安衛法第66条第2項後段の健康診断は、一般に“配転後の健康診断”などと呼ばれています。
これについて、誰が同条の対象になるのかが分かりにくいという声が多いようです。そこで、本稿では、配転後の健康診断が必要となる業務について解説しています。
- 1 はじめに
- (1)安衛法第66条第2項後段の健診とは
- (2)安衛法第66条第2項後段の対象は
- 2 「有害な業務で政令で定めるもの」とは
- (1)安衛令第22条第2項の基本構造
- (2)条文解釈の難しさ
- 3 企業再編と雇用の継続についての考え方
- (1)一般論
- (2)会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律
- 4 まとめ
1 はじめに
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(1)安衛法第66条第2項後段の健診とは
最近、ある元監督署長で社労士の方から、労働安全衛生法(安衛法)第66条第2項後段の健康診断についてのご質問を受けた。これは一般的な問題でもあり、他にも同健康診断についてご関心やご疑問を有しておられる方もおられよう。また純粋に条文の「解読」についてのご質問だったので、私のWEBサイトの「法令条文解読シリーズ」の第2弾として、これにお答えすることとした。
ご質問の内容は、ある業務がこの健康診断の対象になるかということであった。そこで、本稿では、この健康診断の対象業務について「条文解読」を行うこととする。
安衛法第66条第2項後段の健康診断には、法令や通達での公的な名称はないが、一般には"配転後の健康診断"などと呼ばれることのある健康診断のことである。同条では、「有害な業務で、政令で定めるものに従事させたことのある労働者で、現に使用しているものについて」、「厚生労働省令で定めるところにより、医師による特別の項目についての健康診断を行なわなければならない」と定められている。
ここにいう有害な業務とは「発がん性」などの重篤でかつ慢性型の疾病に罹患するおそれのある業務である。つまり、一定の有害な業務に労働者を従事させた場合には、その労働者を雇用している限り、特殊健康診断を定期に実施しなければならないわけである。
なお、一部に30年間で義務がなくなるという説が流布されているが、これは都市伝説にすぎない。年限の制限はない。
本稿では、配転後の健康診断が必要となる業務について解説する。
なお、この「法令条文解読シリーズ」は、たんに結論だけをお示しするのではなく、読者が自ら法令の条文を「解読」できるようになって頂くことが目的なので、「解読」の経緯や方法を詳細にお示ししていることを予めお断りしておく。
(2)安衛法第66条第2項後段の対象は
本件では、前作とは異なり、対象となる条文がどこにあるかは明らかとなっている。安衛法第66条第2項後段であるが、これによれば、配転後の健康診断の対象者は、次の通りである。
【配転後の健康診断の対象者】
有害な業務で、政令で定めるものに従事させたことのある労働者
そこで、以下、「有害な業務で政令で定めるもの」について調べてゆこう。
2 「有害な業務で政令で定めるもの」とは
(1)安衛令第22条第2項の基本構造
ア 対象となる化学物質
安衛法に「政令で定めるもの」と書かれていれば、その「政令」とはまず間違いなく安全衛生法施行令(安衛令)のことである。他にもあるのではないかと気になる方も居られるかもしれないので、念のために、調べるためのコツをお示ししよう。
このような場合、政令では「法第六十六条第二項後段の政令で定めるものは〇〇〇とする」などと定められていることが多い。そこで、次のようにすれば見つかるのである。
- ① WEBで政府の「法令データ提供システム」にアクセスする。
- ② 「法令検索」で、検索範囲を「全文」とし、対象「政令」のみを選択する。他はとくに変更する必要はない。
- ③ 検索ボックスに「法第六十六条第二項後段」と入力する。
- ④ 検索ボタンをクリックする。
