各種公的機関の発がん性評価の読み方




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管理体制

化学物質のリスクアセスメント手法の一つである厚労省版コントロールバンディングの具体的な使用方法を分かりやすく説明しています。

このマニュアルに従って実施することで、容易に企業内で化学物質のリスクアセスメントが使用できるようになります。

内容の無断流用はお断りします。



1 はじめに

執筆日時:

最終改訂:


(1)SDSの読み方についての事業者の悩み

かつてある事業者の方に、SDSについては何を見ていますかと尋ねたことがある。そのときの答えは、次のようなものであった。

最初に見るのは、「適用法令」です。安衛法関係の特化則と有機則の規制対象物質は使わないようにしています。次に見るのは「取扱い及び保管上の注意」と「ばく露防止及び保護措置」です。

そこで、GHS分類結果は確認していますかと尋ねたところ、「大事だとは聞いていますが、暗号と同じです。何が書いてあるかわかりません」との答えが返ってきた。

その企業は、従業員数としては中堅規模といってよい。業界活動で中心的役割を果たしている老舗で、安全衛生活動にもきわめて熱心であった(※)。それでも、SDSの分類結果を見て、そこから何かを評価・判断するのは難しいということのようであった。

※ だからこそ、このような質問をする機会があったのだが。

もちろん、その企業は我が国において、SDSの活用にもっとも熱心なグループに位置付けられよう。確かに「特化則と有機則の規制対象物質は使わないようにしています」という考え方は、必ずしも好ましいものではないだろう。しかしSDSに記載された「取扱い及び保管上の注意」と「ばく露防止及び保護措置」に従って職場での対策を行っているという事実は、この企業のSDSの活用の熱意の表れである。

わが国の多くの企業の現状は、SDSというものの存在を知らなかったり、知ってはいても読まなければならないという認識を持っていなかったりという企業が多いというのが実態なのである。そして、労働者の過半はそのような企業で働いているというのが現実なのである。


(2)SDSの読み方を知ることの重要性

だからといって、SDSを読もうとしても内容を理解することが難しいという状況も問題ではある。化学物質の有害性に関する情報を、川上企業から川下企業に向かって伝達するシステムを構築しても、その情報が十分に理解できないような状況を放置しておいてよいはずはない。

この点については、安全衛生行政も、WEBサイトやリーフレットなど紙媒体での資料の提供や、無償の研修会の実施を始めとして、様々な努力を行っている。最近、都道府県労働局へ行くと健康主務課の受付などにGHSのシンボル(絵表示)が記載された正12面体のサイコロが飾ってあるのをよく見かける。これは厚生労働省の化学物質対策関連の委託事業を受けた企業が制作したもので、企業において労働衛生教育を行うときに使用することを想定して作成したものである。

厚生労働省の"ラベルでアクション"運動もそのひとつであるが、これからは、SDSやラベルを活用する動きが、徐々に企業内に広まってくることは確実であろう。

ただ、SDSというとGHS区分、ラベルというとGHSシンボルに注目が集まりやすいが、SDSには他にも化学物質管理にとってきわめて重要な情報が含まれている。それらについても理解できることが重要である。

そこで、SDSの各項目について簡単な解説を加えるシリーズとしてこのシリーズを立ち上げてみた。

その第1回となる本稿では、発がん性の評価の見方について取り上げる。


2 SDSに記載される発がん性の評価結果

(1)SDSの記載事項

SDSの11番目の項目は「11.有害性情報」となっている。この中に「発がん性」という項目があるものがある。例えばオーラミンの政府モデルSDSの場合だと次のように書かれている。

【SDSの例】オーラミンの発がん性

ラットの87週間経口投与試験において、投与後4-35週間で92 %が肝臓がんを引き起こし(IARC vol.1,1972;HSDB,2003)、ラットの9ヶ月経口投与試験においても、悪性の肝細胞がんが1500, 2000 mg/kgの濃度において見られた(DFGOT Vol.4, 1992)。また、マウスの52週間経口投与試験においても、対照と比較して高い肝臓がん(オーラミン摂取/対照=7/0)、およびリンパ腫(オーラミン摂取/対照=11/5)が見られた(IARC vol. 1, 1972; DFGOT Vol. 4, 1992; HSDB, 2003)。さらに既存分類において日本産業衛生学会が第2群B、IARCが2B(technical-grade)、EUが3に区分していることから区分2とした。

