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化学物質のRAとシナリオ抽出

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一般のリスクアセスメントではシナリオ抽出ができるかどうかがその成否のカギとなります。

化学物質のリスクアセスメントでもそれは変わりませんが、化学物質のリスクアセスメントにおいては、シナリオ抽出の考え方が一般のリスクアセスメントとは大きく異なります。

化学物質のリスクアセスメントのシナリオ抽出について解説します。



1 リスクアセスメントをめぐる誤解

執筆日時:

最終改訂:

労働安全衛生法改正によって、一定の化学物質による労働災害防止のためのリスクアセスメントを義務付けられたのは、2016年6月のことである。ところが、数年を経た現在においてさえ、少なくない事業者の中に、リスクアセスメントという用語について、かなりの誤解があるようだ。

このような誤解をもたらす原因のひとつに、リスクアセスメントという用語が、多くの解説書等で、様々な意味あいで「便利」に使われてしまっていることがある。

たとえば、読者は次の記述はそれぞれ正しいと思われるだろうか、それとも非現実的で過大な記述だと思われるだろうか。

【リスクアセスメントに言及する記述例】

  • 1 化学物質のリスクアセスメントは、爆発・火災や急性中毒、慢性中毒のどのようなタイプの労働災害にも対応できる。
  • 2 化学物質やリスクについて、特に知識がなくても実施できるリスクアセスメントの手法が厚労省のWEBサイトで公開されている。
  • 3 化学プラントで大規模な爆発・火災が発生しているが、これらはリスクアセスメントが不十分だったケースが多い。

また、次の記述はどうだろうか。

【リスクアセスメントに言及する記述例】

  • 4 リスクアセスメントは、予見した労働災害について、その危害の大きさと発生可能性からリスクの大きさを見積もるものである。
  • 5 リスクアセスメントを行うことによって、それをしなければ予測できなかったような労働災害を防止できる。

まずは、4と5は後にして、1から3までについて述べよう。

結論からいえば、1から3までは、いずれも公的な文書に記載されていることである。従って、正しいというべきなのであろう。

1については、労度安全衛生法のリスクアセスメントはすべてのタイプの労働災害について行うべきものとされており、できるということが当然の前提とされている。2は厚労省のパンフレットに、ほぼ同様な記載がされている。3については、最近では大規模災害が発生すると、第三者による事故調査委員会が設置されることが多いが、その報告書には判で押したように同趣旨のことが書かれている。

問題は、1から3の「リスク」は、リスクが存在している設備や材料等、リスクが具体的に現実化するプロセス、調査(アセスメント)の具体的方法や調査に当たって必要となる知識・経験が、全くといってよいほど異なるということなのだ。にもかかわらず、同じ言葉で表現してしまっているので混乱が発生する。

もちろん、抽象的なレベルでは、リスクアとは「ハザード(危害)の大きさと発生確率の積」であるから、同じものだと言って言えなくもない。確かに、リスクアセスメントとは、抽象的には、労働災害の発生という(起こりうる)結果を予見し、そのリスクを見積もって、リスクに応じてその結果を回避するための対応を取るということである。

しかし、現実の労働災害の発生の要因やプロセスは実に多様である。それをすべておなじやり方で予見したり、リスクを見積もったりすることができると考えることは、あまりにもばかげているのだ。この3つのリスクという用語は、リスクアセスメントという観点からみれば、実質的な対象の範囲や実施する内容は、まったく別なものなのである。

にもかかわらず、化学物質のリスクアセスメントに関する少なくない解説書が、そのことを明らかにしないままにリスクアセスメントという言葉を「便利に」使っているため、一般の事業者は混乱をしてしまうのだ。

【この項のまとめ】

  • リスクアセスメントとは、抽象的には、労働災害の発生という(起こりうる)結果を予見し、そのリスクを見積もって、リスクに応じてその結果を回避するための対応を取ることである。しかし、現実の労働災害の発生の要因やプロセスは実に多様である。それをすべておなじやり方で予見したり、リスクを見積もったりすることができると考えることは、ばかげている。
  • ところが、リスクアセスメントに関する多くの解説書は、ここを明確にしていないことから混乱が起きているのである。