すると、「労働安全衛生法施行令」のみがヒットするので、安衛法第66条第2項後段の「政令」とは、安衛令のことだと"見当をつける"ことができるのである。
次に、
- ① WEBで「法令データ提供システム」で安衛令を表示する(条文を表示する)。
- ② ブラウザの「ページ内の検索」等の機能を用いて「法第六十六条第二項後段」という用語で、①で表示したページ内を検索する。ところがやってみると何もヒットしない。そこで用語を少し短くして「法第六十六条第二項」で検索してみる。すると、(安衛令)第22条第2項がヒットする。
条文をよく見ると「法第六十六条第二項 後段」と「第2項」と「後段」の間に半角のスペースが入っているので「法第六十六条第二項後段」で検索しても何もヒットしなかったのである。
さて、条文をみてみよう。
【安衛法第66第2項後段の政令で定めるもの】
(安衛令第22条第2項)
2 法第六十六条第二項 後段の政令で定める有害な業務は、次の物を製造し、若しくは取り扱う業務(第十一号若しくは第二十二号に掲げる物又は第二十四号に掲げる物で第十一号若しくは第二十二号に係るものを製造する事業場以外の事業場においてこれらの物を取り扱う業務、第十二号若しくは第十六号に掲げる物又は第二十四号に掲げる物で第十二号若しくは第十六号に係るものを鉱石から製造する事業場以外の事業場においてこれらの物を取り扱う業務及び第九号の二、第十三号の二、第十四号の二、第十五号の二から第十五号の四まで、第十六号の二若しくは第二十二号の二に掲げる物又は第二十四号に掲げる物で第九号の二、第十三号の二、第十四号の二、第十五号の二から第十五号の四まで、第十六号の二若しくは第二十二号の二に係るものを製造し、又は取り扱う業務で厚生労働省令で定めるものを除く。)又は石綿等の製造若しくは取扱いに伴い石綿の粉じんを発散する場所における業務とする。
一 ベンジジン及びその塩
一の二 ビス(クロロメチル)エーテル
二 ベータ―ナフチルアミン及びその塩
三 ジクロルベンジジン及びその塩
四 アルフア―ナフチルアミン及びその塩
五 オルト―トリジン及びその塩
六 ジアニシジン及びその塩
七 ベリリウム及びその化合物
八 ベンゾトリクロリド
九 インジウム化合物
九の二 エチルベンゼン
九の三 エチレンイミン
十 塩化ビニル
十一 オーラミン
十一の二 オルト―トルイジン
十二 クロム酸及びその塩
十三 クロロメチルメチルエーテル
十三の二 コバルト及びその無機化合物
十四 コールタール
十四の二 酸化プロピレン
十五 三・三´―ジクロロ―四・四´―ジアミノジフエニルメタン
十五の二 一・二―ジクロロプロパン
十五の三 ジクロロメタン(別名二塩化メチレン)
十五の四 ジメチル―二・二―ジクロロビニルホスフェイト(別名DDVP)
十五の五 一・一―ジメチルヒドラジン
十六 重クロム酸及びその塩
十六の二 ナフタレン
十七 ニツケル化合物(次号に掲げる物を除き、粉状の物に限る。)
十八 ニツケルカルボニル
十九 パラ―ジメチルアミノアゾベンゼン
十九の二 砒素及びその化合物(アルシン及び砒化ガリウムを除く。)
二十 ベータ―プロピオラクトン
二十一 ベンゼン
二十二 マゼンタ
二十二の二 リフラクトリーセラミックファイバー
二十三 第一号から第七号までに掲げる物をその重量の一パーセントを超えて含有し、又は第八号に掲げる物をその重量の〇・五パーセントを超えて含有する製剤その他の物(合金にあつては、ベリリウムをその重量の三パーセントを超えて含有するものに限る。)
二十四 第九号から第二十二号の二までに掲げる物を含有する製剤その他の物で、厚生労働省令で定めるもの
やや、分かりにくいが、このような場合は括弧書きを外してみると分かりやすい。
【安衛法第66第2項後段の政令で定めるもの】(例外を除く)
(安衛令第22条第2項)
2 法第六十六条第二項 後段の政令で定める有害な業務は、次の物を製造し、若しくは取り扱う業務又は石綿等の製造若しくは取扱いに伴い石綿の粉じんを発散する場所における業務とする。
