杉田氏を擁護する八幡教授


杉田水脈議員による新潮45のヘイト文章について、徳島文理大学八幡教授が擁護しています。

八幡教授の擁護論は、ヘイトを肯定しているばかりか、虚偽の内容に満ちています。

八幡教授の主張の問題点を、論理的かつ徹底的に批判します。




1 杉田議員擁護派の主張

執筆日時:

最終修正:

筆者:柳川


(1)我が国言論界の健全さと危うさ

ア 言論界の健全さ

杉田議員による新潮45のLGBT差別寄稿について、一般の検索サイトで検索してみると、ヒットする署名付きのコンテンツは、ほぼ8~9割が杉田議員への批判である。我が国の言論界はまだまだ健全だということであろう。

もちろん、擁護派も1~2割はいるが、これもある意味では民主主義国家の健全さの表れと言えるかもしれない。しかしながら、ことが人権に関することであれば、このような擁護派の論点を放置するべきではない。批判すべきは批判することが重要であると考える。

本稿では、杉田議員を擁護する理論に対して論理的かつ事実に即して批判をしてゆく。

イ 自由と民主主義と人権が危機に瀕している

なお、杉田議員のヘイトに対するユーチューブやTwitterなどのSNSの記事となると、批判派と擁護派が拮抗しているように見える。ネットの中でも、比較的簡単に匿名で発言できる部分では、ヘイトや差別発言が横行しているのである。我が国の自由と民主主義と健全な未来のためにも、これらの擁護派の存在を軽視するべきではないだろう。

しかも、政権与党の自民党は杉田議員の発言について、内容が間違っているとは言っていない。むしろ自民党の二階幹事長は「右から左まで各方面の人が集まって自民党は成り立っている。そういう発言だと理解したい」とし、自民党の中の多様性のひとつとして容認すると明言しておられるのである。

杉田議員もこれは同様である。謝罪もしていなければ、内容が誤っていると認めてもいない。

政権与党の比例名簿上位で当選した議員が公然と差別発言を行い、党も組織として正式に容認しているのである。まさに、これは政権与党によるものであり、我が国の人権が危機に瀕しているといえよう。


(2)杉田議員擁護派の主張の内容

ア 当初の擁護派の主張

杉田議員を擁護する主張は、最初の頃は「寄稿中の一部の用語に表現上の問題があったが、全体の主張は正しいことを言っている」というものであった。これについては寄稿の全体が差別的な内容であるとの認識が広まるにつれて鳴りを潜めた。

イ 次に現れた擁護派の主張

次に現れたのが、「杉田議員の言論を封殺するな」「性の多様性を認めろと言うなら、杉田議員のような主張も多様な意見として認めよ」などというものである。しかし、これは杉田議員の擁護にさえなっていないだろう。

前者については、批判に答えようとせず雲隠れしているのは杉田議員の方なのだから意味がない(※)。本人が公務員として説明責任を放置しているだけのことで、言論封殺などという事実がそもそも存在しておらず問題外である。

※ 2018年9月14日付朝日新聞DIGITALの記事「自民、LGBT議連の質問状に回答せず 杉田氏も『…』」によれば、杉田議員は、記者団からの「今も考えに変わりはないのか」「どういう思いでおっしゃったのか」との質問に対して無言のまま、何も答えようとしなかったとされる。完全に、国民に対する説明責任を無視しているわけで、国民を愚弄しているとしか言いようがない。

後者についても、国会議員は国民の税金で報酬を受けて我が国の立法を司っているのである。その国会議員が、差別発言をすれば、国民の側が批判をするのは当然であろう。

ウ 最後に出てきた擁護派の主張

最近になって、批判派の主張を貶めようとして、哀れな主張を始めたのが、徳島文理大学教授の八幡和郎氏などである。氏は、WEB言論サイトの「アゴラ」で杉田議員擁護の寄稿をしておられる。

本稿を執筆するにあたっては、杉田議員擁護の文書の中で、説得力のありそうなものを選んで反論しようと思ったのだが、残念なことにそのようなものは存在していない。この八幡教授の主張内容も、ばかばかしい幼稚な内容にすぎない。しかし、最近の杉田議員擁護派の主張を代表している面があるので、これについて批判をしておくことにしよう。