混乱を防止するには、リスクアセスメントという用語の意味を明確にして、場合による意味合いを整理しなければならないが、それは後に回そう。混乱はそのままにして、次に、4と5について検討する。


2 そもそもリスクアセスメントとは何なのだろうか

さて、4と5である。もう一度、4と5を示そう。

【リスクアセスメントに言及する記述例】

  • 4 リスクアセスメントは、予見した労働災害について、その危害の大きさと発生可能性からリスクの大きさを見積もるものである。
  • 5 リスクアセスメントを行うことによって、それをしなければ予測できなかったような労働災害を防止できる。

4は、リスクアセスメントとは、リスクの大きさを見積もることだと言っている。5は、リスクアセスメントを行えば、行わなかったときには防止できなかったような労働災害が防止できるのだと言っている。

両方とも正しいとすれば、なにかがおかしくはないだろうか。リスクの大きさを見積もっただけで、なぜ予測できなかった労度災害が防止できるようになるのだろう?

ここで、上記の3をもういちど示そう。

【リスクアセスメントに言及する記述例】

  • 3 化学プラントで大規模な爆発・火災が発生しているが、これらはリスクアセスメントが不十分だったケースが多い。

この記述はリスクセスメントをしていたら、大規模な災害を防止できたはずだということを前提にしている。リスクアセスメントが不十分だったから事故が起きたというのであれば、十分にリスクアセスメントをしていれば事故は防げたということである。すなわち、リスクアセスメントを行えば、発生するかもしれない災害が防止できる「はず」だというのである。

では、そもそもリスクアセスメントとは、具体的には何をすることなのだろうか。

その答えを知るためには、その前にリスクとは何かをまず明確にしておかなければならない。

労働安全衛生法にいうリスクとは「リスクアセスメント指針(※)によれば、「危険性又は有害性によって生ずるおそれのある負傷又は疾病の重篤度及び発生する可能性の度合」とされている。すなわち、多くの解説書に記載されているように

※ 化学物質リスクアセスメント指針によれば、リスクとは、「化学物質等による危険性又は有害性並びに当該化学物質等を取り扱う作業方法、設備等により業務に従事する労働者に危険を及ぼし、又は当該労働者の健康障害を生ずるおそれの程度及び当該危険又は健康障害の程度」とある。役人特有の分かりにくい表現がされているが「健康障害を生ずるおそれの程度」が発生確率のことで、「当該危険又は健康障害の程度」が結果の重大性を表している。

リスクの大きさ = 労働災害の結果の重大性 × その災害が発生する可能性

だということである。

そして、リスクアセスメントとは、言葉通りにとるとすれば、リスクをアセスメントするということである。そして、アセスメントを日本語にすれば、評価、査定、鑑定などの意味である。

ということは、リスクの大きさを評価するのがリスクアセスメントだということになる。しかし、リスクの"大きさ"を評価すると、どうしてその災害が防止できるのか疑問を感じはしないだろうか。

【ここでの疑問点】

リスクアセスメントとは、リスクの大きさを見積もるということなのか。

本稿の目的は、まさにこの問題に答えることにある。

リスクアセスメントは労働安全衛生法で義務付けられるが、具体的に何をしなければならないかは、労働安全衛生法第57条の3には、厚生労働省令に定めると書いてある。そこで労働安全衛生規則の該当部分を見てみよう。

労働安全衛生規則第34条の2の7第2項には、調査(リスクアセスメント)の手法を、以下の①及び②及びそれに準ずる方法(③)に限定している。

【安衛則第34条の2の7のリスクアセスメント手法】

  • ① 調査対象物が当該業務に従事する労働者に危険を及ぼし、又は当該調査対象物により当該労働者の健康障害を生ずるおそれの程度及び当該危険又は健康障害の程度を考慮する方法
  • ② 当該業務に従事する労働者が当該調査対象物にさらされる程度及び当該調査対象物の有害性の程度を考慮する方法
  • ③ ①及び②の方法に準ずる方法

