※ イメージ図(©photoAC)
わが国の電柱の多くが、木製からコンクリート製に置き換わったのは、そう遠い昔のことではありません。高度経済成長期に木材の価格が高騰したことが契機となって、1970 年頃から木製電柱が急速にコンクリート製に置き換わったのです(※)。
※ 岩崎克己「防腐木柱の現状と問題点」(木材保存 Vol.7 1977年)参照
これと前後して、電柱上の電気工事で、感電死亡災害が増加するという現象が起きました。なぜでしょうか? 実は、それまで電柱に用いられていた木材は、電気抵抗値がかなり高かったのです。ところが、コンクリートは水を含むと抵抗値が激減して電流が流れるようになります(※)。このため、木製の電柱だと感電しないような状況で、抵抗の低いコンクリート製の電柱で感電したためではないかと指摘されています。
※ 蒔田鐵夫他「コンクリートの電気的特性に関する研究(1)」(電気設備学会誌 Vol.29 No.9 2009年)
ところが、水分を含んだコンクリートの絶縁抵抗値が高くないことは、電気工事士の間でも意外に知られていないのです。しかし、そのことを知らないと電気工事の感電災害防止の仕事をされている方には、感電の危険が生じやすくなります。
コンクリートの抵抗について、分かりやすく解説しています。電気工事関係の安全の業務に携わる方は、ぜひ、参考にされてください。
- 1 初めに
- (1)学校では物質の電気抵抗をどう教えているか
- (2)絶縁体として用いられるものと用いられないもの
- (3)絶縁体は電気を流さないという誤解
- 2 コンクリートは電流を流す
- 3 最後に
- (1)低圧による感電は甘く見がちである
- (2)低圧で感電することの危険性
1 初めに
(1)学校では物質の電気抵抗をどう教えているか
執筆日時:
※ イメージ図(©photoAC)
電気については、学校教育で小学校のときから学んでいる。ところが、電気抵抗について学習するのは中学校で、せいぜい、物質の種類によって抵抗の値が異なることやオームの法則について学ぶ程度なのである。
電気抵抗については、新学校学習指導要領で、高校になってから、「物質の電気的性質によって導体、半導体、絶縁体と大きく区分できることにも触れる」(※)とされているだけなのだ。
※ 文部科学省「高等学校学習指導要領解説 理科編」(2009 年 7 月)
これでは、導体でも半導体でもないものは、すべて「絶縁体」であって、電気を流さないと考えることになるだろう。「絶縁体」といっても、純粋な物質が電流を流さないというだけで、水を含むなどの状況下では、かなりの電流は流すとまでは教わらないのだ。
工業高校の電気科でも、銀、銅、金、アルミニウムなど導体の低効率の大きさについては学ぶのだが、「絶縁体」の抵抗率の大きさや、水を含むことで抵抗率が急激に下がるものがあるということまでは、あまり教えられないのである(※)。
※ おそらく、電線や電極の材料になにを用いるかの選択に導体の低効率を知っていることは必要だが、絶縁体のことまで詳しく知っている必要はないと考えられたのだろう。
(2)絶縁体として用いられるものと用いられないもの
さて、前項で説明したように、高校では導体でも半導体でもないものは、すべて「絶縁体」だと教えられるわけである。しかし、もちろん電気設備、電気機械器具、絶縁工具などに絶縁体として用いられる物質はそれほど多くない(※)。絶縁体としては、すぐれた絶縁性能を有する物質が用いられているわけである。
※ 絶縁体として用いられるのは、(気体を別にすれば)液体では絶縁鉱油、合成絶縁油、植物性油などがあり、固体ではエボナイト、絶縁ゴム、ガラス、磁器、雲母などがある。絶縁体の電気抵抗率は 108 Ωm程度よりも高く、多くは 1010 Ωm~ 1016 Ωm程度に分布している。
確かに導体でも半導体でもないものは、純粋な物質としてはほとんど電気を流さない。しかし、水を含みやすいものは、水を含むとかなりの電流を流すので絶縁体としては用いられない(※)のである。これを不良導体(不導体)とでも命名して、「絶縁体」と区別すれば分かりやすいのだが、一般には不良導体(不導体)は、絶縁体の別名だと考えられている。
※ また、絶縁体にも一定の限界があり、ある程度の大きな電圧をかけると、急激に抵抗が低下する絶縁破壊と呼ばれる現象を起こす。この絶縁破壊を起こしやすい物質も絶縁体には適していない。
