労働衛生コンサルタント試験 2020年 労働衛生一般 問07

酸欠・硫化水素中毒




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合格

 このページは、2020年の労働安全衛生コンサルタント試験の「労働衛生一般」問題の解説と解答例を示しています。

 解説文中の法令の名称等は、適宜、略語を用いています。また、引用している法令は、読みやすくするために漢数字を算用数字に変更するなどの修正を行い、フリガナ、傍点等は削除しました。

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2020年度(令和2年度) 問07 難易度 酸欠・硫化水素中毒に関するごく初歩的な基本問題である。確実に正答できなければならない。
酸欠・硫化水素中毒

問07 酸欠・硫化水素中毒とその予防に関する次の記述のうち、適切でないものはどれか。

(1)0.3 ppm の濃度の硫化水素には、卵の腐ったような独特の臭気がある。

(2)100 ppm の濃度の硫化水素にばく露すると、肺から吸収された後の酸化による無毒化が間に合わず、脳神経細胞に直接作用し、呼吸麻痺を引き起こす。

(3)無酸素の空気を1回でも吸入すると死の危険がある。

(4)空気中の酸素濃度が 17 %の場合、自覚症状は現れないことが多いが、当該場所の換気を行う必要がある。

(5)酸素欠乏症による災害が発生した場合は、自己の安全を確保してから、直ちに傷病者を救出する。

正答(2)

【解説】

(1)適切である。政府の「モデルSDS(硫化水素)」によれば、硫化水素の臭気は「特徴的な臭気(腐敗した卵)」とされている。また、日本産業衛生学会の「許容濃度の提案(硫化水素)」によれば、「文献値の幾何平均値として得られた嗅覚閾値は0.0081 ppmと評価されている。ただし、100ppm で嗅覚疲労が起こり、150ppm で嗅神経麻痺が起こる」とされている(※)

※ 日本産業衛生学会「許容濃度の提案 硫化水素」(産衛誌 43巻2001年)

すなわち、硫化水素は、濃度が低すぎても高すぎても臭気を感じなくなるが、0.3 ppm 程度の濃度の硫化水素には、卵の腐ったような独特の臭気がある。

なお、硫化水素の濃度と臭気を分かりやすく表したものとして、時事通信社の時事メディカル「硫化水素中毒のメカニズムと対応方法」に以下の表がある。

●硫化水素中毒の症状
硫化水素濃度 症状
0.05~0.1ppm 独特の臭気(腐敗卵臭)を感じる
50~150ppm 嗅覚脱出が起こり、独特の臭気を感じなくなる
150~300ppm 流涙、結膜炎、角膜混濁、鼻炎、気管支炎、肺水腫
500ppm以上 意識低下、死亡

(2)適切ではない。硫化水素が吸入されると、約80%が解離して硫化水素イオンになるといわれる。Khan AA et al.(※)によると、これが細胞内のミトコンドリア呼吸に必要なシトクロムcオキシダーゼを阻害して、肺機能が低下して呼吸困難に陥るとされている。これには異論がないわけではないが、いずれにせよ「肺から吸収された後の酸化による無毒化が間に合わず、脳神経細胞に直接作用し、呼吸麻痺を引き起こす」わけではない。

※ Khan AA et al.「Effects of hydrogen sulfide exposure on lung mitochondrial respiratory chain enzymes in rats」(Toxicol. Appl. Pharmacol.1990年)

なお、100ppm程度の短時間のばく露では呼吸麻痺を引き起こすことはほとんどないと思われるが、濃度が100ppmを超える状態で連続ばく露すれば、気管支炎、肺炎、肺水腫による窒息が生じて死亡することがある。

(3)適切である。ほとんど無酸素状態の空気を吸入すると、肺胞毛細血管中の酸素濃度より肺胞内の酸素濃度の方が低くなる。こうなると、肺胞のガス交換が不可能になる。このため、酸素濃度の低い空気は一呼吸するだけでもきわめて危険である。無酸素の空気を1回でも吸入すると死の危険がある。

(4)適切である。もし、厚生労働省の現役時代に、誰かが「空気中の酸素濃度が 17 %の場合、自覚症状は現れないことが多い」などと一般向けの文書に書いたら、ただちに「不適切だ(表現が好ましくない)」と指摘したと思う。厚生労働省のパンフレット「なくそう酸素欠乏症・硫化水素中毒」には、18%が安全の限界とされ、16%が「頭痛、吐き気」となっている。17%についての言及はない。

規制をかけるときは、どうしても安全を見るため、その規制値をわずかに下回ったからと言って、ただちに健康影響が現れることがないのが普通である。ただ、探してみたが、「空気中の酸素濃度が 17 %の場合、自覚症状は現れないことが多い」と書かれている論文などは見つからなかった。たぶん、そのようなことを書くことは「不適切」だと、誰もが思っているに違いない。

ただ、間違っているかといわれるとそうともいえないだろう(※)。本肢は「適切」だということにしておく。

※ 例えば、金沢工業大学 露本研究室のサイトに「火事などの現場では(中略)酸素濃度は17%以上あり、これは人が何とか生きていける酸素濃度である」などと書かれている。個人差があるので、17%でも安全などとは思わない方がよいが、火災現場で17%の場所を通って逃げなければ間違いなく死ぬという状況になったときは、迷わず逃げることをお勧めする。

なお、酸欠則第5条の規定により、当該場所の換気を行う必要があることは正しい。たぶん、出題者はこちらの方を主眼にしていたのだろう。

【酸素欠乏症等防止規則】

(換気)

第5条 事業者は、酸素欠乏危険作業に労働者を従事させる場合は、当該作業を行う場所の空気中の酸素の濃度を十八パーセント以上(第二種酸素欠乏危険作業に係る場所にあつては、空気中の酸素の濃度を十八パーセント以上、かつ、硫化水素の濃度を百万分の十以下)に保つように換気しなければならない。ただし、爆発、酸化等を防止するため換気することができない場合又は作業の性質上換気することが著しく困難な場合は、この限りでない。

 (略)

(5)適切である。当然のことである。災害の被災者の救出作業に当たるときに、自己の安全を確保しなければ、被災者を助けるどころか自らが救助を要する状況に陥ってしまい、かえって傷病者の救出活動を阻害するだけである。

2020年11月25日執筆