2 八幡教授の主張

(1)八幡教授の主張

八幡教授がWEBサイトの「アゴラ」に、2本の寄稿しておられる。ひとつは「NHK、朝日、文春が揃って杉田水脈の"人権蹂躙"」という記事で、もうひとつは「杉田水脈代議士へのメディアリンチ顛末その後」というものである。


(2)「差別的な意図は感じられない」という驚くべき感覚

ア 八幡教授による杉田議員擁護

八幡教授は、まず「杉田水脈代議士のLGBTについての『新潮45』の記事は、差別的な意図は感じられない」としておられる。感じるか感じないかは個人的なものではあるが、大学の教授職にある方の発言としては、やや聞き捨てならないものがある。

イ どうやったら杉田議員の寄稿に差別がないと言えるのか

杉田議員の主張は明確である。前にも書いたがもう一度確認しよう。

【新潮45の杉田議員の発言より】

「生きづらさ」を行政が解決してあげることが悪いとは言いません。

下向き矢印

【新潮45の杉田議員の発言より】

しかし、行政が動くということは税金を使うということです。

下向き矢印

【新潮45の杉田議員の発言より】

LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子供を作らない、つまり「生産性」がないのです。そこに税金を投入することが果たしていいのかどうか

書かれていることは明確である。まず杉田議員は、「『生きづらさ』の解決に行政が支援すること」については否定していない。しかし、国民のうちLGBTについては"生産性"がないから、その支援の対象とするべきではないと主張しておられるのである。

国家にとっての"生産性"の有無によって、行政支援をするかしないかを振り分けよと言っているのである。しかも「『生きづらさ』を行政が解決」することと、出生率の間に何の関係もない。これは何の合理性もない差別以外の何物でもないだろう。

このような文書に「差別的な意図は感じられない」とすれば、LGBTは差別されて当然という思い込みが八幡教授にあるからだとしか、私には思えない。

なお、これは杉田議員の"論理" (※)を前提としてさえ、ばかげた内容であると指摘しておこう。LGBTをカミングアウトされた方たちの多くが、我が国の行政、政治、経済、文化に大きな貢献をしておられるからである。また、カミングアウトされていない方で、様々な分野で活躍しておられる方は多いであろう。すなわち、LGBTの方は生産性がないどころか、異性愛者とまったく同様に国家に対して多くの貢献をしているのである。

※ 論理と言い得るかどうかはともかくとして、生産性によって税金の投入を振り分けるということ。もちろん、このこと自体が誤った思想であり、このことを前提とした議論そのものに問題がある。なぜなら、生産性のない国民には税金をかける必要がないのかということになりかねないからである。

さらに言えば、現在、日本政府(※1)がLGBTのために現に支出しているコストなど、我が国全体でも微々たるものでしかない。せいぜい、パンフレットの作成やネットでの意識啓発程度のことなのである。たぶん杉田議員一人だけに対する報酬や政策秘書の費用、さらには議員宿舎や行政による議員へのサポートなどの間接経費を含めた支出を合わせた額の方が大きいのではなかろうかと思えるほどのものなのだ(※2)

1※ 地方自治体は別である。あくまでも日本国政府の支出についての話である。

2※ ちなみに法務省の「LGBT(性的少数者)の人権問題対策の推進」のための平成29年度予算額は約1300万円にすぎない。他府省の予算ははっきりしないが、法務省は人権を司る省なので全省庁の平均よりは高いであろう。国全体でもLGBT関連予算は1億を上回ることはないだろう。

一方、各国会議員は歳費だけでも月額129万4000円を受け取っており、これに期末手当の635万円が加わるので、直接の年収は約2200万円となる。これに、旅費、文書通信交通滞在費などの各種活動費が追加され、さらに政党交付金として議員一人当たり年間約4000万円、立法事務費として月額65万円が会派に支払われる。また、退職時には退職金なども支払われるのである。さらに秘書手当(3人の秘書の給与)が支給される。直接の国の支出だけでも年間に1億は下らないだろう。