このままでは法文特有の分かりにくい表現であるから、文章を分かりやすくして、リスクアセスメント指針の9の(1)のウの記述で補うと、

【安衛則第34条の2の7のリスクアセスメント手法】

  • ① 化学物質によって発生するおそれのある労働災害の結果の重大性と、その発生の可能性から評価する方法
  • ② 人がばく露してもリスクのほとんどない化学物質の量(気中濃度)と、実際にばく露している量(気中濃度)を比較する方法
  • ③ ある化学物質(又はそれと同等の危険有害性を有する他の物質)が、安全衛生法令で規制されている場合は、その規制を満足する対策をとっていれば、リスクは十分に低いと判断する方法(など)

ということである。

※ ②は、後述するタイプⅡの災害についてのみ対応することが可能な方法である。改正安衛則第34条の2の7第2項では、危険性に係るものは②によってはならないとされているが、有害性に係るものでも急性毒性や慢性毒性のうち経皮ばく露に関するものは②によることはできない。

逆に、有害性のうち慢性毒性に係るものを①の手法で行うことは、(法違反ではないが)あまり現実的ではない。厚生労働省がWEBサイトで公開している厚生労働省版コントロールバンディング中災防方式リスクアセスメントも、実は、考え方としては②の手法なのである。なお、リスクアセスメント指針の9の(1)では、厚労省がWEBサイトに公開しているリスクアセスメント手法は①に位置付けられているが、②に位置付けて考える方が分かりやすいと思う。

すなわち、①はリスクの定義そのまま述べて、それを調べろと言っている。確かに、結果の重大性とその発生の可能性を調べればリスクは判るだろう。これはきわめて分かりやすい言い方だ。もっとも、結果の重大性とその発生の可能性をどのように調べればよいのかと思うかもしれないが、それはとりあえず後回しにしよう。

問題は②と③である。疑問を感じないだろうか。

②は先述したように、有害性のうち慢性毒性に係るリスクアセスメント手法である。そして、慢性毒性による疾病は、許容される量よりも、より多くの化学物質にばく露すれば、罹患する確率(可能性)が高くなる。しかし、より多くばく露すれば疾病の重篤度がより重大になるなどということはない。

では、②の方法で、リスクアセスメント指針に言う「健康障害の程度」はなぜ分かるのだろうか。確かに、この方法では「労働者の健康障害を生ずるおそれの程度」は判断できる(かもしれない)。だが、健康障害の程度は分からない。②の方法で、健康障害の内容が、がんなのか皮膚刺激程度のことなのかが分かるとでもいうのだろうか。それともばく露量が多い被災者の職業がんは、ばく露量の少ない被災者の職業がんよりも重篤だとでもいうのだろうか。もちろん、そんなばかげたことはあり得ない。

さらに、③は危険性と有害性の双方に係るリスクアセスメント手法だが、結果の重大性はおろか、発生の可能性すら考慮する必要はないことにならないか。法律を守っているかどうかで、なぜ「労働者に危険を及ぼし、又は当該労働者の健康障害を生ずるおそれの程度及び当該危険又は健康障害の程度」が分かるのだろうか。

どう考えてもこれはおかしい!!!

などと言っていては、化学物質対策課OBとしては、あまりにも無責任なので、この問題は後回しにせずに、ここで疑問を解いておこう。

このような疑問は、リスクアセスメントの本質は、リスクの大きさを見積もること(だけ)だと考えたことによるのである。

そうではなく、本来は、リスクアセスメントの本質とは、

【リスクアセスメントの本質とは】

対象となる災害の種類に応じて、起こり得る災害発生を想定(予見といってもよい)して、その発生の可能性の程度を検討して対策を立てること

なのである。

安衛則第34条の2の7第2項の、②と③の方法は、災害の種類に応じて、災害発生の可能性の程度を想定する対象となる「シナリオ」を抽出するための手法を示しているのであって、必ずしもリスクの大きさを見積もる(だけの)手法を示しているわけではないのである。ここで、

