図は、独立行政法人 労働政策研究・研修機構が2024年に国内の労働者数 10 人以上の企業に対して行った調査(※)の結果です。がんや脳血管疾患にり患しても、ほとんどの労働者が休職することなく治療を受けながら働いているという企業の割合が多いことが分かります。
※ (独法)労働政策研究・研修機構「治療と仕事の両立に関する実態調査(企業調査)」(2024 年3月)
このような中、2025年6月11日の労働施策総合推進法の改正(令和7年法律第63号)(※)により、労働者の治療と就業の両立への支援のための措置が事業者の努力義務となりました。
※ 改正に関する基本通達として「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律について」(令和7年6月11日基発0611第1号・雇均発0611第1号)が発出されている。
この改正によって事業者が具体的に実施すべき事項として、「治療と就業の両立支援指針」(厚生労働省告示第28号)が公表されています。
※ 現時点でこの指針に関する通達は厚労省のサイトには公表されていないが、業界団体のサイトなどで参照することは可能である。なお、「治療と就業の両立支援指針案に関する意見募集の結果について」も参考となる。
※ イメージ図(©photoAC)
これについて「努力義務」という言葉の響きから、「やることが望ましいが、やらなくてもよいこと」という印象を受けるかもしれません。しかし、事業者が適切な対応をとらなければ、治療を受ける労働者が病状を悪化させたり、退職を余儀なくされたりすることもあるでしょう。
そうなると、元の病気が私病であったとしても安全配慮義務違反として訴えられることもあり得ます。また、訴えられないまでも、社内の重要な戦力が引継ぎなしに失われるリスクが生じます。
さらには、本人だけでなく、他の社員の間に「頑張って働いても病気になれば・・・」という意識が蔓延すれば、モラールが低下して経営に重大な影響を与えることも考えられます。
治療と就業の両立の労働者への支援は、現代の企業にとって経営の骨幹に関わる重要な事項というべきです。本稿では、その重要性と法的な根拠について解説します。
- 1 治療と就業の両立に関する現状
- (1)労働者の健康状況
- (2)新指針策定までの経緯
- 2 治療と就業の両立支援指針
- (1)法的な位置づけ
- (2)指針を守らないことによる企業のリスク
- 3 治療と就業の両立支援の具体的な実施事項
- (1)治療と就業の両立支援指針
- (2)治療と就業の両立支援を行うための環境整備
- (3)治療と就業の両立支援の進め方
- 4 治療と就業の両立支援に関する法的問題
- (1)疾病にり患した労働者を解雇できるか
- (2)障害者差別解消法の改正の法的な影響
- (3)病気休業制度と解雇
- 5 治療と就業の両立支援は安全配慮義務の内容となるのか
- (1)治療と就業の両立支援の本質とは
- (2)病者である労働者への安全配慮義務
- 6 最後に
1 治療と就業の両立に関する現状
執筆日時:
(1)労働者の健康状況
国民生活基礎調査(※)によると、何らかの疾患で通院している就業者は、年ねん増加しており、2022 年には 40.6 %となっている。すなわち、平均的な企業では、半数近い労働者が何らかの治療を受けながら働いているということになる。
※ グラフは、厚生労働省「治療と仕事の両立支援指針作成検討会」(第1回)資料2「治療と仕事の両立支援指針の検討」より筆者作成
すなわち、好むと好まざるとにかかわらず、多くの企業において、労働者が通院することを前提とした事業経営を行うことが必要な時代となっているということである。
治療と就業の両立の対象となる疾病は、がん、脳卒中、肝疾患、難病、心疾患、糖尿病などである(※)。図は、厚労省の患者調査の種類別推計患者数(外来)の推移をグラフ化したものである。ここからも分かるように現代の我が国においてがん(新生物)、糖尿病、脳血管疾患などで通院している方は多い。
※ 「治療と就業の両立支援指針」(厚生労働省告示第28号。以下、原則として「新指針」という。)では、「本指針が対象とする疾病(負傷を含む。以下同じ。)は、国際疾病分類(疾病、傷害及び死因の統計分類(統計法第28条の規定に基づき、疾病、傷害及び死因に関する分類を定める件(平成27年総務省告示第35号)で規定する分類をいう。)に掲げられている疾病であって、医師の診断により、増悪の防止等のため反復・継続して治療が必要と判断され、かつ、就業の継続に配慮が必要なもの
」とされている。
なお、旧ガイドラインでは「本ガイドラインが対象とする疾病は、がん、脳卒中、心疾患、糖尿病、肝炎、その他難病など、反復・継続して治療が必要となる疾病であり、短期で治癒する疾病は対象としていない
」とされていた。新指針と旧ガイドラインの違いについては、(新指針と案では全く同じではないが)「指針案とガイドラインの対照表」を参照されたい。
これは全国民の統計であり、有職者のみならず、すでに引退した高齢者など無職の方を含むものではあるが、有職者の年齢が上がっている現在、これらの疾病で通院する労働者の人数も多いといえよう。また、国立がん研究センター(※)によると、AYA 世代(Adolescent and Young Adult=15 歳から 39 歳)においても、1年間に約2万人が、“がん”の診断を受けているとされる。働く世代にとって、がんに罹患することは特殊なことではないのである。
※ 国立がん研究センター「小児・AYA世代のがん罹患」
しかしながら、公衆衛生の進歩や、医学の発展によって、がんなども不治の病とは言えなくなっている。図は、厚労省の調査(※)による、AYA・成人(15歳以上)のがんによる5年純生存率のグラフであるが、かなりの高さがあることが分かる。
※ 厚生労働省「「2017年全国がん登録 5年生存率 報告 」の結果」(2026年2月)。なお、AYA 世代のがんによる5年経過後の死亡率は、全年齢の国民と比較して4~6倍高いといわれている。
そして、厚生労働省の調査(※)によると、がんと診断を受けて退職・廃業した人は就労者の 19.8 %(その内、初回治療までに退職・廃業した人は 56.8 %)となっている。この数値を多いとみるか低いとみるかは人それぞれであろうが、働きながら治療を受けることの方が普通になっていることは異論のないところであろう。
※ 国立がん研究センターがん対策情報センター「平成30年度患者体験調査報告書」(厚生労働省委託事業)
(2)新指針策定までの経緯
