職場の化学物質対策として「無害な化学物質」に切り替えるということが挙げられることがあります。
しかし、「無害な化学物質」は本当に無害なのでしょうか? 無害な化学物質と考えていたものが実は有害なものだったということがならないようにする必要があります。
無害な化学物質とは何かについて解説します。
- 1 背景事情
- (1)安衛法令における化学物質規制の体系
- (2)安衛法令で規制がかかっているのはどのような物質か
- (3)製造使用等禁止物質とは
- (4)特別規則の規制対象物質とは
- (5)通知対象物とは
- (6)規制の考え方に関する誤解
- 2 規制対象物への誤解は何をもたらすか
- (1)規制対象物質に関する誤解
- (2)化学物質の有害性の分かりにくさ
- (3)結論
- 3 有害性の強さの判断のためのヒント
1 背景事情
執筆日時:
最終改訂:
(1)安衛法令における化学物質規制の体系
次の図は、厚生労働省が「令和2年度 職場における化学物質管理に関するリスクコミュニケーション」のパワーポイントに使用している「現在の化学物質規制の仕組み」である。化学物質のリスクに応じた規制の体系を示したもので、左側の三角形の頂点に近づくほど、規制の内容が厳しくなっている。
この図は、従来から厚生労働省が説明会などで使用していた図のデザインを新しくしたもので、分かりやすくなっている。従来から、この体系図に関してよくある誤解として、「規制の厳しい化学物質ほど有害性が高い」ということがある。しかしながら、これは誤りである。
一般の事業場においては、このような図を見れば、三角形の上部の物質は下部の物質よりも有害性が高いと思えるのは当然かもしれない。事実、この図はWEBでよく引用されるが、"有害性の高いものほど規制が厳しいのだ"と説明してあるサイトを見かけることがある。しかし、この図をよく見て頂ければお分かりいただけると思うが、どこにもそのようなことは書かれてはいない。
(2)安衛法令で規制がかかっているのはどのような物質か
では、この図の三角形の上部と下部の化学物質の違いは何だろうか。言葉を換えれば、どのような化学物質について行政は規制をかけているのだろうか。
前図の三角形の最も上には「石綿等管理使用が困難な物質(※1)」として製造・輸入・使用等をすべて禁止しているグループがあり、その下には「個別管理物質」として特別規則(※2)で規制している物質がある。その下の物質は「自主管理物質」とされている。なお、石綿等と個別管理物質を「規制対象物質(規制物質)」と呼び、その下の自主管理物質をかつては「未規制物質(※3)」と呼んでいたことがあった。
※1 厚生労働省が用いていた古い図では、かつては、「石綿等管理使用が困難な物質」は「石綿等」、「個別管理物質」は「PCB等」と記されていた。これは法令用語の「石綿等」、「PCB等」とは別な意味であり、この図においてのみ使用されていた用語である。
※2 特定化学物質障害予防規則(特化則)や有機溶剤中毒予防規則(有機則)などの、労働安全衛生法に基づいて定められた省令のうち、安全衛生規則以外のもの。
※3 言葉の意味から誤解されることがあるが、もちろん、労働安全衛生法で全く規制をかけていない物質という意味ではない。たんに特別則で規制していない物質という意味である。
また、図の「許容濃度又はばく露限界値が示されている危険・有害な物質」は、「自主管理が困難で有害性が高い物質」を含む概念である(※)が、ラベル表示や、安全データシートの交付等が義務づけられている物質(通知対象物)であり、現時点で673物質が定められている。
※ 「石綿等管理使用が困難な物質」も許容濃度又はばく露限界値が示されており、673物質以外にも許容濃度又はばく露限界値が示されているものはある。しかし、「石綿等管理使用が困難な物質」は、そもそも原則として製造、使用等が禁止されているので、特別規則で規制をかけたり、ラベル表示を義務付ける意味があまりない。一方、673物質(及び8物質)以外の物質で、許容濃度やばく露濃度が定められているものは、(必要があれば)通知対象物質への追加(政令改正)が行われる。