(3)絶縁体は電気を流さないという誤解
※ イメージ図(©photoAC)
このため、導体(※)ほどには電流を流さないものの、水を含むとかなりの電流を流すものも含めて「絶縁体」という誤解を招きやすい名称で呼ばれ。これが感電災害の原因となる誤解の元となっているのである。実際に、電気工事士や工業高校の教師でさえ、誤解しているケースが多いのだ。
※ 導体とは、電気抵抗率が 10-6 Ωm程度以下のものであるが、実際には 10-8 Ωm程度のものが多い。なお、半導体は、導体とは電流を流す仕組みが根本的に異なっている。高校生が半導体について習うときによく誤解することがあるが、低効率が導体と絶縁体の中間にあるものがすべて半導体というわけではない。
むしろ、電気工事関係者より、建設工事や土木工事関係者の方が、コンクリートが電気を流すことをよく知っている。コンクリートの電気伝導が、電気化学的防食工法の効果を低下させるためである。
最近では、この誤解を解こうと、低圧電気活線作業や電気自動車整備の特別教育で、実際にコンクリート、アスファルト、木材などに電極を付けて、絶縁抵抗計で実際に抵抗を図って受講生に見せている教育機関もある。しかし、現実にはそこまで行っていないのが実態である。
2 コンクリートは電流を流す
※ イメージ図(©photoAC)
我々の身の回りにある「絶縁体」で、電流を流す代表的なものは、コンクリートである。乾燥したコンクリートは、あまり電気を流さないのだが、含水率が高くなると抵抗値がきわめて小さくなるのである。
これを逆に利用して、最近の鉄道の駅では、IC カードによる改札で、乗客に静電気ショックを与えることがないように、あえて床をコンクリートにしている場合も多い。これは、感電防止対策の専門家にはよく知られた事実であるが、電気工事の専門家にも知られているとは言い難い
コンクリートの電気抵抗については、蒔田他(※)がまとめているが、それによると「同一の電気抵抗率を得る含水率は砂利の混合比が多くなるほど低くなる事が判る。通常のコンクリートの混合比である 1:3:3、1:3:4 では約 4 %の含水率で土壌の電気抵抗率と遜色のない値を示している
」とされている。
※ 蒔田鐵夫他「コンクリートの電気的特性に関する研究(1)」(電気設備学会誌 Vol.29 No.9 2009年)
また、土木学会(※)によると「一般的なコンクリートや断面修復材の電気抵抗率は、供試体が水分を十分に含有する場合は概ね1×100Ωm~1×103Ωm
程度である」とされる。水を含んだコンクリートは、絶縁性能は全くないといってよいのである。
※ 土木学会 コンクリート委員会・基準関連小委員会「土木学会規準「四電極法によるコンクリートの電気抵抗率試験方法(案)(JSCE-G 581-2018)」の制定」(土木学会論文集E2(材料・コンクリート構造) Vol.74 No.4 2018年)
これに対して、アスファルトや木材は、表面が乾燥していれば、ほとんど電流を流さない。例えば、木材の電気抵抗率は、全乾状態では 1011~1012Ωm程度である(※)。
※ 木材の電気的性質は、方向によっても異なる。また、極端に水分を多量に含めば 102~103Ωm程度まで低下するが、それだけ水分を含んでいれば感覚的に電流を流すことは分かるだろう。
3 最後に
(1)低圧による感電は甘く見がちである
※ イメージ図(©photoAC)
110V ~ 220V 程度の電気回路の電気工事関係者は、意外に活線に触れることを恐れない傾向がある。実際に活線に触れた経験があることが多く、現実には 200V 程度では体に有害な影響を受けることは少ないので、どうしても甘く見がちになるのである(※)。
※ 労働安全衛生教育において、実際に感電を体験する危険体感の教育手法が行われることがある。VR(バーチャル空間)で、体験者(受講者)が危険な作業を行うと、人体に悪影響を与えない程度の電流を実際に体に流すものである。
一般の作業者は、電流が流れるとなかり驚いてショックを受けるが、電気工事関係者はほとんど気にしないので危険体感の効果がないことが多い。
電気工事関係者で、感電して驚く後輩に対して、先輩がよく言う冗談に「昔の電気工事士は、検電器が無ければ、素手で触って手首のところまでビリっときたら 100V、肩までビリときたら 200V だと判断したものだ」などというのがある。
(2)低圧で感電することの危険性
