センサを用いたリスクアセスメント




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計算する人

一定の危険有害な化学物質を職場で用いる場合、労働安全衛生法によってリスクアセスメントが義務付けられています。

しかし、現在に至るも、各職場で有効なリスクアセスメントが行われているとはいい難い状況にあります。

本稿では、確実かつ簡易なリスクアセスメントとしてセンサーを用いる方法を提案しています。




1 はじめに

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最終改訂:


(1)リスクアセスメントの対象となるハザード

2016年6月に改正労働安全衛生法が施行され、通知対象物(いわゆる640物質)について、製造又は取扱う場合にリスクアセスメントを実施することが義務付けられた。リスクアセスメントの対象となる危険性、有害性には以下のものがある。

  • ① 有害性(慢性吸入ばく露)
  • ② 有害性(経皮ばく露)
  • ③ 有害性(急性ばく露)
  • ④ 危険性(爆発、火災及び破裂)

そして、これらのリスクアセスメントの手法は、対象ごとにそれぞれ異なっており、また、②から④はシナリオ抽出が必要となるが、その困難性の度合いによっても、実施する担当者や手法が変えるべきことに留意すべきである。

本稿の対象とするのは、①の有害性(慢性吸入ばく露)を対象とするリスクアセスメントである。本稿では、化学物質センサを用いて行うリスクアセスメントの可能性について、私見をまとめてみた、ぜひ、現場でリスクアセスメントを実施しておられる方や、化学物質のリスクアセスメントに関わっておられる有識者の方、センサの製造メーカの方のなどご批判を仰ぎたい。


(2)慢性吸入ばく露のリスクアセスメントの手法

①の慢性吸入ばく露による労働災害のリスクアセスメントについては、パソコン上で動作する、様々な簡易なリスクアセスメントのツールが開発されている。そして、労働安全衛生法の改正の周知に当たって、これらのツールのひとつが広く紹介されたため、リスクアセスメントについて、このツールを使わなければならないとか、逆にこのツールを使いさえすればそれでよいという誤解が一部に広まっていた。

そればかりか、このようなツールがあれば、前記の①から④のすべての危険性、有害性についてのリスクアセスメントが可能であるかのごとき誤解さえ、一部に広まったのである。

また、そのような誤解まではいかなくとも、少なくとも、慢性吸入ばく露による労働災害のリスクアセスメントは、これらのツールを用いることができるので、他に比較すればそれほど困難ではなさそうに思われていたのである。


(3)簡易なリスクアセスメントツールへの"不評"

ところが、実際に改正法が施行されてみると、これらのツールについて、意外に使い難いという声が聞こえてくるようになった。筆者は、これらのツールに対する"不評"の中には、誤解によるものもかなりあると思っている。あまりにも過大な期待があったために、その"期待"に対応できないための"不評"が、あるようなのだ。

しかし、このようなツールも、その効果と限界を知って使うのであれば、きわめて有効なツールなのである。

ただ、本来、これらは簡易なツールであることから、それほど精度は高くはなく、それだけに頼ってリスクアセスメントを行おうとすれば、過度な対策が求められるなどの面があることは否定できない。


(4)測定による方法

過度な対策を求められるのを避けたいのであれば、正確性の高いリスクアセスメントを行う必要がある。すなわち、実際に気中濃度を測定する手法などが考えられよう。

そのひとつとして、職業暴露限界を管理濃度とみなして作業環境測定に準じる方法が考えられる。しかしこれを実施するには、かなりの費用が発生する。また、①使用量がわずかな場合、②ばく露するおそれのある作業時間がきわめて短いような場合、③ばく露する期間が6か月に満たないような場合についてまで、このような方法を行うことは、あまり現実的とは言えない。

では、検知管で1点のみを測定する方法についてはどうかといえば、作業環境測定に準じた方法ほどではないにしても、検知管を読みとるにはある程度の熟練が必要である。また、気体採取器を準備するなど、一定の手間が必要になることも否めない。

また、これらの測定方法は、サンプリングの時間はごく短時間であり、作業の時間帯によって作業環境中の濃度が大きく変化するような場合には、やはりリスクが正しく評価されない傾向がある。

その問題を解消する手法としては、個人ばく露測定が考えられる。しかし、これについても、一定の費用が発生することは否めない。


(5)化学物質センサによるリスクアセスメントの可能性

これに対して、化学物質の警報機や検知器などのセンサは、デジタル式のものは数値で濃度を表示するし、警報器は一定の濃度に達したときに警報を発するので、熟練は必要なく手間もかからない。また、1日中でも作動しっぱなしにすることも可能なので、作業時間によって気中の濃度が変動する場合にも対応が可能である。