イ 杉田議員の寄稿に差別性がないと述べることの問題点

(ア)悪質な差別を助長している

繰り返すが、国家にとっての"生産性"の有無によって、行政支援をするかしないかを振り分けよという杉田議員の発言そのものが、国の行政の在り方として許されない差別である。ことの本質は、杉田議員によるLGBTへの差別・ヘイトなのである。

このような差別について、差別の意図がないと述べることは、そのことが、差別する側を支援し、差別を助長しているというべきであろう。すなわち八幡教授自身が、差別、ヘイトを行っているのと同じことなのである。

(イ)LGBTの方に対する言葉の暴力である

また、この杉田議員の発言は、LGBTの方に対する、きわめて悪質な言葉の暴力といってよいものである。共産党の吉良よし子議員は7月の自民党本部前の抗議活動で次のように述べておられる。

【7月27日の自民党本部前の抗議活動での吉良よし子議員の言葉】

LGBTに対して、子供を産まないから、生産性がないから支援に値しない。ああいう発言は明らかな差別、偏見に満ちた発言だと思います。

LGBTだけじゃなく、やはりこの世に生きるすべての人は、私が何者か自分を自分として認めて欲しい、そういう苦しみや悩みにはいつも立ち向かっていると思う、とりわけLGBTの場合、その苦しみに直面せざるを得ない状況がある。私に手紙をくれたゲイの方も中学生のときに、自分の性的指向を自覚して、こんな性的指向を持っているのは自分だけだと思って孤独感に苦しんだ。今なお政治に性的指向について一人で思い悩んでいる人がいるかもしれない。そんなときに生産性などという言葉で支援が必要ないなどという傷口に塩を塗り込むような言葉、絶対に言ってはならないんじゃないですか。

あなたがあなたであることだけで、それが一番の良いことなんだ、そこに尊厳があるんだ、価値があるんだ、そんな当たり前のことを言えないような人がなぜ政治家と名乗れるのか。

まさに、その通りであろう。杉田議員は、LGBTの子供を含む多くの国民の傷口に塩を塗るようなことを言っているのだ。ところが、これに対して教育の場におられる八幡教授が「差別的な意図は感じられない」と言い切っておられるのである。

教授の所属しておられる大学にもLGBTの学生や教職員はおられるであろう。そのような人々も杉田議員の発言に傷ついているのではなかろうか。八幡教授の教え子の中にも、傷ついている学生がいるかもしれないのである。

八幡教授はそこに追い打ちをかけたのである。そこに考えが及ばないとすれば、果たして八幡教授は教育者の名にふさわしい人物だと言えるのかという疑問が湧こう。


(3)八幡教授のマスコミ批判の論点

ア 八幡教授の挙げる4つの事例

八幡教授は、マスコミによる杉田議員への「人権侵害」の例として、以下の4点を挙げておられる。

  • ① NHKが8月3日のニュースウオッチ9で「LGBTが生きる価値はないという杉田発言」というような放送をした。
  • ② AERAオンラインが、杉田議員について『幸せに縁がない』人相だという観相学の専門家の記事を載せた。
  • ③ 週刊文春は、杉田水脈代議士について、「育児丸投げ」と書いてつり広告の見出しにもした。
  • ④ 神戸新聞は、杉田氏が市役所時代に市民ととっくみあいになりかかったと非難した。

イ AERAと週刊文春について

しかし、②と③はそれぞれの報道機関が独自に行った報道であり、③はともかくとして、②は今回の杉田議員の発言とはなんの関係もないものである。しかも、AERA側が報道を不適切なものだとすでに認めているのである。

八幡教授の主張は、このような杉田議員の差別発言とは無関係に行われた杉田議員個人への攻撃の例を持ち出して、杉田議員への批判の言論全体を貶めようと狙っているものにすぎない。

まさに、学者の理論というより、三流週刊誌並みのやりかたであり、情けなさを通り越して哀れでさえある。

なお、八幡教授は、AERAのこの記事について「杉田議員のいかにも人相の悪そうな写真を選び出して(さらに加工したかもしれないが)掲載し」たと述べておられる。しかし、「加工した」などと、報道機関が虚偽報道まがいのことをしたかのように、何の証拠もなく述べることは如何なものであろうかと付記しておく。

