安全衛生教育で大切なこと




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研修をする講師

労働安全衛生教育の講師を行うとき、最も難しいことは何でしょうか?

それは、相手がどの程度のことを知っているかが分からないので、どこまで話すべきかが分からないことです。

無意識のうちに、基本を話さなかったり、なぜその話をするのかを話さずに、結論だけを話すと聴いている方は理解ができません。どのように話すべきかを解説します。




1 教育で最も難しいこととは

執筆日時:

最終改訂:

研修する女性

労働安全衛生教育を行う上で、最も難しいことは何だろうか。

公務員時代、中災防への出向時代も含めて、よく研修や講演の講師を頼まれたものだが、一番やりやすいのは法令改正や制度改正の説明会であった。一方、企業の幹部の方や現場の職長さんクラスへの一般的な安全衛生教育はやりにくいのである。

というのは、法令改正や制度改正の話は、相手が“何も知らない”ということを前提に話ができるからである。これに対して、一般的な話では、相手がどの程度のことを知っているかが分からないので、どこまで話すべきかが分からないのだ。

こんなことは知っているだろうと思ってそれを前提に話すと理解されないし、だからといってあまりに基本的な話をすると“つまらない”という評価を受けてしまう。

だが、講習会を行っていく中で、分かってきたことがある。それは、受講者は、基本的な知識がないことを前提にしなければならないということである。受講者は、経営や生産など、他の分野の専門家なのである。労働安全衛生のことなど、よく分かっているわけがないのだ。


2 教えられなければ知っているわけがない

世の中には“専門家”と言われている人たちが大勢いる。専門分野のことにかけては、おどろくほど高度な知識を持っている。しかし、専門のことをわずかでも離れると、知識レベルは極めて低いということはよくあることなのだ。

小学生と科学者のどちらが、子供向けアニメ番組の登場人物についてよく知っているかを考えれば分かるだろう。普通の科学者は、小学生に太刀打ちできないのである。まあ、ときどき例外はいるが・・・

安全衛生教育を行うとき、自分はそれを専門にしているわけだから、知識があるのは当然のことなのである。相手は、それを知らないということを前提に教育しなければならないのである。「こんなことは知っていて当然」と考えると、重大な災害につながるのである。


3 研修を分かりにくくするもうひとつのこと

難しい研修

また、多くの研修が分かりにくい理由の一つは、ある話をするときに、「その話をする理由」を説明しないことである。

例えば、防毒マスクの着用の方法について説明するときに、いきなり話を始めると受講者は面食らってしまうのである。

まず、防毒マスクを正しく着用しないと、漏れによって有害な物質を吸入してしまう恐れがあること、多くのケースで適切に防毒マスクが着用されていないこと、そのために職業性疾病が発生することをまず話さなければならない。

そんなことは分かるだろうと思って、そこを話さないと理解が進まないのである。話が下手と言われる講師は、ここを省略しているケースが多いのである。


4 教えずに「不安全行動」と言うな!

私は、プロフィールに書いているように、中卒で4年間、製造現場で働いたことがある。そのとき、軍手で化学物質を扱っていて手の肌が荒れたことがある。上司に訴えると、上司から怒鳴りつけられた。「なぜゴム手袋をしないか」というのである。

そのときは反論できなかったが、ゴム手袋をしなければならないなどとは、一言も聴いていなかったのだ。その後、ミーティングで、保護具をせずに文句をいう奴がいるとして、その上司から私は批判されたのだが、そのときの悔しかった思いは忘れていない。

この上司にしてみれば、Off-JTの集合教育で安全衛生教育は受けているのだから、保護具を着用しなければならないことは“知っているはず”だと思っていたのだろう。しかし、集合教育で教えることは一般論なのである。具体的に、どの作業でどの保護具を着用するかは現場で教えなければならないのだが、この上司はそれを理解していなかったか、“誰かが教えているはず”と思っていたにちがいない。

なお、この職場で使用していたゴム手袋は、家庭の清掃用のものであった。後に、私が安全衛生についての仕事をするようになってから知ったことであるが、そのようなものは化学物質を扱うときに使用するべきものではない。この上司は“それが正しい保護具”だという思い込みがあったようだ。


5 教育に「知っているはず」はタブー

誰でも、ある現場に入るときは、その現場のことは初めての経験なのである。他の現場で実務経験があっても、その経験をした現場は安全衛生レベルが低くて、常識的な安全行為が無視されていた可能性もあるのだ。

髪をポニーテールにする女性

私は、安全教育の講師になる方に対する講義で、男性の受講者に「女性のポニーテールの輪ゴムはどうやって嵌めるか知っていますか」と聴くことがある(恥をかかせないように留意はするが)。ほとんどの男性は正確に答えられない。中には「髪の毛を束ねて先端から広げた輪ゴムに通す」と答える男性がいる。すると、一緒に受講している女性が笑い出す。そんなことも知らないなんて、と感じるのだ。

しかし、誰だって“教えられなければ、知らない”のである。“そんなこと知っていて当然”は通用しないのである。

とりわけ、現場で後輩の指導に当たる職長クラスの方に対する教育では、職長さんたちにそのことを徹底しなければならない。教育に当たる担当者も、同じように「教えられなければ、知らない」のだから。





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