※ 政府のモデルSDS「オーラミン」より

ちなみにいくつかの略号が用いられているが、以下のような意味である。ただ、一般の事業者はこれらの略号については、IARC以外は、あまり気にする必要はないと思う。

略号 正式名称 日本語訳
IARC The International Agency for Research on Cancer 国際がん研究機関
HSDB Hazardous Substance Data Bank 米国国立医学図書館の化学物質の有害性データベース
GFGOT Deutsche Forschungs Gemeinschaft(DFG)Occupational Toxicants ドイツ研究振興協会(ドイツ学術振興会)の職業毒性データベース

それよりも、この項目の最後の方に書かれている「日本産業衛生学会が第2群B、IARCが2B(technical-grade)、EUが3に区分している」という部分の方が重要である。


(2)発がん性の評価区分の見方

そこで、いくつかの主要な評価機関が行っている発がん性の評価区分の見方について、簡単な解説を行おう。なお、各機関の評価区分を表にしているが、この表の日本文は現役時代に私が担当した「化学物質のリスク評価に係る企画検討会報告書」の107ページ以降を参照し、その後の改正点を反映している。


ア ACGIH(米国労働衛生専門家会議)

米国労働衛生専門家会議の発がん性評価は、以下のようにA1からA5までに分類されている。なお、発がん性の評価は、他の機関でも同じであるが、あくまでも"発がん性の証拠の確からしさ"、ヒトへの発がん性の証拠があるのか、動物実験によっているのかなどで区分しており、発がん性の強さによって区分しているのではないということに留意して頂きたい。

なお、A4とA5の区別が分かりにくいかもしれない。実は、この2つには重要な違いがある。A4はこれまでに分かっている情報からだけでは、発がん性について区分できない(=Not classifiable=従って、あるかもしれないし、ないかもしれない)ということであり、A5は発がん性は(おそらく)ないと考えられる物質である。

すなわち、A5の物質は(おそらく)A3よりも安全であるが、A4の物質はそうではない。もしかするとA1の物質より発がん性があるかもしれないのである。この2つは意味が全く異なることに留意して頂きたい。

記号 意味 日本語訳
A1 Confirmed human carcinogen ヒト発がん性が確認された
A2 Suspected human carcinogen ヒト発がん性が疑われる
A3 Confirmed animal carcinogen with unknown relevance to humans ヒトとの関連が不明な動物発がん性が確認されている
A4 Not classifiable as a human carcinogen ヒト発がん性因子として分類できない
A5 Not suspected as a human carcinogen ヒト発がん性因子として疑えない

イ 日本産業衛生学会

日本産業衛生学会の発がん性評価は、3段階に分かれている。ACGIHのA4やA5に当たる区分はしていない。ACGIHが5段階に分けているところを3段階に"粗く"分けているというわけではない。

日本産業衛生学会の「許容濃度等の勧告(最新年度)」によると、「『第1群』はヒトに対して発がん性があると判断できる物質・要因である。この群に分類される物質・要因は、疫学研究からの十分な証拠がある。『第2群』はヒトに対しておそらく発がん性があると判断できる物質・要因である。『第2群A』に分類されるのは、証拠が比較的十分な物質・要因で、疫学研究からの証拠が限定的であるが、動物実験からの証拠が十分である。『第2群B』に分類されるのは、証拠が比較的十分でない物質・要因、すなわち、疫学研究からの証拠が限定的であり、動物実験からの証拠が十分でない。または、疫学研究からの証拠はないが、動物実験からの証拠が十分な場合である」とされている。

これをまとめたものが次の表である。なお、"疫学研究"という用語がでてきたが、これをごく簡単に説明すれば、物質・要因にばく露されたヒトのグループとばく露されていないヒトのグループのがんの発症率を比較するというものである。もちろん、2つのグループの発症率に、統計的に意味があるだけの差がなければ結論は出せない。

すなわち、第1群はヒトに対する発がん性が確認されたものであり、第2群はヒトに対する発がん性は限定的か又はないが、動物実験等の結果等からヒトに対する発がん性が疑われるものということがいえよう。

ちなみに大阪府の印刷業の企業で胆管癌の原因物質とされた1,2- ジクロロプロパンは、2014年の提案で第1群に位置付けられている。

記号 意味 日本語訳
第1群 人間に対して発がん性があると判断できる物質 疫学研究からの十分な証拠がある
第2群A 証拠が比較的十分 疫学研究からの証拠が限定的であるが、動物実験からの証拠が十分である
第2群B 証拠が比較的十分でない 疫学研究からの証拠が限定的であり、動物実験からの証拠が十分でない。または、疫学研究からの証拠はないが、動物実験からの証拠が十分な場合である