一 ベンジジン及びその塩
(中略)
二十二の二 リフラクトリーセラミックファイバー
二十三 第一号から第七号までに掲げる物をその重量の一パーセントを超えて含有し、又は第八号に掲げる物をその重量の〇・五パーセントを超えて含有する製剤その他の物(合金にあつては、ベリリウムをその重量の三パーセントを超えて含有するものに限る。)
二十四 第九号から第二十二号の二までに掲げる物を含有する製剤その他の物で、厚生労働省令で定めるもの
となる。すなわち、ここに掲げられている化学物質等を製造し又は取り扱う業務が原則として該当するわけである。ただし、石綿だけは、その労働者自身は製造したり、取り扱ったりしていなくても、製造し又は取り扱っていて粉じんを発散する場所で働いていたことがあれば(※)該当するわけである。
※ もちろん、現在では、石綿の製造は禁止されているが、取り扱うことまで禁止されているわけではない。しかし、現実には、自ら石綿を取扱っていないにもかかわらず、粉じんが発生する場所で作業を行っているなどということは考えられないので、これはあくまでも過去の作業のことである。
イ 適用除外の対象となる業務
次に、さきほど取り除いたカッコ内の例外規定を見てみよう。例外規定は、次のようになっている。
【安衛令第22条の例外規定】
第十一号若しくは第二十二号に掲げる物又は第二十四号に掲げる物で第十一号若しくは第二十二号に係るものを製造する事業場以外の事業場においてこれらの物を取り扱う業務、第十二号若しくは第十六号に掲げる物又は第二十四号に掲げる物で第十二号若しくは第十六号に係るものを鉱石から製造する事業場以外の事業場においてこれらの物を取り扱う業務及び第九号の二、第十三号の二、第十四号の二、第十五号の二から第十五号の四まで、第十六号の二若しくは第二十二号の二に掲げる物又は第二十四号に掲げる物で第九号の二、第十三号の二、第十四号の二、第十五号の二から第十五号の四まで、第十六号の二若しくは第二十二号の二に係るものを製造し、又は取り扱う業務で厚生労働省令で定めるものを除く。
このままでは、分かりにくいので図に表してみよう。これを分解して図示すると図2-1のようになる。
ここで、ハの右側のボックスの中にある「で厚生労働省令で定めるもの」という記述は、全体の右側のボックスにある「を除く。」の前に付けるべきではないかとの疑問があり得ると思う。それについては後述する。
これだけではまだ分かりにくいので、さらに図解してみよう。イについてみると図2-2のようになる。
それでは、図2-1を分かりやすくするために、具体的な物質名を挿入してみよう。
すなわち、オーラミン若しくはマゼンタ及びこれらを含有する製剤その他の物については、製造事業場についてのみ適用があることが、ここまでで分かるであろう。実を言えば、安衛法令の体系の中においては、オーラミン等については、製造業務以外での取扱いには規制がかかっていないのである。言葉を変えると、自ら製造はせず、他の企業から購入したものを取扱っているだけであれば、規制対象にはならないのである。
また、「クロム酸及びその塩」若しくは「重クロム酸及びその塩」及びこれらを含有する製剤その他の物については、鉱石から製造する事業場についてのみ適用があることが分かる。
一方、エチルベンゼン、「コバルト及びその無機化合物」、酸化プロピレン、一・二―ジクロロプロパン、ジクロロメタン(別名二塩化メチレン)、ジメチル―二・二―ジクロロビニルホスフェイト(別名DDVP)、ナフタレン若しくはリフラクトリーセラミックファイバーについては、製造する事業場とそれ以外の事業場とで区別はせず、厚生労働省令で定めるものを適用除外としている。
次に、図2-3の左側の3つの枠について「厚生労働省令で定めるもの」が何かを調べてみよう。この「厚生労働省令で定めるもの」という記述は、図2-2を見れば分かるように「第24号」にある。そこでこれが何かを探すには、さきほどと同じように
- ① 政府の「法令データ提供システム」をブラウザで表示する。