例えば、2016年2月に公布された安衛令等の改正により、通知対象物に新たに27の物質が追加された(2017年3月1日施行)。
その下の「GHS分類で危険性・有害性がある物質」は、「ラベル表示、SDS交付、リスクアセスメント努力義務」となっている。なお、本図にはないが、約6万物質とされている(※)。
※ 「GHS分類で危険性・有害性がある物質」は、法令では「特定危険有害化学物質等」(JIS Z 7253において、危険有害性クラス、危険有害性区分及びラベル要素が定められた物理化学的危険性又は 健康有害性を有するものであって、SDS交付義務のないもの)と呼ばれている物質である。
一番下の白い部分は「GHS分類で危険性・有害性がない物質とされている。もちろん、危険性・有害性がない物質ということではない。
(3)製造使用等禁止物質とは
「石綿等管理使用が困難な物質」とは、行政によれば「重度の健康障害が発生したことがあり、かつ現状では十分な防止対策がないもの」である。つまり、有害性がきわめて高いものについて、そのことのみを理由にして一律に製造・使用等を禁止しているわけではないのである。逆から言えば、これらの物質よりも有害性の高い物質であっても、禁止されていないことはあり得るということである。
行政としては、製造・使用等を禁止しなくても、厳格な管理を行えばリスクを容認できるレベルまで下げることができるのであれば、製造・使用等を禁止するというような「強度に制限的な規制」を行うのではなく、厳格な管理を求めるなどの「より制限的でない」規制を行うのである。
やや専門的な話になるが、このことは労働災害防止のような消極目的規制についての違憲審査を行うときの基準(LRA(Less Restrictive Alternative)の基準)(※)の考え方にも合致するのである。
※ 「消極目的規制」とは、災害や事故などが発生しないようにするための規制のこと。災害や事故を起こさないようにするための規制の方法がいくつかあり、それらのどれを採用しても目的が達成できるのであれば、最も制限的でない(国民の権利を制限することが少ない)規制の方法を採用するべきだという理論である。この理論の下では、ある規制が問題となっているときに、より制限的でない他の選びうる手段があるなら、そのような規制は違憲だということになる。
また、この図には書かれていないが、代替物質があるということが製造・使用等を禁止するための要件となることもある。その物質を使用しなければ、他に重大な災害を引き起こすリスクがあるというような場合には、製造・使用の禁止をするのではなく厳格な基準の管理下で使用を認めるという判断をすることもあり得るのだ。
(4)特別規則の規制対象物質とは
また個別管理物質(特別規則の規制対象物質)については、「健康障害が多発しており、特にリスクの高い業務がある」ことが選定の基準とされている。すなわち、ここでも規制物質の基準は「リスク」であって、「有害性」ではないのである。
現在、安全衛生行政では、発がん性の疑われるなどの化学物質についてリスク評価を行って、リスクがあるとされたものについては特別規則で規制をかけている。本図では2007年以降29物質を追加したとされているが、これらもたんに有害性があるから規制をかけているのではなく、実際の事業場において作業環境測定等を行って、リスクがあることが判ったために規制をかけているのである。
(5)通知対象物とは
では、通知対象物(=ラベルやSDS提供の義務のある物質)についてはどうであろうか。これは冒頭の図では、「許容濃度又はばく露限界値が示されている危険・有害な物質」とされているが、具体的には産衛学会(日本産業衛生学会)が勧告している許容濃度や、ACGIH(米国産業衛生専門家会議)がTLVを勧告している物質等が中心になる(※)。許容濃度もTLVも職業ばく露限界値である。
