蜂刺され事故の防止のために




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ヤグルマギクとミツバチ

※ イメージ図(©photoAC)

人口動態統計によると、わが国では、毎年10 から 20 名の方が蜂刺され事故で亡くなっています。

蜂刺され事故の防止は、林業分野における重要な労働災害防止事項でしたが、林野庁の調査によると、2014年以降は林業における蜂刺されによる死亡災害は発生していないとされています。

蜂刺されによる死亡事故は、最近では建設業等の林業以外の分野にも拡がっていると言えます。2023年6月17日にも、埼玉県の河川敷で作業員の方がハチに刺されて亡くなるという事故が発生しました。

蜂刺され事故も適切な対策をとることで防止することが可能です。もちろん、屋外で働いていて過度に蜂を恐れる必要はありませんが、アレルギー症状(アナフィラキシーショック)がでると生命にかかわることがあり、また、高所作業中や自動車運転中に蜂に襲われてパニックを起こすと二次災害を引き起こすことがあります。

本稿では、蜂による労働災害防止の方法について解説しています。




1 蜂刺され事故の発生数の推移

(1)男女別推移

執筆日時:

2023年6月17日、埼玉県の河川敷における除草作業中において、蜂刺されによる死亡労働災害が発生した(※)。冒頭に当たり、亡くなった方のご冥福をお祈りするとともに、ご遺族、関係者の方にお悔やみを申し上げたい。

※ 2023年6月17日TBS NEWS DIG「埼玉県で男性がハチに刺され死亡 幸手総合公園の脇」等による。

なお、刈払機取扱作業者に対しては、平成12年2月16日基発第66号「刈払機取扱作業者に対する安全衛生教育について」による教育が定められているが、本件が刈払機を用いていたのか、また通達による教育が行われていたのか等については不明である。

蜂刺されによる労働災害の防止は、林業における労働災害防止の重点項目の一つであるが、林野庁の調査によると、2014年以降は林業における死亡労働災害は発生していないとされている。

過去の、労働災害に限らず蜂刺され(スズメバチ、ジガバチおよびミツバチとの接触)による死亡事故の発生件数は、人口動態調査によると次のようになっている。

男女別蜂刺されによる死亡事故件数の推移

※ 図をクリックすると拡大します

かつては年間に30~40件程度が発生していたが、近年ではほぼ10件台で推移している。男性が女性より多いのは、蜂刺されのおそれのある屋外作業に従事するのは男性の方が多いからであろう。この点、西(※)も「死亡例が男性に多かったのは、レジャーなどで山野へ出かける者、あるいは山野で仕事をする者には男性が多いためなのかも知れない」としている。

※ 西基「わが国におけるスズメバチ等による死亡の疫学」(厚生の指標 Vol.59 No.5 2012年5月)


(2)年齢別推移

一方、年齢別に見た災害(※)では、死亡者は50歳以上の比較的高齢の者に集中して発生している。

※ 国の統計は、年によって公表される詳細さのレベルが異なることがあるが、なぜか2000年と2001年の統計が公表されていない。

年齢別蜂刺されによる死亡事故件数の推移

※ 図をクリックすると拡大します。1999年と2000年の数値は公表されていません。

蜂刺されによる死亡災害が高齢者に集中しているのは、蜂刺されに遭うリスクの高い業務に高齢者が従事しているからか、高齢者がアナフィラキシーショックで死亡するリスクが高いからかは必ずしも明確ではない。

死亡に至らない蜂刺され事故の年齢分布を調べた調査(※)によると、比較的若い年齢でも蜂刺されによる被害はあるようだ。

※ 塩井義裕「岩手県東北部におけるハチ刺傷症例の検討」(日救急医会誌 2007年)


2 蜂の危険性

(1)一般的な蜂の危険性

蜂に刺された女性

※ イメージ図(©photoAC)

蜂は怖い動物というイメージがあるようだが、実はそれほど怖い生物ではない。蜂が人を攻撃するのは、巣(女王や子蜂・卵)を守るためなどであって、わけもなく人を襲ったりはしない。

また、人を攻撃するのは、集団で巣をつくる種類の蜂がほとんどで、日本の蜂刺され事故はススメバチとアシナガバチ(※)によるものが主である。ジガバチなどの非社会性の蜂は、よほどのことがない限り人を襲うことはない。

※ アシナガバチもスズメバチの1種である。昔の農村では、民家の周囲で多くのアシナガバチが営巣していたが、めったに刺されることもなく、近くを蜂が飛んでいても子供でも気にしなかったものである。人と蜂が共存していたのだ。

屋外で仕事をしているときに、近くを蜂が通りかかったとしても、蜂の仕事の邪魔をしなければ、ほとんどの場合は、そのうちどこかへ行ってしまう。

とは言え、蜂には毒針があるため、刺されればかなりの痛みと腫れを伴う(※)し、アレルギー反応(アナフィラキシーショック)で死に至るリスクも無視できるものではない。

※ 蜂の種類にもよるが、スズメバチが最も危険である。アシナガバチやミツバチは刺されてもそれほどの痛みはない。なお、よく誤解されているが、スズメバチは人を刺したからといって死んだりはせず、何度でも刺すことができる。