しかも、労働者にとっても気中濃度の危険性が感覚的に把握できるというメリットがある。

センサというと、アクシデント的な漏えいなどの検知・警報に用いられるという印象が強いため、リスクアセスメントには不適という印象を持たれることもある。

しかし、慢性吸入ばく露に関するリスクアセスメントは、必ずしも定量的な測定値が必要なわけではない。たんに"職業暴露限界"よりも作業環境中の気中濃度が低いということが分かればそれでよいのである。

厚生労働省の平成27年9月18日基発0918第3号「化学物質等による危険性又は有害性等の調査等に関する指針について」(以下「指針通達」という)によると、暴露限界よりもばく露濃度の方が低ければ「リスクは許容範囲内であるとみな」してよい(※)とされている。

※ 実際には、測定した値が実際のばく露濃度よりも低い可能性があるため、一定の安全率をとるべきである。

また、A物質、B物質、C物質が気中に存在している場合に、それらの個々の物質の濃度が分かる必要もないのである。センサがそれらの物質について測定が可能であれば、最も感度が低い物質で濃度を判定し、最も職業暴露限界の低い物質の職業暴露限界と比較してさえ、判定された気中濃度の方が低ければ、リスクは低いと判断してよいことになる。

であれば、化学物質センサを用いることにより、測定よりも安価で、簡易ツールを用いるよりもはるかに正確なリスクアセスメントができるのではなかろうか。これができるのであれば、少なくない事業場にとって、より精密で簡易なリスクアセスメントが可能になるのではないかと思われるのである。


2 化学物質センサによるリスクアセスメントの可能性

(1)化学物質センサの小型・高性能化

現在、化学物質センサは、小型・軽量化、高性能化が進んでおり、低価格化も進んでいる。であれば、リスクアセスメントにこの技術を活用することにより、かなり現実的なリスクアセスメントが可能になると考えられる。


(2)化学物質センサの原理

化学物質センサは、可燃性ガス、酸素欠乏ガス、その他の毒性ガスによって検知方法は異なっている。参考までにこれらの検知方法を概説しておこう。

ア 可燃性ガス

① 接触燃焼式センサ

接触燃焼式センサは、白金線のコイルの周辺を、金属酸化物半導体や貴金属触媒で囲んだ形をしている。可燃性ガスの吸着・酸化反応や接触燃焼によって熱が発生すると、熱によって白金線コイルの電気抵抗が変化するので、この電気抵抗の変化によって酸化性ガスの濃度を検出するものである。

② 半導体センサ

半導体センサには、2本の貴金属のコイルを、半導体を焼結した塊で接続してあるCZ式や、白金薄膜のヒーターと電極を有するセラミック基板上に半導体層を形成したAET式がある。いずれも可燃性ガスの吸着による半導体の抵抗の変化によって酸化性ガスの濃度を検出するものである。

イ 酸素欠乏ガス

作業空間中の酸素濃度を測定するセンサは、ガルバニ電池式のものが多い。これは、酸素を透過する膜に接した電解液の中に、2種類の金属を入れてガルバニ電池を構成し、発生する電流によって、膜の外側の酸素濃度を検出するものである。

ウ その他の毒性ガス

① 電気化学センサ

電気化学センサは、対象となる毒性ガスを透過する膜を通して、センサ内部の溶液へ通し、この溶液を電気分解して発生する電流によって、毒性ガスの濃度を検出するものである。

② 気体熱伝導式センサ

これは、毒性ガスの熱伝導率を、直接、測定するセンサである。毒性ガスによって熱伝導率が異なるので、毒性ガスの種類によってスケールを調整する必要がある。このセンサは高濃度の測定にも使用可能である。

③ オルガスタ式センサ

オルガスタ式センサは、カーボンの微粒子と高分子結合剤をセラミクス管に塗布したセンサである。有機溶剤ガスなどによる高分子結合剤の膨潤に伴う電気抵抗の変化を利用する。

④ その他

最近では、赤外分光分析計やガスクロマトグラフに内蔵されている検出器も小型化されて、パソコンとの組み合わせなどによって、作業現場でのセンサとして用いられることがある。