※ 2017年3月に施行された通知対象物の追加の安衛令等の改正では、27の物質を追加している。日本産業衛生学会が許容濃度を勧告したもの及びACGIHがTLVを勧告したものについて、「化学物質のリスク評価に係る企画検討会」で検討し、その報告書によって通知対象物に追加するべきとされたものについて改正の諸手続きを行っている。なお、同検討会においては、委員より欧州のSCOELやドイツのMAKが定められている物質についても、検討の可否を考慮するべきではないかとの意見も出されていた。
すなわち、通知対象物とは、「有害性がある物質」ではなく「有害性があることが分かっていて、かつ労働災害のリスクのある物質」なのである。同じことではないかと思われるかもしれないが、後者においては、「規制の無いものは有害性がないことが明白というわけではない」という含意のある表現なのである。また、通知対象物を別な言葉で表せば、「どのように扱えば、(ほぼ)安全であるかが分かっている物質」ということもできる。これは、実務上、重要な違いとなる。
なお、日本産業衛生学会もACGIHも、いくら有害性が明白な物質であっても、労働災害が発生するリスクのないようなものについてまで許容濃度等を勧告したりはしない。そのため、通知対象物以外のものの中にも有害性の高いことが明白なものがないわけではない。やや極端な例を挙げれば、テトロデトキシン(河豚毒)がある。河豚毒はきわめて有害性の高い物質であり、河豚も料亭など労働者がいる事業場で扱われることはあるが、河豚毒によって労働災害がおきるとは通常は考えられない。従って、いかに毒性が高くても、河豚毒に労働安全衛生法で規制をかけようなどとは、誰も考えないのである。
(6)規制の考え方に関する誤解
化学物質の適切な管理と一言で表現しても、実は、次の3つについては、その考え方がかなり異なっている。
- 作業中の職業暴露による職業性疾病
- 環境への排出による環境影響
- 商品からのばく露による消費者災害
これを表で表すと、以下のようになる。
表1:対策別の化学物質管理の特性ところが、少なくない企業の化学物質取扱い基準をみると、これらのうち消費者災害については区別していても、環境影響と職業性疾病について明白な区別がついていないのではないかと思えるものがある。
具体的に言えば、「労働安全衛生の分野の特別規則(特化則、有機則等)の対象物質を使わないこと」を労働災害防止対策のメインとしているものがかなりあるのだ。さすがに通知対象物を使わないとしているものはめったに見かけないが、これも「できる限り使わない」としているものもないわけではない。そして、それらを使用しないことが化学物質による職業性疾病の防止対策だとされているのである。
【コラム】天然・自然のものは無害なのか
話はいささか横道にそれる。「天然・自然のもの」といわれると、頭の中ではそうではないと判ってはいても、なんとなく人工のものよりも有害性が低いように思えてしまうことがある。
しかし、天然・自然のものが安全なら、グラスファイバーやセラミックファイバーよりも石綿の方が安全なはずである。もちろん、そんなことはない。
かつて、バーベキューをしていて、箸がなかったので近くにあった夾竹桃の枝を箸や串代わりに使用して事故となったケースがあった。植物の毒性に詳しい知識があれば、結果がどうなるかは予想がつくが、かなり悲惨な結果となった。
よく学校などで、炭酸の清涼飲料水の中に抜けた歯を漬けておいて、歯が溶けることを示して虫歯の予防には清涼飲料水がよくないと子供たちに説明することがある。確かに砂糖の入った清涼飲料水が歯に良くないことは事実だろうが、健康に良いといわれる酢に歯を漬けておいても同じようなことが起きるだろう。「天然・自然だから安全」などというのは、この実験と同じで科学的な根拠はないのである。