※ イメージ図(©photoAC)
ここで、治療と就労の両立支援についての行政の動きを振り返ってみよう(※)。
※ やや長くなるので、必要がなければ読み飛ばして「2 治療と就業の両立支援指針」へ進んで欲しい。
継続して治療を受けている労働者が働き続けることへの支援の在り方について、我が国の政府関係機関が、何らかの動きをしたのは意外に最近のことである。2004 年度(平成 16 年度)に当時の労働者健康福祉機構が、「第2期研究(労災疾病等 13 分野研究)」の中で両立支援に関する研究を始めたのが最初とされている(※)。
※ この研究結果は、「「治療と就労の両立・職場復帰支援(糖尿病)の研究・開発、普及」研究報告書」(2013年12月)及び「「疾病と治療と職業生活の両立を図るモデル医療及び労働者個人の特性と就労形態や職場環境等との関係が疾病の発症や治療、予防に及ぼす影響等に係る分野横断的研究・開発、普及(がん)」研究報告書」(2013年12月)となって報告されている。
また、厚労省は、病気等のブランクを克服できる人事制度のあり方の検討・周知が必要であるとして、2007 年度に委託事業で、企業に対する調査及び研究を行っている(※)。このときは、生活習慣病とメンタルヘルス疾病が想定されていた。
※ その成果は、みずほ情報総研株式会社「病気等のブランクを克服できる人事制度のための調査研究事業報告書」(2008 年3月)として公表されている。
2010年度(平成22年度)になると、厚生労働省は「治療と職業生活の両立等の支援手法の開発一式」を各疾患ごとに委託事業で開始している。なお、これは、みずほ情報総研株式会社が受託した(※)。
※ 初年度の報告書は「治療と職業生活の両立等の支援手法の開発一式(疾患案件名:職業性がんその他の悪性新生物)事業報告」(2011 年7月)の表題で報告されている。
このような調査研究を経て、2012 年2月には、厚労省において「治療と職業生活の両立等の支援に関する検討会」が発足し、7回の委員会を経て同年8月には報告書(※)が取りまとめられている。この報告書では、「労使双方にとって、人材育成を行ってきた労働者が、病気により休業、休職したとしても、職場復帰し、生き生きと働き続けることが重要
」であると宣言した。さらに「社会的にも、職業生活と私生活との両立という点で、育児・介護等と同様に、ワーク・ライフ・バランスの観点からも重要
」とされた。
※ 「治療と職業生活の両立等の支援に関する検討会報告書」(2012 年8月)
ここで、企業(人事労務担当者)の実施すべき事項として、次の3点が挙げられている。
【企業(人事労務担当者)】
- 労働安全衛生法上の措置を徹底し、疾病の早期発見・早期治療や重症化防止に努める。
- 職場における疾病に対する理解を高め、治療と職業生活の両立に理解のある職場風土を形成するため、労働者・管理監督者の教育に努める。
- 時間単位の有給休暇制度の導入など、柔軟な雇用管理の取組の推進。
※ 厚生労働省「治療と職業生活の両立等の支援に関する検討会報告書概要」(2012 年8月)から
さらに2013年(平成25年)に、(独法)労働政策研究・研修機構が、「メンタルヘルス、私傷病などの治療と職業生活の両立支援に関する調査」(2013年11月 調査シリーズ No.112)を公表している。常用労働者50人以上を雇用している全国の民間企業を対象としたものであるが、正社員に対する「病気休職制度」を多くの企業が設けているにもかかわらず、非正規職員は埒外におかれている実態が明らかにされた。
厚生労働省では、この調査を受けて、同年度末に普及啓発のためのパンフレット「治療を受けながら安心して働ける職場づくりのために」(2014年3月)を(委託事業で)印刷配布している。
そして、2015年度(平成27年度)には、厚生労働省と中央労働災害防止協会が主唱する「全国労働衛生週間の実施要領」において、事業者の実施事項として「労働者の治療と職業生活の両立等の支援に係る取組の促進」が挙げられた。
そのような中、厚労省は、2016年(平成28年)2月に「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」(平成 28 年2月 23 日基発 0223 第5号他)を公表した。これは、当初は、脳卒中などの疾病を対象としていたが、その後も改訂を繰り返しており、最終的には 2024 年(令和6年)3月版「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」となり(リンク先は最終のもの)、対象となる疾病もがん、脳卒中、肝疾患、難病、心疾患、糖尿病などとなった。
また、働き方改革実現会議による「働き方改革実行計画」(2017年(平成29年)3月28日決定)が、その項目のひとつとして「病気の治療と仕事の両立」を挙げたのである。その中で、①会社の意識改革と受入れ体制の整備、②トライアングル型支援などの推進、③労働者の健康確保のための産業医・産業保健機能の強化の3点が挙げられている。
【病気の治療と仕事の両立】
7.病気の治療と仕事の両立
病気を治療しながら仕事をしている方は、労働人口の3人に1人と多数を占める。自分の仕事に期待してくれる 人々がいることは、職場に自分の存在意義を確認できる、いわば居場所があると感じさせ、病と闘う励みにもなる。病 を患った方々が、生きがいを感じながら働ける社会を目指す。
治療と仕事の両立に向けて、会社の意識改革と受入れ体制の整備を図るとともに、主治医、会社・産業医と、患者 に寄り添う両立支援コーディネーターのトライアングル型のサポート体制を構築する。
あわせて、労働者の健康確保のための産業医・産業保健機能の強化を図る。
※ 働き方改革実行計画(2017年(平成29年)3月28日決定)
なお、図は、「働き方改革実行計画」に記載されている「病気の治療と両立に向けたトライアングル型支援のイメージ」であるが、これは事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドラインに示されているものと同様なものである。
そして、2025年6月11日の労働施策総合推進法の改正(令和7年法律第63号)(※)により、第27条の3が追加され、労働者の治療と就業の両立への支援のための措置が事業者の努力義務となった。施行は 2026年(令和8年)4月1日となっている。
【労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律】
(国の施策)