ウ IARC(国際がん研究機関)

国際がん研究機関は、国連のWHOの下部組織である。国際的にも発がん性の評価機関としてはもっとも権威のある機関だと言ってよい。最近、モノグラフ112において、グリホサートをグループ2Aとしたことで専門家からの批判が出ていることも事実ではあるが、積極的に評価する専門家もいる。本稿ではそれについては触れない。

IARCは、かつてはACGIHと同様に5段階に分けていたが、現在は「Agents Classified by the IARC Monographs, Volumes 1–134」にもあるように4段階に分けている。かつてのグループ4(probably not carcinogenic to humans(ヒトに対して恐らく発がん性がない))は、2019年1月にIARCの諮問グループによる改訂で廃止が発表された(※)

※ 一般公衆に誤解があることに留意して、従来のグループ4に該当していたものはグループ3(not classifiable as to its carcinogenicity to humans(ヒトに対して発がん性を分類できない)に統合された。

ここでもグループ3は分類できない(not classifiable)ということであって、発がん性が弱いと言っているわけではないことに留意されたい。グループ3は、原則として、ヒトについて「発がん性の不十分な証拠」があり動物実験で「発がん性の不十分な証拠又は限定的な証拠」がある場合に分類される。なお、廃止されたグループ4は、原則として、「発がん性がないことを示唆する証拠」がある場合に分類されていた。

記号 意味 日本語訳
1 carcinogenic to human ヒト発がん性がある
2A probably carcinogenic to humans おそらくヒト発がん性がある
2B possibly carcinogenic to humans ヒト発がん性の可能性がある
3 not classifiable as to its carcinogenicity to humans ヒト発がん性については分類することができない
4(廃止) probably not carcinogenic to humans おそらくヒト発がん性がない

エ NTP(米国国家毒性プログラム)

米国国家毒性プログラムは、そのような名称の特定の機関があるわけではなく米国のいくつかの機関の省庁横断的なプログラムである。日本産業衛生学会と同様に、"分類できない"や"発がん性はない"という区分を設けていない。

評価した結果は"発癌性物質報告書"(Report on Carcinogens(RoC))という形で定期的に報告されており、第15回報告書が現時点での最終のものである。

K(Known)評価は、「ヒトで十分な証拠がある場合」に分類され、R(RAHC)評価は「ヒトで限定的な証拠がある場合」「動物実験で十分な証拠がある場合」などに分類される。

記号 意味 日本語訳
K Known to be a human carcinogen ヒト発がん性があることが知られている
R Reasonably anticipated to be a human carcinogen 合理的にヒト発がん性があることが予測される

オ EU(REACH)

EUは、発がん性の区分について、基本的にGHSの分類の基準をそのまま用いている。

記号 日本語訳
Category 1(1A) ヒト発がん性が知られている物質
Category 2(1B) ヒト発がん性があるとみなされるべき物質で、十分なデータがある
Category 3(2) ヒト発がん性の懸念がある物質であるが、データが十分ではない

カ EPA(アメリカ環境保護庁)2005年ガイドライン

アメリカ環境保護庁のガイドラインの発がん性の分類は、1986年にはA、B、C、D、Eの5段階となっており、1996年ガイドライン案では記述式の4段階(※)となっていたが、1999年のガイドラインで記述式の5段階となり、2005年のガイドラインで記述が一部変更されたが、5段階分類は踏襲されている。なお、CaH、L、Sなどの記号は、日本国政府において便宜的に付されたものであるが、一般のSDSにおいても用いられる可能性があるので、参考までに記したものである。

※ Known human carcinogens(K)、Likely to produce cancer in humans(L)、Cannot be determined(CBD)、Not likely to be carcinogenic in humans(NL)の4段階である。なお、括弧内のK、L、CBD等の記号は日本国政府において便宜的に付されたものであり、原文にはない。

記号 意味 日本語訳
CaH Carcinogenic to Humans ヒトに発がん性
L Likely to be Carcinogenic to Humans ヒトに発がん性がある可能性がある
S Suggestive Evidence of Carcinogenic Potential 発がん性の可能性を示唆する証拠がある
I Data are Inadequate for an Assessment of Human Carcinogenic Potential ヒト発がん性の可能性の評価にはデータが不十分である
NL Not Likely to be Carcinogenic to Humans ヒト発がん性の可能性はない