【シナリオ抽出とは】

どうなれば災害発生が発生し得るかを想定(予見といってもよい)することを、シナリオ抽出と呼ぶ(ことが多い)。ここにシナリオとは災害発生のシナリオである。

なお、②の方法は、許容されるばく露量(職業暴露限界=OEL)を定めるときに、災害の重篤度についても考慮しているので、(結果の重大性を含めた)リスクの大きさを見積もっているという面がまったくないわけではない。

ただ、②と③を一見しただけでは、シナリオ抽出のことには何も触れていないようにみえるかもしれない。しかし、③についていえば、例えば発がん性がある物質について、リスクアセスメントなどするまでもなく特別管理物質と同等の対策をとるというなら、がんの発症というシナリオの発生の可能性は十分に低いと考えて良いと言っているのであって、シナリオ抽出は当然の前提となっていると考えることができる。

また、②については、そもそもシナリオは「慢性中毒の発生」であって、わざわざ抽出するまでもなく判っていることだからである。なお、櫻井先生(※)は、②についてもシナリオ抽出が重要であると指摘しておられるが、私は、櫻井先生がいわれるシナリオ抽出は"結果の発生の可能性の見積もり"の中に位置づけられるべきものと考えている。櫻井先生のいわれるシナリオ抽出が必要ないと考えているわけではない。

※ 櫻井治彦「化学物質のリスクアセスメントにおけるシナリオ設定」(「労働安全衛生研究」Vol.1,No.2,(2008年))

問題は①だが、(シナリオ抽出については触れずに)リスクの見積もりだけをせよといっているようにみえる。しかし、シナリオが分からないのに、結果の重大性やその発生の可能性など分かるはずがない。砲撃で、弾が命中するかどうかを、目標が何かが分からずに検討せよというようなものである。すなわち、シナリオ抽出は当然の前提として書かれていないだけであり、実施しなくてよいというようなものではない。あくまでも、行うべきはシナリオの抽出を行ったうえで、そのシナリオによって発生する災害の"重大性"と"発生の可能性"の程度を評価することなのである。

ところで、シナリオ抽出は、SDSをいくら眺めていても、発生するおそれのある災害の重大性が分かるはずもないし、まして災害発生の可能性が分かることもない。自らの事業場における作業の実態、作業者の知識・経験、安全装置の現状などから、災害発生を想定して、はじめて結果の重大性や発生の可能性の検討が可能になるのである。

だが、その検討には一定のコストが必要になるのである。これについては、次項で詳細な説明を行う。

【この項のまとめ】

危険性による災害や、有害性のうち急性毒性等に関するリスクアセスメントには、シナリオ抽出という作業が必要であり、そのためには一定のコストが必要であること。


3 災害の種類に応じたリスクアセスメント

(1)リスクアセスメントの対象となる災害の分類

化学物質による労働災害は、様々に分類できる。まず、

【化学物質による労働災害】

  • 危険性(爆発・火災等による怪我)
  • 有害性(ばく露による疾病)

という分け方ができるし、このうちの疾病については、

【有害性(ばく露による疾病)】

  • 慢性中毒(日常的なばく露による)
  • 急性中毒(アクシデント性の一時的な漏えいによる)

と再分類できる。さらに、慢性中毒の原因については、

【慢性中毒(日常的なばく露による)】

  • 吸入ばく露(作業空間の気中の化学物質の吸入)
  • 経皮ばく露(皮膚に付着した化学物質の経皮侵入)

に分類できる。

また、別な切り口で、予見することが容易かどうかという観点からは、

【化学物質災害の種類】

  • 比較的予見が容易で、結果がそれほど重大ではないもの
  • 予見が困難で、結果が重大なもの

という分け方もできる。

ここで、冒頭の枠内の1~3をもう一度示そう。

【リスクアセスメントに言及する記述例】

  • 1 化学物質のリスクアセスメントは、爆発・火災や急性中毒、慢性中毒のどのようなタイプの労働災害にも対応できる。
  • 2 化学物質やリスクについて、特に知識がなくても実施できるリスクアセスメントの手法が厚労省のWEBサイトで公開されている。
  • 3 化学プラントで大規模な爆発・火災が発生しているが、これらはリスクアセスメントが不十分だったケースが多い。