第4条 国は、第1条第1項の目的を達成するため、前条に規定する基本的理念に従つて、次に掲げる事項について、総合的に取り組まなければならない。
一~九 (略)
十 疾病、負傷その他の理由により治療を受ける者の職業の安定を図るため、雇用の継続、離職を余儀なくされる労働者の円滑な再就職の促進その他の治療の状況に応じた就業を促進するために必要な施策を充実すること。
十一~十五 (略)
2~4 (略)
第27条の3 事業主は、疾病、負傷その他の理由により治療を受ける労働者について、就業によつて疾病又は負傷の症状が増悪すること等を防止し、その治療と就業との両立を支援するため、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置を講ずるよう努めなければならない。
2 厚生労働大臣は、前項に規定する措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るため必要な指針(以下この条において「治療と就業の両立支援指針」という。)を定め、これを公表するものとする。
3 治療と就業の両立支援指針は、労働安全衛生法(昭和47年法律第57号)第70条の2第1項に規定する指針と調和が保たれたものでなければならない。
4 厚生労働大臣は、治療と就業の両立支援指針に従い、事業主又はその団体に対し、必要な指導、援助等を行うことができる。
2 治療と就業の両立支援指針
(1)法的な位置づけ
※ イメージ図(©photoAC)
前章のような経緯を経て、2026年2月10日に新指針=「治療と就業の両立支援指針」(厚生労働省告示第28号)を公表したのである。
なお、新指針の策定の根拠は、労働施策総合推進法第27条の3第2項(2026年4月1日改正)であり、その本質は、同条第1項の事業者の「治療と就業の両立支援」の努力義務の適切かつ有効な実施を図るための指針である。
もちろん、努力義務であるから、その規定に違反したからといって罰則が課せられることはない(※)。また、履行しなかったとしても国家によって履行を強制されることもない。
※ 労働施策総合推進法そのものには、罰則が定められているが、報告義務違反等を罰する規定であり、そもそも事業者の労働者に対する作為又は不作為を処罰する規定は存在していない。
ただ、努力義務規定には、その性格から義務とすることになじまないタイプのものと、法的な資格としては義務とすることは可能であるが政治的な判断等から努力義務とされるものがある。この後者にあたるものは、過渡的(規制猶予的)努力義務規定と呼ばれ、後に法令の改正によって義務とされるものもある(※)。
※ 法制定当時に努力義務とされたが、後に義務となったものとして、男女雇用機会均等法の募集・採用・配置・昇進に関する義務や、高年齢者雇用安定法における高齢者雇用に関する義務、育児介護休業法の休業させる義務などがある。
そして、労働施策総合推進法のこの努力義務規定は、過渡的(規制猶予的)努力義務規定であり、後に義務規定となることも考えられる。仮に、当面は履行を見合わせるとしても、早いうちから履行について検討を行っておくとよいだろう。
(2)指針を守らないことによる企業のリスク
ア 安全配慮義務(一般論として)
問題は、この努力義務を課している目的が何かである。治療と就業の両立支援の場合、その目的がたんなる「離職の防止」ではなく「就業による疾病又は負傷の増悪等の防止」であることが、この努力義務の法的な意味を考える上で重大な意味を持つのである。
というのは、事業者は労働者を自らの事業のために働かせるにあたって、労働者が就業していたために、健康を害したり、怪我をしたり、はなはだしい場合は死亡したりしないようにする契約上の義務を負っているからである(労働契約法第5条)。
そして、その義務の程度は、一般的な健康レベルの労働者が健康に悪影響を与えない程度に行えばよいというわけではなく、現に働いているその労働者が健康を悪化しない程度のものでなければならないのである。すなわち、たとえ私病であったとしても、病気の労働者を働かせている以上は、その労働者の疾病が就業を原因として悪化しないようにする法的な義務を負っているのである(※)。
※ 例えば、東京高判 1999 年7月28日システムコンサルタント事件では、「一審被告は、Aが入社直後から高血圧に罹患しており、昭和五八年ころからは心拡張も伴い高血圧は相当程度増悪していたことを、定期健康診断の結果により認識していた
」「そうであるとすれば、一審被告は、具体的な法規の有無にかかわらず、使用者として、Aの高血圧をさらに増悪させ、脳出血等の致命的な合併症に至らせる可能性のある精神的緊張を伴う過重な業務に就かせないようにするとか、業務を軽減するなどの配慮をする義務を負うというべきである
」としている。
なお、このようにいうと「健康レベルの低い労働者を解雇するブラックな企業の方が得をするのではないか」と不条理を感じる方もおられるかもしれない。しかし、我が国の判例理論においては、民法第1条第3項を根拠とする「解雇権乱用の法理」が確立しており、この法理は、現在では労働契約法第 16 条に明記されている(※)。
※ 民法第1条は、一般条項と呼ばれる抽象的な表現の規定である。通常の私法上の争いに一般条項を適用することは、極力避けるべきだと法律家は考えており、第1条第3項の権利の乱用法理が適用された判例も数えるほどしかない。ところが、労働法の世界では一般条項が適用される例が非常に多いのである。
労働契約法は、そのような一般条項を根拠とした判例法理を法律の条文の形でまとめたものである。同法には罰則は課せられておらず、安衛法のような(国によって履行を強制される)公法ではなく、あくまでも民法と同様な(人と人の間の法的な関係を律する)私法として制定されている。
すなわち、少なくとも法的には、健康レベルが低下したというような理由で、労働者を簡単に解雇できるようなものではない。また、労働者を病気になったからという理由で解雇すれば、社会的な批判を受けることにもなりかねない。
病気になった労働者を、健康な労働者のように働くことができないからといって、簡単に解雇できるなどと安易に考えるべきではない。
イ 治療と就業の両立支援の不作為によるリスク
(ア)モラールと生産性の低下
また、私病のために療養する労働者は、その時点では病気のために生産性が落ちているかもしれないが、かつては元気な時代もあったことがほとんどであろう。仮に、その労働者が治療と就業の両立について会社側から支援を受けられないとしたら、他の労働者はどのように感じるだろうか?