いやしくも学者なら、他者を批判するにあたって「かもしれない」などという言葉を使うのは、いささか情けない行為であろう。

ウ 神戸新聞の記事について

また、④については、神戸新聞が報道した事実関係に関して、八幡教授が何の証拠や根拠さえも示さずに攻撃しておられるだけである。しかも、その内容たるや、市井の市民の名誉を棄損しかねないような内容なのだ。

八幡教授のこの件についての発言は、まさに一般の市民に向けられた人格攻撃であり、公益性などはまったくないと言ってよい。状況によっては名誉棄損が成立する可能性もあろう。

そもそも、このようなことを主張されるのであれば、その根拠を示して行うべきであろう。いやしくも学者という立場にあって、根拠や証拠を全く示さずに、他人の文書を否定し、一般市民を攻撃するというのは如何なものであろうか。

また、常識的に考えて、かたや地元の報道機関であり、かたや他県の大学の教官である。取材能力について、どちらが高いかは誰が考えても同じ結論となるだろう。根拠を示さない以上、フェイクと言われても仕方がないのではなかろうか。

今からでも遅くはない、八幡教授が記事を書いた時点で、どのような証拠が存在していたかを、明確にするべきである。


(4)NHK報道への八幡教授による批判について

ア NHK報道への八幡教授による批判の論点

問題は①のNHKの報道に対する批判である。八幡教授の記事の中から、該当部分を引用してみよう。

【アゴラ2018年8月4日の八幡教授の記事より】

  • ① NHKは8月3日のニュースウオッチ9で「LGBTが生きる価値はないという杉田発言」というような放送を、相模原の施設での大量殺人事件とからめてした。これを受けて、杉田氏の家族に危害を加える脅迫がされているような事態になっているようだが、「LGBTが生きる価値はない」というような趣旨にどう読んだらなるのだろうか。多くの人が放送を聞いて背筋が寒くなったと感じている。

八幡教授の批判をまとめると、次の3点となる。

  • ア 杉田議員の新潮45の記事は「LGBTが生きる価値はない」という趣旨にはならない。
  • イ NHKの報道を受けて「杉田氏の家族に危害を加える脅迫がされているような事態になっているようだ」
  • ウ 相模原の施設での大量殺人事件とからめて報道したことは遺憾

以下、これらについて順に検討しよう。

イ 杉田議員は「LGBTが生きる価値はない」と言っていないか

まず、八幡教授は、杉田議員の新潮45の記事は「LGBTが生きる価値はない」という趣旨にはならないと言っておられる。しかし、このような主張は、八幡教授の日本語の読解力に問題があることを示しているだけである。

杉田議員は、新潮45の記事の中で、明確かつ誤解の余地のない言葉で次のように述べておられる。

【新潮45の杉田議員の発言より】

  • ① マスメディアが「多様性の時代だから、女性(男性)が女性(男性)を好きになっても当然」と報道することがいいことなのかどうか。普通に恋愛して結婚できる人まで、「これ(同性愛)でいいんだ」と不幸な人を増やすことにつながりかねません。
  • ② 最近はLGBTに加えて、Qとか、I(インターセクシャル=性の未分化の人や両性具有の人)とか、P(パンセクシャル=全性愛者、性別の認識なしに人を愛する人)とか、もうわけが分かりません。なぜ男と女、二つの性だけではいけないのでしょう。
  • ③ 「常識」や「普通であること」を見失っていく社会は、「秩序」がなくなり、いずれ崩壊していくことにもなりかねません。私は日本をそうした社会にしたくありません

※ ※ 番号は引用者において付した。

すなわち同性愛(LGB)を「不幸な人」と言い切り、さらに「なぜ男と女、二つの性だけではいけないのでしょう」として、LGBTのみならず他の性的少数者を含めて、存在する必要がないと主張しているのである(※)