この1にいうリスクアセスメントの対象となる災害は、抽象的な意味のきわめて広い概念であり、2は有害性のうち慢性毒性のみを対象としたものなのである。3については、いうまでもなく危険性のうち、「予見が困難で結果が重大なもの」に関するものである。

なお、2の厚生労働省が公表している「簡易なリスクアセスメント」については、吸入ばく露と経皮ばく露の双方に対応できるものであるが、実を言えば、経皮ばく露についてはハザードの判定をしているだけでリスクを判定しているわけではない。すなわち経皮ばく露の発生の可能性の大きさについては無視しているのである。つまり、厳密に言えば、労働安全衛生規則第34条の2の7第2項には適合していないわけである。

つまり、安衛則の記述と厚労省がWEBで公開しているツールの間に若干の齟齬があるほど、リスクアセスメントという概念は混乱しているのである。(もちろん、「厚労省の簡易なリスクアセスメントを行っても、法を遵守したことにはならないのか」などと気に病む必要はない)


(2)リスクアセスメントの対象ごとの対処方法

事業場においては、とりあえず災害のタイプを3つに分けて、それぞれごとに対応方法を分けて考えればよい。なお、この分類は筆者のオリジナルである。

タイプⅠ型災害

危険性にかかる災害(爆発・火災・破裂等)のうち、予見が困難で、結果が重大なもの。

【例】

  • 石油プラントにおける、想定が困難な異常な化学反応による爆発災害
  • 化学工場における、想定が困難な過程で発生した大規模漏えい災害
  • 局所排気装置のダクト内に集積した粉じんの粉じん爆発
タイプⅡ型災害

有害性にかかる災害(疾病)のうち、慢性中毒であって、吸入ばく露に関するもの。

【例】

  • 大阪府の印刷業における胆管癌
タイプⅢ型災害

上記以外の災害

【例】

  • 単純なアクシデントによる急性中毒災害(化学物質の棚から薬品瓶を落とし、破損した瓶から発生した化学物質による急性中毒など)
  • 単純なアクシデントによる爆発・火災による災害(床に堆積していた粉じんによる粉塵災害)
  • 洗浄作業による慢性的な経皮ばく露による皮膚障害

このように分けるのは、そもそもリスクアセスメントのためには、どのような災害が発生しうるかを、まず予測する(シナリオ抽出)必要があるわけだが、その困難の程度に応じて分類しているのである。

この3つのタイプで、それぞれ必要となるリスクアセスメントの手法は全く異なる。ところが、化学物質のリスクアセスメントについて、これをきちんと分類しないまま、解説しようとする解説書が氾濫しており、一般の事業者の理解を混乱させているように思えるのである。

たとえば、ある事業場で「局所排気装置のダクト内に集積した粉じんの粉じん爆発」が発生したと考えよう。起きてしまったものは、今さらどうしようもないが、なぜこのような災害が事前に予測・防止できなかったのか、また、同種の災害の発生を防止するためにはどうすればよいかは考えなければならない。

そこで、事前に実施したリスクアセスメントでなぜ見つけられなかったのかを反省することになる。この事業場では、リスクアセスメントの実施は、現場の管理監督者と労働者が行っていた(リスクアセスメント指針に非適合)が、リスクアセスメントの結果は安全衛生委員会に付議はしていたとしよう。

しかし、このようなやり方では、誰も「局所排気装置のダクト内に粉じんが集積して粉じんの粉じん爆発が起きる」というシナリオに気づかなかったとしても不思議はない。このような災害は、専門知識か経験がなければ、予見できるわけがないのである。

すなわち、タイプⅠについては、最終的な責任者を事業場のトップとし、企画・進行管理者として事業場内の安全衛生担当者を当てるにしても、実際の実施については内外の専門家に任せる必要がある。新たな機械・設備を導入する場合には、そのメーカーの専門家にある程度任せることもあろう。専門家は、様々な(異常な)状況を想定し、その想定の状況によって発生する災害(シナリオ)を抽出して、必要な対策をとることとなる。