その最大の問題は、規制対象物質の代わりに用いる物質(代替物質)の安全性をどのように確認するのかということである。おそらく、代替物質は規制対象物質ではないのだから、規制対象物と同じようには取り扱わないであろう。
これでは、確かに代替物には法の規制がかかっていないのだから、法違反の問題はなくなるだろうが、代替物による災害発生のおそれがないという保証はどこにもないのである。すなわち、「労働災害防止対策」ではなく「労働安全衛生法対策」なのだ、としかいいようがない。目的を誤っているのである。目的を誤れば、正しい対応などできるわけがない。
2 規制対象物への誤解は何をもたらすか
(1)規制対象物質に関する誤解
特別規則の規制対象物の多くは、工業的に使用されている歴史が長く、有害性がほぼ判明しているものが多い。さらに、多くの先人の経験によって、どのように扱えば安全であるかが明白になっていることも多いのである。すなわち、これらは、特別則に従って取り扱うことにより労働災害のリスクを容認できるレベルまで下げることが可能なものが多いのである。
また、通知対象物については、(一部を除き)日本産業衛生学会やACGIHが、リスクを容認できるレベルまで下げるためのばく露の限界を示しているのである。すなわち、気中濃度をそれ以下の濃度に保つことによって「安全に」使用することができると考えられるのだ。
つまり、これらの物質を使用しないということは、「どのように用いれば安全かが不明瞭な物質」を用いるということになりかねないのである。もちろん、安全性の分からないものでも、有害性があるという前提で使用するのであれば問題はないが、現実にはそのようなことは多くはない。
かつて欧州のRoHS指令で電気電子機器に鉛を使用できなくなったとき、鉛フリーはんだの使用が進んだ。鉛フリーはんだのひとつに銀はんだがある。ある工場で、鉛はんだを銀はんだに変更したとき、それまではんだ付の工程に設置されていた局所排気装置を取り外してしまった例がある。銀は通知対象物ではあるが、特別規則で規制がかかっていないからそのようにしたものであろう。しかし、銀にも有害性はあり、この工場の職業性疾病のリスクは逆に高くなってしまったのである。
レ・ミゼラブルの冒頭近くに、主人公のジャン・バルジャンが泊めてもらった教会から銀の食器を盗むシーンがある。当時、銀の食器を使っていたのは銀には殺菌作用があるからという理由もあった。殺菌作用があるということは弱い毒性があるということだと考えてよい。食器として銀を用いるくらいなら人体には影響はないが、職場ではんだに用いて多量の銀を高温で溶融するとなるとそうはいかないのである。
このようなことを言うと、特別則で規制をかけているものは少なくとも有害性があることは明確なのだから、やはりできるだけ使わない方がよいのではないかという疑問があり得る。しかし、有害性があるかないかは、ばく露する量によるのである。
ニッケルを例にとると、確かにニッケルにはアレルギーを引き起こすなどの有害性がある。だからといって、ニッケルを全く摂取しなければ今度はニッケル欠乏症という疾病にり患するおそれがある(※)。水だって全く摂取しなければ生命にかかわるが、逆に大量に摂取すれば低ナトリウム症になって最悪の場合死亡することもある。
※ もっとも、通常の食生活をしていればニッケル欠乏症になることはまずない。
要するに、世の中のありとあらゆるものは一定の量を超えて摂取したりすれば有害性があるのであり、有害性のあるものは使わない方がよいなどと言い出すと、何も使えないということになりかねないのだ。
ばく露量を一定量以下(濃度を一定の値以下)にすることによって、リスクを容認できるレベルまで下げるという指標があるということは、管理(コントロール)を行うことが可能だということである。そして、そのような指標がなければ管理は、不可能とまではいわないにせよ難しい。なぜ、わざわざ管理が困難な化学物質を選択することが、労働災害防止対策になるのであろうか?