※ 杉田議員は、LGBTのすべてが男でも女でもないと考えているらしい。

また、「『常識』や『普通であること』を見失っていく社会は、「秩序」がなくなり、いずれ崩壊していくことにもなりかねません。私は日本をそうした社会にしたくありません」としている。すなわち、杉田議員の考える「常識」や「普通であること」から外れる人びとには、存在して欲しくないと言っているのである。

これは、まさにLGBTには「生きる価値はない」と言い切っているのである。「存在する必要がない」「存在して欲しくない」と「生きる価値がない」との間のわずかな違いを議論してみても、あまり意味はないだろう。

またこの両者は、悪質な差別という意味においても、まったく同質である。八幡教授の主張は、NHKの報道の言葉尻をとらえて、本質から外れた議論をしているだけである。

ウ NHKの報道が犯罪を誘発したというなら証拠を示せ

次に、八幡教授は、NHKの報道によって「杉田氏の家族に危害を加える脅迫がされているような事態になっているようだ」と主張しておられることを検討しよう。後に報道されたところによると、杉田議員のツイッターに家族への脅迫を書き込んだとして男性が逮捕されている(※)

※ リアルライブ2019年3月1日「LGBT差別発言の杉田水脈議員に殺害予告の男、罰金30万円で放免 SNSでは素性が拡散?」によると、2018年2月3日に杉田議員の家族に対する脅迫的な書き込みがあったようだ。しかし、NHKの報道が引き金になったとの報道はない。

この家族への脅迫について、それがNHKの報道によって誘発されたと主張するのなら、その根拠も示すべきであろう。この八幡教授の主張は、NHKに対する名誉棄損、状況によっては偽計業務妨害になる可能性さえ否定できないのではなかろうか。

このような主張をされるなら、八幡教授がこの記事を公表した時点で存在していた証拠を示すべきである。仮に証拠もなくこのような主張をしているとすれば、八幡教授には、大学の教授としての資質に欠けるのではないかとしか言いようがなくなるのではなかろうか。

なお、NHKの報道が誘因になったかどうかなど、脅迫を行った本人に聞いてみなければわかるわけがない。そして杉田議員本人に脅迫を行った容疑者が見つかったという報道も見たことがない。八幡教授はこのことをどのようにして知ったのであろうか。それとも八幡教授のお知り合いが杉田議員の家族に脅迫を行ったのだろうか。

エ 殺人予告をめぐる杉田議員の不可解な行動

ところで、杉田議員は殺害予告があったとして、SNSのLGBTに関する記事をすべて削除してしまった。これも不思議と言えば不思議な行動である。殺害予告とSNSの記事を削除することの間に何の関係があるのだろうか。

SNSの記事を削除したところで、原因となった肝心の新潮45の雑誌はそのまま流通しているのである。SNSの記事を削除する意味などまったくないだろう。

しかも、これははっきり指摘しておくが、杉田議員のLGBTに関するブログの記事はそのままなのである。そして、そこでは明確にLGBTの方を指して「それと同様に生産性のあるものと無いものを同列に扱うには無理があります。これも差別ではなく区別です」と言い切っているのである。

【杉田議員のブログ(2015年3月27日)より】

実は今週、この「LGBT支援策」についてチャンネル桜で賛成派と反対派による討論を企画されてたのですが、賛成派の都合でなくなりました。

(反対派の方で登壇予定でした)

この問題について3つ、言いたいことがあります。 一つ目。

(中略)

それと同様に生産性のあるものと無いものを同列に扱うには無理があります。これも差別ではなく区別です。

※ 前後と途中を略し、一部に下線強調を行った

杉田議員は、このブログの記事はそのまま掲示している一方で、Twitterの記事の方は削除してしまった。そして、削除された記事の中に、次のようなものがあったのである。

【杉田議員のツイート】

(7月22日)

自民党に入って良かったなぁと思うこと。

「ネットで叩かれてるけど、大丈夫?」とか「間違ったこと言ってないんだから胸張ってればいいよ」とか「杉田さんはそのままでいいからね」とか大臣クラスの方を始め、先輩方が声をかけてくださること。

今回も他党の議員が私が雑誌に書いた記事を切り取り(※)

※ 弁護士猪野亨のブログ 生産性のない人に税金を使うのは無駄 要は子を産まない女性に価値なしという杉田水脈議員の発想は恐ろしいの中の杉田議員のツイッターのハードコピーによる。