労働安全衛生規則第34条の2の7第2項の②や③で対応できるようなものではないのである。

一方、タイプⅡについては、先述したように、実質的にシナリオ抽出の必要がない。というのは、シナリオは「作業環境の気中に存在する化学物質への日常的なばく露」に決まっているからだ。もちろん、発生の可能性を検討するにあたって、労働者の性別や年齢を考慮すべき場合があることはいうまでもない。

リスクは、許容されるばく露量(許容濃度等)と、実際のばく露量(実際の気中濃度)の比較によって、評価することができる。

タイプⅡの災害について、もっとも簡単で確実な方法は、作業環境測定に準じた方法をとることである。管理濃度が定められていなければ、許容濃度やTLV-TWAを管理濃度とみなして評価する。これは実際には、専門の作業環境測定機関又は作業環境測定士が行うことが望ましいだろう。

また、作業環境測定以外にも、個人ばく露量の測定や、生物学的モニタリングなどを用いることも可能である

さらに(シナリオ抽出という、知識やノウハウを要する難しい作業をする必要がないため)、リスクを簡易に評価することができる様々なツールが開発されている。これらを用いると容易にリスクを評価できる。

タイプⅢについては、専門家とともに現場をよく知っている管理監督者や労働者が協力してシナリオの抽出を行う必要がある。考えようによっては、事業者にとって、これが最も難しいリスク評価の対応だということもできる。タイプⅠは専門家に任せてしまえばよい―そうせざるを得ないからだが―という面があるし、タイプⅡは機械的に作業が可能だからだ。

※ 島田行恭「化学物質リスクアセスメントの義務化に備えて」(安衛研ニュースNo. 89 2026年)

ところがタイプⅢのシナリオ抽出は、そう簡単ではない。これについては、結局は経験と知識が必要になるからだ。福井県の化学工場で多発した膀胱がんについて、調査結果では、「作業者は、蒸留有機溶剤で洗うことによりオルト-トルイジンに汚染されたゴム手袋を着用して作業していたことや、製品粉体の乾燥状況の確認作業を保護手袋の着用なく行っていたことなど、経皮ばく露防止対策が不十分な実態が判明」したとされている。現時点ではこれが原因かどうかは判っていないが、汚染されたゴム手袋による経皮ばく露のようなシナリオの抽出を、事前に行うためにはやはり一定の知識は必要である。

※ 厚生労働省が暫定的に取りまとめた「福井県の事業場における膀胱がん発症に係る調査状況等について」(2016年3月)による。なお、最終報告書は労働安全衛生総合研究所「福井県内の化学工場で発生した膀胱がんに関する災害調査」(2016年5月)を参照のこと。

事業者は、一定の危険有害な化学物質を用いるのであれば、労働災害を防止するために一定のコスト(シナリオ抽出のための専門家の利用や関係労働者に対する必要な教育)をかける必要があるということを理解するべきである。

【この項のまとめ】

  • リスクアセスメントの本質は、対象となる災害の種類に応じて、起こり得る災害発生を想定(予見といってもよい)して、その発生の可能性の程度を検討して対策を立てることにある。
  • リスクアセスメントとは、有害性のうち慢性毒性に係るものについては、許容されるばく露量と実際のばく露量を推定または実測し、その比較をすることによって行うものである。
  • その他のものについては、シナリオの抽出をすること(起こり得る災害の発生を想定すること)が必要である。
  • リスクをアセスメントするまでもなく対策をとるのであれば、安衛法と同等な方法をとることにより、安衛法上はリスク評価を行ったこととされる。

ところで、このシナリオ抽出は、リスクアセスメント指針通達はこちらから)でいえば、8の「危険性又は有害性の特定」に含まれるものである。シナリオ抽出の本質については、櫻井先生の「化学物質のリスクアセスメントにおけるシナリオ設定」に分かりやすく記述されているので参照されたい。


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