やや専門的な話になるが、職業暴露限界(許容濃度やTLV)がどのように定められるかについて、誤解を恐れず簡略化して説明すると、閾値(これ以下なら健康への影響がないというレベル)のある物質については、ばく露量が閾値以下になるように設定する。つまり、その思想は、リスクをゼロにするということである。また、閾値がない物質については、ユニットリスクという考え方でリスクを十分に低いレベルに設定する。
もちろん、職業暴露限界は動物実験の結果から得られていることが多く、動物と人間の違いや、その他の様々な要因があって、必ずしも常に理論通りのリスクレベルになるというわけではない。しかし、職業暴露限界以下のばく露レベルであれば、ほとんどすべての労働者に健康影響はないと考えて良い。
このため、通知対象物の改正について検討を行った企画検討委員会においても、通知対象物質を増やすとかえって、情報の少ない物質が多量に用いられることとなって危険ではないかという議論はあった。また、行政でもリスクアセスメントのパンフレットなどで「危険有害性の不明な物質に代替することは避けるようにしてください」との啓発を行っているのである。
安全衛生法施行令別表第9等の改正に関する厚生労働省の通達(平成28年3月29日基発0329第5号)にも「追加対象物質は、職業性疾病(慢性)に関して安全に使用するための基準が示されている物質であり、また他の事業者から入手する場合は安全データシートが当該事業者から通知されることになる。そのため、事業場における化学物質管理がより容易となるものであり、行政として、事業者に対して令別表第9以外の物質への代替化を推奨するものではないことに留意すること」とされているが、これは、まさにこの辺の事情について説明しているのである。
(2)化学物質の有害性の分かりにくさ
では、化学物質に関する労働災害防止対策として、どのような対策を採ることが最も望ましいのであろうか。実をいえば、もしかすると読者を混乱させることになるかもしれないが、理論的には、より有害性の低いものに切り替えることが、「本質安全化」として最も望ましいことなのである。
このことは厚生労働省の「化学物質等による危険性又は有害性等の調査等に関する指針」(通達)の10にも明記されている。ただ、この指針の「リスク低減措置の検討及び実施」における各対策の優先順位を、改正前の指針と詳細に見比べてみると、「有害な化学物質の代替化」の優先順位が、改正前には「化学反応プロセスの運転条件の変更、化学物質等の形状の変更等」(※)よりも上位に置かれていたが、改正後の指針では同一の優先順位となっていることがお分かりいただけるだろう。行政においても、代替化をもっとも優先されるべき対策とする考えはとらなくなってきているのである。
※ なお、「化学物質等の形状の変更」とは、例えば、固体を扱う場合に、粉状のものとして扱うのではなく、粒状として扱う方が安全であるなどということを意味している。
ただ、いずれにせよ行政の指針では、「有害な化学物質の代替化」の対策の優先順位はもっとも高いのである。このことは誤解のないようにお願いしたい。そのことは決して間違いではないし、正しいことなのである。
問題は何が有害性の低いものなのかが簡単には分からないということなのである。さらに「有害性に関する情報のないものは有害性が低い」という誤解も存在している。このため、有害性に関する情報の無いものや情報の少ないものを、どのように扱うかの考え方が不明瞭なまま、代替化だけが進むと職場のリスクは増大することになるおそれがあるのだ。
【演習】
(問1)
さて、ここで有害性について、いくつかの問いにお答えいただきたい。まず問1である。表2で、A物質からF物質まで、有害性の高いと思われるものから順位を付けて頂きたい。もし、同一順位だと思われる場合は同じ数値を付けて頂きたい。なお、規制の内容とは、安全衛生法令において、どのような物質として位置づけられているかを意味する。もし、言葉の意味がよく分からなければ、言葉のもつイメージから、感覚的に判断して頂きたい。
もちろん、これだけの情報では順位をつけることは不可能だと思われる方もおられると思う。確かにそれは正しい。しかし、そこはあまり深く考えずに感覚的に順位を付けて、回答欄の問1のところに順位を記入して頂きたい。
A物質 | B物質 | C物質 | D物質 | E物質 | F物質 | ||