当然のことだが、頑張って会社のために働いても、いったん病気になればこういう扱いを受けるのかと、周囲の労働者は感じるのである。その私病が生活習慣病だった場合、長時間労働や不規則な勤務形態、出張の多さ、過度な責任などの就労に一因があると感じている労働者も多いかもしれない。
治療と就労の支援のために十分な配慮をしなければ、本人のみならず周囲の労働者のモラール(morale=組織の目標に向けた士気・意欲)を低下させるのである。
それは生産性を低下させるだけではない。企業を内側から蝕む重大なリスクとなるのである。
(イ)社会的な評価の低下と新規採用の困難性
※ イメージ図(©photoAC)
また、社員が私病の治療について十分な配慮を得られなかったために病状が悪化したような場合、現代はこれが SNS などで炎上するおそれも否定できなくなっている。もちろん、SNS やブログなどに誰かが会社への批判を書き込んだとしても、通常は誰にも気づかれないまま情報の大海の中に埋もれてしまうことがほとんどである。
問題となるのは2つのケースである。ひとつは、Google マップや Yahoo! マップなどの地図サービスサイトの口コミに描き込まれることである。このようなサイトは、初めて会社へ行こうと考えるときに多くの人が利用する。そして、地図サイトは一般に口コミの数が少ないために、個々の書き込みが目立つのである。
もうひとつは、たまたまインフルエンサーの目に留まって拡散される場合である。そうなると大勢のフォロワーの目に留まることになる。そして、それが「これは拡散する価値がある」と思われるようなものだと、SNS 利用者にとって拡散のための手間などわずかなものだけに簡単に炎上してしまうのである。
そうなると BtoC 企業の場合、売り上げが大きく低下する可能性も否定はできない(※)。
※ もちろん、炎上がただちに企業の収益に影響することは多くはない。炎上が収益に影響しなかった例として、最近では、ペットフードや缶詰で有名な某企業が、ブラックであるとして炎上したにもかかわらず不買運動などには連動せず、逆に増収・増益となったことで話題になったケースがある。確かに、日本の場合、企業の倫理問題は一般消費者の行動に影響を与えにくいという国民性がある。
また、国際的にも、某アパレル企業が、ガザにおけるイスラエルのジェノサイドをモチーフにしたと疑われるようなコマーシャルを流して、不買運動が起きたことがある。同社はその意図はなかったと否定しているが、SNS ではかなりの批判が広まった。ところがこのケースでも大きな収入の減少などは起きなかったのである。
いずれのケースでも、収益にはそれほどの影響はなかったわけだが、SNS にはかなりの批判があふれ、長期的な企業イメージの低下は避けられなかっただろう。
また、治療と就業の両立支援に熱心ではないという評価が定着すれば、新規採用に影響を受けることもあり得よう。
(ウ)重要な職員の就労能力の突発的な喪失
また、治療を受けている職員に対して、治療と就業の両立支援が不十分であれば、突然の退職や症状の悪化により、突発的な就労能力の喪失が起こるというリスクもあろう。
企業運営の理想は、誰かが欠けても他の職員がカバーできるようにしておくことである。しかし、すべての職員が同じような知識・能力を有しているとは限らない。また、あるチームにおいてすべての知識・情報・ノウハウが共有されているとも限らない。
最近だと DX や IT に詳しい職員が異動してしまうと、それまでにその職員が構築したシステムの運用が困難になるということは、よくあることであろう。
人事異動や定年退職の場合であれば事前に準備もできようが、病状が突然に悪化するのは予想がつかないのである。とりわけ、治療と就業の両立支援に会社が熱心でなければ、職員は病気を隠そうとする。
そうなれば、まさに突発的に、その職員の持つ知識、ノウハウ、情報が失われるということが起きかねないのである。
(エ)重要な職員の就労能力の突発的な喪失
以上をまとめると、次のようになろう。
【治療と就業の両立支援の不作為によるリスク】
- 安全配慮義務違反を理由とした民事賠償請求訴訟の提訴
- 職員の不満が醸成されることによるモラールと生産性の低下
- SNS 等に批判が掲載されることによる新規職員の採用の困難性の増大
- 重要な職員の就労能力の突発的な喪失による経営上の重大な損失
- 上記の総合的な状況を背景とした企業の社会的評価の低下
だが、これを逆から見れば、治療と就労の支援を行うことにより、これらとは逆の効果が得られるということでもある。図は、(独法)労働政策研究・研修機構が、10 人以上の企業に対して行った調査(※)であるが、多くの企業において、柔軟な働き方支援制度について、私傷病の治療や療養目的で利用を可能としたことの効果が上がったとされている。
※ (独法)労働政策研究・研修機構「治療と仕事の両立に関する実態調査(企業調査)」(2024 年3月)
効果が上がった項目として大きなものは、「制度利用に対して職場で協力する雰囲気ができた」23.3 %、「職場に多様性を受容する意識が浸透した」20.3 %、「社員全体の企業に対する信頼感が上昇した」17.5%などである。
近年、IT 化や DX の進展は社員の生産性に大きな差をもたらすこととなっている。そして、生産性に大きな影響を与えるのが、社員の会社に対する信頼感である。その向上は現代の企業にとってきわめて大きな財産となろう。
また、コンプライアンスに関する社会の目はますます厳しいものとなっており、社員が SNS などで人権問題などを不適切な発言を行うと、企業に対する批判が炎上することがある。多様性を受容する意識が浸透することは、その防止に必要不可欠なものとなっている。