(7月23日)

ネットに出したことで色々言われています。LGBTの理解促進を担当している先輩議員が「雑誌の記事を全部読んだら、きちんと理解しているし、党の立場も配慮して言葉も選んで書いている。言葉足らずで誤解される所はあるかもしれないけど問題ないから」と、仰ってくれました。自民党の懐の深さを感じます(※)

※ 陽平ドットコム~試みの水平線~ 自民党杉田水脈衆議院議員の『新潮45』への寄稿は不適切発言の特盛であるの中の杉田議員のツイッターのハードコピーによる。

殺人予告を受けたから削除するというなら、常識的に考えれば新潮45で問題となった内容と類似しているブログの記事の方であろう。これをそのままにしてTwitterの記事を削除したのでは、殺人予告を口実にして、これ幸いとばかりに自民党の「大臣クラス」の議員について書かれた都合の悪い記事を削除しただけと疑われてもしかたがないのではなかろうか。

ところで、共同通信(※)によると杉田議員への「殺人予告」は「杉田氏の事務所と赤坂署によると、19日以降、公式ホームページを通じて同性愛者を自称する人物から『お前を殺してやる!絶対に殺してやる!』とのメールが届いた」のだそうである。やや意味が曖昧な表現であるが、杉田議員の公式サイトにある「お問い合わせフォーム」に書き込みがあったということなのだろう。

※ 2018年7月23日付け記事「自民・杉田衆院議員に殺害予告」

なお、このメールを出した犯人が逮捕されたという報道は見ていないので逮捕されていないのかもしれない。

オ 相模原事件と杉田議員の発言の関係性

(ア)国会議員の思想性を報じるのは公益目的だ

八幡教授は、NHKが杉田議員の新潮45の寄稿を、相模原の施設での大量殺人事件とからめて報道したと批判しておられる。しかし、杉田議員は自民党の比例区名簿上位で当選した衆議院議員なのである。その議員の発言について、その背景やどのような意味を持つ思想なのかを国民に対して解説するのは、報道機関としての責務であろう。

杉田議員の寄稿の内容と相模原事件との共通点・類似性を指摘したことは、人格攻撃などではなく、公益目的の適切な報道の範囲と言ってよい。しかも、この2つの共通性を指摘しているのは、NHKだけではないのである。

例えば、2018年7月30日付神奈川新聞記事「【やまゆり園事件2年】差別断じる規範 今こそヘイトスピーチと闘うわけ」、2018年7月31日付現代ビジネス記事「日本社会を覆う『杉田水脈問題』で私たちがいま試されていること」、2018年7月25日付Buzz Feed News記事「条件をつけられる命なんてない 相模原事件に通じる杉田議員の発言」、2018年7月28日付杉江義浩OFFICIAL記事「杉田水脈と植松聖に共通する優生思想」、2018年7月28日付HUFFPOST記事「杉田水脈議員の言動の、何が問題なのか?(1)政治家による差別煽動の効果」など、いくらでも挙げることができる。

杉田議員の発言と相模原事件の共通性については、多くの識者や国民が感じておられるのである。

なお、杉田議員の発言と相模原事件の間に思想の共通性があるということは、法的には"評価"であって、正誤を決められる"事実"ではない。従って、刑法上の名誉棄損になることは考えられない。また、国会議員の発言にかかわることであるから、私法上の名誉棄損に当たる可能性も低いといってよいだろう。

(イ)杉田議員の発言と相模原事件の共通性

私自身もこの2つの間の共通性は否定できないと考えている。杉田議員は、LGBTの子供たちは他の子供と比較して自殺率が6倍高いと言いながら、楽しそうに笑っておられる(※)

※ これは、Swingin’Osushi氏がアップした「"Unproductive Homosexuals" Speech by Japanese House Member Mio Sugita (杉田水脈)」など、いくつかの動画で確認できる。正直なところ、この動画は、見ているとあまりにも気分が悪くなるので、これはリンクを張ることはしない。