- ② 法令検索で、検索範囲を「全文」とし、検索対象は「府省令」のみを選択する。他はとくに変更する必要はない。
- ③ 検索ボックスに「令第二十二条第二項第二十四号」を入力して検索ボタンをクリックする。
すると、この場合は「特定化学物質障害予防規則」のみがヒットする。
そこで、特定化学物質障害予防規則(特化則)を表示して、ブラウザのページ内検索の機能を用いて「令第二十二条第二項第二十四号」で検索すると、第39条4項がヒットして、「令第二十二条第二項第二十四号の厚生労働省令で定める物は、別表第五に掲げる物とする」と書かれているのである。
ここで安衛令第22条第2項第24号は「厚生労働省令で定めるもの」となっており、特化則第39条第4項では「厚生労働省令で定める物」となっているが、これは法令用語のルールに従ったためであり間違いではない。
そこで、特化則の別表第5をみると、それぞれの物質ごとに濃度の裾切り値が記載されている。
図2-3 の項目 |
特化則 別表第5の号 |
対象物 | 省令で定めるもの |
---|---|---|---|
イ | 3 | オーラミンを含有する製剤その他の物 | 重量の一パーセント以下のものを除く。 |
15 | マゼンタを含有する製剤その他の物 | 重量の一パーセント以下のものを除く。 | |
ロ | 4 | クロム酸又はその塩を含有する製剤その他の物 | 重量の一パーセント以下のものを除く。 |
8 | 重クロム酸又はその塩を含有する製剤その他の物 | 重量の一パーセント以下のものを除く。 | |
ハ | 1の2 | エチルベンゼンを含有する製剤その他の物 | 重量の一パーセント以下のものを除く。 |
5の2 | コバルト及びその無機化合物を含有する製剤その他の物 | 重量の一パーセント以下のものを除く。 | |
6の2 | 酸化プロピレンを含有する製剤その他の物 | 重量の一パーセント以下のものを除く。 | |
7の2 | 一・二―ジクロロプロパンを含有する製剤その他の物 | 重量の一パーセント以下のものを除く。 | |
7の3 | ジクロロメタン(別名二塩化メチレン)を含有する製剤その他の物 | 重量の一パーセント以下のものを除く。 | |
7の4 | ジメチル―二・二―ジクロロビニルホスフェイト(別名DDVP)を含有する製剤その他の物 | 重量の一パーセント以下のものを除く。 | |
8の2 | ナフタレンを含有する製剤その他の物 | 重量の一パーセント以下のものを除く。 | |
16 | リフラクトリーセラミックファイバーを含有する製剤その他の物 | 重量の一パーセント以下のものを除く。 |
そこで、これを図2-3に当てはめると図2-4のようになる。
ウ エチルベンゼンなどに関する適用除外となる業務
最後に、図2-4のハについて適用除外としている「厚生労働省令で定めるもの」についてみてみよう。
この「厚生労働省令で定めるもの」という記述は「安衛令第二十二条第二項」にある。そこで、ブラウザで法令データ提供システムの特定化学物質障害予防規則を表示させて「令第二十二条第二項」という言葉でページ内検索をかけると、第39条第6項がヒットして次のように書かれている。
【特定化学物質障害予防規則】
(健康診断の実施)
第39条(第1項~第5項 略)
6 令第二十二条第二項の厚生労働省令で定めるものは、次に掲げる業務とする。
一 第二条の二各号に掲げる業務
二 第二条の二第一号イに掲げる業務(ジクロロメタン(これをその重量の一パーセントを超えて含有する製剤その他の物を含む。)を製造し、又は取り扱う業務のうち、屋内作業場等において行う洗浄又は払拭の業務を除く。)
三 第三十八条の八において準用する有機則第三条第一項の場合における同項の業務
ここで、第1号の「第二条の二各号に掲げる業務」は特化則の適用除外について定めた条文である。そもそも特化則の健康診断の項目も第2条の2によって適用されないのであるから、当然の規定である。
また、第2号は第1号に含まれると思われるが・・・何のために規定しているのだろうか?