(3)化学物質センサによるリスクアセスメントの課題

化学物質センサを使用する場合に考えられる課題としては、次のようなものが考えられる。

ア 対応できる化学物質の種類の増加

化学物質センサを、吸入ばく露慢性毒性のリスクアセスメントに用いる場合の課題は、対応できる化学物質の種類がどれだけあるかである。

基本的に、(技術的な可能性として)原理的には、かなりの化学物質を対象とすることが可能ではないかと思える。少なくとも(第三種有機溶剤などの混合物は別として)有機溶剤については、ほとんどのものに対応できるであろう。さらに、メタン、エタンなどの可燃性を有するガスについても基本的に対応は可能であろう。その他、個別ガスとして、単純窒息性ガス、一酸化炭素、ハロゲンガスにも応用は可能である。

特殊なものとして、シラン、ジボラン、アルシン、ホスフィンなどの半導体ガスも多くは対応可能であろう。

イ 定量下限、検出限界と職業暴露限界の関係

また、センサをリスクアセスメントに用いるための条件として、定量下限が職業暴露限界よりも低くなければならないことは当然である。ただし、検出限界が職業暴露限界よりも小さいことが分かっていれば、定量下限が職業暴露限界より高くても、リスクアセスメントに使用できないわけではないだろう。

もちろん、定量下限、検出限界ともに一定のバラつきがあることには、十分、注意しなければならない。

【センサの用語】

※ 英語表記はJIS K0211による。

① 定量下限(LOQ=Limit of Quantitation)

定量下限とは、「ある分析方法で分析種の定量が可能な最小量又は最小濃度」のことである。すなわち、その量又は濃度が再現性をもって、数値として量れる最小の量である。どこまで精度が必要かによって、LOQは変わってくる。

② 検出限界(LOD=Limit of Detection)

検出限界とは、読んで字のごとく、検出できる最小の量(濃度)のことである。定量下限よりもはるかに小さい値となる。

ウ その他

また、化学物質センサは、その検知の原理から、なんらかの可燃性ガスや酸欠ガスその他のガスがあるということは分かっても、それが何なのかを見分けることは困難である。そればかりか何のガスがあるのかが、予め分からなければ、その濃度も分からないのである。

予め、気中にどのような化学物質が存在しているかが分かって、はじめてスケールの調整を行うことが可能なのである。そのため、どのような化学物質が存在しているのかはリスクアセスメントを行う側が調べなければならない。

また、複数の同種のガスが存在している場合には、その測定にはかなり困難を伴うことになる。そのような場合には、リスクアセスメントの実施に当たっては、ある程度、安全側で判断せざるを得ないこととなろう。


3 化学物質センサによるリスクアセスメントの可能性

化学物質センサを用いてリスクアセスメントを行うことについて、現時点では、以下のように考えられる。

有機溶剤のみを使用している場合の他、単体(又は少数)の化学物質を使用しており、かつそれらに対応できるセンサが存在している場合には、有害性(かつ吸入慢性ばく露に限られるが)についてのリスクアセスメントを行うことは、現在でも可能であろう。

作業中に、職業暴露限界に設定した警報機が作動しないか、職業暴露限界の気中濃度まで測定が可能なセンサで職業暴露限界を超えるような濃度にならないことを確認できれば(※)、リスクは低いと考えられる。

※ 実務上は、適切な安全率をとるべきである。

また、センサの製造メーカによって、以下のようなセンサの開発が行われることが望まれる。

  • ① (粉じんは別として)できる限り多くの化学物質に対応できるセンサが開発されること。
  • ② 複数の化学物質を製造し、取り扱っている場合に、それらの化学物質のCAS RN®を入力することにより、リスクの判定が可能なセンサを開発すること。

たとえば、あるセンサに使用している化学物質の種類を入力して、それを作業時間中に作業者の衣服に取付けるか、もっとも気中濃度が高いと思われる場所に固定しておくと、1日が終了したときに、リスクを以下のように判定できるものである。

  • A判定:リスクは低い
  • B判定:リスクが高い可能性がある。リスクは高いと想定して対策をとるか、より精密な測定が望まれる。
  • C判定:リスクが高い。ただちにリスクを下げるための対策をとるべきである。
  • D判定:リスクが極めて高い。対策をとるまで、作業を中止するべきである。

このような、簡易リスク判定器が、安価(できれば5万円程度)で販売されれば、多くの化学工業以外の中小規模の事業場において、リスクアセスメントの普及は急速に進むと思うのだが。

リスクアセスメントは労働安全衛生法で義務付けられているのだから、かなりの需要も見込めるであろう。どこかの企業で開発して頂けないものだろうかと思っている。





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