しかし、筆者は旧労働省の安全課に勤務していたとき、感電死亡災害の災害調査復命書をすべてチェックしていたが、実際に、110V 程度の電圧でも死亡災害になったケースはかなりあった。また、220V になるとかなり危険になる(※)。
※ 感電による公衆死亡災害の発生件数の推移を国ごとに調べると、かつての感電災害が多かった時代では、家庭用の商用電源が 100V の国に比して、200V の国は感電で死亡する一般人の数が極めて多かった。これは、電圧の差が死亡リスクに影響を与えていたのである。
なお、日本の商用電源は 100V で、単相三線式 200V も中性線が接地してあるので対地電圧は 100V である。このため、工作機械の制御回路の電圧は、日本製のものは 100V、米国製のものは 200V が多い。
大規模な製造業のメーカーで、1970 年代頃に、米国から日本へ工作機械を輸入する際に、安全のために制御回路をすべて 100V に変更していた例があった。
コンクリートの床で、汗をかいた作業服で床に膝をついたような状況で、活線に触れれば、抵抗は人体の内部抵抗の500Ω 程度のみとなる。このため、100V でも 200mA、200V だと 400mA 程度の電流が流れることになる。次図は、IEC(International Electrotechnical Commission:国際電気標準会議)による 15~100 Hz の正弦波電流が左手─両足間に流れた場合の人体の反応を示したものである。
なお、このグラフの AC-1 から AC-4 の意味は次のようなものである。
接触状態 | 許容接触電圧 |
---|---|
AC-1 |
・ 感知される可能性はある。通常は、被感電者が驚くほどの応答はない。 |
AC-2 |
・ 感知又は不随意の筋収縮の可能性がある。有害な生理学的影響はない。 |
AC-3 |
・ 強い不随意の筋収縮、回復可能な心機能の乱れ、身体の硬直の可能性がある。通常、組織には損傷は受けない |
AC-4 |
・ 心停止,呼吸停止または重度の火傷などの病理生理学上の危険な症状が引き起こされる可能性がある(AC-4-1:心室細動の確率は約5%まで,AC-4-2:約50%まで,AC-4-3:約50%超過) |
※ IEC/TS 60479-1「Effects of current on human beings and livestock - Part 1: General aspects」(2018年)
従って、100V であったとしても、活線に触れた瞬間に「強い不随意の筋収縮、回復可能な心機能の乱れ」が起き、1秒経たないうちに「心停止,呼吸停止または重度の火傷などの病理生理学上の危険な症状が引き起こされる可能性がある」のだ。
100V や 200V 程度でも極めて危険だということが分かる。
危険に慣れることは、ときとして大きな災害につながることがあるのだ(※)。
※ パウル・カレル「砂漠のキツネ」(中央公論新社 1998 年)によると、第二次大戦中、ドイツ軍のある工兵隊の下士官は、地雷を敷設した後で部下の前で地雷原を歩き回ってみせることがあった。戦車用の地雷は人間が踏んでも爆発しないことを知っていたからである。あるとき、いつものように地雷原を歩き回って見せたとき、うっかり敷設した地雷に歩兵用のものが混じっていたことを忘れていた。彼の墓は北アフリカにある。
床が、アスファルトや木製の床の上で活線に触っても異常が起きなかったからと言って、コンクリート床の上でも同じというわけではないのである。低圧の電気工事における死亡災害は、汗をかいた状態で活線と金属製の構造物に同時に触れて起きるケースが多いが、コンクリートの床の上でもかなりの数が発生している。
コンクリート床は、絶縁マットの代わりにはならないのである。
【関連コンテンツ】
労働の場で「安全電圧」という言葉を使ってはならない2つの理由
諸外国では労働安全の場で「安全電圧」という用語を使用します。しかし、日本では伝統的に「安全電圧」という用語は使用しません。その理由を2つの観点から解説します。
ヒューマンエラーはだれの責任か?
ヒューマンエラーによる災害で事業者の責任を認めた判例を例にとり、ヒューマンエラーの責任が誰にあるのかを検討します。
不安全行為の責任は誰にあるのか
過去の判例を例に挙げながら、裁判所が「労働者の過失」をどのように評価して、損害賠償額に反映(減額)させているかを解説します。