こちらの図は、上図のうち、治療や療養目的で利用を可能とする理由を「制度を必要とする社員がいたから」に限定した場合である。
いずれの効果も上図より高くなっているが、「社員全体の離職率が低下した」など、直接、疾病にり患しているわけではない労働者の離職率も減少していることが分かる。
なお、本図は「疾患罹患者への配慮事項」の内容である。最も多いのは「通院治療のための休暇取得の促進」で半数を超えている。治療と就労の両立のための支援であるから、ある意味で当然ともいえる。
一方、本人にとって不利益変更(※)とも思える「役職を解いた」「就業形態を変更した(正社員からパート等に転換)」は 10 %台であった。
※ 本人の希望に従って行われた可能性はあり、企業側が疾病にり患した労働者に対して一方的に不利益変更を行ったとは限らない。
3 治療と就業の両立支援の具体的な実施事項
(1)治療と就業の両立支援指針
さて、では治療と就業の両立支援の努力義務化と、「治療と就業の両立支援指針」(厚生労働省告示第28号)の策定によって、企業は何を求められているのだろうか。
治療と就業の両立支援指針の目次は次のようになっている。
【治療と就業の両立支援指針の目次】
- 1 治療と就業の両立支援の趣旨
- 2 労働安全衛生法との関係
- 3 治療と就業の両立支援を行うに当たっての留意事項
- 4 治療と就業の両立支援を行うための環境整備
- 5 治療と就業の両立支援の進め方
※ 厚生労働省「治療と就業の両立支援指針」(厚生労働省告示第28号)から作成。
このうち、4と5が事業者が実施するべき事項である。1~3は、実施すべき事項を行うにあたって、どのように行うべきかを判断するための材料となる部分である。
(2)治療と就業の両立支援を行うための環境整備
そして、「4 治療と就業の両立支援を行うための環境整備」の内容は次のようになっている。
【治療と就業の両立支援を行うための環境整備】
- (1)事業主による基本方針の表明等と労働者への周知
- (2)研修等による意識啓発
- (3)相談窓口等の明確化
- (4)治療と就業の両立支援に関する制度、体制等の整備
- (5)事業場内外の連携
※ 厚生労働省「治療と就業の両立支援指針」(厚生労働省告示第28号)から作成。
労働者が、治療を受けながら働き続けたいと申し出てきたとき、これを歓迎する事業者はまずいないのが現実だろう。そして、それは本人の周囲にいる労働者の場合も同じような感覚を持つ場合も多いのである。
一人の労働者が治療を受けて、その分の業務量が他の労働者の増加につながると、当然のことながら本人に対してよい印象は持たなくなる。まして病気のために引継ぎが十分にできなければその意識は強まるだろう。その分の増員が図られたり業務量が削減できれば、そのような不満も解消できるかもしれない(※)が、必ずしもそのようなことができる場合ばかりとは限らない。
※ 増員は、「素人の教育をしなければならないからかえって大変」という不満が出る場合もある。また、業務量の削減も、成績を上げたいという労働者にとっては、不満の一因となることもある。単純に効果が得られるとは限らない。
しかしながら、従業員に治療が必要となったときに、その治療を保証して、病気が業務のために悪化したりすることがないようにすることは、(好むと好まざるとにかかわらず)法的な観点から事業者にとって必要なことなのである。そして、それはその従業員のそれまでの成績が高いか低いかにかかわらない。
そうであってみれば、その仕組みが効率的に動き、かつ労働者のモラールが低下しないような運営をしてゆく必要がある。そのための環境づくりが重要となるのである。
そのためにも、まずその必要性をトップが理解し、従業員に対して「わが社は、従業員が病気になってもあなたたちを見捨てない」ということを理解してもらい、それによる周囲の労働者の協力についても理解してもらう必要がある。
その上で、社内にその必要性について理解させた上で体制の構築を図る必要がある。新指針に言う「治療と就業の両立支援を行うための環境整備」とは、そういうことなのである(※)。
※ 図は、厚労省サイト「治療と仕事の両立支援ナビ ポータルサイト」より
(3)治療と就業の両立支援の進め方
新指針の「5 治療と就業の両立支援の進め方」によれば、治療と就業の両立支援は次の流れで進めることが望ましいとされている。
【治療と就業の両立支援の進め方】
- (1)治療と就業の両立が必要な労働者による申し出と、主治医による情報を事業主に提出
- (2)事業主による産業医からの、就業継続の可否、就業上の措置、必要な配慮等に関する意見聴取
- (3)事業主による就業継続可否の判断
- (4) 事業主による、就業上の措置及び治療に対する配慮の内容、実施時期等の検討・決定及び実施
- ア 長期の休業が必要と判断した場合の、休業開始前の対応及び休業中のフォローアップ、回復時の職場復帰への支援
- イ 治療後の経過が悪い場合の対応(就業継続の可否等の判断)
- ウ 業務遂行に影響を及ぼしうる状態の継続が判明した場合への対応
- エ 疾病が再発した場合の対応
※ 厚生労働省「治療と就業の両立支援指針」(厚生労働省告示第28号)から作成。
なお、上記、ア~エは、新指針では(5)~(8)となっている。
ここで、新指針の(3)の表題は「事業主による就業継続可否の判断」となっており、就業継続の可否を事業主が自由に決められるかのような印象を受ける表現となっている。しかし、労働契約は、労使が同等な立場で締結するものであり、しかも労働契約法や過去の判例法理の積み重ねによる制約を受けるものであって、就業継続の可否を事業主が一方的に決められるものではない。