(3)発がん性のGHS区分

ア 原則

GHSの発がん性区分は、他の機関の行った発がん性評価や、様々な情報を基に行われる。政府によるモデルSDSの区分は次の方法による。なお「区分外」「分類できない」などは、正確にはGHSの区分ではないが、SDSに表示されることもある。

ここで、厳密に言えば「区分外」は有害性がないということではなく、区分に入れるほどの発がん性の証拠がないということであるが、誤解を恐れずに分かりやすい言葉で表現すれば、「(おそらく)発がん性がないだろう」ということである。一方、「分類できない」というのは、情報がないということであって、「発がん性があるかないか分からない」ということである。つまり、あるかもしれないのである。

ただし、この2つはGHSのシンボルがつかないという意味では、同じように表示されることに留意しなければならない。すなわち、GHSでは「有害性が低い」ということと「有害性が分からない」の2つが等価なのである。

記号 意味 備考
区分1 人に対する発がん性が知られているあるいはおそらく発がん性がある 化学物質の区分1への分類は、疫学的データまたは動物データをもとに行う。個々の化学物質はさらに次のように区別されることもある
区分1A 人に対する発がん性が知られている 主として人での証拠により化学物質をここに分類する
区分1B 人に対しておそらく発がん性がある 主として動物での証拠により化学物質をここに分類する
区分2 人に対する発がん性が疑われる 確実に区分1に分類するには不十分な場合ではあるが、人または動物での調査より得られた証拠をもとに行う。証拠の強さとその他の事項も考慮した上で、人での調査で発がん性の限られた証拠や、または動物試験で発がん性の限ら れた証拠が証拠とされる場合もある。

イ 混合物のGHS区分について

わが国では、通達(平成18年10月20日(最終改正:令和 元 年7月25日)基安化発第1020001号)によって、混合物に添付されるSDSについては、有害性情報などは成分ごとに作成しても安衛法に違反することはないとされている。

しかし、混合物のGHS区分については、判定基準が政府によって次のように定められている。

危険有害性
区分
判定基準 危険有害性情報の伝達要素

(1A及び1B)

1.物質および試験データのある混合物(3.5.2の判定基準を参照)

(a) ヒトに対する発がん性が知られている

(b) ヒトに対しておそらく発がん性がある

2.混合物のデータが入手できない場合、つなぎの原則を適用する(3.6.3.2参照)

3.つなぎの原則が適用されない場合、混合物中の少なくとも一つの成分が区分1に分類され、それが0.1%以上含まれる場合、混合物は区分1に分類される

シンボル GHSシンボル
注意喚起語 危険
危険有害性情報 発がんのおそれ(他の経路からの暴露が有害でないことが決定的に証明されている場合、有害な暴露経路を記載)
2

1.物質および試験データのある混合物(3.6.2の判定基準を参照)ヒトに対する発がん性が疑われる

2.混合物のデータが入手できない場合、つなぎの原則を適用する(3.6.3.2参照)

3.つなぎの原則が適用されない場合、混合物中の少なくとも一つの成分が区分2に分類され、それが下記の濃度で含まれる場合、混合物は区分2に分類される

(a) 0.1%以上(3.6.3.3および表3.6.1 脚注1参照)

(b) 1.0%以上(3.6.3.3および表3.6.1脚注2参照)

シンボル GHSシンボル
注意喚起語 警告
危険有害性情報 発がんのおそれの疑い(他の経路 からの暴露が有害でないことが決 定的に証明されている場合、有害 な暴露経路を記載)

* この規定に沿った表示の実施は所管官庁の判断による。

すなわち、その混合物についてのデータがある場合はそれを用い、それがない場合はつなぎの原則を適用し、つなぎの原則が適用されない場合は一定以上の濃度の成分のうち発がん性区分の高いものによることになる。

つなぎの原則については専門的になるのでここでの説明は省略するが、関心のある方はGHS分類に関する政府の文書を参照して頂きたい。


3 まとめ

(1)発がん性評価をリスクアセスメントに用いる場合の留意点

いままでみてきたように、どの機関でも発がん性について「最も高いレベル」として評価するのは、ヒトに対する発がん性があると信じるに足る証拠が存在している場合だといってよい。ところが、そのように言えるためには、かなりの人数が長期にわたってばく露している必要があるのである。

すなわち、あるグループがある化学物質にばく露しているとしよう。そのグループのがんの発症率が国民全体よりも高かったとしても、その化学物質に発がん性があるとは限らない。そのグループが、国民全体と比較してなんらかの偏り(高齢者が多いとか、食生活について特徴がある地域に集中して居住しているとか)があると、がんの発症率の高さはそのことに影響を受けているためかもしれないからである。