なお、第3号は健康診断とは無関係の規定であり、今回は気にする必要はない。
(2)条文解釈の難しさ
ここで、先述した疑問点について解説しておこう。図3-1についてであるが、ハの右側の枠の中の「厚生労働省令で定めるもの」について、本稿のこの図ではハについてのみ適用があるとしている。しかし、実を言えば、この条文を普通に読めば、イ、ロ及びハのすべてについて適用があると読む方が自然なのである。
それを、ハについてだけ適用があるとしたのは、私が「オーラミン等については特化則の規定は製造についてのみ規制がかかり、クロム酸等については鉱石から製造する事業場についてのみ規制がかかる」ということを知っているので、イやロで規制がかかっていない業務に、さらに「厚生労働省令で定めるもの」について適用除外がかかるわけがないので、この解釈しかあり得ないと分かるからである。
しかし、法律の条文としては、間違いではないのだが、一般の方が読む場合には、誤解されてもしかたのない文章だろうなとは思う。
このような例は、実を言えば、安衛法令中に、他にもいくつか挙げることができる。例えば、安衛法に次のような条文がある。
【労働安全衛生法】
(作業主任者)
第14条 事業者は、高圧室内作業その他の労働災害を防止するための管理を必要とする作業で、政令で定めるものについては、都道府県労働局長の免許を受けた者又は都道府県労働局長の登録を受けた者が行う技能講習を修了した者のうちから、厚生労働省令で定めるところにより、当該作業の区分に応じて、作業主任者を選任し、その者に当該作業に従事する労働者の指揮その他の厚生労働省令で定める事項を行わせなければならない。
法律の条文を読み慣れていれば、それほど難しいものではないかもしれないが、全体としても文章が長く、修飾語が多く、「厚生労働省令で定める」が2か所も現れるなどかなり分かりにくい文章である。
ここでは、とくに、次の部分の問題について指摘したい。労働安全衛生制度についての知識があれば、免許制度や技能講習の制度についてはよく分かっているので、迷うようなことはない条文であろう。
しかし、普段から安衛法の制度・体系について慣れていないと、間違えやすい文章なのである。
都道府県労働局長の免許を受けた者又は都道府県労働局長の登録を受けた者が行う技能講習を修了した者
この文章は、論理的には以下の2通りの解釈が可能なのである。
もちろん、都道府県労働局長の免許を受けた者は技能講習を実施してはいないので、解釈2の方が正しいのである。仮に解釈1の意味だとすると、条文は次のようになっていなければならないのである。
都道府県労働局長の免許又は登録を受けた者が行う技能講習を修了した者
しかし、これは制度の内容を知らず法条文に慣れていなければ、「者」という文字が3か所に出てくるのでどちらとも理解できてしまうのである。
さらに本稿が問題にしている安衛令第22条第2項の括弧書きの中は、「業務」という文字が3か所に出てきて、しかも最後の「厚生労働省令で定めるもの」に業務の文字がないので、普通に解釈すれば間違えてもやむを得ない文章であるといえよう。
しかしながら、この条文は法令としては正しいのである。これは、例えば次のようにした方がよほど分かりやすいかもしれない。しかし、このような文章では厳密さが失われてしまい、また法令策定のルールにも合致しないので、このような条文にすることは許されないのである。
【労働安全衛生法を分かりやすくしようとすると】
(作業主任者)
第14条 高圧室内作業その他の労働災害を防止するための管理を必要とする作業(具体的には政令で定める)については、事業者は、以下に定める事項を行わなければならない。
一 以下のいずれかの者のうちから、それぞれの作業の区分に応じて、作業主任者を選任すること
イ 都道府県労働局長の免許を受けた者
ロ 都道府県労働局長の登録を受けた者が行う技能講習を修了した者
二 前号の作業主任者に、作業に従事する労働者の指揮その他の必要な事項を行わせること
2 前項の作業、必要な資格などの必要な事項は厚生労働省令で定める。
法律の条文については、結局は、習うより慣れろである。本稿が行ったような図示をしたりすることは、現実の日常業務においては、労力を考えると難しいであろうが、条文に慣れ親しんでいると、頭の中で図解のようなことができるようになるし、また、それほど無理なく理解できるようになるのである。
3 企業再編と雇用の継続についての考え方