また、高所で蜂に襲われてパニックを起こすと墜落事故を引き起こすことがあり、高速道路で車内に蜂が侵入すると慌てて事故につながることもある(※)。このような場合、パニックに陥らずに冷静に処理することが重要である。

※ 仮払機による除草作業で、除草作業中、ハチから逃げる際に刈払機の刃が同僚に接触して、振り返った同僚の草払機によって被災者が死亡する事故等も発生している。

たかが蜂と考えずに、屋外作業では必要な対策を取っておくべである。


(2)具体的な蜂の危険性

蜂の巣

※ イメージ図(©photoAC)

スズメバチの巣が作られるとき、最初のうちは女王バチしかおらず、この頃は近づいても襲われることはない。時期的にスズメバチの攻撃性が高まるのは、夏から秋にかけて巣の中で働きバチが増加する季節であり、7月から10月頃である。アシナガバチは7~8月頃に攻撃性が増す。ミツバチの攻撃性は時期にかかわらないがそれほど危険性は高くない。

実際に、ハチ刺され事故は、人の側の肌の露出が増え、蜂の側の攻撃性が増す8、9月頃に集中している。

蜂は、巣の近くに人が近づいてくると警戒して、次のような威嚇行動をとることがある。とりわけ、スズメバチが人の近くでホバリングしてカチカチと警告音を慣らすときは、かなり危険な兆候である。

【蜂による威嚇行動】

  • 高い羽音を出して相手の周りをしつこく飛ぶ。
  • 相手に狙いをつけて、空中でホバリング(停止)する。
  • オオスズメバチは、あごをかみ合わせて「カチカチ」という音を立てる。

森林総合研究所「スズメバチ刺傷事故を防ぐために」(2018年12月)などを参照

警告に気付かずに巣に近づいたり、巣を揺さぶったりすると巣内から多くの蜂が飛び出してくる。そうなると威嚇していた蜂だけでなく巣の中からも次々と飛び出して攻撃してくる(※)

※ 2017年10月19日文春オンライン「スズメバチに50分間刺されて死亡 なぜ女性を救えなかったか」によると、車椅子の女性にスズメバチの大群が襲い掛かり、救急隊員も救い出せず被害者の女性が死亡するという事故が起きている。また、2018年8月26日朝日新聞「スズメバチ?に61人刺される 長野の自転車レース大会」によると、「山中にあるガードレールの支柱に蜂の巣があり、付近を通過した選手60人と大会事務局の1人が蜂に刺された」とされる。

また、スズメバチが外敵を攻撃する場合、まず黒いものから向かっていく性質がある。また、化粧品や清涼飲料などに含まれる香料には、スズメバチやミツバチに攻撃行動をもたらす警報フェロモンの成分が含まれている(※)ことが分かっている。

※ 最近では、缶ジュースの味を覚えてしまう蜂がおり、飲料の缶の中にもぐりこんで、気付かづに缶ジュースを飲もうとして唇を刺されることもある。


3 蜂による被害を防止するために

(1)蜂に刺されないために=未然防止

ア 巣の調査と除去

まず、蜂の危険性が高くなる7月から9月にかけて、屋外で作業を行う場合は、付近にスズメバチの巣がないことを十分に調査して、巣がある場合は取り除いておく必要がある。

建物の近くにスズメバチが巣を作り始めた場合は、小さい内に除去してしまうことで危険性を除くことができる。ある程度大きくなった巣の場合は、専門業者に依頼して除くことが重要である。


イ 蜂が自動車の中に侵入してきた場合

走行中の自動車の中に蜂が入ってきた場合、蜂の方でも慌てていることも多い。車を止めることができるのであれば、車を止めてドアを全開にして人間の方が出ていけば、蜂も出て行ってしまう。高速道路などで停車できないときは、窓を全開にして、じっとしていれば自分から出ていく。慌てて、払ったり叩き潰そうとしたりすると反撃を受けることがある。

建物の中に入ってきた場合でも、近くに巣がある場合でなければ、窓を開けておけば出て行ってしまうことが多い。


ウ 野外作業時の服装等

作業衣の女性

※ イメージ図(©photoAC)

野外作業時には、できるだけ肌の露出をなくすこと。長袖、長ズボン、手袋を着用し、できれば長靴が望ましい。野外の危険な生物には、蜂のみならずマダニやツツガムシなどの危険性もあり(※)、半袖などは避けるべきである。工場周囲の草むしりであっても同様である。

※ ツツガムシ病は1980年以降患者数の報告が急増しており、決して根絶されているわけではない。また、2023年3月6日Citrus「草むしりで虫に刺されて命の危機に!? 小さな凶悪生物の正体とは…」に、学校で草むしりをしていてマダニに刺されて重症となった例が報告されている。