なお、新指針の(3)の就業継続の可否の判断に関しては、新指針は「疾病にり患していることをもって安易に就業を禁止するのではなく、主治医や産業医等の意見を勘案して可能な限り配置転換、作業時間の短縮その他の必要な措置を講ずることによって就業の機会を失わせないようにすることに留意が必要
」としている。
(4)治療と就業の両立支援のポイント
【治療と就業の両立支援のポイント】
- 休暇制度、勤務制度の整備
- 時間単位の年次有給休暇(労使協定による)
- 傷病休暇・病気休暇
- 時差出勤制度・短時間勤務制度
- 在宅勤務(テレワーク)制度 etc.
- 労働者から申出があった場合の対応手順、関係者の役割の整理
- 関係者の役割と対応手順をあらかじめ整理する
- 関係者間の円滑な情報共有のための仕組みづくり
- 主治医との情報連携をスムーズに行うための書類等の様式整備等
- 両立支援に関する制度や体制の実効性の確保
- 労働者への各種制度および相談窓口の周知
- 管理職への研修の実施
- 労使等の協力
- 制度や体制の整備等の環境整備に向けた検討を行う際は、労使や産業保健スタッフが連携して取り組む
- 仕事と育児の両立支援や仕事と介護の両立支援など、既存の取組を生かす!
※ 厚生労働省「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」(2024年3月版)から作成
4 治療と就業の両立支援に関する法的問題
(1)疾病にり患した労働者を解雇できるか
ア 就労が労働者の就労が(将来的にも)全く無理であれば解雇は可能
雇用契約とは、基本的に労働者が事業主の指示に従って就労し、事業主は労働者に対して賃金の支払いなどをするものである。従って、労働者の側が全く働けず、かつ回復の見込みもないというのであれば、契約を続けることはできない。従って、判例でも原則として(普通)解雇を可能とする。
疾病にり患した労働者の(普通)解雇を有効とした例として、大阪地判平成4年6月1日(栄大事件)、東京高判平成17年1月19日(横浜市学校保健会事件)、札幌高判平成11年7月9日(北海道龍谷学園事件)、東京地判平成10年9月29日(東京電力解雇事件)などがある。いずれの場合も病状が「業務に耐えられない」状況であると認定された事案である。
※ ただ、その場合でも相手は病人なのであるから、一定の配慮は必要である。あまりに強硬に解雇手続きをとってはいけない。
昭和44年年11月26日横浜地判(学校法人成美学園事件)は、従業員ががんにり患して業務を遂行できる見込みがなかった場合であるが、会社側の退職を求めるやり方があまりにも不適切とされ、退職を求める行為が民法の不法行為となるとして遺族(その従業員はがんで亡くなっていた)による損害賠償の請求が認められている。
イ 制限された就労が(将来的にも)可能であれば解雇はできない
これに対し、疾病にり患した労働者(職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結している場合)が、たとえ制限されたものであったとしても、就労が可能(又は可能となる見込みがある)のであれば、原則として解雇は無効とされる。これに関する判例として重要なものに片山組事件判決(※)がある。
※ 平成10年4月9日最一判(片山組事件)(平成7(オ)1230)
【現在従事している業務をこなせなくなったことは解雇の理由になるか】
1 労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては、現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ているならば、なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当である。(以下略)
2 前記事実関係によれば、上告人は、被上告人に雇用されて以来二一年以上にわたり建築工事現場における現場監督業務に従事してきたものであるが、労働契約上その職種や業務内容が現場監督業務に限定されていたとは認定されておらず、また、上告人提出の病状説明書の記載に誇張がみられるとしても、本件自宅治療命令を受けた当時、事務作業に係る労務の提供は可能であり、かつ、その提供を申し出ていたというべきである。そうすると、右事実から直ちに上告人が債務の本旨に従った労務の提供をしなかったものと断定することはできず、上告人の能力、経験、地位、被上告人の規模、業種、被上告人における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして上告人が配置される現実的可能性があると認められる業務が他にあったかどうかを検討すべきである。(以下略)
※ 平成10年4月9日最一判(片山組事件)(平成7(オ)1230)(下線強調は原文)
すなわち、最高裁第1小法廷によれば、職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結している場合は、現時点で就労している業務に従事することが困難であったとしても、その企業における他の軽微な作業に従事できる(か又はその見込みがある)のであれば、解雇はできないということである(※)。
※ 仮に解雇したとしても、法律行為である解雇は無効となり、会社へ出社させなかったという事実行為は民法上の不法行為となる。
なお、職場復帰にあたっては労働者の側から、どのような仕事であれば職場復帰が可能なのかを証明するとともに、職場復帰に当たって「他の業務に変わってでも復帰したい」と会社側に告げなければならない。東京地判令和5年4月10日(ホープネット事件)においては、労働者が職場復帰に際して、「復職を申し出るに当たり、配置される現実的可能性がある他の業種について労務の提供を申し出ていたことはもとより、復帰後の職務を限定せずに復職の意思を示していたと認めることは困難である」として、会社の行った解雇を有効であるとしている。