【杉田議員のユーチューブでの発言】

こないだなんか、テレビの討論番組から電話がかかってきまして、このLGBTの知識を学校教育で教えるべきかどうかっていうことって、いうことに対しての意見を下さいっていう。私は当然そんなものは必要ありませんって言ったら、あの、なんて言われたかっていうとですね、その、同性愛の子供は普通に正常に恋愛できる子供に比べて、自殺率が6倍高いんだと、それでもあなたは必要ないんですかみたいなことを言われまして(ここで杉田議員は楽しそうに笑った)、あのー、私はそれでもあの優先順位は低い・・・

そしてこれが、新潮45の杉田議員の寄稿の、LGBTは「存在するな」という部分につながるのである。これは、まさに相模原事件の被告の思想と共通のものであろう。

杉田議員の思想は、相模原事件の被告と共通するものがあるというNHKなどの多くの報道は、正しいのである。

(ウ)杉田議員が本当に言いたかったことは

新潮45の杉田議員の寄稿は、"生産性"で税金を使うかどうかを決めるべきとしたことが強い批判を受けた。だが、杉田議員の本当に言いたかったことはここなのではないだろうか。

【杉田議員のユーチューブでの発言】

あと、じゃどれだけ正しい知識を先生が子供たちに教えられるんですかと、誤った知識を教えてしまったらおかしいじゃないですかと。

つまり、「誤った」教育をするおそれがあるから、教育をするべきではないということである。では、「誤った」教育とはなんだろうか。杉田議員はこれについてもはっきりと述べている。

【杉田議員のユーチューブでの発言】

あと、あの思春期の頃ってホントにいろいろあるんですね。私もあの、女子高で育ちましたから、周りがもう女性ばかりなんです。じゃあちょっとかっこいい女の子がいたらラブレター書いたりとかね、かっこいい先輩と交換日記してくださいとかってやったりとかしてるんですけど。でもこう歳を取っていくと、普通に男性と恋愛出来て、結婚もできて、母親になってってしていくわけです。

その多感な、あの思春期の時期にですね、「いや女性が女性を好きになるのはおかしくないですよ、男性が男性を好きになることはおかしくないですよ、もっと皆さん堂々と胸を張ってそんな縮こまらずに、あの同性愛の人もちゃんと胸を張ってましょう」っていう教育をしたらどうなりますかっていう、ちゃんと正常に戻っていける部分も戻っていけなくなってしまいますよねっていう・・・

すなわち、LGBTは「おかしくない」「胸を張ってましょう」という教育をすることが誤っているというのである。このことは、言葉を変えれば、「LGBTは、おかしい」、「LGBTは縮こまっていろ」という教育をするなら良いということである。

杉田議員の発言の主眼は、現在、(一部ではあるが)教育現場や地方自治体で行われている、「性の多様性を認めよう」「人の尊厳をありのままで認めよう」「人はそのままで価値がある」という人権教育は「間違っている」からやめようということなのである。

だが、それをストレートに主張しても誰も納得するわけがない。そこで、生産性のない所に税金を使うのは如何なものかという理屈をつけたのではなかろうか。まさにアンチ人権的な主張を糊塗し、それらしい根拠づけをしようとしてアンチ人権的な根拠を付けてしまったということではなかろうか。

杉田議員が、LGBTには"生産性"がないのだから、そこへ税金を投入することはおかしいという言葉によって、人権教育をやめることを正当化しようと試みたというのが、新潮45の寄稿だったのではないだろうか。しかし実際には、本人の意図に反して、健全な国民世論がこれを見破ったということなのである。

だからこそ、動員をされたわけでもないのに、自民党本部前での抗議行動に5,000人もの国民が自発的に集まったのである。

(エ)なぜ杉田議員は、LGBTの子供の自殺率が高いと笑うのか

繰り返すが、杉田議員は、LGBTの子供は自殺率がそうではない子供より6倍高いと言って、楽しそうに笑っている。

子供が自殺に至るまでには、その前に苦しみぬいた時期があったはずである。その苦痛は、その子供たちがLGBTだからではない。まさにLGBTに対する差別が存在しており、本人さえその差別を否定しきれないからなのである。