また、衣服の色はできる限り白または黄色とし、黒い色は避けること。黒い頭髪も覆っておくことが望ましい。大滝は、蜂をひきつけるような派手な花柄の洋服は着ないこと、ヒラヒラした洋服もハチを興奮させるので避ける。キラキラとした光る飾り類、ネックレス、ブレスレットなどを身につけない方が良いという。

※ 大滝倫子「ハチ毒とアレルギー」(化学と生物 Vol.24, No.11)

臭いの出る化粧品はできるだけ避けること。香水のみならず、整髪料、制汗剤、化粧品、臭いの強いボデイソープやシャンプなどにも、蜂の攻撃を誘発するおそれがある臭いがあると考えた方がよい(※)

※ 香水等の種類にもよるが、とくにフローラル系のものは蜂を興奮させる物質が入っている。

飲料は、キャップのついたペットボトルか水筒が望ましく、缶飲料は避けること。

さらに、蜂の殺虫スプレーを携行しておき、いざとなったら蜂に向けて噴霧すること。一定の効果は得られる。

とくに危険な場所で作業を行うときは、防蜂網の使用も検討するべきである。


エ その他

また、蜂刺されに限らず、どのような災害についても言えることであるが、労働者に対する安全衛生教育を徹底し、その中で蜂刺されによる災害防止対策を周知すること。

さらに、作業手順書の作成、緊急事態時の連絡体制の整備を行うこと。単独作業を避け、作業者間の連絡を密にし、災害時に被災者の救助体制がとれるようにすることなども重要である。


(2)蜂に襲われそうになった場合の対応

蜂がしつこくつきまとってきたり、周囲でホバリングしてカチカチと警告音を慣らす場合は、甘く考えず、低い姿勢を取ってゆっくりと静かに立ち去ること。電柱の上にいるときは、背を低くすることで蜂の注意をそらすことができる場合がある。蜂は自分がいる高さより下にいるものにはあまり注意が向かないからである。

蜂を追い払うしぐさをすると、攻撃されたと感じて逆襲してくることがある。集団で襲ってこられれば人間の側に勝ち目はない。挑発しないことである。

また、ミツバチに刺されたときに手で叩き潰すと、ミツバチが皮膚内に残していく毒針からの吸収が早くなることがある。


(3)蜂に刺された場合の対応=事前準備等

ア 一般的な対応

吸引器(ポイズンリムーバー)

※ 吸引器(ポイズンリムーバー)(©photoAC)

蜂に刺されたら、巣から離れてミツバチの場合は針を抜き取り、蜂毒を絞り出すようにする(※)。その後、幹部を洗い保冷材等で冷やしながら、必要に応じて医療機関で受療するようにする。

※ 吸引器(ポイズンリムーバー)が市販されている。野外作業の際には携行することが望ましい。なお、アンモニアを塗ることは逆効果である。

また、集団で襲われたときは、可能なら逃げるようにする。蜂は追いかけてくるが、その距離は、オオスズメバチでも80m程度である。それ以上は、追ってこない。


イ アレルギー(アナフィラキシー反応)対応

また、蜂に刺されるおそれのある作業に従事する場合は、あらかじめ蜂の種類ごとのアレルギーの検査または診察を受けて、アレルギー反応を起こすおそれを調べておく必要がある。

アレルギー反応のおそれがあることが分かった場合、一緒に作業を行う作業者にそのことを告げておくこと。また、蜂に刺された場合に備えてアドレナリンの自己注射器(エピペン)を携行すること(※)。アナフィラキシー反応では、刺されてから1時間以内に死亡する例が多い。刺された場合は、ただちに使用すること。

※ アナフィラキシー反応を起こす危険性が高い体重 30kg 以上の成人について、医師の処方に基づき、本剤を所持し、蜂刺され事故が発生した場合に本剤を使用してエピネフリン 0.3mg を筋肉内自己注射することができる。なお、この規定は現在は小児にも一部緩和されている。

さらに、気を失った場合でも、救急隊員や医療機関などの第三者に蜂アレルギーがあることがわかるように証明書を身につけておくことが望ましい。


4 最後に

作業衣の女性

※ イメージ図(©photoAC)

林業の分野では、蜂刺されの防止対策は重要な労働災害防止事項である。しかしながら、建設業、陸上貨物運送業、清掃・と畜業などでは、蜂刺されに対する意識はそれほど強くないのが現状である。

2023年6月17日に埼玉県の河川敷の除草工事で発生した蜂刺されによる死亡災害は、詳細は不明なので明確ではないが、事業者の業種は「土木工事業」か「清掃・と畜業」に含まれるだろう。土木工事業も清掃・と畜業も、労働安全衛生については、比較的意識の高い業種ではあるが、自然生物による災害についての意識は必ずしも高いとは言えないように思う。

河原の除草作業を行う事業者でも、まだまだ、蜂刺されに対する意識は高くないのが現実である。前述した「刈払機取扱作業者に対する安全衛生教育実施要領」でも蜂刺されに対する教育は含まれていない。この災害を一つの契機として、蜂刺されに対する意識が高くなることを望みたい。


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