片山事件判決後、有病者の解雇が無効とされた例としては、東京地判平成17年2月18日(カンドー事件)、大阪高判平成13年3月14日(全日空事件)などがある(※)。いずれも、制限された業務であればこなすことが可能(またはその見込みがある)とされたケースである。
※ もちろん、回復する見込みがあれば常に解雇ができないというわけではない。会社側が必要な配慮をしたにもかかわらず、労働者側がそれに応じなかったケースで解雇が有効とされた例もある。平成30年5月24日大阪地判(三洋電機ほか1社事件)では、3回の病気休職の後に職場復帰をしたにもかかわらず、数日の有給休暇を取得した後に無断欠勤を続けていたという例で、懲戒解雇を有効と認めている。
なお、昭和 31 年3月1日基発第 111 号は、無断欠勤が 14 日以上続いたような場合は、懲戒解雇が有効としている(国家公務員について平成12年3月31日職職-68は、正当な理由なく、21日以上の間勤務を欠いた公務員を免職又は停職にするとしている)。判例も、ほぼこの解釈を尊重する傾向がある。例えば、東京地判平成12年10月27日は、取締役を兼ねる労働者について、取締役会の意見対立の後に 14 日間の無断欠勤をした場合の懲戒解雇を有効とした。また、東京地判平成25年年3月28日(日本郵便事件)は、20日間の無断欠勤の後の懲戒解雇を有効としている。
従って、職種や業務内容を限定していない労働者が、その事業場の別な業務に(将来を含めて)従事でき、かつ本人がそれを明示に臨んでいるのであれば簡単には解雇できないこととなる。
(2)障害者差別解消法の改正の法的な影響
また、障害者差別解消法が改正(※)され、2024年4月1日から民間事業者についても、「障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、障害者の権利利益を侵害することとならないよう、当該障害者の性別、年齢及び障害の状態に応じて、社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をしなければならない
」とされていることにも留意するべきである。
※ ここにいう障害者は、厚労省のサイトによれば、「身体障害のある人、知的障害のある人、精神障害のある人(発達障害や高次脳機能障害のある人も含まれます)、その他の心や体のはたらきに障害(難病等に起因する障害も含まれます)がある人で、障害や社会の中にあるバリアによって、日常生活や社会生活に相当な制限を受けている人すべてが対象です
(下線強調引用者)」とされている。なお、障害者手帳の取得者に限られない。
これに関しては、同法に基づく告示である合理的配慮指針(※)に留意する必要がある。この指針が直ちに法的な義務となるわけではないが、民法の一般条項を通して私法上の義務であると、裁判所によって判断される可能性はある。
※ 「雇用の分野における障害者と障害者でない者との均等な機会若しくは待遇の確保又は障害者である労働者の有する能力の有効な発揮の支障となっている事情を改善するために事業主が講ずべき措置に関する指針」(平成27年3月25日厚生労働省告示第117)
【中途障害者に対する配慮】
第第4 合理的配慮の内容
1 合理的配慮の内容
(2)採用後における合理的配慮
(略)
なお、採用後に講ずる合理的配慮は職務の円滑な遂行に必要な措置であることから、例えば、次に掲げる措置が合理的配慮として事業主に求められるものではないこと。
イ (略)
ロ 中途障害により、配慮をしても重要な職務遂行に支障を来すことが合理的配慮の手続の過程において判断される場合に、当該職務の遂行を継続させること。ただし、当該職務の遂行を継続させることができない場合には、別の職務に就かせることなど、個々の職場の状況に応じた他の合理的配慮を検討することが必要であること。
※ 「雇用の分野における障害者と障害者でない者との均等な機会若しくは待遇の確保又は障害者である労働者の有する能力の有効な発揮の支障となっている事情を改善するために事業主が講ずべき措置に関する指針」(平成27年3月25日厚生労働省告示第117)(下線強調引用者)
この点について、水島(※)は次のように述べる。
※ 水島郁子「傷病休職をめぐる法的課題」(日本労働研究雑誌 No.695 2018年)
【中途障害者に対する配慮】
傷病により障害が残った労働者が復職の意思を示すにあたり、休職前の職務が以前のようにできないとしても、①合理的配慮が提供されれば休職前の職務が円滑に遂行できるとして、合理的配慮の提供を求めること、あるいは、②別の職務に就くことを合理的配慮として求めることが考えられる。(中略)
労働者からの復職を前提とする配慮措置の提案がなされた場合には、使用者はそれが無理な提案であると即断するのでなく、提案の実現可能性を検討し、不可能である場合にはその理由を説明し、可能な代替案があれば、それを示さなくてはならない。これまでは労働者から配慮措置を提案することは事実上困難であり、やむなく退職を受け入れたケースも少なくなかったと思われるところ、合理的配慮の提供義務が法律上の義務となったことにより、労働者は使用者との話し合いの段階に入ることが保障される。
※ 水島郁子「傷病休職をめぐる法的課題」(日本労働研究雑誌 No.695 2018年)(下線強調引用者)
いずれにせよ、疾病によって治療を受ける労働者の雇用を続けることは、ほとんどすべての事業者にとって(法的に)避けて通ることができないことであると考えるべきである。
(3)病気休業制度と解雇
もちろん、将来的に働ける可能性があるといっても、長期にわたって病気休業を続ける労働者をいつまでも解雇できないというわけではない(※)。