---|---|---|---|---|---|---|---|
規 制 の 内 容 |
通知対象物 | ● | ● | ● | ● | ● | |
特化則 | 第2類 | ||||||
特別有機溶剤 | ● | ||||||
有機則 | 第2種 | 第2種 |
問1 | 問2 | 問3 | 問4 | 問5 | |
---|---|---|---|---|---|
A物質 | |||||
B物質 | |||||
C物質 | |||||
D物質 | |||||
E物質 | |||||
F物質 |
(問2)
次に、同じように、次のリンク先にある表3のA物質からF物質まで、GHS分類結果から有害性の高いと思われるものから順位を付けて頂きたい。答えは回答欄の問2にお願いしたい。
表3:問2(GHS分類結果)なお、表2のことは忘れて、表3の記述のみから判断するようにして頂きたい。また、GHS分類結果の意味がお分かりにならない場合は、やはり言葉のもつイメージから判断して頂きたい。なお、GHS分類では数値の小さなものの方が、有害性が強いか又は有害だという証拠が確かであることを意味している。
(問3)
次は、表4の物質の名称から、同じように有害性の高いと思われるものから順位を付けて頂きたい。
なお、問3では、ヒントを出すが、テトラクロロイソフタロニトリルとは、殺菌剤、防かび剤、防汚剤等に用いられる物質である。エタノールとは酒類に入っているエチルアルコールのことであり、トルエンとはシンナーの主成分のひとつである。また、エピクロロヒドリンはエポキシ樹脂、各種溶媒、界面活性剤、安定剤、医薬品原料として用いられる物質である。1,2-ジクロロプロパンは大阪府の印刷業の胆管がん事案の原因物質とされているものである。
表4:問3(物質の名称)(問4)
最後に、表5からAからFの各物質の職業ばく露限界をみて、有害性の高いと思われるものから順位を付けて頂きたい。
表5:問4(職業ばく露限界)(問5)
さて、もうお気づきのこととは思うが、表2から5のAからFの物質は、問1から問5までのすべてについて、それぞれ同じものである。まとめると表6のようになる。そこで、最後に表6の全体をご覧頂いて、同じように有害性の順位を付けて頂きたい。
表6:問5(いくつかの化学物質の有害性の比較表)(解答例)
どうだったろうか。たぶん、順位はそれぞれかなり異なっているのではないかと思う。多くの方の場合は次の表と、ほぼ同じような結論となったのではないだろうか。
表:解答例(これが正しい答えというわけではない)問4と問5は、専門家の方でもない限り、同じ優先順位になったのではないかと思う。確かに、職業暴露限界は数値として表されているので、有害性の大きさの指標として用いるときには便利なものである。ただ、CMR物質(発がん性、変異原性、生殖毒性)は、感作性物質などよりは有害性が高いと考えるべきであり、これにのみ頼って有害性を判断することは正しいことではない。
何が正しい答えなのかはここでは示すことはしない。専門家でも判断は異なるだろうと思うし、「正解」などはないと思った方がよい。
なお、E物質のエピクロロヒドリンは未規制物質でたんなる通知対象物質であるが、ヒトに対する発がん性が確認された物質である。実は、本稿を最初に執筆したときにはE物質としてo-トルイジンを当てていたのである。o-トルイジンもヒトに対する発がん性が確認されており、福井県の化学産業で膀胱がんの原因物質となった物質である。2017年1月1日からは第2類特定化学物質として規制されたのでエピクロロヒドリンに変更した。なお、エピクロロヒドリンは厚生労働省が行った平成18年度のリスク評価事業で「リスクは低い」と評価されている。
(3)結論
さて、本稿でご理解いただきたいことは、「より有害性が低い」といっても、そう簡単に分かるものではないということである。
また、労働安全衛生法の規制内容だけから有害性についての正しい判断はできないということもご理解いただきたい。エピクロロヒドリンは、ひとつの典型的な例である。規制内容から判断すると有害性は低くなるが、職業暴露限界から判断すると逆に高くなる。
一方、テトラクロロイソフタロニトリルは通知対象物ですらない。順位はどの問いにおいても最も低いレベルである。しかし、発がん性、生殖毒性はともに区分2であり、"有害性がない"などと言えるようなものではない。