(1)一般論
さて、安衛法第66条第2項後段では、「現に使用しているもの」という用語が出てくる。この「現に使用しているもの」と企業再編の関係について付言しておく。
商法から会社法が独立し、会社法の下ではM&Aがかなり自由にできるようになった。会社法には、企業再編について新設合併、吸収合併、新設分割、吸収分割、株式交換、株式移転など様々な制度が規定されている。そして、このような場合に労働者を使用する法人が変更されることがある。このようなことが行われると「現に使用する」とはいえなくなるのであろうか。
なお、新設合併は現実には行われることはないといってよい。というのは、吸収合併にしておけば、少なくとも法人のひとつは存続するので、債権者との関係はそのまま維持されるし、またその会社の不動産の移転登記も必要なくなる(※)など、手続きが容易になるからである。
※ 移転登記すると、登録免許税が高額になるのである。
また、株式交換については新たに会社ができるわけではないので、労働者を使用する法人に変化が生じることはない。
従って、実務上問題となるのは、吸収合併の消滅会社、新設分割、吸収分割の場合である。そして、これについて、会社法750条1項、759条1項等では存続会社などは消滅会社などの権利義務関係を包括的に承継することとされている。
(2)会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律
雇用契約に関しては平成12年に会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律(労働契約承継法)が成立している。この法律は、会社分割が行われる場合における労働契約の承継等について定めている。合併や事業譲渡についての適用はない(同法第1条。なお、Q&AのQ3を参照)。
これによれば、分割契約等に承継会社等が承継する旨の定めがあるものは、(原則として)当該分割契約等に係る分割の効力が生じた日に、当該承継会社等に承継されるものとするとされており、他には労働者の異議申し立ての制度等が規定されている。
一方、労働契約法第16条は解雇について一定の無効となる条件を定めており、政府のQ&Aでも「分割会社又は承継会社等は、会社の分割のみを理由とする解雇を行ってはなりません」としている。
さらに、平成28年には「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針」(事業譲渡・合併時の労働者保護手続に関する指針)が策定されている。
この指針の中では「合併における権利義務の承継の性質は、いわゆる包括承継であるため、合併により消滅する会社等との間で締結している労働者の労働契約は、合併後存続する会社等又は合併により設立される会社等に包括的に承継されるものであること。このため、労働契約の内容である労働条件についても、そのまま維持されるものであること」とされている。
すなわち、これらの指針やQ&Aは、会社再編によって「現に使用している」という要件が外れるものではないということを当然の前提としていると考えられるのである。
従って、企業再編を行って、労働者を使用する法人が変わったとしても、「現に使用している」ことに変わりはないので、安衛法第66条第2項の条件に該当すれば、企業再編後も配転後の健康診断を実施しなければならないことになろう。
4 まとめ
本稿は、前稿の特別有機溶剤とは異なり、比較的単純なケースではあるが、条文に慣れていないと、かなり解釈に迷いやすいものである。しかし、整理してみるとそれほど難しいものではないことが分かるであろう。
繰り返しになるが、条文は習うより慣れろである。法令について疑問があるたびに、解説ではなく条文を見るようにしていると、徐々にこのような図式化をしなくても、この程度の条文であれば意味が分かるようになる。すなわち慣れてくるものなのである。
法令には、二重否定、例外規定などが普通に用いられており、かつ例外の例外など複雑に入り組んでいることが普通である。さらに準用や下級法令への権限の移譲などがあり、ひとつの条文を見ただけでは意味が分からないことも多い。
しかし、法令というものはビジネス文書ではない。分かりにくいと言っていても始まらないのである。普段から法令の条文に慣れ親しんでおくことが重要になろう。また、本稿が、その際の読者諸氏の法令解釈の一助になれば幸いである。