これについての詳細は「心の健康と解雇をめぐる諸問題」を参照してほしい。
しかし、病気休職制度があるなら、(回復の見込みが全くないという場合を除き)その制度は使用する必要がある。また、制度は存在していなくても過去に私傷病となった労働者が休業している現状(慣行)があれば、それに従う必要はある。
5 治療と就業の両立支援は安全配慮義務の内容となるのか
(1)治療と就業の両立支援の本質とは
以上、解説してきたようにこれからは、中小・零細の企業であったとしても、望むと望まざるとにかかわらず、労働者の中にがん等にり患して定期的に治療を受ける者がいることは、異常なことではないこととなるだろう。
そうであれば、病者について賃金に見合う働きをしてもらうことが、企業経営にとって重要なこととなる。そして、それこそが、治療と就業の両立支援の本質なのである。
賃金に見合う働きをしてもらわなければ、企業にとってまずいことになるばかりか、本人にとっても辛いことになる。そのような状況では、治療と就業の両立など長続きするわけがないのである。
賃金に見合う働きをしてもらうためにこそ、病者であっても働きやすい環境を構築することが重要となるのである。もちろん、そのことによって周囲の労働者の労働が強化されて不満が高まるようでは、企業経営に逆効果なばかりか間接的に本人のためにならない。
本来、病者にとって働きやすい環境は、周囲の労働者にとっても働きやすいはずなのである。
(2)病者である労働者への安全配慮義務
繰り返しになるが、安全配慮義務は一般的な労働者を念頭において、そのような労働者であれば被災しないであろう状況を実現すれば良いというわけではない。ある労働者が被災しやすい状況にあり、それを事業者が知っているのであれば、その労働者が被災しないであろうという状況にしなければならないのである。
水島(※)は、安全配慮義務と健康配慮義務を区別する。すなわち、安全配慮義務とは一般的な労働者に対するものであるが、健康配慮義務は「個別の配慮を必要としており、かつ、そのことを望む労働者
」に対するものであると位置づけるのである。
※ 水島郁子「メンタルヘルスで求められる使用者の健康配慮義務とは?」など
このような分類は、(水島も言うように)それほど一般的に認められているものではないが、三柴(※)などもこの分類法に従っており、この考え方も認知されつつある。
※ 三柴丈典「産業保健活動における「生きた法知識」の重要性」など参照。
逆から言えば、治療の必要な職員を雇用する以上、その労働者の病状が業務を原因として悪化しないようにすることは、安全配慮義務の内容となるということである。場合によっては、業務の状況によって治療を受けにくい状況にすることも、安全配慮義務違反となると判断される可能性も否定はできない。
長谷川(※)によれば、病者に対する安全配慮義務として、「一時的に長時間の過密な労働を回避するよう努めるだけでなく、個々の労働者の健康状態を把握し、それに応じた措置をとることが必要とされる。そこでは、各労働者の特性を考慮することが不可欠であるため、労働者の状況に応じて、職務から離脱させ休養をとらせたり、他の軽易な作業に転換させるなどの配慮をする義務を負う
」とされる。
※ 長谷川珠子「健康上の問題を抱える労働者への配慮」
なお、治療を要する労働者に対するものではないが、労働災害を起こしやすい労働者に対する安全配慮義務の在り方として、東京地八王子支判平成15年12月10日(Aサプライ(知的障碍者死亡事故)事件)は、次のように言う。
【病者への安全配慮義務】
Y2 及び Y3 の地位及び担当業務の内容、Y1 社の規模、I 事業所・工場の Y1 社の業務における重要性、Y2 及び Y3 の I 事業所・工場の業務への関与の度合い等に鑑みれば、Y2 及び Y3 は、Y1 社の代表取締役としての職責上、Y1 社において、労働者が職場において安全に労務を提供することができるように、人的・物的労働環境を整備すべき安全配慮義務を負っていたものというべきである。
※ 東京地八王子支判平成15年12月10日(Aサプライ(知的障碍者死亡事故)事件)
6 最後に
厚生労働省のサイト「治療と仕事の両立支援ナビ」によれば、「治療と就労の両立支援」とは、病気を抱えながら、働く意欲や能力のある労働者が、仕事を理由として治療機会を逃すことなく、また、治療を理由として職業生活の継続を妨げられることなく、適切な治療を受けながら、生き生きと就労を続けられることであるとされる。
【治療と就業の両立支援の進め方】
- 労働者にとっての意義
- 疾病にかかったとしても、本人が希望する場合は、疾病を増悪させることのないよう、適切な治療を受けながら、仕事を続けられる可能性が高まる。
- 事業者にとっての意義
- 労働者の健康確保とともに、大切な人材を失わずにすみ、労働者のモチベーション向上により人材の定着や生産性の向上につながる。
- 「健康経営」や社会的責任(CSR)の取組そのものであり、多様な人材の活用による事業の活性化が期待される。
- 医療関係者にとっての意義
- 仕事を理由とする治療の中断や、仕事の過度な負荷による疾病の増悪を防ぐことで、疾病の治療を効果的に進めることが可能となる。
- 社会にとっての意義
- 病気を抱える労働者も、それぞれの状況に応じた就業の機会を得ることが可能となり、すべての人が生きがい、働きがいを持って活躍できる社会の実現に寄与することが期待される。
※ 東京労働局健康課「労働安全衛生コンサルタント会東京支部学習会資料」を一部修正
各企業におかれても、2026 年4月1日施行の法改正を機会に、治療と就労の支援について、ぜひ、できるところから実施を図って頂きたい。
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