残念なことに、我が国では「法令遵守」と「社会的責任」を混同するケースが極めて多い。確かに法令遵守は社会的責任を果たすうえで重要ではあるが、それさえしておけばよいというようなものではないのである。
さらにGHS分類結果は、データが豊富なもの(我々の身近にあるものや、歴史の深いもの)は有害性が高いと判断されやすいということである。また、発がん性などについては、GHS分類結果は「有害性の強さ」ではなく、「証拠の確からしさ」なのである。
このため先ほどの例でもエタノールは発がん性、生殖毒性ともに区分1Aとなって、GHS分類結果だけをみると、最も有害な化学物質にみえてしまう。もちろん、実際にはエタノールの有害性はそれほど高くはない。GHS分類結果を有害性の指標として用いる場合のひとつの課題ではある。
なお、1,2-ジクロロプロパンの「規制内容」、「GHS分類結果」や「職業暴露限界」は、胆管がん事案の後に見直されている。見直す前の数値等を用いていれば、また異なる結果が出たであろう。
3 有害性の強さの判断のためのヒント
ただ、これだけではあまりにも無責任なようだから、いくつか有害性の判断についてのヒントを示しておく。ただし、簡単なヒントであるから、あくまでも実際の判断は、自己責任でその物質の有害性を十分に調査した上で行って頂きたい。このヒントを用いた結果について柳川が責任を持つものではない。
- 有機則の有機溶剤については、ほぼ次のように考えて間違いはない。
- 第1種有機溶剤 > 第2種有機溶剤 > 第3種有機溶剤
- 特化則の特定化学物質についても、ほぼ次のように考えて間違いはない。
- 特別管理物質、特別有機溶剤、オーラミン等は、発がん性などの重篤な疾病の原因となる(※)。
※ 2016年9月21日、厚生労働省は特別管理物質であるMOCA(3,3’-ジクロロ-4,4’-ジアミノジフェニルメタン)について、膀胱がんの疑いがあるとして、事業者団体に対して健康障害防止対策について要請を行った。
- 特化物の有害性の強さは、
【第1類物質 > 特定第2類物質 > 管理第2類物質 > 第3類物質】
と考えて良い。
- 特別管理物質、特別有機溶剤、オーラミン等は、発がん性などの重篤な疾病の原因となる(※)。
- 職業暴露限界は、他音条件が同じであれば(同じ種類の有害性であれば)数値の低いものは数値の高いものよりも有害性が高いと判断してもよい。ただし、職業暴露限界はそもそも有害性の強さの指標に用いるべきものではないことには留意していただきたい。
さらに、数値は変更されることがあるし、有害性の情報が少なければ数値が勧告されることもない。数値がないからといって、安全なものというわけではない。また、公表する機関によって数値が異なることも多い。 - GHS分類結果については、数値の低いものは数値の高いものよりも危険だと判断してよい。また、数値の後ろにA、Bなどと記されている場合は、AはBよりも危険だと判断してよい。ただし、繰り返しになるが、数値の小さなものは必ずしも有害性が高いとは限らない。証拠の確からしさを表しているものもあるからである。
- GHS分類結果では、「分類できない」「区分外」「分類対象外」が同じように表現されることに留意する必要がある。「分類対象外」はともかくとして、「分類できない」と「区分外」では意味は全く異なる。「分類できない」というのは情報が不足していて分類できないということであって、安全だということを意味しない。
- 化学物質の有害性の指標として、LD50(半数致死量)、LC50(半数致死濃度)、ED50(半数作用量)、NOAEL(最大無毒性量)、NOEL(最大無影響量)、DENL(推定無影響量)、TDI(1日耐用摂取量)、ADI(1日許容摂取量)、VSD(実質安全量)、PNEC(有害性評価値)などが用いられる。
これらを、職業暴露限界を混同してはならない。これらの指標は、意味・目的が異なるのである。 - 職業暴露限界などとともに、(皮)、(skin)などと記されていた場合は、経皮ばく露の恐れがある。
- 蒸気圧が高いものは低いものよりも危険だと思ってよい。ただし、沸点が高いものは皮膚に着いたとき経皮侵入のおそれが高くなる。
- 固体(粉じん)の場合、同じ物質であれば、粒径が小さいほど危険だと思ってよい。