そこで、あるグループと似ているがその物質へのばく露のない別なグループと比較することになる。ところが、ヒトのがんの発症率というのは、化学物質にばく露していなくてもかなり高いので、わずかな発症率の違いがあるだけでは、確実な証拠とは言えないのである。

このため、確実な証拠があると言えるためには、かなりの高濃度でばく露してがんの発症率が極端に高くなるとか、グループの人数がかなり多いなどの条件が必要になるわけである。

ところが、新しい化学物質や、少量しか用いられない化学物質では、多数のヒトに対して長期にわたってばく露するなどということは、事実上あり得ないと言ってよい。そのため、新しい化学物質や少量しか用いられない化学物質は、発がん性評価が最高位になることはほとんどないのである。

一方、ヒトに対するばく露について、長い歴史のある物質だと証拠は得やすくなる。

一例を挙げれば、アルコール飲料がある。この発がん性の評価は、IARCではグループ1だが、これはアルコールの飲用は過去から歴史が長いために有害性が明確になっているからである。そのため、政府のモデルSDSでは、エタノール(エチルアルコール)の発がん性と生殖毒性のGHS区分が1Aとなっている。

大阪府の印刷業者で胆管癌が多発した問題が発覚した後、日本産業衛生学会で問題となった1,2-ジクロロプロパンの発がん性評価をどうするかが問題となった。結果的に第1群となったのだが、第2群Aや第2群Bとすべきとの意見も出たと聞いている。要は、ヒトに対する発がん性があるかどうかの判断はそれほど難しいということである。

ところで、経気道ばく露(吸入ばく露)による健康障害についてのリスクアセスメントは、通常は「許容される(とされている)ばく露量」と「実際のばく露量(の推測値)」を比較して行われることが多い。

そして、「許容される量」をGHS分類結果から推定・評価するタイプのリスクアセスメント手法では、有害性についての知見のない新しい化学物質はリスクが低いという結果が出やすいことになる。

それとは逆に、エチルアルコールのようなものは、発がん性の評価結果をリスクアセスメントに用いると、かなり過大な結果が出ることとなる。このため、筑波大が作成したリスクアセスメントツール「たなご」では、エチルアルコールの発がん性と生殖毒性についての「GHS区分」を"区分外"と修正しているほどである(※)

実際に、例えば洗浄剤にエチルアルコールを使用している場合に、これをメチルアルコールに変更するとかえってリスクが低くなると評価されるなどということがあり得るのである。

※ このツールには当サイトの「ボックスモデル」も組み込まれている。このツールは現時点では一般には公開することは予定されていない。あくまでも大学という場所で、専門家が研究用に化学物質を用いる業務についてのリスクアセスメントツールとして、そのように修正したということである。もちろん、このことは安衛法に違反する行為ではない。

このため、リスクアセスメントを義務付けた結果、有害性の明らかでない新しい化学物質が、リスクが低いという触れ込みで、多量に流通するのではないかと心配する専門家もいるほどなのである。

これは、リスクアセスメントを行う場合には、念頭においておいた方がよい事実である。


(2)発がん性評価についての留意点

繰り返しになるが、発がん性の評価結果を利用するに当たって注意すべきことは、発がん性の強さではなく、証拠の確からしさによって評価されているということである。

がんという疾病は誰でも知っている。そのため発がん性という言葉もなんとなく分かるような気分になるが、IARCなどの機関が公表する発がん性の評価結果が発がん性の強さではなく、証拠の確からしさであることはあまり知られていないようだ。

よく化学物質の有害性について「〇〇〇物質は、国際的な評価機関はアルコールよりも発がん性が低いとしています」などという表現を見かけることがある。これなどは発がん性評価の基準が発がん性の強さであるかのごとくに装ったごまかしであるというべきであろう。

良く知られている発がん性物質には石綿がある。石綿のうち、かつてよく用いられていたものにクリソタイル(白石綿)、クロシドライト(青石綿)、アモサイト(茶石綿)がある。これらはいずれも発がん性があることは確かであるから、発がん性の評価では同じ区分となるが、白石綿よりも青石綿、茶石綿の方が、発がん性の強さはかなり強い。

真に発がん性についてのリスクを知るためには、職業暴露限界がきわめて重要となる。このため、このシリーズの第2回は、職業暴露限界についての解説を行うこととしたい。





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