※ 前後進切り替えレバーを走行している方向とは逆側に倒して減速すること。プラギング操作ともいう。電動フォークリフトであれば、カウンターバランスタイプでも可能であるが、現実にはカウンターバランスタイプではこの操作をする必要性は低い。

その理由としては、かなり古い知識に基づいて、電動フォークリフトのアクセルレバーの前後進の切り替えは、フォークリフトが止まるまで行ってはならないと信じていることにある。

ところが、実際には、フォークリフトのメーカーが、ブレーキ操作にはスイッチバックを推奨しているのである(※)

※ おそらく取扱説明書を詳細に読んでいないのであろう。


イ リーチフォークリフトのブレーキ操作にデッドマンブレーキを用いる

このため、リーチフォークリフトのブレーキ操作にデッドマンブレーキを用いるケースが非常に多いのである。

詳細は、先述した「リーチフォークリフトによる災害を防止するために」を参照して頂きたいが、デッドマンブレーキはあくまでも安全装置である。足を挙げることによってブレーキをかけるというのは、人間工学的にも非情に問題の多い危険な行為なのである。

また、急ブレーキになりやすくタイヤが変摩耗するばかりか、床面が濡れていればタイヤがロックされてかえってブレーキが利きにくくなるという問題もある。

非常に危険な行為なので、デッドマンブレーキをブレーキの代わりに使用してはならない。


(3)タイヤの輪止めはタイヤから少し離して置くようにする

タイヤの輪止め

※ イメージ図(©photoAC)

トラック等のタイヤの輪止めをかける場合、タイヤから2、3センチ離して輪止めを置くように指導している事業場は少なくない。

とりわけ、トラッククレーン(※)や高所作業車などアウトリガでタイヤを浮かせるものについて、よく言われる。

※ 積載型トラッククレーンの場合は、タイヤは地に付けたままにする。なお、かつてはユニック社製のものはタイヤを浮かせず、タダノ社製のものは浮かせていたのだが、現在は両社の製品ともタイヤは浮かせないようにする。

これは、輪止めがタイヤによって弾かれて道路から跳ねて人に当たると危険だからというのが理由である。しかし、これは全く逆で、タイヤに輪止めを密着させておかないと、逆にタイヤが動き出したときに弾かれる可能性が高くなるのだ。

また、輪止めをタイヤから離しておくと、肝心の輪止めの効果がなくタイヤが乗り越えてしまうこともある。

なぜ、このような誤解が一部に広まったのかは不明だが、結局は、タイヤに密着させておくと、タイヤがわずかに動いた場合に、輪止めを外すことが簡単にはできなくなるので作業性が悪くなるということだろう。

しかし、作業性よりも安全の方が大切である。輪止めはタイヤに密着させなければならない。


(4)アルカリの化学物質が皮膚についたときは酸で中和する

化学薬品

※ イメージ図(©photoAC)

ちょっと驚くような話だが、筆者が 2015 年2月 13 日に開催された「化学物質の皮膚障害等防止に有効な保護具選択に関するリスクコミュニケーション」で、リモート参加者からの質問として聴いた話である。

質問者の所属する職場では皮膚にアルカリ性の化学物質が付着したときは酸で中和することになっているというのである。質問者としては、それはかえって危険ではないかというので質問をしたわけである。

当然、会場のパネリストは、それは危険な行為であるから止めるべきだと回答していた。中和する際に熱が出るので熱傷の危険があるし、アルカリによる皮膚障害と酸による皮膚障害を二重に受ける可能性があるからというのが理由であった。

アルカリの場合でも酸の場合でも、皮膚に付着した場合の救急措置はまず、大量の水で洗い流すことである。化学物質を洗い流すだけでなく、消炎効果、pH の中和化も期待できる。

そして、ただちに医師に受診することである。その際に、どのような化学物質が付着したのかを説明する必要がある。化学物質によっては、付着したときはなんでもなくても、時間がたってから酷い症状が現れることもあるので、素人判断せずに必ず医師の診断を受けるべきである。

なお、個々の化学物質について、救急措置を行っているときに人的な余裕があれば、誰かが「日本中毒情報センター」に相談することも可能である。


3 最後に

悩む女性

※ イメージ図(©photoAC)

職場でよくみられるいくつかの「常識」について、いくつか例を挙げてその危険性について説明してきた。残念ながら、これらの誤りを正しいと信じている職場の安全担当者も多いのである。

最近では、企業の人材の流動化も進んでいるとはいえ、つい最近までは多くの職場で基幹労働者は、新卒で就職するとひとつの職場で勤めあげたのである。このため、中途採用労働者の多様な知識が活かされることが少なかったのである。

井の中の蛙という言葉がある。日本人は、私自身の自戒も含めてのことだが、組織の常識が絶対になりやすい面がある。第二次大戦において、陸軍も海軍も組織の常識に拘泥して近代的な思想を取り入れることができず、無謀な侵略戦争に突き進んだのもその表れであろう。

建前としては、諸外国の知識を取り入れようと必死になっていたのである。ところが、現実には、国際感覚よりも組織の論理の方が優先したのだ。

職場外の人材を基幹労働者として受け入れて、その感覚と社会の感覚をぶつけ合うことも必要であろう(※)。そして、安全に関することに限らず、ときには「常識」を疑ってみることも重要であろう。

※ 本当に車外の考え方を取り入れるためには、ぶつかり合うことが重要なのである。一方的に、「お聞きしよう」という態度では、結局はうまくはいかないのだ。


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