ところが、杉田議員は、国や教育現場がその苦しみを解決することは、してはならないというのである。LGBTは「生産性」がないから税金を投入してはならないというのだ。というより、そもそも「多様性を認めよう」「人の尊厳をありのままで認めよう」「人はそのままで価値がある」という人権教育は「間違っている」からやめようというのである。

なぜだろうか? もう一度、杉田議員の寄稿を引用しよう。

【新潮45の杉田議員の発言より】

「常識」や「普通であること」を見失っていく社会は、「秩序」がなくなり、いずれ崩壊していくことにもなりかねません。私は日本をそうした社会にしたくありません

そして、杉田議員は、LGBTの子どもの自殺率が高いと言って、楽しそうに笑うのである。

この人物を「素晴らしい」といって、わざわざ野党から引き抜いてまで、自党の比例名簿の第1位において議員にした人物がいる。安倍総理である。我が国の政権与党が比例名簿1位で議員に当選させた人物が、子どもの自殺について笑いながら話しているという事実はもっと知られて良い事実だろう。


(5)石破茂氏への批判について

また、八幡教授は、石破茂衆議院議員が杉田議員の寄稿を批判したことに対して、「石破茂氏などが細田派の杉田氏に対して、敵失を喜ぶように喜々として一方的な批判をしたのは、人間の器が小さいと思う」としておられる。

私は石破議員の政治思想を全面的に支持するつもりはない。しかしながら、石破議員は自民党の元閣僚経験者である。同じ自民党の議員が人権を侵害するような発言をすれば、これを批判するのはむしろ当然のことであろう。

石破議員は、"敵失"を批判しているわけではない。言葉尻や表現の問題などではなく、杉田議員の主張の内容を批判しているのである。そして杉田議員は、その主張は誤っているとは言っていないのである。

むしろ、八幡教授がAERAオンラインの訂正記事について、鬼の首でもとったように批判をしておられることこそ、「敵失を喜ぶように喜々として一方的な批判を」しているというべきであろう。人間の器が小さいのはどちらなのであろうか。


3 最後に

冒頭にも書いたが、我が国の人権は危機に瀕している。国民の3~10%の国民に対して、存在するべきでないと主張する人物が国会議員を務めているのだ。人がありのまままで、人として尊重されない社会を作りたいとこの議員は主張している。そして、政権与党は、そのような主張を党是に矛盾しないとして容認している。何かがおかしいのである。

杉田議員の新潮45の寄稿が報道されたから2か月ほどになる。だが、その間にさえ、LGBTに対する無理解な発言が、谷川議員など我が国の有力者によって行われている。そして、我が国は人権が守られない国家であるとの印象を世界中に広めている。まさに国辱ものと言ってよい。

杉田議員は、この間、靖国神社に参拝している。また、南京虐殺を否定する集会に参加するとの報道も一部で行われている。南京虐殺の否定は、国際的には、アポロ11号が月へ行っていないだの、米国同時多発テロが米国の自作自演だのというのと同じレベルのフェイクである。ドイツで、ホロコーストがなかったと主張するのと同じレベルなのである。

ところが、杉田議員は南京虐殺がなかったなどということを信じておられるらしい。やや現実を正確に見極める力にも欠けているようだ。このような人物が国会議員として税金から報酬を受けていることの方が、国民の理解が得られないであろう。

最後に、八幡教授が人権侵害だと主張するNHKの8月3日のニュースウオッチ9のキャスターの方の発言を引用させていただいて本稿を終えよう。

【8月3日NHKニュースウオッチ9のキャスターの発言から】

浅はかともいえる(杉田議員の)言葉に、反発や嫌悪感をおぼえた人は少なくないのではないでしょうか

人、一人一人の価値を数字ではかるような考え方、受け入れることは出来ません

※ 文中のカッコ内は引用者による

杉田議員のLGBTの存在を否定する明らかな差別発言に対し、きわめて理に適った発言である。ところが八幡教授はこのときの報道について「杉田氏の記事がどうして、上記のような誹謗にさらされるか、正常な感覚なら理解できるものでない」とされる。どうやら八幡教授の正常な感覚と、私の正常な感覚はかなり異なるらしい。